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保守主義の哲学---古来の天皇制度(男系男子皇統)の保守こそ、“日本国民の義務”

 

日本国古来の天皇制度(男系男子皇統)の保守こそ、

 

日本国民の義務

 

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1.珍妙語「女系天皇」とは「非・天皇」のこと。つまり、「女系天皇」に直結する「女性宮家」・「女性天皇」の容認は「皇統断絶・天皇制廃止」の容認という意味。

日本国二千年の歴史において、「女系天皇なるもの」は一人も存在しない。すべて男系天皇である。男系の天皇とはある天皇からその父親、そのまた父親、そのさらにまた父親・・・・・・と遡って行くと初代の神武天皇に辿り着くことを言い、日本国126代今上陛下までのすべての天皇についてこのことが成立する。

世界にも例のない奇跡とも呼べる日本国の皇統を「万世一系の皇統」と呼ぶのはこのためである。

また、126代の天皇のうち、810代の男系女子天皇がおられるが、これらの天皇はみな男系男子天皇へ継承するための「中継ぎ」天皇であった。これも厳然たる歴史事実である。皇統譜を眼前に広げて皇統の全体を眺めて見よ。男系女子天皇(女性天皇)は「中継ぎであった」としか表現できない。すなわち、皇統史の厳然たる事実である。

 また、この事実について『明治皇室典範義解』第一條は次のように記している。

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 (注)歴史上の中継ぎの女性天皇は「男子の皇位継承者がいないから女性天皇として即位した」のではない。逆で「かなりの数の皇位継承者(男系男子)はいるが、そのうちの特定な皇子に継承すべく女性天皇が暫定的に即した」のである(中川八洋『皇統断絶』、ビジネス社、39頁)。つまり、女性天皇の絶対条件は男子皇位継承者が多数存在することなのである。これは現在の皇室(皇族方)の状況には全くあてはまらない条件である。

 

現在、日本国の天皇制度が存続の危機に瀕しているのは、皇位継承資格を持つ男系男子皇族の絶対数が減少しているからである。それゆえ現在の皇室(皇族)の枠組みを保持したまま、「女性天皇(男系女子天皇)」や「女性宮家」を創設しても「(男系男子の)皇位の安定的継承」にとってほとんど何の解決策にもならない。これらの方策では「男系男子皇族」の絶対数が増えないのだから自明であろう。


 我われの祖先が二千年間に渡って守り継承して来た「万世一系の皇統」を断絶させることなく将来の子孫の世代へと安定的に永続させることこそ、唯一真の意味での「皇統(皇位)の安定的継承」である。だから天皇制度を奉戴する日本民族の栄光と名誉、天皇・皇室に対する自然な尊崇の感情を抱く真正の日本国民であるならば、この皇統断絶の危機に際して「男系男子皇族の絶対数を増加させることによって皇統(皇位)の永続を不動のものにする」方策を望み検討するはずである。


 ところが日本共産党や立憲民主党などの野党(近年では与党の自民党までも)や朝日新聞・毎日新聞・NHKなどのマスメディアは、「皇位の安定的継承」のためと称して「女系天皇・女性天皇・女性宮家」の容認策ばかりを宣伝・煽動する。実際にはこれらの方策はすべて「女系天皇」に直結(帰結)し古来の天皇制度(皇統)の断絶・廃止を意味する狂った転倒論理--「古来の天皇制度(皇統)の断絶・廃止は、皇位継承の安定である」---でしかないのに、である。

また、彼らは「女系天皇」、「女性天皇」、「女性宮家」の容認を国民に宣伝・煽動する理由として、2005年11月に首相に提出された『皇室典範有識者会議報告書』の結論を持ち出す。

しかしながら、

(1)かの悪名高い皇室典範有識者会議の実態は、小泉純一郎首相(血統は日本人ですか? カタギの家系の人ですか?)の下、座長を吉川博之(=東大民青所属?共産主義者、天皇制廃止論者)、座長代理を園部逸夫(=京大民青出身、共産党員、天皇制廃止論者)とする「天皇制度廃止手法検討会議」というべきものであった。座長の吉川博之自身が次のように述べたのは驚くべきことではないか。

「皇族から意見を聴くことは憲法に反する」

「皇族から意見が発信されても会議の議論に反映することはない」

(2)有識者会議は「旧皇族の皇籍復帰」方策についてほとんど審議せず、その選択肢を最初から排除した。日本国の天皇制度と男系男子の万世一系の皇統について日本国民が詳細に知り、旧皇族の男系男子子孫が相当数おられ、いざとなれば皇籍復帰する覚悟もされていることが知られると、日本国民は必ずそちらの方策へ傾斜するからそれを恐れたのである。ゆえに宮内庁は「旧皇族の皇籍復帰」に関する世論調査すら行わなかった。なお、内閣法制局や内閣官房は「旧皇族の皇籍復帰は、法的に不可能である」という真っ赤な虚偽情報(謬説)を流してこれを妨害しているが、この虚偽宣伝については、中川八洋 筑波大学名誉教授が著書『徳仁《新天皇》陛下は、最後の天皇』(ヒカルランド)の第二章で詳しく論じられているのでそちらを参照して頂きたい。

(3)さらに、有識者会議が意見聴取した参考人8名のうち、思想上明らかに天皇制廃止論者である者が5名(八木秀次と所功を事実上の廃止論者と見做せば7名に上る!)という構成であった。このような人員構成であったのだから、はじめから「皇室典範有識者会議」とは(天皇制廃止論者を集結させた)「天皇制廃止手法検討会議」であったことは疑いのない事実である。

このような実態の「いかさま会議の報告書」の内容項目をとり上げて「皇位の安定性を確保するための方策の根拠である!」と主張することなど、正常な知性と普通の道徳的良心を有する人間には決してできない所業であろう。

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 良識ある日本国民は、天皇制廃止論者の嘘宣伝「皇位継承の安定性の確保のためには女性天皇の容認が必要!」に決して騙されてはならない。


「女性天皇」容認は「女系天皇」誕生の可能性をはらみ、「女系天皇」が誕生すれば、それはもはや万世一系の男系男子皇統ではなく、天皇制度の正統性が失われ、国民の支持を失い、天皇制度は廃止される。


これが「皇位継承の安定性の確保のため」と称して「女性天皇の容認」を主張する者の本音(=天皇制を廃止せよ!)である。


 中川八洋 筑波大学名誉教授の著書『女性天皇は皇室廃絶』徳間書店、16頁より引用しておこう。


 中川八洋 曰く、

共産党系のゴリゴリの天皇制廃止論者の奥平康弘・・・はニヤニヤと笑いながら、次のように主張する。

 《ポピュラーな政治家たちに誘導されて典範第一条を改正して〈女帝〉容認策をかちとることに成功したとしよう。・・・この策は、天皇制のそもそもの正当性根拠であるところの〈萬世一系〉イデオロギーを内において浸蝕する因子を含んでいる

 《男系・男子により皇胤が乱れなく連綿と続いてきたそのことに、蔽うべからざる亀裂が入ることになる。・・・〈萬世一系〉から外れた制度を容認する政策は、いかなる〈伝統的〉根拠も持ち得ない

 《女帝容認論者は、こうして〈伝統〉に反し〈萬世一系〉イデオロギーから外れたところで、かく新装なった天皇制を、従来とは全く違うやり方で正当化してみせなければならない

 《〈女帝〉容認策を盛り込もうとする政治勢力には、頼るべき伝統、それに対応した既存の正統のイデオロギー、のいっさいが欠けている。彼らは、日本国に独特な天皇制哲学を案出し、そのことについて〈新しい人びと〉の同意を調達しなければならない(中川八洋『女性天皇は皇室廃絶』徳間書店、16頁)

 

*(2) 「女性天皇」や「女性宮家」は「女系天皇」に直結し、「女系天皇」が四代も続けば、「天皇の血統は全く不明」となる。このことから明らかなように「男系・女系にこだわらない皇統」とか「男系・女系の双系主義」とかの主張は、「皇位継承の安定性の確保」を逆立ちさせた「天皇制度廃止(皇統断絶)」へと国民を導く虚偽宣伝である。騙されてはならない。


 中川八洋 曰く、

「かくも明らかな≪男系の女子≫を≪女系≫だと嘘のレッテルを張るのは、高森(明勅)の≪女性天皇≫キャンペーンが、なんらかの政治的意図に基づき展開されていることを現わしている。背後に組織の影もちらつく。≪男系と女系の混合である双系主義が存在し、制度化されていた≫という、架空の創り話、つまり捏造の戯言を、かくも宣伝して歩くのは“皇統廃絶による天皇制廃止”を信条としていない者に可能であろうか。

 仮に高森流≪双系主義≫が導入され、≪女系の天皇≫がもし二代重なれば、それだけで皇統は大混乱する

 四代重ねれば、血統は全く不明となる。 その場合の、血の錯綜はピカソの絵のようになって、皇統は全く証明できない。 つまり、女系が二代から四代つづく間に必ず、天皇はいらない、との声が起こる天皇制の完全な自然消滅状態になるからである。森高の狙いはこれであろう。 歴史事実に反する虚構≪双系主義≫を振り回す森高のプロパガンダの害毒は大きい。」(中川八洋『皇統断絶』、ビジネス社、28頁、 丸カッコ内、下線:私。)

 


例えば、保守偽装の天皇制廃止論者である所功(京都産業大学名誉教授)はNHKの取材に対して次のように「男系、女系という概念を超えた議論が必要だ」などと話しているが、その内容は発狂マンガ家・小林よしのりの嘘しか書いていない有害マンガ『新天皇論』の主張と100%合致している。

 

(所功は言う。)

「(中略)ここ数年考えてきて、つくづく男系とか女系という言葉はいっぺんリセットしないといけないと思う。男系だ女系だというのは一般国民の話で、皇室は男系でも女系でもない、オンリーワンの天皇という『皇統』だ

「皇室典範には『皇位は皇統に属する男系の男子が、これを継承する』とあるが、これには概念が3つある。(男系も女系も含んだ)『皇統』という1番大きい概念の次に『男系』という概念があり、その次に『男子』という概念だ。でも、男系だの女系だのという言葉を使ったのは基本的には明治以降それ以前にそのような議論はない

「『皇統』という1つの流れのうち、その多くを神武天皇以来、男系が継いできて、その中に8人10代の男系の女子もいたのは事実だ。ただ決して女系がいてはならないと言っているわけではない。あとは、こうした女系が排除、否定されたわけではないという議論に入っていくかどうかだ。この議論をすると『長年やってきた男系男子じゃなきゃいけない』とか『女子を例外的に認めるのがいい』という議論になるので、それを乗り越えるためには、やはり男系や女系と言わない発想がいるが、これを理解してもらうのはそう簡単ではない」

    下線:私。

 

(出典:NHKサイト)

 

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190509/k10011909011000.html?utm_int=tokushu-new_contents_list-items_024

 

論理が無茶苦茶で意味不明。日本史上「女系天皇なるもの」は全く存在しないのだから、≪不易の規準≫・≪祖宗の遺意≫を憲章化(明文化)した明治皇室典範の第一條の≪祖宗の皇統≫や現行の皇室典範第一条の≪皇統≫に「女系」が含まれないのは自明中の自明。だから明治以前にそのような議論や言葉が存在しなかったのは「(暗黙に)女系天皇も認めていたから」ではなく、「女系天皇は(語るまでもなく)禁忌であったから(=女系が排除・否定されていたから)」である。どうやら、所功(京都産業大学名誉教授)の知性は狂人マンガ家・小林よしのりのそれと同レベルの「お粗末さ」のようである。

 

なお、100%空想マンガの小林よしのり『新天皇論』の嘘八百の解剖については、中川八洋『小林よしのり「新天皇論」の禍毒』オークラ出版を参照されたい。

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保守主義の哲学---安倍内閣の退位特例法と4/30退位式典の本質(正体)を知れ!

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退位特例法と4/30退位式典の本質(正体)を正確に知るべし!

 

(1) この度の皇位の御代替わりが、今上陛下の“譲位”の御意向(御意思)から発するものであることは明らかである。

今上陛下は201688日のテレビ御諚(お言葉)で次のように述べられた。

陛下の御諚(お言葉)の一部を以下に示す。

 

天皇もまた高齢となった場合,どのような在り方が望ましいか・・・考えて来たことを話したい」

 

「私は・・・伝統の継承者として,これを守り続ける責任に深く思いを致し・・・日本の皇室が,いかに伝統を現代に生かし,いきいきとして社会に内在し,人々の期待に応えていくかを考え・・・」

 

「これから先,従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合,どのように身を処していくことが,国にとり,国民にとり,また,私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき,考える・・・」

 

「天皇の高齢化に伴う対処の仕方が,国事行為や,その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには,無理があろうと思われます。」

 

「天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし,この場合も,天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま,生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。」

 

「このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ,これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。国民の理解を得られることを,切に願っています。」

 

この御諚において、今上陛下が高齢により天皇としての重責を十全に果たせなくなることを案じられ、天皇としての責務を縮小せず、摂政を置くのではなく、皇位の御代替わりをしたい御意向(御意思)を示されたのは明白である。 

テレビ御諚を拝聴したすべての日本国民がそのように正しく認識したはずである。

また陛下は御諚で

・ 「伝統の継承者として,これを守り続ける責任」

・ 「我が国の長い天皇の歴史」

・ 「天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことへの祈念」

等についても触れられていることから、陛下の御意向である皇位の御代替わりは、“譲位”を意味していることも明白である。

なぜなら、日本国二千年の皇位継承の歴史において皇位の御代替わりの方式は、

 

・ 「崩御・践祚」

・ 「譲位・受禅」

 

という二方式の伝統・慣習---それは“慣習法”としての“皇位継承法”である---しか存在しないからである。

 

つまり、初代・神武天皇から一二五代・今上陛下に至る日本国天皇の皇位継承法には、「退位」や「生前退位」という、語彙も、概念も、実例(先例)も微塵も存在しないのである。

また、テレビ御諚(以前も)以後も、天皇・皇后両陛下および皇族方は、皇位の御代替わりについて、一貫して皇位継承法を遵守した正語“譲位”を使用しておられることからも、今上陛下の御意向が奇怪語「退位」を意味するのではなく、皇位継承による“譲位”の御意向であったことに議論の余地はない。

 すなわち、今上陛下の201688日のテレビ御諚(お言葉)は、

『今上陛下が皇位継承法にもとづく“譲位”による皇位の代替わりをしたい御意向(御意思)を全日本国民に表明されたものである』

と正しく理解する必要がある。

この正しい理解が「退位特例法」と「4/30退位式典」の本質(正体)を見抜くための前提条件となる。

 

(2) “譲位”は皇位継承法及び現行日本国憲法に照らして合法かつ合憲と解釈可能であるが、「退位」が違法かつ違憲であるのは明白である。

 

 (2)-1 “法”は明文憲法や議会立法を支配し、制限する。

 “皇位継承法”は日本国天皇の皇位継承の歴史・伝統・慣習に依拠する“普遍の規則”である。

“法”とは、君主やその他の統治者の意思(=勅令・布告・命令など)、明文憲法、および議会立法などの上位にあって、それらを制限し、支配する

そして“法”によって権力者の意思の暴走を抑制・制限し、統治を永遠の道理と不易の人間道徳とに服従せしめ、人々の生命・私有財産・自由を保護する(自由主義)原理を“法の支配”と言う

つまり、この“法の支配”の原理に照らせば、皇位継承“法”である“譲位”から逸脱する(違反する)「天皇の退位」を定めた国会立法(「退位特例法」の制定)が、日本史上最悪級の“違法”行為に相当すると容易に理解できるはずである。

 

(2)-2 皇位継承法と現行日本国憲法とにおける“正しい法理”を理解せよ。

日本国憲法 第一条

日本国憲法第一条は、日本国の国制である立憲君主の天皇制度を定めた条文である。

第一条は、天皇の在位を絶対条件とする。天皇位が空位となれば第六条、第七条は機能せず、日本国の国政は混乱又は停止することから明らか。

第一条の国民の総意が奉戴するのは、天皇制度そのものであり、特定の御代の特定の天皇ではない。

中川八洋 筑波大学名誉教授曰く、

「憲法第一条が定める《国民の総意》が奉戴するのは、《天皇制度》や《天皇制度の〔抽象的/一般的〕天皇》である。皇位継承する具体的な個々の新天皇を指すものではない。当たり前だろう。憲法第一条は立憲君主の天皇制度を定めた条項であり、それ以外ではない。」(中川八洋『天皇「退位」式は、“廃帝”と宣告する人民法廷: “譲位”禁止の「四・三〇」は、憲法違反!』 、Kindle版 、位置No.1638-1641)

すなわち、いかなる特定の天皇も国制である天皇制を放棄する権限はない。つまり、皇位継承を伴う“譲位”をする権限は持ち得ても、皇位継承を伴わない(天皇位を空位にする)「退位」をする権限はない。

 

但し、『明治皇室典範義解』に

「(権臣の強迫や南北朝の乱の源因となった歴史を鑑み、)本條に践祚を以て先帝崩御の後に即ち行わるる者と定めたるは、上代の恒典に因り中古以来譲位の慣例を改むる者なり」とあるように、明治皇室典範以後は“譲位の禁止”が大原則とされた。

 

また、第一条の「国民の総意」とは、ポツダム宣言に関するバーンズ回答「日本の政体は日本国民が自由に表明する意思のもとに決定される」を挿入したものであるから、第一条は「(終戦以後も)日本国民は自由意思によって立憲君主の天皇制度(国制)を奉戴し続ける」という決意表明の条項である。

中川八洋 筑波大学名誉教授曰く、

 「そもそも憲法第一条の《国民の総意》は、占領中の1946年作で、対日降伏条件《ポツダム宣言》補足の《バーンズ回答》がまだ生きており、《国民の総意》の原泉《バーンズ回答》をそのまま挿入したもの。つまり、《国民の総意》 は、“天皇制度を存続させるか否かは日本国民が決定せよ” という意味だから、皇位継承に関する事柄とは全く無縁。明白以上に明白であろう。」(中川八洋『天皇「退位」式は、“廃帝”と宣告する人民法廷: “譲位”禁止の「四・三〇」は、憲法違反!』 、Kindle 版、位置No.1650-1654

 

日本国憲法 第二条

日本国憲法第二条は、“万世一系の世襲の皇位”を明文化した条項であり、皇位継承は“皇位継承法”を明文化した“皇室典範”に遵うことと規定している。

“皇室典範”とは日本国二千年の歴史が明示する「真理が証明済みの慣習法(中川八洋、上掲書)」を明文化(銘典化)したものであるから、改正や増補を行う場合でも「立法は、“法”の下で、すなわち“法”に違わない範囲 内でしか、してはならない(中川八洋、上掲書)」という法の支配”の大原則を絶対遵守しなければならない

このため、明治皇室典範(および明治憲法)においては、皇室典範の改正や増補から、臣民の干渉(帝国議会の協賛)および個々の天皇の意思(恣意)を排除し、皇族会議及び枢密顧問に諮詢して天皇が勅定することとされていた。

 

明治皇室典範

【前文】

「皇室典範の成るは實に祖宗の遺意を明徴にして子孫の爲に永遠の銘典を貽す所以なり。皇室典範は皇室自ら其の家法を條定する者なり。故に公式に依り之を臣民に公布する者に非ず。而して將来已むを得ざるの必要に由り其の條章を更定することあるも、亦帝國議會の協賛を經るを要せざるなり。蓋し皇室の家法は祖宗に承け、子孫に傳ふ。既に君主の任意に制作する所に非ず。又臣民の敢えて干渉する所に非ざるなり。」

また、〔明治憲法第七十四條〕、〔明治皇室典範第六十二條〕なども参照のこと。

 

つまり、日本国憲法第一条の「国民の総意」とは、「多数決の議決における満場一致」の意味ではないし、第二条の“世襲の皇位”規定にそれを適用することはできない。さらに第二条の「国会の議決」の文言は明治憲法からの「改悪」であるが、その場合でも、国会の立法は、皇位継承“法”に支配され、その範囲を超越してはならない

こうした観点から判断すれば、皇位継承“法”から逸脱した「退位特例法」を、まるで旧ソ連や中国の共産党大会の情景を彷彿とさせる「満場一致」(=憲法第一条「国民の総意」の誤解釈による)で議決した、日本の国会(議員)の無法・無知・無能は最悪レベルと確信できるであろう。このような愚劣・無能極まる国会議員連中は総入れ替えする必要がある

 

日本国憲法 第四条第一項

日本国憲法第四条第一項の「国政に関する権能」の「権能」とは、

国防や外交政策あるいは内閣の首班・閣僚人事に対する《国王大権》のことをさす。憲法第四条第一項はこれらの《国王大権=政治権能》を日本の天皇は有さないとの、立憲君主の大権に関する最狭義の定義を採用したものである。」(中川八洋、上掲書、No.1811-1820

それゆえ、「退位特例法」の国会審議時に、日本共産党の塩川鉄也議員の質問に対する菅義偉内閣官房長官の答弁、

 

「文言(=陛下の御ことば)を今般の立法の直接の端緒として位置付けた場合には、憲法第四条第一項に違反する恐れがあり、(このため)文言を(特例法第一条に)使用しないことにした」

 

というのは日本国憲法の「トンデモ改竄解釈であり、《非・国政の皇位継承問題は、国政である》とする真っ赤な嘘の大詭弁である(中川八洋、上掲書)」。

また、2017年年6月1日の衆議院議院運営委員会で横畠裕介内閣法制局長官次のように述べた。

 

「天皇の交代という国家としての重要事項が天皇の意思によって行われるものとした場合、これを国政に関する権能の行使に当たるものではないと言えないのではないかという問題がある

 

この答弁が全く意味不明の誤魔化し答弁であることは、それを聞いた(読んだ)中学生でもはっきりと理解できる。内閣法制局長官という職にある者がこのような意味不明の誤魔化し答弁をせざるを得なかったのは、国政ではない皇位継承問題を憲法第四条第一項と牽強付会的に結び付けて解釈しようとしたためである。

ちなみに、横畠裕介内閣法制局長官の上記説明を裏返せば、「国政に関する権能の行使に当たると明確には言えない」という意味にすぎない。横畠裕介内閣法制局長官の答弁を聞くに、「印象操作」の才能だけは天才的であるとわかる。

 

さて、以上のことをまとめると次のとおりである。

・ 日本国二千年の伝統・慣習としての皇位継承“法”

・ 立憲君主の天皇制度を規定した日本国憲法第一条

・ 皇位の世襲継承(=国民の意思介入を排除する)を規定した憲法第二条

に照らして、“譲位”は合法・合憲と解釈可能であるが、「退位」は違法・違憲で絶対不可である

また、「皇位継承問題は非・国政」であるから、憲法第四条第一項の《国王大権=政治権能》とは無関係である、とするのが、“唯一の正しい法理”である。

 

(3) 安倍内閣の「退位特例法」と「4/30退位の礼」の本質(正体)を見極めよ。

 

「退位特例法」の国会審議において、菅義偉内閣官房長官は次のようにも述べた。

「天皇陛下のおことばは、これまでのご活動を続けられることが困難となるというお気持ちを、国民に向けて発せられたもので、退位の意向を示されたものではなく・・・」

この答弁の意味は、今上陛下が退位の御意向を示され、それによって政府が動いて国会が「退位特例法」を制定したことになると憲法第四条第一項に違反するから、

「一貫して退位は天皇陛下のご意思によるものではなく、天皇陛下がご高齢であり、ご公務が十分にできなくなっておられることなどの客観的な状況を受けて政府が検討し、国民の代表機関である国会が退位を実現する法律を制定したとの論理を採用している」(産経新聞web版、2018220日付、【正論】八木秀次・麗澤大学教授、「皇位継承の儀式における課題」)

という理屈であるらしい。

 

しかし、もしこの理屈が「退位特例法」制定の真の趣旨であるとすれば、それは恐るべきことを意味している。

なぜなら、それは、天皇陛下の直接の御意向(御意思)もないのに(=直接の御意向の有無とは無関係に)、天皇陛下の御様子等の客観的な状況から、国民(=政府)の側が勝手な判断・推測をして、天皇陛下に「退位」して頂くよう促す(=政府・国民の独断で天皇を退位させる)ことを可能にすることが「退位特例法」の本質(正体)であると暴露していることに他ならないからである。

そして菅義偉内閣官房長官は、国会答弁の中で次のようにも述べている。

「法案の作成に至るプロセスや、その中で整理された基本的な考え方は、将来の先例となりうる

先例化を明言したのである。

この発言は「国民(=政府)の側の勝手な判断・推測によって天皇陛下に退位を迫ることは今後もありうる」との明言である。

要するに安倍内閣・自民党が成立させた「退位特例法」は、「天皇制廃止の共産革命に合法性(正当化)の口実を与える法律」と命名するのが最も正しい呼称なのである。

 

そしてこの「天皇制廃止の共産革命に合法性(正当化)の口実を与える法律」に従って行われる「4/30退位の式典」について、安倍晋三内閣及び与党自民党は、あろうことか真逆に「憲法の趣旨に沿い、かつ皇室の伝統等を尊重した式典である」と嘘宣伝をしており、「4/30退位式典」終了まで(否、おそらくそれ以後も)日本国民を騙し通すつもりのようである。

また、安倍内閣の御用学者と堕したのか、八木秀次・麗澤大学教授も「4/30退位の式典」について、真理を真逆に転倒して次のように述べている。

 

「皇位継承儀式の伝統は重視しつつも、退位、即位の儀礼に憲法違反の疑いを残してはならない皇位の正統性に瑕疵が生ずるからだ。」(産経新聞web版、2018220日付、【正論】八木秀次・麗澤大学教授、「皇位継承の儀式における課題」 より引用。)

 

実際には、“譲位・受禅の儀”が合法・合憲と解釈可能で、皇位の正統性にも瑕疵など生じない

逆に「退位特例法にもとづく4/30退位礼(5/1即位礼との分離実施)」の方が、「皇室の皇位継承の伝統を跡形もなく破壊し尽くす非暴力の共産革命(中川八洋、上掲書)」なのである。

 

(4) “譲位・受禅の儀”によってのみ、皇位継承は法的効力を有する(=皇位の正統性を持つ)。

 

これまでに述べたことをまとめると、

譲位”は合法・合憲と解釈可能であるが「退位」は明らかに違法・違憲であるから、今上陛下の御代替わりの儀式は、「5/1譲位・受禅の儀」(同時実施)としてこそ、“合法性と正統性とを有する皇位継承の儀”となるのである

 

最後に、前回のブログ冒頭で述べたことを反復する。

日本国の“天皇制度”と“皇位継承法”は二千年の歴史を通じて連綿と世襲継承されてきた事実そのものによって“時効の国制”である。それゆえ現在及び将来の日本国民は、祖先が行ってきたそのままに、それを奉戴し、護持し続ける“義務”がある。

 なぜなら、皇位継承の伝統と慣習を貫いている“世襲の原理”と“時効の原理”が天皇制度だけでなく、日本国の国土の領有・保全・防衛における合法性と日本国民の生命(安全)・私有財産・自由と諸権利の永続性をも保障する根本原理だからである。

すなわち、天皇制度の安定的継承と日本国民の自由と諸権利の安定的保障とは、一体不可分のものである。

前者の“法”を平然と侵犯する政府権力は、何れ必ず、後者の自由と諸権利をも同様に(さらに容易く)侵害するに至るだろうと警戒しなければならない。

 

【さらに詳しく知るために必読の参考文献】

・ 中川八洋『徳仁《新天皇》陛下は、最後の天皇「悠仁親王殿下の践祚・即位は、国民の世襲義務』、ヒカルランド

・ 中川八洋『天皇「退位」式は、“廃帝”と宣告する人民法廷: “譲位”禁止の「四・三〇」は、憲法違反!』 、Kindle

 

【必読のブログ・ホームページ等】

中川八洋ゼミ講義

リンク→ http://nakagawayatsuhiro.com/


オノコロこころ定めて

リンク→#退位の礼 で「三種神器」を奪う政府・宮内庁 マスコミはこの異常事態を伝えません。拡散を!

 


☆ 私のホームページ 【エドマンド・バーク 保守主義 REVIVAL】も参照して下さい。


 ホームページリンク→ https://burkeanmem.sakura.ne.jp/

 ≪フェミニズム反駁関連の論文抜粋≫

フェミニズム(女性学)の嘘言説を理論的に反駁するための教本(案)

良心の務めとしての反フェミニズム論

 ≪皇位継承関係の論文抜粋≫

永遠性への貢献

 

 以 上。 

y エドマンド・バークを信奉する保守主義者こと、 image005.png

 

2019312日》追記。

 

〔補足〕 憲法において法理上禁止されることと実際的措置がどうであるかということとの間にある重大な相違についての考察。

 

 日本国憲法第一条、第二条および第六条、第七条の規定は、天皇の在位を絶対前提としており、天皇不在の場合死文化する。すなわち前天皇(=今上陛下)が皇位を新天皇(=皇太子殿下)に譲ることなく放棄する(=空位にする)行為は法理上、禁止される。ましてや政府(国民)が天皇に「退位」を強制する権限などあり得ない。あまりにも自明であろう。

 それゆえ、皇位の代替わりは、憲法第二条及び皇室典範(=古来の皇位継承法)を遵守して、今上陛下が皇太子殿下に皇位を世襲継承される場合に限って、憲法の法理上、可能となる。そして日本国二千年の歴史において皇位継承の方式は「(前天皇の)崩御・(新天皇の)践祚」の場合を除けば、「譲位・受禅の儀」による方式しか存在しない(=皇位の世襲継承における普遍の伝統・法である)のだから、この方式を厳格に踏襲することこそ、法理上、唯一可能な方法なのである。憲法第二条の皇位の世襲継承に関して、「退位」なる珍奇な共産革命語の出る幕など微塵も存在しない。もっと簡潔に言えば、“譲位”は憲法第二条の“皇位の世襲継承”を可能にして第六条、第七条の死文化を防ぐことができる(但し、皇室典範特例法として譲位・受禅方式を、復旧させる必要はある)が、珍妙語「退位」の場合には、それが全く不可能である、ということだ。

 つまり、4/30に前天皇(今上陛下)が退位され、5/1に新天皇(皇太子殿下)が即位されれば、実際上の問題は生じないのだから憲法違反ではないのだ、という理屈は成り立たない。

なぜなら、今回は時の政府(=安倍内閣)が「5/1即位式」において、偶々、新天皇に“皇太子殿下”が即位されるのを《当然のこととして》認めているが、もし時の政権が天皇制廃止を目論む日本共産党やその他の野党の手にあったならば、“皇太子殿下の即位”が「当然のことではなくなる」可能性を残すからである。

すなわち、日本共産党やその他の反日政党の政権ならば、国会の議決(多数決)によって皇室典範を好き勝手に書き換えた上で、新天皇として、

・ 万世一系の皇統に属さない一般国民を即位させようとする。

・ 皇位継承順位第一位でない皇族(女性皇族を含む)を即位させようとする。

・ 前天皇に退位を強制した上で、新天皇の即位を永久に認めない。

等々の手段で「共産革命」を企てかねないため、今回の皇位の代替わりに際して、この危険の芽を完全に摘み取っておく(=排除しておく)必要がある。

   それゆえ、「4/30退位式・5/1即位式」と“5/1譲位・受禅の儀”の最大の相違点は次のように換言することができる。

 

《日本国の天皇の皇位は、“祖宗の皇統である男系の男子に世襲”されなければならず、その絶対規則(=“法”)を未来永劫、確実に保証(担保)するために、皇位継承は“古来の伝統・慣習の儀式”を厳格に踏襲した“譲位・受禅”でなければならない。》

 

 つまり、「退位」・「即位」(分離実施)と“譲位=受禅”(同時実施)の相違とは、「空位の有無」の問題だけなのではない。それらには皇位を「誰に、どのように」継承するか、すなわち“皇統男系男子への皇位の世襲継承の確実性をいかに保証(担保)するか”に関わる重大問題なのである。前者と後者の式典(儀式)の相違は、単なる「形式上のささいな問題」ではないのである。

 

実際に、菅 義偉内閣官房長官によって主導されている安倍内閣の「退位特例法」とそれに基づく「退位式」・「即位式」の分離実施は、園部逸夫や奥平康弘などの共産党系憲法学の学説に沿って進行している。

その学説とは、

 

「天皇の退位可能説」+「皇太子の不就位(即位辞退)可能説」⇒「皇位継承者ゼロ」になる。

 

という天皇制廃止共産革命の憲法学説である。

そして今回の事態の推移が、この共産革命手法の準備または予行演習となっているのは明らかではないか。

 

中川八洋 筑波大学名誉教授曰く、

「二千年間もの伝統に背反する《天皇の退位》説は、《皇太子〔皇嗣〕の不就位》説とコインの裏表になって展開されている。

 《天皇の退位》も《皇嗣の不就位》も、いったんこのような大変事が起こったら、順位一位の皇位継承者に替わって即位すべき、二位以下の順位の皇族は、実際にはたじろがれて辞退される。かくして、何れの場合も空位となって、皇位の連続は不可避に途絶する。つまり、皇統の切断を狙う側からすれば、《天皇制廃止》という《コミンテルン・テーゼ》と同等の効果をもち、しかもそうとは覚られない、《天皇の退位》制度と《皇嗣の不就位》制度ほど、共産革命の方法として有効・確実なものは他にはないだろう。

 すなわち、皇統の切断にいたるのだから、《天皇の退位》と《皇嗣の不就位》は、皇統の永続的連続を定めた憲法第一条において、厳に禁止されている。憲法第一条は、一瞬たりとも天皇が不在の、日本の政体を想定していない。許容してもいない。《天皇の退位》は、憲法第一条違反である。《皇嗣の不就位》も、憲法第一条違反である。」

(中川八洋『悠仁天皇と皇室典範』、清流出版、60頁)

 

【参 考】表-1 「退位」と“譲位・受禅”との間の重大な相違のまとめ

image002.png

 

 

2019314日》追記。

 

〔補足2〕 日本国二千年の歴史において、

“皇位”は、

・ 前天皇の崩御による、新天皇の践祚(崩御・践祚)

・ 前天皇の譲位による、新天皇の受禅(譲位・受禅)

のいずれかによってのみ、“継承”される。

 

また、日本国二千年の皇位継承の歴史と伝統において皇位の御代替わりの方式は、上掲の二方式しか存在しない(=これは不動の歴史事実であり、皇位継承の普遍の規則である)。

 

 それゆえ皇位や剣璽の継承が“合法”的かつ“正統的”になされたか否かは、この皇位継承“法”(=歴史上の伝統的・慣習的儀式)を踏襲して行われたか否かという基準においてのみ判断し得るものである。それ以外に皇位継承の合法性と正統性の基準など存在しない。

 

 ところが安倍晋三首相、宮内庁、または八木秀次・麗澤大学教授などはこの伝統的・法的基準から逸脱した4/30「退位」式典によって皇位や剣璽が(4/30 24:00をもって自動的に)今上陛下から皇太子殿下に「継承される」のだと吹聴している。そしてその法的根拠は、上記の日本国二千年の皇位継承法の伝統・慣習を一切無視して、現在の国会が立法した法律「皇室典範特例法」と「その政令」の次の条文にあるのだと言う。

 

【天皇の退位等に関する皇室典範特例法】

 

第二条 天皇は、この法律の施行の日限り、退位し、皇嗣が、直ちに即位する

 

【天皇の退位等に関する皇室典範特例法の施行期日を定める政令(政令第三百二号)】

  

内閣は、天皇の退位等に関する皇室典範特例法(平成二十九年法律第六十三号)附則第一条第一項の規定に基づき、この政令を制定する。

 天皇の退位等に関する皇室典範特例法の施行期日は、平成三十一年四月三十日とする

 

【安倍晋三首相】

 

「皇位と神器は(日付変更の)ぎりぎりまで天皇陛下(の下にあり)、午前0時をもって新天皇に継承される」(JIJI.COM 3/6 18:49配信)

 

出典リンク→https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190306-00000126-jij-pol

 

【八木秀次・麗澤大学教授】

 

「退位と即位の儀式は、同日に、一連・一体の行事として行われ、皇位の象徴である神器は直ちに引き継がれるべきだ、との主張もある。皇位に空位期間があってはならないという指摘だ。だが、同じ日、同じ場所で引き続き行わなくても空位期間は生じない

 

 皇位の象徴である剣璽等を手放されたとしても、その瞬間をもって退位されたことにはならない法的には平成31430日いっぱいまで天皇陛下は天皇であり続けられるそして新天皇は剣璽等を承継されていなくても、法的には翌51日になった瞬間に天皇に即位されたことになる430日から51日になる瞬間に皇位が継承される。同様に新元号も51日になった瞬間に適用される。

 

 剣璽等の承継は皇位が移ったことを示す儀式であり、そのことと法的にどなたが天皇の地位にいらっしゃるかは直接には繋(つな)がらない。卑近な例だが、ある日付をもって人事異動が行われる場合、辞令交付式が行われる前でもその日付になった瞬間に対象者はその地位に就いたと見做(みな)すのと同様だ剣璽等が直ちに引き継がれなくても空位期間は生じようがない。」(産経新聞web版、2018220日付、【正論】八木秀次・麗澤大学教授、「皇位継承の儀式における課題」)

 

出典リンク→https://www.sankei.com/column/news/180220/clm1802200006-n1.html

 

 安倍晋三首相や八木秀次・麗澤大学教授らは次のように主張しているのと同値である。

 

 すなわち、

 

《日本国二千年の歴史を貫く皇位継承の“法”(=初代・神武天皇から一二五代・今上陛下まで、すべての天皇が遵守してきた普遍の規則)は、現在の国会の「立法」によって容易に変更(改変)でき、しかもその「立法」は“法”を超越する効力を持ち得るのだ。》

 

このような驚くべき発想は、天皇(皇室)を崇敬・敬愛し、二千年もの間、万世一系の皇統を奉戴してきた、世界で唯一の日本国の歴史と国民(民族)性を誇りに思う日本国民には決して思い浮かばないものである。彼らの自称「保守」の看板は、支持率(人気)と選挙票を稼ぐためにする、保守層国民騙しの真っ赤な嘘看板であることは、もはや疑い得ない。

 

 余談であるが、安倍晋三首相の真実が「保守」などではなく、(かつての民主党政権の「悪夢」も吹き飛ぶほどの)「ウルトラ売国(反日)・極左」であることは、中川八洋 筑波大学名誉教授の公式ブログの以下の2本の論文を読むだけでも、一目瞭然で、疑う余地など皆無。

 

北方領土問題も、従軍慰安婦問題も、徴用工問題も、入管法改正問題も、人口減少問題も、外国人による日本領土取得問題も、男女共同参画社会基本法改正・同性婚問題、及びその他の問題も、その種を蒔き、有効な抜本的対策を何も講じず、日本国民の不利益ばかりを生み出している原因は、すべて安倍晋三・自民党である。その上、今回の「天皇(皇室)・天皇制度への大叛逆」問題である。これではもはや、かつての民主党政権だけを「悪夢」と呼ぶ(=勘違いする)のは、あまりにも愚かであることに、安倍教の狂信者もいい加減に気付くべきであろう。

 

(1) 国後・択捉島だけでなく、日本の全領土を中ロに献上する“対ロ売国/対中売国のウルトラ非・国民”安倍晋三を、今すぐ内閣総辞職させない自民党は、共産党より極左だ!

 

(2) 「従軍慰安婦」問題も「徴用工」判決も、“売国奴世界一”安倍晋三が元凶の“安倍犯罪”──“北朝鮮による韓国併呑&全半島共産化”は、日本の国益(

 

中川八洋 筑波大学名誉教授曰く、

 

「安倍晋三が股肱の部下として重用する“名うての天皇制廃止狂”二人によって、天皇制廃止の法制度と先例づくりが着々と進められてきた。“名うての天皇制廃止狂二人”とは、官房長官の菅義偉と宮内庁長官の山本信一郎のこと。前者は法政大学夜間部在籍中に、後者は京都大学法学部在籍中に、「民青(=日本民主青年同盟)」に入った(入党した)。

・・・わが国の二千年におよぶ天皇制度にあって、「譲位禁止」「受禅禁止」という“反・皇位継承”の御代替わりは前代未聞。譲位禁止かつ受禅禁止だから、むろん皇位継承ではない。神武天皇以来、皇位継承で万世一系を紡いできた日本国の偉大にして聖なる皇統は、2019年4月30日/5月1日の、譲位禁止の退位/受禅禁止の即位によって切断される。天皇制廃止の一歩手前に当たる“反・皇位継承”革命が、「四・三〇」「五・一」に遂行されるからだ。日本国が開闢してこのかた、初めての反・皇位継承が、“逆さ嘘レッテル”「皇位継承」をベッタリと貼られ、次代において断行される天皇制廃止の先例づくりのため、安倍晋三によって、人民主権論の純・共産党製式典で強行されるということである。」(中川八洋『 天皇「退位」式は、“廃帝”と宣告する人民法廷: “譲位”禁止の「四・三〇」は、憲法違反! 』、Kindle 版、Kindleの位置No.396-413)

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保守主義の哲学---良心の務めとしての反フェミニズム論2018

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 読者の皆様へ

 私、少し体調を崩して療養しておりましたが、気付けば平成30年(2018年)も、はや7月に入ってしまいました。

 そのような事情もあり、大変遅くなりましたが、ここに本年最初の論文「良心の務めとしての反フェミニズム論」を掲載いたします。

 少々ページ数(文字数)が多くなりましたが、論考の内容は極めて重厚かつ有益であると自負しておりますので、興味ある方は、ぜひ最後までお読みください。


 PDF
ファイル → 良心の務めとしての反フェミニズム論

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【私のバーク保守主義解説ホームページ】


 《反フェミニズム関連》

 →邪悪思想 日本フェミニズムを粉砕しよう!

【平成30729日追記】

 


 〇 自然の摂理としての不動の真実について


 子供を産み育てることは、人類にとって最重要の人間的価値の一つであるということ。このこと自体は、マスメディア、新聞、フェミニズム団体やLGBT団体等の人々が、いかなる批判を加えようとも、どんなに否定しようとも、≪不変の自然の摂理≫の下にあり、また、人類にとって古来からの不動の真実≫であったし、未来永劫そうであり続けるということ。」
 
 すべての日本国民は、このことだけは決して間違わずに、常に肝に銘じておくべきであろう。

 以 上。

【閑話休題】(平成30722日付追記)

 今回の論文「良心の務めとしての反フェミニズム論」の中に盛り込めなかった内容について、若干の補足をしておきたい。それは、神(日本では天照大御神と八百万の神々である)と宗教および良心、敬虔、畏怖などの宗教的・道徳的信念の大部分は、本能---行動ルールの伝統---理性の三つの人間的価値の中では、「行動ルールの伝統」に属するものだということである。
 すなわち、神(神々)・宗教・宗教的信念などは、その本質上、「理性」では捉えられないものへの対処の試み---行動ルールの伝統の範疇の問題---であるから、合理的でないから信じるに値しないとか、理性によって明証できないから存在しないという理由で、それらの必要性と有益性を否定することはできないのである。
 世界の偉大な保守主義あるいは真正の自由主義の哲学者・思想家・政治家は、皆このことを直観的に理解していたがゆえに、保守主義者であり真正の自由主義者であったのである。
 ここで私が言う、真正の自由主義者とは、フランス啓蒙主義や英国ベンサム派功利主義などから派生した偽りの自由主義ではない、法と道徳の支配を肯定し重視する制限された自由主義を指している。


 ベルジャーエフは、「神」について次のように述べている。

 「もしも世界や人間がそれだけで完全であり、それらを超越する、より高く、より深く、より神秘的な何ものかが存在しないならば、我われは苦しみや悪に耐えることができないであろう。
 
我われが神のみもとに行くのは、我われの理性が神の存在を証明するからではなく、この世が理性の限界を越えたところに存在する神秘に包まれているからなのである。」(『ベルジャーエフ著作集3』、白水社、6465頁、ゴシック文字:私)


 ハイエクは宗教と宗教的信念の重要な役割について次のように述べている。
 
 「
有益な諸伝統が、少なくともそれに従うグループが増大して、自然ないし文化的な選択によって拡大する機会を得るのを可能にするだけ長く、保存され伝達されて来たのは、一部に神話的・宗教的信念のおかげであり、私の信ずるところでは、とりわけ一神教的信念のおかげである。
 これが意味するのは、好むと好まざるとにかかわらず、
我われは一定の慣行の存続を、そしてそこから生ずる文明を、科学的言明と同じ意味では真ではない---あるいは検証可能でもテスト可能でもない---、また明らかに合理的な論証の結果でもない信念の支えに部分的に負っているということである。
 時として私は、少なくともこのような(一神教的)信念の一部を、少なくとも
真価の理解の印として<シンボリックな真理>と呼ぶのがよいのではないかと思う。
 ・・・道徳は我われの理解し得ぬ過程によって決定されたという宗教的な見解は、合理主義者に見られる、人間はその知能を働かせることで、およそ予見しうる以上のことを成就する能力を与えてくれる道徳を発明した、という妄念よりも、(宗教の)意図通りの意味においてではないとしても、
ずっと真理に近いのである。
 以上を念頭におくならば、我われは、自分たちの教えの一部の妥当性についてやや懐疑的になりながらも、なお
信仰を失えば道徳の衰退を招くであろうと危惧したがゆえに、それを人々に説き続けた聖職者たちをよく理解し、評価することができるのである。
 おそらく
彼らは正しかった。そして不可知論者でさえ、我われがその道徳を、そして文明のみならず、まさにその生命をも与えた伝統を、その種の科学的には受け入れがたい事実についての主張(=シンボリックな真理を受容することに負っていると認めざるを得ないのである。」(『ハイエク全集Ⅱ-1「致命的な思い上がり」』、春秋社、206207頁、ゴシック文字、(  )内:私)


 バークは、人間の道徳とは神が人間に授けた法であるがゆえに、人間は道徳によって拘束され得る(道徳的義務を受容する良心を持ち得る)のだ、と洞察した。
 
 「もし、道徳法を形成し強制する
全知全能の創造主が存在しないとすれば、時の権力の意思に反する実質的または実定的などんな契約にも、拘束力は存在し得ないだろうと私は思う。
 この(創造主が存在しないという)仮定によれば、どんな人間集団であっても、彼らが義務を無視するほどに強力になると、義務はもはや義務であることをやめるだろう。
 我われは抵抗できない権力に対しては、次の唯一の訴えを持つにすぎない。

 仮に汝が人類と人間の武器を軽んずるにせよ、
 それにしても神々が正邪を記憶し給うことを希望せよ。
---『アエネイス』第一巻---

 私がパリ流哲学の門弟に対して論じているのではないことを当然の前提とすれば、我われ人間の畏怖すべき創造主は存在秩序における人間のあるべき場所の創造主であり、
神の摂理によって、我われ人間を、人間の意思ではなく神の意思に基づいて、配置し導き給うがゆえに、この配置によって実質上我われに与えられた場所に帰属する役割を果たすように、我われに命じ給うたのである。
 我われが人類一般に対して負う義務は、特定の任意協約の結果ではない。
 それは人間と人間、人間と神との関係に由来するが、この関係は
決して選択できる問題ではない
 それどころか、我われが人類の中の特定の個人や一定数の人々との間で取り結ぶあらゆる協約の効力は、
この上位の義務に依存するのである。」(『バーク政治経済論集「新ウィッグから旧ウィッグへの上訴」』、法政大学出版局、655頁、ゴシック文字、( )内、英語原文からの邦訳修正:私)

以上、by Kentarou Ichimura.


【中川八洋 筑波大学名誉教授 公式ブログ】中川八洋掲示板

 《反フェミニズム関連》










保守主義の哲学---真正保守(自由)主義政党が採るべき政策綱領(案)


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 良識ある日本国民の皆様へ。

 国益無視の、政治家の超ご都合主義の主張など、聞いていても嘘くさくてちっとも信用できず、腹立つだけ。

 ので、真正の保守(自由)主義---バークやハイエクの思想を軸とした政策を思考する保守主義---の政党が仮にあるならば、どのような政策綱領を掲げるべきかを簡単にまとめました。但し、政策分野は、天皇(皇室)、国防、外交のみに限定しています。

 どうぞ一読された上で、今回の総選挙における、各自の投票行動に反映して頂ければ幸いです。


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保守主義の哲学---20170813小論文「永遠性への貢献」

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 読者の皆様、大変永らくお待たせしましたが、私の拙小論文「永遠性への貢献」が書きあがりました。

 今回は、少々難しい(ミドル級?)かもしれませんが、重要な政治哲学概念・思想をふんだんに盛り込んでいます。

 もし、理解できない場合は、何度も何度も読み返してみてください。

 PDFファイルへリンク →永遠性への貢献---Contribution to eternity---
(※ 平成29年8月17日、誤字脱字等を修正した修正版PDFを掲載しています。)

 取り急ぎ、掲載いたします。


 平成29年8月13日(日)兵庫県姫路市にて記す。
(※so-netブログへの掲載日です。)

 by Kentarou Ichimura.

hata.gif

 【中川八洋掲示板】(平成29817日付)

 ☆「徴用工」像の建立も予見しない“超お馬鹿”安倍晋三は、ゴルフ三昧・海外観光旅行三昧に耽る“堕落&利権”総理

 〔本文省略〕

 リンク⇒http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2017/08/17/120157

 ☆☆☆☆☆

 安倍晋三内閣及び自民党が政治詐欺漢の集団であることは、中川八洋先生の論文中にある下記の表を見れば、一目瞭然であろう。
安倍晋三の精神とは、偽の愛国民族衣装で仮装した、真に日本を呪詛する外国人であるのは自明ではないか。安倍晋三とは、自分が撒き散らす政策によって、将来、日本国・日本国民が奈落の底に転がり落ちるのを、(単なる己の権力保持と選挙時の集票のための)仮面の俳優的演技の陰で、心の底からせせら笑っている狂気じみた日本呪詛の精神を持つ悪漢である。それが安倍晋三の唯一の真像である。そうでなければ、下記の表にあるような恐るべき政策群の実行に邁進することなど決してできまい。

 
エドマンド・バーク曰く、
 「詐欺ペテン師が決して後悔(「反省」)しないことは天下周知の真理である。詐欺漢は詐欺的行為(政策)以外に何の算段も有しない。彼らの倉庫にはそれ以外の如何なる商品もない。つまり彼らは(自分自身の権力維持の)詐欺奸計の皮算用に失望する際には、退いて依拠すべきどんな徳目ないし叡智も胸中に蔵していない。彼らは古い欺瞞が破綻すれば、新手の欺瞞策の考案に赴くだけである。」(バーク『フランス国民議会議員への手紙』より。丸カッコ内:私の加筆)

 
真実を理解できる、真正の日本国民(特に、真正保守〔自由〕主義を標榜する日本国民)は、次期総選挙(及び自民党総裁選挙など如何なる選挙)においても、安倍晋三内閣・安倍晋三(自民党)に選挙区・比例区共に一票たりとも投票してはならない。
さもなくば、日本国民は座して死を待つことと同値!

 1;日本の国益をひたすら大毀損し続ける“《反日の権化》安倍晋三のスーパー反・外交
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以 上。 
sss
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