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今上陛下には「4・30退位式」の臨御拒否をなされますよう、懇請いたします。

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中川八洋『天皇「退位」式は皇統断絶 徳仁《新天皇》陛下は、新王朝初代』より抜粋。

中川八洋 曰く、

皇祖皇宗に無限に責任を負う今上陛下は、《四・三〇》の臨御拒否をなさいませ

 

憲法第二条は、《皇位は、世襲のものであって、・・・皇室典範の定めるところにより、これを継承する》と定めている。“世襲の皇位継承”とは、神武天皇以来の皇統を連綿と継承することであり、それこそが万世一系の“世襲の皇位継承”である。とすれば、皇位継承を全否定し、特に譲位の禁止/受禅の禁止を定める特例法に基づく《四・三〇式典》に天皇陛下がご臨御なされますことは、皇室典範そのものを死文化し、皇位継承の全否定となるが故に、天皇位の天皇がなされるべきものではありませぬ。

 今上陛下におかれては、《四・三〇》へのご臨御を断固拒否なさいませ。皇統護持こそは、大統を承けられた天皇の皇祖皇宗および皇考〔父帝、昭和天皇〕に対する最大・最高のご責務にございます。陛下は、〔430日ではなく51日に、皇太子・徳仁親王に譲位され、この譲位受禅の儀における宣命使には、京都在住の公家か秋篠宮殿下を選ばれ、議場は吹上御所にて挙行されればよろしいのです。

 当然、徳仁皇太子殿下におかれても、安倍晋三が設定した51日の式典・議場には入御なされては成りませぬ。吹上御所にて父帝と、剣璽渡御の正しい譲位・受禅の儀を滞ることなく挙行すれば、大統を承け新天皇の位に即かれるのです。皇位継承を全面破壊する《安倍晋三の“反・皇位継承”五・一》は、天皇ならびに日本国そのものへの叛逆であり、跡形無くゴミ焼却しなければなりませぬ。

 今上陛下と皇太子殿下の新旧天皇の主催による、細やかながら本物の51日譲位・受禅の儀にご臨席なされますのが皇族と前皇族〔黒田清子元内親王ほか〕および旧皇族だけであろうとも、何ら問題ございません。国民には、後日、譲位・受禅の儀式のヴィデオをご公開なさればよろしいのです。

 この譲位・受禅の儀式に、断じて闖入させてはならない筆頭は、“悪魔の朝敵”安倍晋三です。安倍晋三は《俺様〔総理〕は天皇より偉い》とばかり、今上陛下を“俺様の部下だ”に扱い、今上陛下に命令するのを常習としてきたことは、何度も苦くご体験されたかと案じております。

 例えば、201688日の御諚は〔備考〕、陛下のご意向《皇太子への譲位》を平然とばっさりと切り捨て、《象徴天皇》《象徴としてのお務め》など、共産党語ばかりをふんだんに書き込んだ、異常を極めた“反天皇”の文章になっています。それなのに安倍晋三は、今上陛下に対して《天皇よ、これを読め!》と強要したと聞き及んでおります。この重大にして深刻な事実は国民に明らかにされるべき事柄のように覚えて成りませぬ。

 〔備考〕菅義偉と山本信一郎の両名が原案を担当したこととなっているが、実際には菅義偉から依頼され、党員の木村草太が起草したとの噂が根強く流れている。

 ・・・惟神の宝祚を践まれ給われた陛下が《四・三〇》に臨御拒否をなさいますれば、必ずや皇祖皇宗および皇考の神霊が神祐となって陛下を包まれるはずにございます。これこそがまた、日本国が未来に永続する生命の泉を手にできるのでございます。」(中川八洋『天皇「退位」式は皇統断絶 徳仁《新天皇》陛下は、新王朝初代』、ヒカルランド、p6p9、〔 〕内、太字:著者)

曰く、

「《430日の今上陛下への廃帝宣告》と《51日の新王朝初代天皇の即位》という、皇位継承を破壊する先例づくりは、菅義偉・山本信一郎・横畠祐介の共産党員トリオの謀議によるが、これを推進させたのは、彼らのボスである安倍晋三。譲位・受禅は古式に則った正しい儀式であるべきだし、譲位・受禅の儀式無き御代替わりはしてはならないことにおいて、これを破壊尽くさんとした“世紀の大逆賊”安倍晋三の国外追放は絶対不可欠であろう。」(同上)

 上記引用文の理由により、天皇・皇室を崇敬する真正の日本国民は、

 

 (1) 今上陛下におかれましては、逆臣・反日安倍晋三の主宰する《四・三〇退位式》へのご臨御を断固拒否なされますよう懇請いたします。

 

 (2) また、安倍内閣の天皇(皇室)に対する強迫等により《四・三〇退位式》への臨御拒否が不可能な場合におかれましては、退位式の場において、過去・現在・未来のすべての日本国民に対し、

 「この度の御代替わりは今上陛下のご意向(ご意思)による、皇室典範第一条、第二条に基づく皇位継承順位 第一位の徳仁皇太子殿下への、“譲位”である(=安倍晋三内閣の意図する共産革命的退位ではない)」

 旨の御諚を賜わりますよう、懇請いたします。

 

※ (1)または(2)によって安倍内閣は即倒壊します。また、それによって大部分の日本国民の天皇(御皇室)への崇敬が揺らぐものではありません。

 ≪2019430日≫

 

  〇 本日は、日本史上の大悪党(逆賊・逆臣)の歴史を塗り替える日となる。

  本日、間もなく行われる「退位礼正殿の儀」は、日本史上で初めて、臣下である日本国民が、君主である天皇陛下を「退位」させ、「天皇陛下から皇太子殿下への皇位の譲位・受禅の儀をさせない暴挙」に出た、日本史上の重大事件となる。

  これ以後の日本史では、かつての大悪党「道鏡」を遥かに超えて、安倍晋三や菅義偉らが、日本史上NO.1の「逆賊」として記録され、語り継がれることとなる。

  すべての日本国民は、この歴史的大事件となる退位式典で政府側に立つ「歴史的悪党の面々の姿」を目に焼き付け、「各々の役職・氏名」を記録し、その悪行を永遠に子孫に語り継ごうではないか。

 

 以 上。

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エドマンド・バークを信奉する保守主義者こと、image014.png

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【拡散依頼】安倍内閣は日本国の本源的かつ不可侵的“皇位継承法”を踏襲せよ!


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日本国二千年の本源的かつ不可侵的“皇位継承法”

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 日本国の“天皇制度”と“皇位継承法”は二千年の歴史を通じて連綿と世襲継承されてきた事実そのものによって“時効の国制”である。それゆえ現在及び将来の日本国民は祖先が行ってきたそのままにそれを奉戴し、護持し続ける“義務”がある。

 なぜなら、皇位継承の伝統と慣習を貫いている“世襲の原理”と“時効の原理”が天皇制度だけでなく、日本国の国土の領有・保全・防衛における合法性と日本国民の生命(安全)・私有財産・自由と諸権利の永続性をも保障する根本原理だからである。すなわち、天皇制度の安定的継承と日本国民の自由と諸権利の安定的保障とは一体不可分のものなのである。

 また、明治皇室典範の前文に「皇室の家法は祖宗に承け、子孫に傳ふ。既に君主の任意に制作する所に非ず。又臣民の敢えて干渉する所に非ざるなり。」とあるのは、日本国の“皇位継承法”に偶発的な恣意(権力)が介入するのを抑制・制限し、“法の支配”の原理に服従させるためである。つまり、天皇主権、国会主権、および国民主権などの「主権」の介入を完全排除するためである。法と道徳によるいかなる抑制(支配)も受けない無制限の権力を意味する「主権」意識こそ、統治者が君主であるか、貴族であるか、民衆であるか等に関わらず、彼(彼ら)を専制政治、侵略戦争、国民大虐殺などの悪逆非道に走らせる「本質」に他ならないのである。

 さて、日本国の“皇位継承法”には「退位」という概念も語彙も存在しない。「退位」という歴史事例(先例)もない。皇位継承は“崩御・践祚(即位)”か“譲位・受禅(即位)”かのいずれかのみである。 

 それゆえ、天皇皇后両陛下(及び皇族方)は、TV御諚や記者会見において「退位」という語彙を使用されず、一貫して正語「譲位」を使用されている。天皇陛下(皇室)として“皇位継承法”の遵守に徹しておられるのである。

 このように日本国の“皇位継承法”にその概念も語彙もなく、歴史上の“先例”もなく、現在の天皇皇后両陛下および皇族方も使用されていない語彙「退位」を公然と使用することは「不敬罪」であり、そのような者は「非国民」である。これに加えて、1時間程度(即ち1日以内)の所要時間で行うことができる「譲位・受禅の儀」を意図的に排斥し、「4/30今上陛下の退位の礼」と「5/1皇太子殿下の即位の礼」とに分断する者は正真正銘の「逆賊」である。この場合「退位は譲位の意味で使用している」などと嘘八百をいくら言い繕っても全く無意味である。なぜなら、“譲位”とは、皇位継承法により「皇位を祖宗に承け、子孫に伝える
継承の儀式」でなければならないからであり、「4/30退位、5/1即位」の分断実施では決して“譲位”になり得ないからである。

 天皇制度を奉戴する日本国を愛する真正の日本国民は、
 「4/30退位、5/1即位の分断実施は皇統断絶の危機であり、絶対反対・阻止!」
 「5/1譲位受禅の儀式として、皇位継承法を厳格に踏襲せよ!」
 と声を挙げなければならない。

 なお、「退位」という語彙は、「コミンテルン32テーゼ」から引き継がれる「天皇制廃止の共産革命」を目論む共産主義者の特殊な政治語彙である。このことに関する詳細内容は、中川八洋『徳仁《新天皇》陛下は、最後の天皇』などを精読して頂きたい。

 なお、安倍内閣が行おうとしている「4/30退位の礼、5/1即位の礼」の分断実施の異常事態については、私の大親友である「うまやど様」がHP、ツイッターなどで分かりやすくまとめられ、発信されています。また、危機周知のためのPDF版の「拡散ビラ」も作成しておられます。詳しくは下記のリンクを参照してください。

 【オノコロこころ定めて】

 
#退位の礼 で「三種神器」を奪う政府・宮内庁 マスコミはこの異常事態を伝えません。拡散を

 ≪2019年(平成30年)28日追記1≫

 
☆「4/30退位の礼、5/1即位の礼」の2日間分断実施と「5/1譲位・受禅の儀」のどちらが違法・違憲かに関する私見です。
 これは現在及び将来の日本国・日本国民の存亡に関わる極めて重大な内容です。
 読者の皆様も、一緒に真剣に考えて下さい。

 日本国憲法 第1章(第1条から第8条)の規定は、日本国の国制においては「天皇の在位」を絶対前提としている。古来の伝統・慣習としての皇位継承法(皇室典範)も「天皇位の空位」など全く想定していない。これは疑う余地のない事実である。
 それゆえ、たとえある天皇が個人として、天皇位から退くことがあるとしても、日本国の国制としての天皇制度を放棄することはできない(そのような権限はない)

 すなわち、ある天皇が“譲位”せずに「退位」することは、天皇位の空位(=国制の空白)を故意に招く「国制の放棄」に相当し、どの特定の天皇にもそのような権限は与えられていない。それゆえ、古来の皇位継承法に「退位」の概念も語彙もないし、現行の日本国憲法の第1章の全規定も天皇の在位を絶対前提としているのである。つまり、皇位継承を伴わない「天皇の退位」こそ、日本国の国制を重大な危機に晒す「国政に関する権能(憲法第4条)」の行使に相当するがゆえに憲法違反と考えるべきである

 一方、今上陛下から皇太子殿下への皇位継承を伴う「譲位・受禅」は、すでに皇室典範によって“皇太子殿下”に皇位が世襲継承されることが定まっているのであるから、「譲位・受禅の儀」は“法の厳粛な施行”の儀式にすぎない。ここに今上陛下の政治的な意思(恣意)が入り込む余地は微塵もなく、その行為が憲法第4条「国政に関する権能」に当たるとはとても言い難い。また、「譲位・受禅」の場合、天皇位の空位は生じず、「国制の放棄」も生じ得ない。つまり、合“皇位継承法”かつ合“日本国憲法”である。

 ところが、安倍内閣(内閣法制局)によると、「5/1譲位・受禅の儀」(1日間)の方が日本国憲法第4条違反(違憲)であり、「4/30退位礼、5/1即位礼」(2日間)の方が第4条合憲なのだと言う。理由は、今上陛下から皇太子殿下へ皇位を「譲る」行為が「国政に関する権能」に相当し、憲法違反なのだという理屈である。

 このような理屈は、天皇(皇室)に対する途方もない「不敬」であり、また、皇位継承法、日本国憲法に関する「究極の出鱈目解釈」と言えよう。

 現状では、今上陛下及び皇族方が一貫して「譲位」であると仰せであるにも関わらず、安倍内閣(法制局)の方が、陛下に「退位」を迫り、「国制の放棄」に等しい「天皇位の空位、国制の空白」を生じさせようと躍起になっている始末である。

 すなわち、古来の皇位継承法に叛逆し、現行の日本国憲法第1章の絶対前提を蔑ろにする重大な憲法違反を犯そうとしているのは、今上陛下ではなく、安倍内閣(内閣法制局)の側であると言えよう。

 さて、読者の皆様はどのように考えられるだろうか。


 ≪2019年(平成30年)29日追記2≫追記1をもう少し掘り下げてみました。

 うまやど
様のツイッターの中から引用。

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 「政府は皇位を『譲る』側面を徹底的に抹消し、伝統的な譲位宣命も削除。天皇の意思で皇位を譲るのは憲法4条に抵触する(内閣法制局の見解)ので、政府の言う『退位』は言葉遣いの問題ではなく『譲位ではない』ことを表す政府推奨用語。神器も政府が一旦没収してから皇太子殿下へ下賜。ことごとく先例無視」
 (引用終わり)

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 つまり、安倍内閣(内閣法制局)の見解では、

 今上陛下から皇太子殿下への皇位の継承を伴わない「退位」は、実際には、「天皇の在位を絶対条件とする日本国憲法第一章の全条項に違反し、天皇位の空位を恣意的に生む国制の放棄に相当するから、国政に関する権能(憲法第4条)の危険な行使に相当する」にもかかわらず「合憲」であり、

 逆に、「今上陛下が、一天皇としては皇位を退かれるが、天皇制度という国制の放棄は許されないので、皇位継承法(皇室典範)に従って既に皇位継承者と定まっている皇太子殿下へ皇位を継承される譲位・受禅儀式(今上陛下の政治的意思の入る余地はなく国政に関する権能とは言い難い)は、合・皇位継承法、合・日本国憲法である」にもかかわらず「違憲」である、

 と解釈していることになる。

 これは、正誤逆さまの途方もない出鱈目であろう。

 もし今上陛下の「意思(御意向)」はどんなものでもすべて憲法第4条の「国政に関する権能」に該当すると解釈するならば、「退位」であれ、「譲位」であれ、それが今上陛下の「意思(御意向)」から発していることは、小学生でもわかる自明の理。この解釈では、一方が憲法第4条「合憲」、他方が「違憲」などという理屈は全く成立しない。また、このような解釈をするならば、安倍内閣(法制局)は「天皇陛下が意思して行為すること」それ自体を認めないと言っているのと同値になるから、天皇陛下・皇族方を「精神・意思のない機械・ロボット」あるいは「主人に絶対隷属の奴隷・下僕」とみなしている証拠であり、非人間的悪逆非道共産主義的であると言えよう。

 次に、もし天皇の「意思(御意向)」が「国政に関する権能の行使」に該当するならば「違憲」であり、該当しないならば「合憲」であると解釈する場合には、次のような結論になるはずである。

 すなわち、天皇の「退位」は、天皇位に恣意的な空位をもたらし、天皇制度という国制の放棄に相当する(当然、それは国政に重大な悪影響を及ぼしかねない行為である)から、まさに「退位」こそ、天皇の意思による(憲法第4条の)国政に関する機能の危険極まる行使であると解釈され「違憲」とみなされる。

 他方、「譲位・受禅(即位)」は、皇位継承法(皇室典範)の厳格な施行の儀式であり、そこに(憲法第4条の)国政に関する権能の行使に相当するような天皇の政治的意思が入り込む余地は微塵もなく、天皇位の空位も生じない(国制は十全に継承・維持される)から、「退位」ではなく「譲位・受禅」こそ、“合・皇位継承法”かつ“合・日本国憲法”であると解釈し得るのであろう。

 つまり、「4/30退位の礼、5/1即位の礼」の分断実施の方が違法・違憲であり、「5/1譲位・受禅」(同日実施)の方が合法・合憲であるのは明らかであろう。

 このように警鐘を鳴らしても、(これまでの私の経験上)おそらく安倍晋三首相・菅義偉内閣官房長官の率いる与党自民党は、聞く耳をもたず無視し、「4/30退位の礼、5/1即位の礼」の分断実施を強行するであろう。しかし、この分断実施の事実は、皇統に対する日本史上例のない憎むべき大叛逆行為となるから、永遠に映像・文字などに記録されて後世に伝えられる。数十年後、数百年後の後世の歴史家なり、政治学者なりは、この記録史料から2019年(平成30年)の安倍内閣・与党自民党は、天皇(皇室)に牙をむいた「保守偽装の極左・逆賊政党」であったと評価するであろう。

 重要なことは、現在の安倍自民党は、日本共産党その他の反日野党に徹底的に騙されて、天皇制廃止の共産革命実行の主犯格に祭り上げられる策謀に嵌っていることに全く気付いていないこと。

 日本共産党にしてみれば、自らの手を直接汚さずに、憎むべき安倍内閣に天皇制廃止の共産革命の一部を代行してもらえるのだから、こんなに喜ばしいことはあるまいだから退位特例法にも全員一致で賛成したのである。将来、日本共産党をはじめとする反日野党は「退位特例法も、退位・即位の儀式もすべて、当時の政権与党であった安倍晋三自民党と公明党が決定し実施した事柄であり、野党であった我が党には何の責任もない。」と堂々と責任逃れする(が、これはまさに事実であり、歴史家も必ずそう判断する)ことは明白であるが、それを予測し警戒する能力すらない(=事実上の脳死状態)。

 もし、後世の日本国民から「天皇に叛逆した逆賊」の汚名を着せられたくないならば、安倍晋三内閣と与党自民党は、皇位“継承”の儀式としての「/1譲位・受禅」(同日実施)に変更すべきであろう。

 
 ≪2019214日 追記3
 中川八洋 筑波大学名誉教授 最新刊(kindle版)情報。
 『天皇「退位」式は、〝廃帝〟と宣告する人民法廷: 〝譲位〟禁止の「四・三〇」は、憲法違反!』

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この中川八洋先生の著書を冷静に精読すれば、安倍内閣・与党自民党が実施しようとしている「430日(退位礼)と同年51日(即位の儀)」の分断実施が「日本国憲法違反」であり、「退位特例法第2条違反」の疑いが強いことも明白である。

 また、安倍内閣の使用する語彙「退位」が、
譲位・受禅の儀(=皇位継承法・皇統永続)とは真逆の「天皇制廃止の共産革命(の儀式)」(=皇統断絶)の企てであることがはっきりと理解できるはず。そもそも、上掲書を読んでもこれを理解できない者は、最も正確な意味において、保守主義者でもないし保守派(民族系)でもない。

 また、上掲書を読めば、安倍晋三内閣と与党自民党議員らが常々口にしている、「天皇陛下万歳!」、「天皇(皇室)を崇敬せよ!」、「皇統の悠久・弥栄を祈念する」、「皇室制度を絶対護持せよ」、「二千年間天皇制度を護持してきた、日本国祖先への尊崇の念を持て!」、「法の支配を遵守せよ!」、及び「日本国の伝統・慣習・文化を護持せよ!」、「日本固有の領土を守れ・奪還せよ!」等々のすべてが口からデマカセの大法螺でしかなく、真の意味で愛国心のある保守派の国民を騙す、詐欺的パフォーマンスでしかないことがわかるはずである。

 保守派(民族系)の中でも良識ある人々には、上記著書を読んで、冷静に現在の危機的状況を理解頂き、我われが守るべきは特定時代に生まれては消える特定の内閣や政党や個人」ではなく、“過去から未来へと続く悠久の日本国の皇統・天皇制度と日本国民の平和と静謐と安全”であることに気付いて頂きたい。

 そして皇統・天皇制度の護持のために「5/1譲位・受禅の儀」の実現に、共に声をあげて頂きたいと思います
 


 2019215日≫重要なお知らせ


 ☆ 中川八洋 筑波大学名誉教授の公式ブログが(旧)【中川八洋掲示板】→(新)【中川八洋ゼミ講義】に変更になりました。

 (新)中川八洋ゼミ講義
 リンク→ http://nakagawayatsuhiro.com/

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 ☆ 私のホームページ

 エドマンド・バーク 保守主義 REVIVALも参照ください。

 ≪フェミニズム反駁関連の論文抜粋≫

 ≪皇位継承関係の論文抜粋≫
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保守主義の哲学---2018年12月論文、「反・フェミニズム論(2)」

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 読者の皆様へ。


 いつも私の拙ブログをお読み頂きありがとうございます。


 この度、本年7月に執筆いたしました論文『良心の務めとしての反フェミニズム論』の続編として、論文『フェミニズム(女性学)の嘘言説を理論的に反駁するための教本(案)』を執筆いたしました。


 なお、今回の論文は日本フェミニズム(女性学)の言説の出鱈目さ(非科学)と日本政府の行ってきた男女共同参画行政(特にジェンダー・フリー教育)の反人間性をすべて暴露する目的で、かなり力を入れてまとめたつもりです。


 今後、皆様がフェミニストらと様々な議論をする際の「理論的攻撃材料」という意味合いで上記のような大げさな論文標題となっています。


 かなりの文章量ですが、図表等も交えながら、誰もが分かるように最大限の努力をしたつもりです。ぜひご一読ください。なお、前回7月の論文も合わせてお読みいただければ、なお理解しやすいと思います。


 201812月論文〔PDFファイル〕リンク


 →フェミニズム(女性学)の嘘言説を理論的に反駁するための教本(案)


 20187月論文〔PDFファイル〕リンク


 →良心の務めとしての反フェミニズム論


【私のホームページ】


 →エドマンド・バークREVIVAL


 2018年(平成30年)121日兵庫県姫路市にて執筆。

 
エドマンド・バークを信奉する保守主義者、Kentarou_Ichimura.


2018128日付)


【ホームページの移行に関する重要なお知らせ】


 読者の皆様へ。


 私のホームページ、標題『保守主義 エドマンド・バーク リヴァイヴァル』(→http://www.geocities.jp/burke_revival/)をいつも御愛顧いただき、誠にありがとうございます。


 これまで当該ホームページは、「Yahoo!ジオシティーズ(有料版)」にて運営してまいりましたが、「Yahoo!ジオシティーズ」の全サービス終了の告知に伴い、下記の新ホームページ、標題『エドマンド・バーク保守主義Revival』に内容同一のまま、(まるごと)移行することといたします。


 【移行先】


 
HPエドマンド・バーク保守主義Revival


 →https://burkeanmem.sakura.ne.jp/


 なお、「Yahoo!ジオシティーズ」のサービスは、20193月末をもって終了するため、本日より20193月末までは移行期間として、新旧の両ホームページを(内容同一で)併存させ、201941日以降は「新HPのみの運営」となる見込みです。


 読者の皆様には大変ご迷惑をおかけしますが、今後とも当該HPをより一層ご愛顧頂きますよう、よろしくお願い申し上げます。


HP
作成者 Kentarou _Ichimuraより。

保守主義の哲学---知っておくべき「ジェンダー」「男女共同参画社会基本法」の嘘

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 フェミニストが、男女の生物学的・医学的な性別による区別と性別役割を躍起になって否定するのは、男女の性別役割のすべては、出生後の子供の育て方、つまり子供の育つ社会的・文化的環境が子供に押し付けるものなのだ(だから、「男らしさ」や「女らしさ」を子供に教えてはならないのだ)、と決めつけたいからである。これが、フェミニストの好む性別論、ジェンダー(=社会的・文化的に形成された性別)である。

 これを端的に言い直せば、次のようになる。
 「人間の性別は、地球上の全生物に働いている自然の摂理には依拠せず、人間自身が意図的に操作・決定できるのだ」

 これが日本フェミニズムのジェンダー論の真意であるが、なんと欺瞞に満ちた思想であろうか。良識のある正常な人間からすれば、狂気としか言いようがない。彼らは、自然の摂理と人間としての良心に対して、もっと謙虚な態度になるべきではないか。

 例えばフェミニストが男女の脳の性差等を執拗に否定するのも、この狂気の思想を擁護したいがためにする議論であって、胎児の脳の形成過程において(解剖学的または機能的に)わずかでも男女の性差があると知られれば、彼らのジェンダー理論が破綻するから、必死になって否定するのである。

 しかし、彼らのジェンダー理論は、ジョン・マネーの「双子の症例」の虚構と欺瞞を、ミルトン・ダイアモンド博士の医学論文『小児および青年期医学の記録』とジョン・コラピント著『ブレンダと呼ばれた少年』とが暴いた時点で
 ---半陰陽でもホルモン分泌異常でもない、正常な男児として生まれたデイヴィッド・レーマーが、男性器を焼失する医療ミスに遭遇し、女児に性転換され、ブレンダと名付けられ、完全に女性として(の家庭環境で)育てられたが、15歳の時、彼は、自ら女の性に耐えられず、男性と性自認して再度男子への性転換を受けた時点で(人体実験された彼は、哀れにも38歳の若さで自ら命を絶ったのである。)---
とっくの昔に破綻しているのである。

 もし、先に述べたフェミニストのジェンダー論が正しいならば、ブレンダは生得的には、正常な男性として生まれたが性転換し、社会的・文化的には完全に女性として育てられたのだから、自分の性を女性であると自認するはずであったが、実際には、自らの意思で男性と自認したのだから。ちなみに、ブレンダが自分の出生が正常な男子であり、女子として育てられた生い立ちについての真実は、ブレンダがデイヴィッドに再度性転換する直前まで誰からも知らされていなかった。

 なお、フェミニストが生得的な性差を否定するのであれば、「ジョン・マネーの仮説では性自認の門の開放期間が一年半だったがブレンダになったのは一年九ヶ月の時で、三ヶ月遅かった」は全く反論になり得ない。自明ではないか。

 このように、ジョン・マネーが唱えた「社会的・文化的な環境が与えるジェンダー・ロール(性役割)が、ジェンダー・アイデンティティー(性自認)=性別を決定する」という仮説は破綻しているにもかかわらず、日本国の男女共同参画社会基本法と男女共同参画行政・教育は、このマネーのジェンダー論を肯定する日本フェミニズム・女性学に依拠してなされてきたのである。

 例えば、日本のフェミニズム研究の必読書である『女性学教育/学習ハンドブック』と『差異の政治学』では、マネーの破綻したジェンダー理論を否定することもなく、逆に喝采して次のように述べている。

 まず、『女性学教育/学習ハンドブック』には、こう書かれている。

 「社会的には、<女である>あるいは<男である>と認識することをジェンダー・アイデンティティー<性自認>という。解剖学的な性と性自認とが一致しない場合もある。J.マネーはその著『性の署名』の中で、長い間女の子として育てられた子どもは、たとえ解剖学的に男の子であっても女の子としての性自認が形成されているので、女としての役割を習得する。つまり性自認の方が解剖学的な性よりも強力である事例を報告している。性自認と解剖学的性を一致させるために性転換手術を受ける人もいる」(国立女性教育会館 女性学・ジェンダー研究会編著『女性学教育/学習ハンドブック』、有斐閣、2002年版、p103

 次に、上野千鶴子の『差異の政治学』ではこう書かれている。

 「マネーとタッカーは、生物学的性差のうえに、心理学的性差、社会学的性差、文化的性差が積み上げられるという考え方を否定し、人間にとって性別とはセックスではなくジェンダーであることを、明瞭に示した」、「セックスがジェンダーを決定するという生物学的還元説を否定した」(上野千鶴子『差異の政治学』、岩波書店、2002版、p10

 ※ なお、日本フェミニズムの依拠するジョン・マネー以外のジェンダー論としてマルクス主義フェミニストであるクリスティーヌ・デルフィ(仏)のジェンダー論があるが、要約すれば、
 「性別役割としてのgenderは、生物学的・医学的性別(sex)を基礎として構築されるのではなく、まず社会的慣行という抑圧があって、それがgenderを作りだし、genderが解剖学的sexを作りだしたのだ」

という仮説である。しかし、これはデルフィ自身が、著書の中で「仮説」であり、「冒険的な企て」であり、「実証されるまでには数年かかるだろう」(デルフィ『なにが女性の主要な敵なのか』、勁草書房、183頁)と述べているが、それから約半世紀たった現在においても実証などされていない「仮説」である。

 だが、常識的に考えてみよ。人類社会を現在から、過去へと巻き戻せばよい。
 現在→約7500年前に数千人規模の首長制社会が誕生→約1万年前に農耕・牧畜による定住生活始まる→約7万~20万年前に言葉の使用始まる→約60万年前に脳の大きさが現代人並みになる→約100万年前に火を用いて調理を始める→約200万年前に狩猟・採集生活、50人規模の小集団→約700万年前に人類の祖先誕生・直立歩行、という風に。

 各々の時代で男女(雄雌)の社会的・文化的な性別役割(ジェンダー)は異なるとは言えても、どうして自然の摂理である男女(雄雌)の生物学的・医学的性別(セックス)が、ジェンダーによって作られた、などと断定したり実証したりできるだろうか。不可能である。

 また逆に、約700万年前から現在に向かって時間を進めてみれば、人類が、男女(雄雌)の生物学的・医学的性別(セックス)を基礎にして、試行錯誤を繰り返しながら、各時代の社会形態へと漸進的・連続的に文化を進化させてきたことがわかるだろう。しかし、もしも各々の時代において、その時代に生きる人々が、(現代のフェミニストだけが言うように)男女の性別と役割文化とを教えられなかった(学ばななかった)ならば、現在でも人類は、ただ1世代が生まれては死に、また1世代が生まれては死ぬということを繰り返すだけの、多くの下等な生物と何ら異なる所がなかったであろうと想像できよう。

 つまり、男女の性別を基礎にして進化する文化を学び、後代に伝え教えることの繰り返しが、人類を人類たらしめてきたのである。

 また、周囲の世界を見渡してみよ。セミやトンボのような昆虫をはじめ、多くの生物は、誰かに社会的・文化的に教えられなくても、生得的な本能によって雌は雌、雄は雄の行動をとるように作られ、行動しているのだから、地球上の生物の一員である人類も生得的性別をもっているはずだ、と考えるのが自然であろう(但し、人間行動の進化は、他の動物の行動とは異なり、遺伝的進化の影響よりも文化的進化の影響が大きいというのが生物学や文化人類学などで得られている知見ではある)
 

 長谷川真理子(進化生態学者、理学博士)氏は、著書『オスとメス=性の不思議』の最終章で、フェミニストの文化進化万能論を次のように批判している。


「誤った立場の二番目のものは、ヒトは他の生物とはまったく異なる存在であり、生物学的説明はヒトにはまったく通じない、生物学から学ぶものは何もないとする態度です。この立場は、とくに一部のフェミニストの間に見られ、生物学的説明は、この立場の人々からは、現状の社会悪を肯定する議論として警戒されます

 この立場の人々は性差などというものはほとんどが文化的に作られるもので、男女は生殖器以外には生物学的に差はないと考えているようです。

 私は、先日、このような立場のアメリカ人が書いた本を読んでいるときに、男女のからだの大きさの性的二型も、文化的に作り出されたものだと論じているのを見つけて驚きました。その人は、平均して男性の方が女性よりもからだが大きいのは、歴史的、地理的にほとんどの社会で、女の子は男の子よりも栄養価の低いものを食べさせられ、女の子の服装は、男の子の服装よりも非活動的、制限的であり、女の子は男の子よりもスポーツをすることを奨励されないことからくる文化的結果だと論じていました。

 私自身も、性差の多くは文化的に作られたり、または生物学的に存在するものが文化的に増幅されてできていると考えていますが、あらゆる性差が文化的に作られたもので、ヒトという生き物が他の動物とはまったく異なり、生物学的制約とはいっさい無縁のものだとは思っていません

 雄と雌のからだの構造、生理学、生化学は非常に異なるものであり、その究極的理由は、第1章から第7章までの間にくわしく検討してきましたように、雄と雌では受けている淘汰の種類が非常に違うからです。ヒトにいたって、その淘汰の様子はかなり変化しました。しかし、科学的に検証していくのではなくて、何もかもを文化と学習のせいだと強弁していくのも、非科学的な態度だと思います。」(長谷川真理子『オスとメス=性の不思議』、講談社現代新書、235頁)

 また、F.A.ハイエクが言うように、「文化は自然的なものでも人為的なものでもなく、また遺伝的に伝えられたものでも、合理的に設計されたものでもない。それは、学習された行動ルールの伝統である。文化的進化は、意識的に制度を構築する人間の理性(=意思)の結果ではなく、文化と理性が同時に発展した過程の結果である。」(『ハイエク全集Ⅰ‐10「法と立法と自由〔Ⅲ〕」』、春秋社、155頁)

 それ故に、男性(という階級)が、女性(という階級)を支配・抑圧するために、意図的・計画的に、文化や文化的性別(ジェンダー)を作り出して、女性に押し付けることなどできない。できると考えるのは、(フェミニストが)近代合理主義の最悪の誤謬である、デカルト的設計主義的合理主義(=ハイエク)の誤謬に陥っているからであるそして、文化や文化的性別(ジェンダー)が、誰の意図的設計による押し付けでもないとすれば、そもそも、男女がジェンダーから解放(=フリー)されなければならない根拠など何もないのである。男女間の差別の解消に必要となるのは、自生的に形成された文化からの解放(破壊)ではなく、文化の修正または改善なのである。

 また、男女共同参画基本法を審議した、悪名高い「基本法検討小委員会」第4回(平成10323日)議事録では、委員である文化マルキストたちによる(法律を通すための)国民・国会議員騙しの謀議が延々となされている(詳しくは、『男女平等バカ』、宝島社、p109p112および山本彰編著『ここがおかしい男女共同参画』、世界日報社、p101p110などを参照して頂きたい。)

 この議事録の中で、最も重要な部分は、当時、ジェンダーとかジェンダー・バイアスを規定した「国際条約」は一つもなく、また、ジェンダー・バイアスの撤廃(=ジェンダー・フリー)を目指すことを規定した諸外国の法律もない、ということを委員たちは承知していながら、最も過激な男女共同参画基本法の強引な成立を目指していた、という事実である。

 要するに、当時の日本国民と国会議員は、「日本は男女平等について遅れている」と文化フェミニストに騙されて、世界で最も過激で急進的な法律をまんまと成立させられた、ということである。

 ジョン・マネーのジェンダー仮説が破綻している事実を隠蔽した上、「日本は欧米諸国に比べて遅れているから」と日本国民と国会議員を欺いて成立させた法律「共参法」は、即抜本改正するか廃止するのが当然ではないだろうか。

 さて、ここまで述べると、左翼陣営やフェミニスト達から、男女共同参画基本法には「社会的・文化的に形成された性別」、「ジェンダー」、「ジェンダー・フリー」などの用語は規定されていないではないか、という反論がおこりそうなので、これに対して少々説明を加えておこう。

 男女共同参画社会基本法案(以下、「共参法」と記す。)に関する、1999513日の参院総務委員会において、「法律の<前文>は不要」と主張する政府委員を相手に、民主党の小宮山洋子参議院議員が<前文>挿入などの修正案を提出し、同年521日に協議修正された<前文>が提出された。この修正追加された<前文>とは以下のとおりである。

「少子高齢化の進展、国内経済活動の成熟化等我が国の社会経済情勢の急速な変化に対応していく上で、男女が互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる男女共同参画社会の実現は・・・(以下省略)」

 問題は、この<前文>中の「性別にかかわりなく」の解釈である。男女共同参画ビジョン等の策定に関わった大沢真理をはじめとするフェミニストの多くは著書の中で、この文言を「ジェンダーにかかわりなく(=ジェンダー・フリー)」の意味だと強弁しており、実際にも、男女共同参画基本計画(平成12年策定)の中には、「ジェンダーに敏感な視点」という文言が挿入され、国及び地方の男女共同参画行政・教育の各機関は、「性別にかかわりなく」の意味を事実上そのように解釈して、これまでに日本全国で、過激な性教育、男女混合騎馬戦(組体操)、男女同室着替え、男女混合名簿、呼称の「さん付け統一」、あらゆるものに対するジェンダー・チェック、男女共学化、過激な地方自治体条例の制定・・・等々の数々の悪政を行ってきたのである(ちなみに、純粋な男女の区別は差別ではない。オリンピック競技を男女に分けて行うのは、世界中の国々・人々の合意事項であり、決して差別とは言わないのだから、自明であろう。)

 それでは、政府(行政)は、この「性別にかかわらず」をどう解釈しているのかと言えば、これがまたいい加減・出鱈目の極みなのである。

 内閣府男女共同参画局(『逐条解説 男女共同参画社会基本法』、ぎょうせい、p80)では解釈の参考として、次のように説明している。

「<参考5>『性別にかかわりなく』
 『性別にかかわりなく』との文言は政府原案の中にはなく、前文のみで使われている用語である。前文は前述のとおり参議院で修正されたものであり、この部分の解釈について国会審議でも明確にされていない。

 この用語についての解釈の参考としては、412日の参議院本会議では、男女共同参画社会と法案の意義について質問があり、『男であるとか女であるとかという性別にかかわらず、男女がお互いの個性や長所を認めつつ、かけがえのないパートナーとして喜びも責任も分かち合っている社会・・・』と小渕恵三内閣総理大臣が答弁している。」

 つまり、少なくとも小渕首相は、<男女がお互いの個性や長所を認めつつ>と述べているのである。

 ところが、平成161029日の衆院内閣委員会で、細田博之官房長官は、民主党・小宮山洋子議員から共参法<前文>の「性別にかかわりなく」の意義を質問され、「社会的、文化的に形成された性別、ジェンダーにとらわれることなく、一人一人の個性や能力が多様であるので、それを尊重し、多様な選択を認め合うという趣旨である」と答え、共参法<前文>における「性別」が「ジェンダー」の意味であり、「にかかわりなく」が「にとらわれることなく(=フリー)」であると明言したのである。

 我が国の政府(行政府)及び国会のこの出鱈目な、国民を欺き、嘲笑しているかのような態度は、一体何なのだろうか?

 また、先に述べた悪名高い「基本法検討小委員会」第4回(平成10323日)における、委員である文化マルキストたちによる(法律を通すための)国民・国会議員騙しの謀議

 →政府原案にはなかった共参法<前文>を1999513日の参院総務委員会で挿入するよう強固に主張したのは、フェミニスト(を代表しての)小宮山洋子であった。

 →この<前文>に対する解釈を平成11年の小渕首相の<男女がお互いの個性や長所を認めつつ>から、平成16年の細田博之官房長官の<社会的、文化的に形成された性別、ジェンダーにとらわれることなく>に変えさせる質問をしたのもフェミニスト(を代表しての)小宮山洋子であった。
 という流れを踏まえれば、ジェンダーという用語を直接使用しない共参法を成立させ、後になって、修正追加しておいた共参法<前文>中の「性別にかかわりなく」を「ジェンダー・フリー」に解釈させるというフェミニストらの謀略の筋書きに、日本国民及び国会議員は、まんまと騙されたと考えてよかろう

 しかし、共参法の成立と解釈の過程において騙されたこと以上に、日本国民にとって遥かに深刻なのは、共参法の施行が与えてきた日本国民へのダメージの方である。なぜなら、共参法の施行は、ジョン・マネーの破綻した<双子の症例>の日本国民に対する社会実験であると解するのが、正しい理解だからである。

 つまり、狂気の医学者ジョン・マネーが共参法・男女共同参画会議・内閣府男女共同参画局等に対応し、ジョン・マネーのデイヴィッド・レーマー(ブレンダ)への生体実験が日本国民への共参法の施行に対応するのである。

 ジョン・マネーは、(半陰陽でもホルモン分泌異常でもない)正常な男子を性転換手術と育て方(生育環境)によって女子(=人間)に変えられると信じた。

 それに対して男女共同参画会議や内閣府男女共同参画局等はどうか。

 彼らは共参法の成立以後、法律の強制力を盾にして(半陰陽でもホルモン分泌異常でもない全体人口の99%以上の)正常な男子または女子として生まれた日本国民に対して、「男らしさも女らしさも教えず、全否定するジェンダー・フリー教育」を子供たちに強制執行することによって、男女の性別意識すら持つことができない「人間未満の非人間」に改造しようと試みてきたのである。これが、フェミニズムの「男女の本質的平等」の本質であり、「性別にかかわらない個人」の本質である。ジョン・マネーよりも数万倍質が悪いと言えよう。

 このような所業(「共参法」)は、正真正銘の「狂気」である。

 冷静に考えてもみよ。生得的な生物学的・医学的性別(sex)を否定され、男らしさ・女らしさを後天的に教育することも否定された(=ジェンダー・フリー)子供たちが、一体如何にして「男女の性自認」をすることが可能なであろうか。

 家庭や学校や社会に対して「男性とは何か、女性とは何かを子供たちに一切教えるな」と政府(地方行政も含む)が法律によって強制するなどという施策は、まさしくレーニン/スターリンの共産主義やヒットラーの国家社会主義が行った社会実験の模倣であり、当該国民や民族を襲った悲惨な運命を真摯に受け止めるならば、決して許されるべきことではない

 共参法とそのジェンダー・フリーとしての解釈は、立法の仮面を付けた犯罪である。

 それとも、内閣府男女共同参画局は、個々の人間(日本国民)は、自分が男性であるか女性であるかを自認する必要はない、性別のない個人であれば十分だ、と言いたいのか。

 あるいは、性別のない個人の人生は、男女の性別をしっかり自認した個人の人生よりも、幸福で、生の充実感があり、自己の存在意義をより良く認識できると言いたいのか。

 どうであれ、兎に角、現在行われている男女共同参画行政は、至急ストップして、徹底的に見直しをする必要がある。

 さらに付け加えれば、共参法の成立過程に関して、酷く出鱈目なものが他にもある。

 審議会等の多数の議事録が紛失しているのである。

 当時、男女共同参画基本法案の国会上程前の審議は、「男女共同参画審議会(総会)」、「基本問題部会」、「基本法検討小委員会」の三つの会合で行われた。総会7回、基本問題部会12回、小委員会13回開催されたが、議事録が公開されたのは、そのうち、総会が2回分、基本問題部会が5回分、小委員会が6回分のみ。

 議事録の大半が存在しないことについて、質問された当時の男女共同参画局の回答(A)は、「現時点では存在しない」であったという。それで済まされたのである。

 Q:初めから存在しなかったのか?

 A:「わからない」

 Q:当初存在したものが、その後に失われたのか?

 A:「それもわからない。とにかく現時点では存在しない。」

(なお、この議事録関連については、『男女平等バカ』、宝島社、p113や山本彰編著『ここがおかしい男女共同参画』、世界日報社、p101などを参照して頂きたい。)

 兎に角、このようにとんでもなく出鱈目かつ国民騙しの過程を経て成立したのが、天下の悪法「共参法」であり、その悪法の効力の下で、男女共同参画会議、男女共同参画局の文化マルキストたちによって、日本国民を強制手術的に改造する目的でなされてきたのが、「ジェンダー・フリー」、「男女の本質的(or実質的)平等」の美名による、
男性と女性を区別しない過激な悪徳行政・教育だったのである。

 さて、このような極悪法「男女共同参画社会基本法」をこのまま無制限に放置しておいてよいものだろうか。良いわけがない。放置すれば、現在および将来の日本国・日本国民は、回復不能な致命的損傷を被ること間違いないだろう。

 良識ある日本国民は、我われ真正保守(自由)主義グループとともに、共参法の抜本改正または廃止のために、大きな声をあげて頂きたいと切にお願いするものである。

補足とお願い】以上の問題は、過去の問題ではなく、現在まで変わらず引きずっている問題であることに注意せよ!

 おそらく、人によっては、上記の問題は過去に生じた問題で、既に是正されているはずであり、何を今更?というかもしれないが、根本的には今でも何も是正されていない。その理由を以下に簡単に記しておく。

 (1)共参法から、ジェンダー・フリーの思想は未だに<消えていない>。
 平成16年(2004年)4月に、内閣府は、「ジェンダー・フリー」は男女共同参画社会が目指すものではないこと、それぞれの地方公共団体における「ジェンダー・フリー」の用語使用についても、今後条例等を制定する場合には、敢えてこの用語は使用しない方がよいとの考え方を示した。だが、現在でも共参法の前文中の「性別にかかわりなく」は消されていない。そして上記の細田博之官房長官の答弁と合わせれば、「ジェンダー(性別に)・フリー(かかわりなく)」という解釈が共参法から消え去っていないのである。また共参法の第4条などは、明らかに実質上のジェンダー・フリー規定である(これについては、私の前回の論文良心の務めとしての反フェミニズム論(PDFを参照されたい)。

 (2)内閣府の使用する用語「ジェンダー」は、マネーやデルフィの定義ではないとは言えない。

 また、同時に内閣府は、国及び地方行政が使用する「ジェンダー」という用語の定義について、1995年の第四回世界女性会議(北京会議)で採択された北京宣言および行動綱領において示された≪生物学的な性別を示す「セックス」に対する「社会的・文化的に形成された性別」≫であると述べた。

 しかし、用語「ジェンダー」の出所を述べたからと言って、何の意味もなく、それが、ジョン・マネーやクリスティーヌ・デルフィなどの定義する「ジェンダー」の意味とは異なるものであるという根拠には一切ならない。

 なぜなら「ジェンダー」概念において最も重要なポイントは、「ジェンダー」と「セックス」との相互関係の定義部分だからである。

 すなわち、

 ①男女の性別は生得的な「セックス」の影響を全く受けず(あるいは生得的な「セックス」など存在せず)、完全に「ジェンダー」によってのみ決定される(→この場合、人間の性別は、自然の摂理に無関係に、生後に人間の意思で決定できることになる。仮にそうだとしても、文化的進化は、あらゆる時代を通じて、すべての人々による自生的過程による形成物であり、誰かの意図的な設計物ではない以上、文化や文化的性別を破壊してもよい、次代に教えなくてよい、男女を中性化しても個人はうまく生きて行ける、などいう狂った結論は決して出てこない。

 と(狂気的に)考えるのか、

 ②先ず、生得的な「セックス」が性別の基礎に存在し、その上に「ジェンダー」が形成されつつ、両者が相互作用しながら性別が形成される(→この場合、人間が生得的な性差を持っている以上、ジェンダーから解放されなければならないとか、男性らしさや女性らしさを教えてはならない、という屁理屈は成立し得ない)

 と(正しく、常識的に)考えるのか、についての説明がされなければ、「社会的・文化的に形成された」などという文言には、ほとんど何の意味もないのである。自明であろう。

 しかし、政府(男女共同参画局)は、共参法の成立以来、このことについて日本国民に一度も真摯に説明することもなく、①の(狂気的で誤謬に満ちた)前提の下で、様々な悪政策を撒き散らして、現在に至っているのである。

 すなわち、(日本フェミニズムの)共参法とそのジェンダー概念の狂気は、決して過去に解決済みの問題ではなく、現在の問題なのであって、一度、けじめ(区切り)をしっかりと付けなければならないのである。

 どうか良識ある日本国民は、現状をこのように正しく認識・理解した上で、共参法の廃止(または抜本的改正)、男女共同参画会議、男女共同参画局の廃止(あるいは抜本的な権限縮小)に向けての運動を拡大して頂くよう、ご協力をお願いしたい次第である。

平成3095補足追加】社会的・文化的性差の解体の危険性の意味について。

 あらゆる社会的・文化的諸制度(とその中に組み込まれた男女の役割)は、過去の人間が意識的に設計したものだから、それを望み通りにつくりかえる(=制度を中立化する)完全な能力が現在の人間にもあるはずだという信念は、「制度」というものの本質を理解し損ねた謬論である。社会的・文化的諸制度は、人間の意識的設計の産物ではなく、自生的に成長した形成物であり、それによってのみ自由社会の秩序は維持され得るのである。

 すなわち、日本フェミニズムによる、自生的に成長した社会的・文化的諸制度とその形成過程で漸進的に組み込まれてきた男女の役割分担や男性らしさ・女性らしさを安易に解体・破棄する行為は、日本文明の解体行為であり、また文明人としての日本国民の国民性(民族性)のみならず、人間性の抹殺行為であって、人道に対する犯罪と言っても過言ではない。

 ハイエク曰く、

 「人間の文明をすべて意識的理性の産物ないし人間の設計の産物と見るならば、あるいは、自分の行為が知らぬ間に築き上げたものを意図的に再創造したり維持したりすることが必ずや可能であると想定するならば、われわれは分不相応に自惚れている文明は個々の知識が累積した結果であるが、社会の中の人間が、自分も他の誰も完全には所有していない一連の知識から常々利益を得ることができるのは、これらすべての知識がいずれかの個的頭脳の中に明示的・意識的に組み合わされることによるのではなく、われわれが理解せずに用いているシンボル、つまり習慣や制度、道具や概念のうちにその知識が体現されることによるのである。人間が成し遂げた最も偉大なことの多くは、意識的に指導された思考の結果ではなく、ましてや多くの個人の意図的に調整された努力の産物でもない。そうではなくて、それは個人が決して完全には理解し得ない役割を果たしている過程の産物なのである。それがどんな個人よりも偉大なのは、まさしく、それが単一の精神の管理しうるのよりも広範な知識の組み合わせに由来するからなのである。」(『ハイエク全集Ⅱ-3「科学による反革命」』、90頁)以上。

 以 上、反日本フェミニズム論の序章として記す。

【平成30年9月9日補足追加】フェミニストは、自然の摂理---それは敬虔な信仰心を持つ人間にとっては、神の摂理である---に謙虚になるべきである。

 次に掲げるのは、ジェンダーの概念が登場した1995年の第四回世界女性会議(北京会議)に向けてマザー・テレサが送った書簡である。しかし北京会議でこの書簡が取り上げられることはなかった。

 なお、私はキリスト教徒ではないし、キリスト教の宣教師でもないから、本ブログの読者に対して、キリスト教の見解を押し付ける意図は全くない。

 しかしながら、一つだけ確実に言えることがある。それは、古今東西の世界の真正保守(自由)主義の哲人達は、一人の例外もなく、

 「この世界には人智を超越した、人智では動かし難い秩序(摂理)---それを自然の秩序(摂理)と呼ぶか、神や神々の秩序(摂理)と呼ぶか、自生的秩序と呼ぶかは別として---が、実在している

 ことを洞察したがゆえに、人間はそうした秩序(摂理)の存在に対して、畏敬し、謙虚であり、保守すべきである、と説いてきたのである。

 そうした意味において、キリスト教徒ではない日本国民も、このマザー・テレサの書簡に謙虚に耳を傾けて欲しいと願うものである。

 1995年第4回世界女性会議(北京会議)へのマザー・テレサの書簡

 親愛なる皆様へ

 第4回世界女性会議で北京にお集まりの全ての方々に神の祝福のあらんことをお祈り申し上げます。私は、この会議によって、あらゆる人々が、神の計画において女性だけに与えられた役割を知り、それを大切なものと受けとめ、さらに尊厳を与えること、それによって、ひいては女性達が一生のうちにこの神の計画を実現できることを希望します。

 私には、なぜ男性と女性は全く同じだと主張し、男女の素晴らしい違いを否定しようとする人々がいるのか理解できません。神より授けられたものは全て善きものでありながら、全てが同じものであるとは限りません。私はよく、私のように貧しき人々のために尽くしたいとおっしゃる方に対して、「私にできてあなたにはできないこともあり、あなたにできて私にはできないこともあります。しかし、ともに力を合わせれば、神にとって何か素晴らしいことができるのです。」と申し上げます。男性と女性の違いとは、これと同じようなものなのです。

 神は、私達ひとりひとりをお造りになりました。そして、更にありがたいことに、全ての人々を、愛し、愛される存在にして下さっているのです。では、神はなぜあるものを男性に、またあるものを女性にお造りなったのでしょうか。それは、神の愛のひとつの形が女性の愛で表わされ、別の形が男性の愛で表わされるからです。どちらも愛するために造られていながら、それぞれの愛し方が違うように、男性と女性は互いを補い合って完成されるものであり、神の愛を体現するには、どちらか一方よりも両方そろった方が、より神の愛に近づくことができるのです。

 女性特有の愛の力は、母親になったときに最も顕著に現れます。母性は神から女性への贈り物。私達は、男女を問わず世界中にこれほどの喜びをもたらしている素晴らしいこの神の贈り物に、どれだけ感謝しなければならないことでしょうか。しかし、私達が、愛することや他者のために尽くすことよりも仕事や社会的地位の方を大切だと考えたり、妊娠中絶をしたりすれば、この母性という神の贈り物を破壊することにもなりかねません。仕事も、夢も、財産も、自由も、愛に代えることはできません。母性を破壊するものは全て、神から女性への最も大切な贈り物―女性として誰かを愛する力―を破壊するものなのです。

 神は私達に「汝を愛するがごとく隣人を愛せよ」とおっしゃいました。だから、私はまず正しく自分を愛し、それからそれと同じように隣人を愛します。しかし、神が自分をお造りになったことを受け入れないとすれば、どうして自分を愛することなどできるでしょうか。男女の素晴らしい違いを否定する人々は、自分たちが神によって造られた存在であることを認めようとしませんし、それゆえに隣人を愛することもできません。彼らがもたらすものは、対立と不幸と世界平和の破壊でしかありません。例えば、私がこれまで再三申し上げてきたように、妊娠中絶は現在の世界平和にとって最大の破壊者であり、男女の違いをなくそうとしているのは皆、妊娠中絶に賛成する人々なのです。

 死と悲しみの代わりに、世界に平和と喜びをもたらしましょう。そのためには、神に平和という贈り物を願い、互いに神の子の兄弟として愛し合い、受容し合わなければなりません。子供達が愛することと祈ることを学ぶのに最もふさわしい場は家庭です。家庭で父母の姿から学ぶのです。家庭が崩壊したり、家庭内に不和が生じたりしていれば、多くの子供は愛と祈りを知らずに育ちます。家庭崩壊が進んだ国はいずれ多くの問題を抱えることになるでしょう。私は、とりわけ裕福な国々で、愛情不足と疎外感から逃れるために薬物に向かう子供達を幾度となく目にして参りました。

 しかし、家族の絆が強く、家庭が円満であれば、子供達は父母の愛の中にかけがえのない神の愛を見ることができ、自分の国を愛と祈りに満ちた場にしていくことができるのです。子供は神から家族への最高の贈り物ですが、子供にとっては父と母の両方が必要です。なぜなら、父親は父親らしいやり方、母親は母親らしいやり方で神の愛を体現して見せるからなのです。ともに祈る家族が離れていくことはありません。そして、家族がひとつであり続ければ、神がそのひとりひとりを愛してこられたように、互いを愛し合っていけるでしょう。愛のあるところには常に安らぎが生まれます。

 心に愛の喜びを抱き続けましょう、そして、出会った全ての人々とその喜びを分かち合いましょう。北京会議の全ての出席者と、この会議によって救われようとしている全ての女性が、ともに愛と安らぎの中で暮し、それぞれの家族とこの世界を神にとって美しいものにするために、おひとりおひとりがマリアのように慎ましく、清らかであることをお祈り申し上げます。

 ともに祈りましょう。
 全てを神の栄光と御心に捧げて。
 神の祝福あらんことを。

 マザー・テレサ MC

 ※ 書簡中の青色の文字着色は、私。

 【補足】神や神々などに関する「一つの見解」程度のくだけた話として読み流してください。

 科学主義が浸透した現代の人々に対して「あなたは神や神々の存在を信じますか?」と尋ねるならば、大多数の人々が確信を持って「存在するはずがない。存在することなど証明できないのだから存在しないと思う」などと即答するだろう。

 ところが、その同じ人々に対して別の質問、「あなたは死後の世界(霊的な世界)が存在すると思いますか、それとも人間が死ねば無に帰するのだから、死後の世界は存在しないと思いますか?」と尋ねた場合には、彼らの確信は一気にトーンダウンして「多分ないと思う、そんなことは死んでみないとわからない」という風な回答に変化する。

 なぜだろうか?

 おそらく、多くの人々は、自分が自分の死(やその予感)から遠く離れている時には、神や神々が存在するか否かという問題についてどんな考えを持っていても(無関心であっても)、現実の生活に何ら不都合を感じないのである。しかし、死後の世界の存在の有無について考える時はいつでも、「どんな人間でもいつかは必ず死を迎えるのだ、自分もその例外ではあり得ない」という不可避の現実が意識の中に呼び覚まされる。だから強い確信を持って「死後の世界は存在しない」とは言い切れない(言いたくない)心境に陥るのであろう。

 神や神々に対する信仰の問題は、自分とは無関係の他人事の問題ではあり得ず、自分の臨終の際には、死後の世界の有無に関する問題と不可避的に統合されて、どんな人の心の中にも立ち現れて来る問題なのである。ゆえに、「何人も決して軽視すべからず」ということなのである。

 以 上。

 ≪平成30年9月12日≫重要補足

 ☆ 生物学的決定論と文化的決定論の大論争とその帰結について

 19世紀後半から20世紀前半において行われた、人間行動や人間社会の形成に関する「生物学的(遺伝的)決定論(=極端な進化生物学)」と「文化的決定論(=極端な文化人類学)」の論争は既に過去のものとなり、現在では、霊長類の一種であるホモ・サピエンスが、他の生物と同じく自然淘汰による進化の所産であることは明らかであり、しかしまた、人間の場合には、これに成長に応じて学習する言葉や文化的プログラムとが加わることになる。そして、この文化的プログラムは、遺伝によって準備される脳や神経組織が存在するからこそ、可能となるのであることが明らかになっている。

 つまり、人間行動や社会の進化とは、生物学的な遺伝的要素と文化的な外遺伝要素という別々の部分が一つのシステムの中で相互に作用し合っている、というのが、長い論争の末の知見のようである。

 そしてこの歴史的論争の観点から考えてみると、現在の日本フェミニズムが主張している「ジェンダー」や「ジェンダー・フリー」の概念は、男性性や女性性などの性別の自認(形成)が、生物学的・医学的性別(sex)に依存せず、生後の社会的・文化的な環境によってのみ決定する(gender)というものである。

 これらのフェミニズム思想が依拠しているのは、ジョン・マネー著『性の署名』、『男と女、男の子と女の子』やマーガレット・ミード著『サモアの思春期』などの既に論争・反駁済みの(非科学の)「世紀の2大虚構論文」であるが、それらは虚偽であったことが反駁さた(=全世界の研究者の常識)、上記論争における「文化決定論」の側に属する誤謬である。
 すなわち、人間の男性性や女性性が、生後の社会的・文化的な環境によってのみ決定する、という「ジェンダーの前提」は、上記の両陣営の科学者が総力を挙げた大論争の末の知見を完全に無視したものであり、何の科学的根拠もない虚構であると断言してよかろう。
 このような時代遅れの、既に全世界から虚偽報告として棄却された考え方・思想を似非根拠に据えた、日本フェミニズムの“誤謬・虚構・欺瞞”の「ジェンダー」、「ジェンダー・フリー」概念に基づき行われている、現在の男女共同参画行政(と男女共同参画社会基本法)は、即座に停止(廃止)し、抜本的に見直さなければならないのは自明ではないか。

 以 上。


  ≪平成30829日(水)【閑話休題】男女関係の心温まるアニメネタ

 ここで私のお薦めアニメを再掲(一部追加)しておきます。

 ジャンルは「恋愛・ドラマ・学園系アニメ」(2018春アニメまで)です。

 アニメ選択の基準は、「男性は男性らしく、女性は女性らしくありながら、男女が互いに尊重し合うことができる時こそ、一人一人の個人にとって、友情、恋愛、仲間、結婚、家族などの人間関係が生まれ、人生のドラマが展開していくのだ」という私の観点から、観るのに良い、観れば心が温まると思われるアニメを厳選しています。(なお、下記作品はすべて良く出来ていて、心温まる作品ばかりです。ですから、順位付けはできません。)

 興味と時間のある方は、DVDレンタルやアニメ動画配信サイト等でご視聴ください。

 ※ ただし、あくまでも私個人の価値観により選んでおりますので、皆様のアニメ(またはアニオタ)感覚とは非常に異なるかもしれません。その点、あらかじめご了承ください。

 〇 花咲くいろは(P.A.WORKS

 〇 多田君は恋をしない(動画工房)

 〇 四月は君の嘘(A-1Pictures

 〇 君に届け シーズン1,2(Production I.G
 
 〇 サクラクエスト(P.A.WORKS
 
 〇 赤髪の白雪姫シーズン1,2(ボンズ)
 
 〇 ちはやふるシーズン1,2(マッドハウス)
 
 〇 響け!ユーフォニアムシーズン1、2(京都アニメーション)
 
 〇 僕らはみんな河合荘(ブレインズ・ベース)
 
 〇 言の葉の庭(コミック・ウェーブ・フィルム)
 
 〇 TARI TARIP.A.WORKS
 
 〇 ゆるキャン▲(C-Station
 
 〇 凪のあすから(P.A.WORKS
 
 〇 映画 聲の形(京都アニメーション)
 
 〇 映画 君の名は(コミック・ウェーブ・フィルム)
 
 〇 映画 心が叫びたがってるんだ(A-1Pictures

 ※ これらのアニメ制作会社のアニメ自体は、本ブログの記事内容とは一切関係がありません。私が個人的に良いと感じたものを自由選択しただけですので、これらの会社に迷惑のかかるヘイトな政治行為等は厳に慎んで頂きますよう、お願いいたします。

 閑話休題、以 上。
 

出鱈目詐欺師、安倍晋三自民党しか投票の選択肢のない、日本国の惨状!

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 良識ある日本国民の皆様へ。

 国益無視の、政治家の超ご都合主義の主張など、聞いていても嘘くさくてちっとも信用できず、腹立つだけ。

 ので、真正の保守(自由)主義---バークやハイエクの思想を軸とした政策を思考する保守主義---の政党が仮にあるならば、どのような政策綱領を掲げるべきかを簡単にまとめました。但し、政策分野は、天皇(皇室)、国防、外交のみに限定しています。

 どうぞ一読された上で、今回の総選挙における、各自の投票行動に反映して頂ければ幸いです。




《平成291021日》流石に超一流の詐欺、自民党の政策パンフレット2017!


 今回の総選挙用『自民党政策パンフレット2017』は、さすがに超一流の詐欺師、安倍晋三率いる自民党だけあって、全体の外見は非常に見事な出来栄えである。それは率直に認めよう。

  だがその内容はパンフレット冒頭から、事実の歪曲(虚偽)で覆われている。

  そもそも安倍晋三の言う「国難」とは、その全てではないにしても、大部分は安倍晋三自身の無策と無責任が招いたものであり、それをあたかも政権の外から差し迫った危機であるかのごとく、冒頭から転倒論理で国民を騙す悪意甚だしい詭弁であろう。

  1 北朝鮮脅威に関する、5年間の安倍晋三政権のミサイル・核実験対応及び日本人拉致問題に対する失策は、ほとんどお手上げ、放置状態で、国益毀損甚だしいもの。当の拉致被害者の家族でさえ、日本政府は全く信用できず、米国政府の方が遥かに信用できると訴える始末。最近、米国のトランプ大統領が国連演説で、拉致問題(拉致被害者)に触れてくれたため、日本政府一同が、米国大統領に手を合わせて涙を流す始末。

 2 日本国の人口問題とは、“日本国の人口増加対策”のこと、すなわち“出生数増加”、“出生率回復”のことであって、共産党の造語<少子化社会>を前提としてはならない。

 ちなみに201441日現在の子供(=15歳未満)の数は、1,633万人であり、1981年の2,760万人に比べて1,100万人減少した。日本国が地球から消滅する日は、着実に近づきつつある。だから、日本国の永続、日本民族の存続を真剣に考えるならば、<少子化>とか<少子化社会>を前提としてはならないことなど、小学低学年でも容易に理解できることである。

 ところが、安倍自民党の<少子化社会>を前提にした政策は、今だけよければよい(選挙で票が得られ、自分の政権を長く維持できればよい)、50年後、100年後の日本国の国防力なし、労働力なし、福祉・介護力なしという悲惨で暗澹たる国家の終末状況を全く意に介しない、無責任極まる(あるいは悪意に満ちた)ものである。つまり、安倍晋三は、知性の極貧困性と悪徳の利己主義者であるため、真の「国難」が何かもわからないし、それに対する真正の対策もさっぱりわからない。

 経済発展も国防力も60歳以下の人口絶対数で概ね決定されるから、このためには、平成以降の日本国は「新生児数250万人以上、出生率4.0以上」でなければならないが、安倍自民党は一切、この核心問題に触れない。それどころか造語<希望出生率1.8>を振り回すし、<少子化>を前提とした(=少子化ありきの)ロボット・人工知能頼みの<生産性革命?>とか、将来人口が激減していなくなる前提での<人づくり革命>とは一体何なのか?これを真正の<騙し>、<詐欺>と言わずして何というのだろうか?

 3 <経済的に恵まれなくても、意欲さえあれば(誰でも)進学できる社会>とか<幼児教育の無償化>などは、学力や教育の問題を家庭の経済問題のみに還元する的外れのお粗末思考(イデオロギー)であり、そうした思考自体が子供の学力低下を増大させ、自助の精神に満ちる活力を喪失した暗澹たる社会へと導くのである。どんな分野であれ、偉大な成功者は、概ねすべて、貧困と不運な環境の運命の中に生まれながら、自助の気概を持って勤勉に精励し、苦難を乗り越えて、成功した者たちばかりである。少なくとも、国家(政府)が貧しい個人に経済的な援助を施しさえすれば、個々の国民の知性や徳性や身体能力が本人の理想や希望どおりになるはずだという思い込みは、単なる幻想でり、捨てるべきである。

 4 消費税を増税し、その使途を<全世代をあまねく支える社会保障制度にする>などとの主張は、マルクス経済学のとうに破綻した<同一労働・同一賃金>政策や、日本国民から国家が勤労意欲を強制的に削ぎ落す<残業の規制(→実際には、企業が生存していくには、仕事量の最低ラインは減らせないから、残業は一向になくならず、残業代未払いのサービス残業が増大するだけとなる。>政策などと合わせ、安倍自民党は、(国家)社会主義政党です(これから社会主義国家に大きく舵を切ります)との宣言であろう。

 5 上記1~4に加え、先にブログで述べた、天皇(皇室)、日本国皇統・日本国の祖先への大叛逆、反国益の異常な親露外交、対露・対レッドチャイナ・対北朝鮮の国防(軍事力増強)政策における無策・無能、および憲法や法や政治哲学が何なのかさえ、さっぱりわからない誤魔化しの憲法改正論、等々を合わせ考えれば、安倍晋三・自民党がこの衆議院選挙で過半数を越える与党となっても(自民党が与党であることは不変だろうが)、日本国の内政的・外交的・軍事的危機は、増大するばかりで、低減する要素(見込み)は何もない。だから、安倍晋三の高級な役者演技の文言である、<国難突破のため>であるとか、<北朝鮮危機に備えるため>であるとか、<この国を守り抜く>のは安倍自民党だけだ!、などという訴えは、概ねすべて、言葉自体と実際の施策が真っ逆さまに転倒した虚偽である。

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安倍自民党はその行動において、反日・国賊政党!貴重な一票の投票の価値なし!

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 エドマンド・バーク曰く、
 「詐欺ペテン師が決して後悔(「反省」)しないことは天下周知の真理である。詐欺漢は詐欺的行為(政策)以外に何の算段も有しない。彼らの倉庫にはそれ以外の如何なる商品もない。つまり彼らは(自分自身の権力維持の)詐欺奸計の皮算用に失望する際には、退いて依拠すべきどんな徳目ないし叡智も胸中に蔵していない。彼らは古い欺瞞が破綻すれば、新手の欺瞞策の考案に赴くだけである。」(バーク『フランス国民議会議員への手紙』より。丸カッコ内:私の加筆)
 安倍晋三(首相)には、日本国の主権・領土、日本国民の生命/安全・財産・自由を守る気概など皆無である。それは、以下に示す、対北朝鮮(対韓国)・対中共・対ロシア外交の反日・反国益の出鱈目オンパレードぶりから、疑問の余地のない、自明の事実である。

 
【中川八洋掲示板】(平成29817日付)

  中川八洋
(筑波大学名誉教授)曰く、
  ≪ 表1が端的に証明するように、これまでの約五年間、首相としての安倍晋三の外交は、例外一つなく、日本の国益を阻害するものばかりであった≫

 表1;日本の国益をひたすら大毀損し続ける“《反日の権化》安倍晋三のスーパー反・外交”
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 ≪本文リンク≫→
http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2017/08/17/120157

 ☆ 「イージス・アショア3セットは高い」と渋り、「THAAD8セットの配備」は端から拒絶。日本国民三千万人殺戮へと爆走中の“日本一のホラ吹き(国民騙し)男”安倍晋三

 
中川八洋曰く、
  安倍晋三につき、“日本一の法螺吹き総理”“日本一の(国防無為無策の上に、自分の言葉と政策に)無責任総理”“日本一の(無責任の裏返し)国民騙し総理”であるのは、次の事柄を思い起こすだけで、一目瞭然の真実だろう。異論はあるまい。
 A、安倍晋三最大の公約「アベノミクス」のポイ捨て。
 B、安倍晋三の第二トップ公約「北朝鮮拉致被害者の奪還」のポイ捨て。
 C、安倍晋三の公約「北方領土奪還」は、ポイ捨てどころか、逆走して「極東シベリア開発協力に三千億円という国民血税をロシアに貢ぐ協定の締結」と「(共同経済開発同意による)北方領土におけるロシア主権の容認」という対ロ領土割譲までした。“対ロ売国奴”としては安倍を超える悪人はおらず、日本史上最凶の“対ロ売国奴”と言えば、かつては河野一郎だったが、今では“日本一の【反日の権化】”安倍晋三を指す。

 ◇ 北朝鮮の核攻撃第一標的は日本。対米用の核ICBMは日本攻撃時に米国の報復を阻止するため

 極め付きは何よりも、日本国民三千万人以上がもはや確実に殺戮される原爆や原初型水爆実験に成功したのに(93日)、安倍晋三が決して、北朝鮮の核弾頭付き弾道ミサイルから「日本国民をこう守る(すべて完全に迎撃する)」とも「これらの核弾頭付き弾道ミサイルをその発射前に、こう先制撃破・殲滅する」とも、口をチャックにして発しなかったことに明らか。
 安倍晋三は、日本国の総理ではなく、明らかに“北朝鮮・金正恩の回し者”である。“北朝鮮の犬”として日本国民騙しの言葉を発したからだ。安倍晋三とは、実態において日本の総理大臣ではない。安倍晋三は、人格的にも真面な人間ではないし、自分が日本国民だという意識すらない。云はば外来の放浪者的人物だと考えられる。200611月、コンドリーサ・ライス国務長官は、安倍晋三をrogue(ならず者)だと喝破し、口もききたくないと怒った。ともあれ安倍晋三は、こう言った。

 「断じて容認できない。国際社会と連携して断固たる対応をとる」(93日)。

 この安倍談話を聞いて、腰を抜かした日本人は、まだ日本国民だと言える。が、この言葉に卒倒しなかった日本人は、もはや“非・国民”。日本国民ではない。いや、それ以下のクズ人間。いや、クズ人間以下で、豚やアヒルに近い。なぜか。
  前述したように、安倍晋三は、この談話のどこにも、「北朝鮮の核弾頭付き弾頭ミサイルから、日本国民をこう守る(すべてを完全に迎撃します)」とか、「これらの核弾頭付き弾頭ミサイルをその発射前に、こう先制撃破・殲滅する」とか、何一つ口にしていない。
 それどころか、日本人三千万人以上が火の海で殺戮される事態が喫緊に迫っているのに、日本の国家・国民の存亡事態であるのに、安倍晋三は平然と、「これは日本の直面する問題ではない」と明言するに等しい「国際社会の問題だ」と、“悪魔のマジシャン”もたじろぐ狡猾さをもって、「日本」をさっと「国際社会」にすり替えた。
 ≪本文リンク≫
 →http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2017/09/08/123337

 【中川八洋掲示板】
(平成29914日付)
 ☆「《北朝鮮の核軍拡》に匹敵する《”軍事的真空“日本の無防備》が戦争を招く」も知らない、“安倍晋三ゴマスリ商売”八木秀次/百田尚樹らの“ゲス集団ヒステリー”

 
中川八洋曰く、
 ≪ つまり、この数ヶ月の民族系三誌で、「安倍晋三=アンパンマン」を書きまくる/しゃべりまくる“学も無き、知も無き、倫理も無き”口舌の徒輩──八木秀次・百田尚樹・小川榮太郎・櫻井よしこ・阿比留瑠比ほか──とは、まさにテレビアニメ「アンパンマン」に熱をあげる三歳の童児並みのスーパー幼児の欠陥人間。これからは、彼らを「国益を害する“アンパンマン評論家”」と呼ぼう。
 先に列挙した “安倍晋三ゴマスリ評論家たち”の代表五名が、共産党員の前川喜平や朝日新聞・TBSを「バイキンマン」に括るのは間違っていない。だが、このバイキンマンに糾弾・批判されているからと言って、安倍晋三がどうして「アンパンマン」なのか。二つの暴力団が抗争している時、片方がアンパンマンで他方がバイキンマンとでもいうのか。双方ともバイキンマンだろう。
 国際政治でも、ヒトラー・ドイツとスターリン・ロシアが19416月から全面戦争に至った時、どちらがアンパンマンでどちらがバイキンマンとはしない。双方とも“凶悪なバイキンマン”だ。

 中川八洋
曰く、
 ≪ ロシア民族とは人類史上唯一の天才外交民族。過去五百年以上にわたり、ロシアとの外交交渉に勝利した国はゼロだし、引き分けになった国すらも一ヶ国としてない。東京帝国大学の前身「南校」でダントツ首席の未曽有の大秀才だった小村寿太郎ですら、1905年のポーツマス講和会議でロシア全権ウィッテに一方的に押されっぱなし。
 ロシアとのテーブル上での外交交渉だけは断じて避けるのが“賢明・賢慮のイロハ”だが(備考)、マージャンと女遊びで四年間を過ごした“成蹊大卒のスーパーお馬鹿”は、烏滸の沙汰にも、16回もプーチンと秘密会談をした。安倍晋三に分裂症系の狂気が無ければ、大蛇を押さえ込めるとガマガエルが大蛇に噛みついたような、単独密談式の対ロ外交など決してしていない。

 
中川八洋曰く、
 ≪ 自衛隊を国防軍(軍隊)に昇格しない限り、何故、日本の実力組織(戦力)は国を護る戦闘ができないかは、かつて1980年代前半までの日本では常識だったが、1991年のソ連邦崩壊を境にこの常識が完全に消えた。その理由の一つは、自衛隊の自衛官は国家公務員であり、国防軍(軍隊)になれば軍人となる。“社会的身分を一段上にあげる”ということではなく、戦場における戦闘を可能とする法律の有無において決定的な相違が生じるからである。
 たとえば、「敵前逃亡」という戦場離脱は、国家公務員であれば職場放棄の長期欠勤だから、懲戒免職になるだけ。実際にも、かなりの情報を集めると、自衛官は、有事の防衛出動の下令と同時に、海自・空自では4050%が依願退職届を出すと予測されているし、陸自は7080%がそうするだろう。退職金が無いだけだから、懲戒免職なら大いに結構で、晴れて合法的に「敵前逃亡」が認められるに同じだからである。だが、軍人であれば、軍刑法と軍法会議があり、防衛出動の下令と同時に「敵前逃亡」は銃殺刑の死刑である。この軍刑法が無ければ、国家は軍隊に戦場での戦闘遂行をさせることはできない。
 もう一つの問題は、憲法に国防軍の条文がない以上、軍刑法は制定できず、自衛隊の自衛官が敵兵を殺せば一般刑法において殺人罪となる。現在、この問題については上官の命令があれば敵兵殺害は免責されると自衛隊では教えているが、果たしてそうなるか。PKO部隊の場合は海外だから、国際法が優先的に適用され、この珍解釈も一応成り立つ。が、日本列島の領域内戦闘の場合には、国内法が優先されるから、必ず一般刑法が大きく自衛隊に立ちふさがる。
 ≪本文リンク≫
 →http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2017/09/14/181331

 【産経新聞ニュース】(2017.9.17 07:01
 ■ 安倍晋三首相、衆院解散を決断 10・29衆院選が有力 北朝鮮情勢の緊迫化で方針転換 「安保法制の意義問い直す」 創価学会も緊急幹部会
 (本文省略)
 ≪記事リンク≫
 →http://www.sankei.com/politics/news/170917/plt1709170008-n1.html
 ■■■■■

 そして、ここへきて、政治詐欺師・安倍晋三・自民党の次の「大政治詐欺ショー」としての「解散総選挙」である。
 安倍晋三の言う解散の大義とは、「安保法制の意義を問い直す」ことらしいが、今更、既に成立した法律の意義を問い直すことに何の意味があるのか?そんな無駄なことをしている暇があるなら、安保法制の趣旨に則して、「即座にイージス・アショア3セットを購入する」とか、「即座にTHAAD8セットの配備する」とか、「非核三原則の廃棄を国民に問う」とか、今すぐにできる実効性のある方策を日本国民に対して提言するべきではないのか?
 だが、安倍晋三は、今すぐにでもできる方策が山ほどあるのに、全く何一つ公言しないし、行動もしない。
 安倍晋三がしたことは、国際社会に対し、「(日本国自身は、自衛の何の努力もしないけど)国際社会と連携して断固たる対応をとる(=国際社会よ、助けてくれ!)」と、全世界から失笑を買うような、すべてを他人任せにする無責任極まる発言をして、日本国・日本国民の平和ボケの恥を世界中に晒したことのみ!
 また、安倍晋三は、「日本国憲法第九条に第三項として自衛隊の項を付け加えるだけで、日本国の防衛は万全になる」かのごとき出鱈目をまき散らしているが、この出鱈目改憲論(加憲論)も今回の総選挙の大義となるかもしれない。しかし、この安倍の馬鹿げた言葉遊び改憲論は、「日本国憲法第九条さえあれば、北朝鮮や中国共産党やロシアは、決して日本へ侵略してこない。日本は平和であり続ける!」という左翼陣営の憲法第九条教よりも数千倍も害毒がある。なぜなら、憲法第九条(第一項、第二項)を残したままで、第三項(自衛隊条項)の加憲することは、自衛隊を正規の国防軍に(昇格)することを、永久に不可能にしてしまうからである。

 
【中川八洋掲示板】(平成29817日付)

 
中川八洋曰く、
 ≪ ところが、もし“スーパーお馬鹿”安倍晋三のように、自衛隊を第九条第三項で規定すれば、それは第一項と第二項を日本が容認する法的行為であるから、日本国民が選択した憲法条項になる。自衛隊を国防軍にして、日本人が真に国を守る軍隊を保有するには、もう一度、憲法第二項の削除を本当にしない限り、それは叶わなくなる。
 一言で言えば、極端に大欠陥のある外国製憲法条文ならば無視して死文に扱うことができるが、いったん出鱈目であれこの外国製憲法条文を日本国の国会と国民が触れば、それは“日本の生きた憲法”となり、日本国を拘束する。安倍晋三は、日本国から国防軍の保有をできなくする、主権剥奪状態を永久化しようとしている。日本国を我が子のように大切に扱ったGHQとは異なって、安倍晋三こそ、日本国を永遠に地球上から消滅させる、満洲や樺太に侵略したロシア軍のような“悪魔の外敵”の極みではないか。≫
 ≪本文リンク≫
 →http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2017/05/09/113546


 さて、次期総選挙における、真正の日本国民の採るべき投票行動はただ一つ。
 このような、日本国・日本国民を守る気ゼロのクズ政党(エセ保守政党)安倍自民党には、比例区も選挙区も一票たりとも入れないこと。
 当たり前であろう、自国民を守るための自国でできる実効的方策を何一つ約束しない、責任放棄政党に投票する国民がどこにいるだろうか?
 しかもこのような時に、安倍晋三は、「消費税増税の税収を国の借金返済にあてるのをやめて、(国防ではなく!)「福祉に充当すべきた!(理由は簡単、そのほうが、有権者数の多い高齢者層の受けが良く、選挙で票を獲得できるから。)」などとぬかす田吾作である。 
 このような愚か者が党首の政党に、一体誰が投票するだろうか? 
 真正の日本国民諸君(=日本国で少しでも長生きしたい諸君)!
 朝鮮人や、彼らを一方的に擁護する国内の反日極左(左翼)人士の、行為や言論を批判し、あらゆる正当な手段で、徹底的に闘うのはよろしい。しかし、だからといって、上記に示したような、安倍晋三と自民党の反日・国賊的政策(&不作為の怠慢)の一切を、見て見ぬふりして容認し、無条件に自民党に投票してあげる、ということにはならないであろう。
 そのような投票行動は、「自らの早死(短命)」のために投票する自殺行為である。
 反日・極左の第二共産党としか言えない民進党に投票する必要などない。日本共産党に投票する必要も全くない。
 けれども、それは(実質的に)反日・極左の政策しか採ってこなかった、現在の安倍自民党に投票してもよい理由にはならない。
 現在、野党がボロボロの状態で、政党の体を為していない状態であるから、次回の総選挙の結果は、自民党の圧倒的な勝利であることは自明のことである。
 しかしながら、真正の日本国民であるならば、己の生命/安全・財産・自由を真剣に守る気がない政党に、たった一票でも投じるのは、狂気の沙汰と感じるはずである。
 だから、真正の日本国民の投票行動は、ただ一つしかない。
 「安倍自民党には、選挙区でも比例区でも、一票たりとも投票しない。」
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真正の日本国民よ、一丸となって行動しよう!Burkeanの旗の下に。

保守主義の哲学---”祖宗の遺意”に反逆する大悪党・自民党を全力で打倒せよ!

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 日本国を愛する日本国民の皆様へ

 我われ日本国民は、日本国の天皇(皇室)制度および皇統が、古来の皇位継承法に遵って、男系男子へと世襲継承されて来たという歴史事実を、我われと我われの祖先が為した、“法的正義”と“道徳的忠誠”に基づく“日本民族の誇り”であると考えても、それが我われ日本国民の権利の侵害であるとか、差別的・恣意的な不平等制度の源泉であるとは考えません。

 また、この天皇(皇室)制度を護持することが、日本国の永続に資する利益であると考えても、不利益の種であるとは考えず、それを祖先と子孫に対する我われの世代の果たすべき義務であると考えても、特定の時代に蔓延する一時的な軽薄さや無思慮や破壊嗜好によって、“自生的法制度”を自由気ままに変革・廃止する権限を付与された事実があるなどとは考えません。

 また、我われ日本国民は、我が国の歴史過程において、自生的に自然成長した国家の枠組み(Constitution国体)を、我々の自由を保障する価値ある制度とみなしても、隷属の烙印とはみなしません。

 そして我が国の皇位が、古来の皇位継承の法の下、混乱なく、確実に男系男子へと世襲継承されていくことこそが、我われ日本国民の永続と繁栄の基礎を形成する唯一無二の砦であると確信しています。なぜなら、法・慣習・道徳という自生的秩序の維持によってのみ、我われ日本国民の自由・財産・生命(安全)は保護され、永続性を確保できると知っているからです。

 日本国の皇統と皇位継承法は、我われ日本民族の神々、皇祖、国民、国土の起源を記す日本神話に繋がる、古来からの日本史の事実の歴史的連続性に、その正統性の根拠を有しているのです。

 (明治)皇室典範義解は、このことを明確に述べています。

  曰く、
 「祖宗国を肇め、一系相承け、天壌と興に無窮に垂る。此れ、説を假らずして既に一定の模範あり。以て不易の規準たるに因るに非ざるはなし。今人文漸く進み、遵由の路必ず憲章による。而して皇室典範の成るは実に祖宗の遺意を明徴にして子孫の為に永遠の銘典を貽す所以なり。」

 つまり、日本国の皇位継承は、明治皇室典範の制定以前には、祖宗の遺意(=旧慣・慣習)による継承でありましたが、明治皇室典範の制定により、以後は祖宗の遺意を明文化して宣明したにすぎない憲章によるとしています。

 すなわち、明治皇室典範の條章は、仮説的な理論による設計(構築)の産物ではなく、二千年以上の間、我われの祖先たる皇祖皇宗及び日本国民によって実際的に行為され、かつ子孫らに連綿として継承・相続されてきた世襲財産であるが故に、“皇位継承の不易の規準(原理)”であると言えるのです。

 もう少しだけ話を深く掘り下げましょう。

 いわゆる自然権を根拠にして、国家(文明社会)の統治を行うことは、理論的にも、現実的にも不可能です。自然権の前提に立てば、我われすべての個人は、自分が出席できない国会、行政、司法その他の制度から構成される、すべての統治が簒奪であるとみなされるからです。

 そうではなく、日本国の国体(Constitution)は、時効の国体なのです。天皇(皇室)及び日本国民が古来の皇位継承法と天皇制度の下で、二千年以上の間、生存し繁栄し続けてきたという事実こそが、他の何ものにも増して、既存の体制を合理づける法理となるのです。
 日本国民という観念は、単なる地理的範囲や一時期の個人的集合にすぎない人数的・空間的広がりであるだけでなく、過去(祖先)・現在(我われ)・未来(子孫)へも広がる時空的連続性の観念なのです。
 そして、日本国の国体(国家の枠組み・構成)とは、単に一時期限りあるいは一握りの民衆の、慌ただしく軽薄な選択結果などではなく、幾世代・幾百年・幾千年を経た何世代もの人々の、慎重かつ入念な自生的過程の結果としての濾過物なのです。
 
 英国保守主義の父と呼ばれる、エドマンド・バークは、時効の国体(憲法)について、次のように述べています。

  曰く、
 「それ(=時効の国体)は、選択よりも一万倍も優れた原理によって形成される国体(憲法)であり、民衆の特殊的状況、機縁、性情、意向そして道徳的、制度的、社会的な慣行が長時間の中で徐々に形を取って現れた産物である。それはおのずから身体に合うに至った衣服である。
 統治の時効は決して盲目的で無意味な偏見に根ざすものではない。
 なぜならば人間は、極度に愚昧であると同時に、極度に聡明な存在だからである。
 しかし、種としての人間は疑いもなく聡明であり、罪を許すに時をもってするならば、種としての人間はほとんど常に正しい行動をする。」(『バーク政治経済論集「下院代表の状態を調整する委員会についての演説」』、法政大学出版局、447頁)

 このように皇室典範とは、皇室家法の不易の原理を宣明した法制度であるため、我が国においては、君臣共にそれを古来の法のままに護持する義務のみを負うのであり、特定の時代の慌ただしく軽薄な恣意によって、自由気ままに変革・廃止を行う権限など誰にも与えられていないのです。

 皇室典範義解は、このことを次のように明記しています。

  曰く、
 「将来已むを得ざるの必要に由り其の條章を更定することあるも、亦帝国議会の協賛を経るを要せざるなり。…皇室の家法は祖宗に承け、子孫に傳ふ。既に君主の任意に制作する所に非ず。又臣民の敢て干渉する所に非ざるなり。」

 ◇◇◇◇◇

 最後に、日本国民(保守層)の皆様へのお願い。

 我われ現在の世代は、我われの祖先の叡知と高貴なる義務感を尊び、進んでそれに従わなければならないはずです。

 ところが、現在の国会与党である安倍自民党は、自らを保守政党だと偽装し、選挙時のみ、支持票獲得のために保守層の全国民を騙し、選挙が終わるや否や「保守など知らん!言った覚えなし!」とばかりに、安倍内閣に信任を与えた保守系日本国民のすべてを愚弄し、尊ぶべき祖先の遺意を嘲笑して、投げ捨て、我われの未来の子孫らを、天皇制度の廃絶された、魂の支柱無き、暗黒の日本(島)へと導こうとしています。

 いわゆる、天皇陛下の退位(正しくは、譲位)に関する特例法の付帯決議に、今上陛下のご意向とは無関係であるのに、唐突に「女性宮家の創設検討」の文言を盛り込み、すでに衆議院で可決、通過させました。
 このまま参院も早々と通過させるつもりのようです。

 保守政党を名乗って、保守層の日本国民の信任を得ながら、その支持者らに対して、近い将来の皇統廃絶の計画を突きつけているのです。

 これほどまでに国民を騙し、侮蔑し、憎悪した酷い仕打ちをする極悪政党が、かつて存在したでしょうか。
 
 いいえ、私は知りません。

 現在の安倍自民党の保守層国民に対する裏切りと侮蔑は、過激極左である民進党や日本共産党の悪性の比ではありません。

 なぜなら、彼ら野党は、いくら声高に「天皇制廃止!」を叫ぼうとも、少数党ゆえに、その野心的イデオロギーを立法化する権力=実効的権力を持ちえないからです。

 それなのに、与党たる自民党が、野党の票を肩代わりしてまで、皇統廃絶の共産革命の引き金となる「付帯決議」を可決に導こうとしているのです。

 一体、これはどういうことでしょうか?

 信義的に許される範囲内(限度内)にあるでしょうか?

 いいえ、自民党は保守政党として決して越えてはならぬ一線を既に半歩踏み越えたのです。

 ここまでくれば、すでに狂気の沙汰であり、悪の極みであり、日本国憎悪の権化と言っても過言ではありません。

 安定多数の絶対権力に驕り高ぶり、保守系日本国民を騙して裏切り、日本史上のすべての祖先を嘲笑する悪党・自民党は、次期総選挙・都議会選挙・すべての地方選挙では、日本国民の総力をもって叩き潰さねばならないでしょう。

 皆様にお願いします。

 今後行われる一切の選挙では、決して自民党に(選挙区、比例区共に)一票たりとも与えてはなりません。

 ただし、野党に投票する必要などありませんが…。

 何卒、ご協力をお願いします。

 by Kentarou Ichimura

 ☆☆☆☆☆
 
~ブログ『中川八洋掲示板』より引用~

  “第二共産党民進党の真赤な嘘に洗脳されたスーパー暗愚高村正彦/茂木敏充──捏造された虚偽事実の特例法「付帯決議」なら、天皇・皇室制度は不可避に解体的消滅の危機に陥る


 筑波大学名誉教授   中 川 八 洋


 さる526日、自民党公明党は、今上陛下の生前ご譲位に関わる皇室典範特例法案の国会審議に便乗して民進党が突き付けた、天皇制度の廃止or消滅の特効薬女性宮家創設の、国会審議」というコミンテルン共産革命に屈して、全く必要もないのに、また特例法に一切関係しないのに、それを付帯決議にすることに合意して、この付帯決議の両党案を提示した。


 だが、その内容は、驚くなかれ、共産党朝日新聞が流してきた真赤な嘘──捏造された虚偽事実──が基軸基調というシロモノ。四文字魔語「女性宮家」がないだけで、女性宮家を創設するとしか読めないから、天皇制廃止狂ばかりが国会議員第二共産党民進党の言い分をそのままそっくり書いている。今般、特例法を自民党で担当した高村正彦茂木敏充とは、日本国と皇室を裏切るトンデモ民進党の犬に成り下がっている。スーパー暗愚高村正彦茂木敏充の、惰弱と無知による天皇制度廃止革命に追随した大罪は、万死に値する。


 自民党公明党の付帯決議案は、真赤な朝日新聞が日々垂れ流す国民騙し言語をそのままふんだんに使用しており、どれもどこもばっさりと削除せねばならないトンデモ文言ばかり。が、その中核に恐ろしい捏造事実がある。それが、次のゴチック部分の文言。


 「安定的な皇位継承を確保するため、女性皇族の婚姻等による皇族数の減少」(『朝日新聞527日付け)。


 皇位継承に「安定的」とは不適切表現である。この部分は、「皇位を確実に秋篠宮悠仁親王殿下が継承できるようにし、かつ悠仁親王殿下を支える男系男子皇族を十名以上にする」などの正しい文言に修正しなければならない。が今、不適切で間違った「安定的」等の誤り文言に関わっている暇はない。「女性皇族の婚姻等による皇族数の減少」という、あからさまに真赤な虚偽で捏造の文言が、いかに悪質な捏造であるかを、まず暴くことの方が急務だからだ。


 真実その一;皇族数の激減は、女性皇族の婚姻等とはいっさい無関係


 まず、女性皇族とは、皇族男子とのご成婚が無ければ臣籍降嫁するのであり、これが古来二千年に及ぶ皇室の慣習・伝統(=法の支配の)。また、この臣籍降嫁のルールは、皇族全体が遵守しなければならない皇室の絶対家憲である。かように女性皇族とは、あくまで暫定的な皇族であり、初めから皇族数から除外されているともいえる。


 すなわち、「女性皇族の御成婚をもって皇族数が激減する」とは、牽強付会も甚だしい噴飯物の詭弁。いや、詭弁というより、阿漕なごろつきヤクザの暴言の類、と言うほかない。


 真実その二;皇族数の激減は、旧皇族の復籍を政府&国会がサボった無為が原因


 皇族数の激減の最大の原因は、指摘する以前に明瞭。日本人ならば、誰でも知っているからだ。


 GHQの命令で旧皇族11宮家51名が、占領後に日本がどうしようと勝手だから、理論的には占領期間中に限っての一時的皇籍離脱を強いられた19471014日以来、七十年間も政府も国会もサボりにサボって、特例法一つの制定で済むのに、旧皇族の復籍という、国家の重大事を完遂する当然の責任すら果たさなかったことに起因している。GHQは、サンフランシスコ講和条約の発効で1952428日に消滅している。


 だが、遅きに失したとはいえ、今からでも遅くはない。皇族数の激減を救う確実な方法は、唯一つ、旧皇族の復籍の特例法をいま直ぐ制定すること、それ以外にないからだ。


 真実その三;1953年に始まった皇族数激減の危機は、一般国民の無関心も原因


 具体的に言えば、1947年以降、僅かに残った宮家、つまり秩父宮/高松宮/三笠宮家に関し、皇子も皇女もお産まれにならなかった秩父宮/高松宮家の断絶は誰の目にも明らかだったが、それでもなお政府も国会もその代替措置をいっさい講じなかった。旧皇族の復籍以外に、この代替ができない以上、19531月の秩父宮殿下の薨去をもって、ただちに旧皇族を復籍させる特例法を立法すべきであった。なお、高松宮殿下の薨去19872月。


 私は、1965年、秩父宮/高松宮家が断絶する方向の事態に、「皇室の衰微と消滅は、このままでは加速する」と、居ても立ってもおられず、国会議員旧皇族復籍の特例法制定を説いて回った。が、立法する動きにはならなかった。


 私事。1980年頃、この話を聞いて、常日頃から「日本の皇室の命運は、杉浦重剛の生れ変り中川君の智慧と知識を、国会議員や総理官邸が採用するか否かにかかっている」が持論だった村松剛は、「その1965年、三島由紀夫と中川君が邂逅していれば旧皇族の復籍は実現していただろう」と、三島由紀夫の(天皇・皇室に関わる)思想をいろいろ語った。近頃ふとこの事を思い出すのはなぜだろう。ただ、村松剛的な「(三島由紀が生きてい)たら/れば」など無意味なこと。喫緊の課題は、この6月の特例法「付帯決議」で、旧皇族皇籍復帰をどう決議させるかだ


 さて、話を戻す。三笠宮崇仁殿下におかれては、寛仁親王/宜仁親王/憲仁親王の三皇子を儲けられたが、桂宮宜仁親王殿下は生涯独身を通されたし、20146月に薨去された。三笠宮家を継がれた寛仁親王殿下は20126月、薨去された。高円宮憲仁親王殿下も200211月、薨去された。三笠宮家は、その系譜の三宮家一緒に、事実上は断絶したといえる。常陸宮家も同様である。


 このように、皇統に男系男子の皇子は代を重ねるごとに激減する。この傾向と特性は、古来からのごく当たり前の情況でもある。また、皇位を男系男子の皇子以外が継承すれば瞬時に天皇制度は自壊・消滅する。


 これからの皇統護持or皇位の悠久の弥栄を維持せんとすれば、まずは、旧皇族皇籍復帰以外にいかなる方策も存在しない。旧皇族こそは、我が日本国が、また我ら日本国民が、祖先の尊い営みによって2000年間奉戴してきた聖なる天皇・皇室制度を護持していけるよう、神の見えない手が我ら及び我が国に授け遺した、偉大にして高貴な宝物である


 日本国民は、もし真正の日本国民であるならば、こぞって辞を低くして三顧の礼をもって、旧皇族の方々に、復籍の御決断を促しお願いすべき時である。

 

 あるべき正しい「付帯決議」


 政府においては、皇室の悠久の御繁栄と皇統がさらなる万世に護持されるよう、旧皇族の復籍を可及速やかに実現するための検討を行い、その検討結果を国会に報告すること。


 本ブログ読者へのお願い。本稿と前稿を次の国会議員FAXされたい。


 FAXは、国会議員会館の個人事務所宛てが確実。役職の場所宛ては、必ずしも本人に届かない。


 ・ 高村正彦0335025044


 ・  茂木敏充0335083269


 ・  大島理森0335083932


 (527日記)


 ~『中川八洋掲示板』引用、ここまで。~


 真正保守(自由)主義グループ諸氏は、自民党が、このまま皇統廃絶の共産革命実行機関に成り下がるなら、次期総選挙では、自民党が政党としての死に至るほどの強烈な鉄槌を(GP総員一致団結して)下すべし!

 ☆☆☆☆☆


 

 

 

 

 

 

 

 

保守主義の哲学‐‐‐平成29年元旦・Burke/Hayek政治哲学【動画】No.4,No.5

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(※ 本ブログ記事は平成29年1月1日に私の下記のSo-netブログに掲載したものの転載であり、1月3日付の公開となっています。ご了承ください。So-netブログ「保守主義の父」 エドマンド・バーク 保守主義) 

 皆様、新年明けましておめでとうございます。


 本年も何卒よろしくお願い申し上げます。


 さて、私〔=ブログ作成者〕の年始の仕事(義務)としまして、昨年末ブログに掲載しました、BurkeHayek政治哲学【動画】の続編を制作しその一部を公開することとしました。


 この動画シリーズが、皆様の人生の糧となり、我が国(と世界)の政治情勢を洞察・予見する一手段となれば幸いであります(&そのことで、私の動画作成の大変な苦労も報われます)。


 技術的な動画の出来栄え(外観)の優劣性は度外視しても、そこに書き記した政治哲学の内容については、非常に知る(学ぶ)価値あるもの(=”失敗しない”もの)であると、200%の自信&信念を持っておりますので、安心してご覧いただきたいと思います。


 なお、今回公開の動画は、前回(前年末)の
動画(No.13No.23No.33)の続編として作成したものであり、動画の番号は(No.4nNo.5n)としております。


 現在作成中の(
No.6No.7)のほか、今後も折を見て続編を順次公開していく予定のため、動画総数“X”は「不定」であり、変数「n」としております。


 さて、今回の動画(
No.4nNo.5n)に私が埋め込んだ主旨は、アクトン卿(英国)の次の言葉に集約されています。


 
Acton said,
 “But the weight of opinion is against me when I exhort you never to debase the moral currency or to lower the standard of rectitude, but to try others by the final maxim that governs your own lives, and to suffer no man and no cause to escape the undying penalty which history has the power to inflict on wrong. The plea in extenuation of guilt and mitigation of punishment is perpetual.”


 
アクトン卿曰く、「道徳規準のレベルを落としてはならない、公正なる判断の基準を曲げてはならない、そうではなく、皆さんの人生を律する根本倫理で人を判断しなければならない。また、歴史には誤ったものに対しては永遠の断罪を下す力があり、どんな人間でも、どんな大義でも、その力の及ばないものはない。このように説くと、大方の意見は私に反対である。情状酌量や、罪の軽減を嘆願する傾向は、決してなくならない。」


(出典:Acton, “A Lecture on the Study of History”



 
前置きが長くなりましたが、どうぞ動画をご覧ください。


(以上、平成29年1月1日公開)


(以上、平成29年1月2日公開)

 ※ 保守主義の哲学No.7/nを掲載します。ただし、視聴時間が30分とやや長いこと、記載内容が若干難しい(かもしれない)ことから、時間を約10分程度に区切って、休憩を入れながら、ゆっくりとご視聴ください

 

 (以上、平成29年1月14日公開)


保守主義の哲学‐‐‐KGB国家ロシアとの平和条約・経済協力など、日本国の自殺行為!

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 ■ プーチン露大統領)はKGB出身者であり、KGBとはソ連時代にロシア共産党の手足となって、国民大虐殺を執行する凶悪機関であった。


 その
KGBロシア共産党クーデターによって乗っ取り、誕生した国家が、現在の“新ロシア”であるという事実を、日本国民は決して見誤ってはならない。


 すなわち、安倍晋三内閣・自民党)が、今月
15に為そうとしているプーチン・ロシアとの隷属的握手行為は、現在及び将来の日本国・日本国民消滅へ直結する、“死のロープ”を、“日本国(政府)自らの意思によって、自らの首に掛けようとしている”ことを意味する、極めて危険な行為であることに、安倍内閣自民党)も、多くの腐敗・堕落した日本国民も、全く気付いていないし、気づこうとする意思もない。


 売国的国家反逆者安倍晋三日露安倍晋晋三・晋太郎親子――ソ連・プーチン首脳会談の実施は、将来の我が国にとって、文字通りの“自殺行為”となるだろう。


 
☆ 新ロシアとは、ソ連共産党の手足である、対外工作担当及び国民殺弾圧の実行機関であるKGB(=レーニンが創設)が、主人であるロシア共産党をクーデターで乗っ取った国家である。


 ソ連の悪逆非道の本質は、KGBと生き残り共産党(野党第一党)が、新ロシアにおいてそのまま継承している!


 
中川八洋(筑波大学名誉教授)曰く、


 「新しいロシアにおける一般通念上の“民主化”が進んでいないことは、国民弾圧を無法・非法の限りをもってする旧ソ連の
KGBのその機構を解体せずそのまま温存していることでも明らかであろう。


 ・・・
KGBとは≪8月革命≫の余波を受けて199110月に3分割された。


 
対外工作担当の
KGB第1総局が(新ロシアの)≪中央諜報局≫に、国境警備総局とその軍が≪国境警備国家委員会≫と同司令部に、そして国民弾圧機構2総局を含む対国内の諸機構が≪共和国間保安局≫となった。


 中東の地域を担当した積極工作員であり、事実上の
KGB出身のプリマコフが、この≪中央諜報局長官となった。


 そして、この≪中央諜報局≫も≪共和国間保安局≫も、つまり
KGBのほとんどは1991そのまま新しいロシア連邦が引き継いで実質的な改革〔民主化〕がなされる気配はいつしか消えたようである。


 ・・・レーニンが創設した悪魔の秘密警察である≪チェーカー≫以来の、この
KGB組織の国民弾圧システム全廃がない限り、新しいロシアに民主主義が育つことがないのは、あえて指摘するまでもないだろう。」
(中川八洋『蘇るロシア帝国』、学研、19926月、51頁)


 ☆ では、レーニンスターリンソ連ロシア共産党
KGB)とは、どんな国家だったのか?理想の(共産主義的)ユートピアだったのか?


 
ソルジェニーツィン曰く、

 「西側の資本家は我々に安く売ろう、早く売ろうとお互いに競争し、ソビエトにぜひ自分のところから買わせようと・・・競争するだろう、彼ら資本家は自分たちの将来のことは考えず、何でも彼らの方から我々に持ってくるだろう、とレーニンは言っていました。


 困難な時にも、モスクワの党大会で彼はこう言いました—―≪同志諸君、狼狽えてはならない我々に形勢が不利になったら、我々はブルジョアジーに縄を与えるそうすればブルジョワジーは勝手に首をくくるであろう≫。


 するとカール・ラデックが・・・こう言ったのです――≪ウラジミール・イリノイッチ〔レーニン〕、でもブルジョアジー全部が首をくくるほどの縄を我々はどこから手に入れるんですか?≫。


 
レーニンは苦も無くあっさり答えたのです――≪ブルジョアジーの方から縄を売ってくれるさ≫」
(ソルジェニーツィン『自由への警告』、新潮社、13~14頁)


 
ソルジェニーツィン曰く、


 「(ロシア革命前の、革命の80年前の)時代の年間の処刑者数は17名でした。1年間に17名。名高い中世の宗教裁判がその最盛時、その数十年間に処刑した者は月に10名でした。


 『収容所群島』で私が引用しているのは、1920年に非常委員会自身が発行した本からです。


 ・・・1918年と19年に非常委員会裁判にかけずに、月に1,000名以上銃殺した、とその資料にあります。


 
非常委員会自身が書いているのです。


 将来、歴史上それがどう見えるか、当時非常委員会はまだわかっていなかったのです。


 1937-38年のスターリンテロの最盛期には、銃殺された者の数を月平均にすると、月平均
40,000人以上になります
!!! 


 1年に17名、1月に10名、1月に
1,000名以上、そして1月に40,000名以上! という数字になります。」(同、19頁)


 
ソルジェニーツィン曰く、


 「私は≪収容所群島≫の経験に基づいて、それ(=収容所群島の掟)を皆さんにはっきり説明することができます。


 (それは)最も苦しい目にあった者、一番不屈であった者、最も潔白な者、最も勇気ある者、最も断固たる者――そういう人達はもう決して世の中には出られない、そういう人達はもう決して世の中に見せてはならない、なぜならその人達は人間の頭には収まらないようなことを話すだろうからです。


 これが≪収容所群島の掟なのです。」(同、31頁)


 
ソルジェニーツィン曰く、


 「この(ソビエト、共産ロシア)体制は、モロトフのような、暴露された数百万人の死刑執行人たちやそれより小者の極悪人どもが、決して裁かれることなく高額の恩給で至極安穏に暮らしている体制です。


 ・・・自国の憲法は
1日として実施されたことなく、すべての決定は秘密裡に、ある無責任な小集団の中で行われ、そこからいきなり我々とあなた方めがけて(その決定事項が)打ち出される、そういう体制です。


 
この連中の署名に一体どんな価値があるのでしょう?」(同、36頁)


 
ソルジェニーツィン曰く、


 「今日ここ(=米国)で私は皆さんと楽しく時を過ごしていますが、あちら(=ソ連)では人々が呻き声を上げたり、命を落としたりしているし、精神病院では夕刻の回診で、頭脳と人体を破壊する薬物の日に
3回目の注射が行われている」(同、37頁)


 
ソルジェニーツィン曰く、


 「ソ連と共産主義諸国は交渉を行う術を心得ています。・・・永い間どの点でも譲歩せずにいて、そこからほんの少し(相手方に対して)譲歩する


 すると(相手方は、)彼ら(=ソ連)は譲歩している、だから今こそ条約に署名すべき時だ!とたちまち大喜びする

 ・・・(ソ連は譲歩せず、)こちら(=相手方)の神経をいら立たせておいて、譲歩(する
が、)その譲歩たるや、・・・(相手方の自由諸国では)交渉なぞしなくてもそもそも初めからあって然るべき自然の権利の1,000分の
1を与えられる(だけなのに)・・・それがもう、(相手方では)喜ぶべきニュース(となり)、たちまち西側では、彼ら(=ソ連)は譲歩しているだから、早速調印すべきだ!といった多くの(愚かな)声が上がるのです。」(同、38頁)


 
ソルジェニーツィン曰く、

 「・・・の首相は≪急がねばならぬ調印すべき時が来たのだこの協定に≫と言っているのです。(ですが)この協定にとは一体何でしょう。今日提案されている協定とは東欧の埋葬ということです。」(同、39頁)


 
ソルジェニーツィン曰く、

 「私たちはあちら(=ソ連・東側共産諸国)の・・・全生活体験から、暴力に対抗しうるものが一つだけあるそれは不屈ということだ!という結論を得たのです。


 
共産主義の本性を知る必要があります。


 
共産主義のイデオロギーそのもの、レーニン的躾け(=レーニン主義)なるものは、取れるものを取らないやつはバカだ、ということにあるのです。


 
取れる場合には、取れ攻撃できる場合には、攻撃しろ、ただもし壁にぶつかったら退却しろ


 こういうわけで共産主義的支配者たちはただ不撓不屈だけを尊敬し、いつも彼らに譲歩する者を軽蔑し嘲笑しているのです。


 皆さんのところでは今こう言われています。


 アメリカの政治家の発言の引用はこれで最後にします――≪和解を試みない力は世界紛争に至る≫というのです。


 私に言わせれば、しかし絶えず相手のご機嫌をとっている力はそもそも力ではない


 我々の体験に基づいて皆さんに申し上げますが、毅然たる態度だけが共産主義的全体主義の攻勢対抗する可能性を与えるものであるということです。」(同、39~40頁)



 読者の皆様、これでも、あなたは安倍晋三の、日本国・日本国民を、プーチンKGBロシアに売る行為に近い


(=北方領土の日本国の主権を一切認めないロシア、今まさに欧州でクリミア侵略中であり、欧米から経済制裁を受けているロシアに対し、数兆円の経済協力<支援・援助>をしたり、北方領土主権がロシアにあるとの主張と実効支配を、日本国政府が承認するかのような、北方領土での日露共同経済活動という)


 、日本国の存立にとって危険極まりない、平成28年12月15日の日露首脳会談を、承認しますか?


 いいえ、(自らの寿命を、そして子や孫の寿命までもを、自らの政府の単なる愚鈍性によって、縮めてしまう危険に巻き込まれたくない日本国民ならば、)決して承認してはなりません!


 安倍晋三内閣は、まさにロシアンルーレットのような対ロシア外交において、現在及び将来の日本国・日本国民の“生命・財産・自由”を一か八かの(というより、勝ち目のない、利益のないと既にわかっている)賭けに晒そうとしています。

 事実、安倍内閣は、北朝鮮日本人拉致問題の解決に完全失敗しており、北朝鮮は核実験やミサイル発射威嚇を繰り返すばかりで、拉致された日本人は一人も帰ってこないどころか、安倍内閣(自民党)は拉致問題について、事実上ほとんどお手上げの状態で、世界にその無能外交を晒しました。もし相手が、プーチン・KGBロシアの場合、同様の失敗の結果は、対北朝鮮外交でのそれ以上に、数百倍危険な惨状に陥ることになりかねず、知性が極めて低劣で、保守主義の哲学の欠片も持たない、愚鈍・安倍内閣による、対ロシア外交における失敗は絶対に許されません。あってはならないことなのです。


 このような安倍内閣の対ロシア外交手法は、国益に真っ向から反するがゆえに、許されざる売国的、反日的行為であり、日本国民(特に、保守層)の選挙による信任に対する、完全な裏切行為・背信行為と言わざるを得ません。


 安倍晋三内閣は、ロシアが北方領土すべてにおける、国際法上の日本国の主権を認める意思(用意)がない限り、日本国からの経済協力(援助)であれ、北方領土での日露共同経済活動であれ、会談・交渉の余地など全くなし!と心心得て、一切の交渉を即時停止すべきである。


 日本国・日本国民にとって、何らの利益もないどころか、将来の日本国・日本国民に対しても、さらなる不利益を決定付けるような、日露間の(悪徳首脳同士の)約束事など、一切必要なし!であろう。

 





written by Kentarou Ichimura.


☆ 動乱の時代を生き抜くための、Burke/Hayek政治哲学【動画】

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 ☆ 動乱の時代を生き抜くための、Burke/Hayek政治哲学【動画】


 この動画は、「保守」を偽装する、安倍晋三内閣(自民党)政治の極左性・売国性を明らかにする(=嘘を見破る)ための基礎となるBurke-Hayek政治哲学を概説し、世界に蔓延る≪悪のイデオロギー≫を、日本国と日本国民の精神から、一掃するための”思想除染”の試みである。


 また、安倍内閣(自民党)の似非(=口から出まかせ)「保守」政治への正しい批判を展開するために必要な、”真正保守(自由)主義理論”の経典を掲げる試みでもある。


 このため、安倍内閣(自民党)批判は、本動画掲載の後に、別途、分離掲載することとした。


 ゆえに、本動画を視聴される皆様は、まずもって、Burke/Hayek政治哲学の教義を理解し、頭脳と心(精神)とに刻み込んで頂きたいと願うものである。

 

 

 


 以 上。

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