スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

保守主義の哲学---果たしてあなたは「自由主義」を正しく理解していますか?

 読者皆さまには、いつも〔=ブログ作成者〕の稚拙な小論をお読み頂き、深く御礼申し上げます。


 さて、今回は――果たしてあなたは「自由主義」を正しく理解していますか?――と題して、
FAハイエクの著作の中から自由主義正しく理解するのに適当な一節を抽出して掲載することとした。


 例えば、あなたが「二つの自由主義」の発展過程と「民主主義」、「権威主義」、「全体主義」との関係を説明せよと問われた場合、我々日本国民はその問いにどの程度正しく答えられるだろうか。


 その結果想像に難くないので触れないが、ここで〔=ブログ作成者〕が抽出したハイエクの「自由主義」に関する説明は極めてコンパクトに理解しやすく纏まっているので、よく読んで「真正の自由主義」とは何かについて理解を深めて頂きたいと思う。


 なお、現在停滞しているエドマンドバークの主著『フランス革命の省察』の邦訳掲載については、年明けの平成
241月より再開する予定です。


 ―――『ハイエク全集Ⅱ-
5「政治学論集」』、春秋社、6770頁より―――


 二つの自由主義


 
ここでいう「自由主義」とは、そもそも
17世紀後半の旧ホイッグ党の頃に生まれ、19世紀末のグラッドストーンの時代にかけて、イギリスで発達した理想的政治秩序にかんする概念と解釈されるものとする。


 イギリスでこの思想潮流を代表する人物としては、デヴィッドヒュームアダムスミスエドマンドバーク
TBマコーレーアクトン卿が挙げられるだろう。


 「法の下での個人の自由」というこの概念が、ヨーロッパ大陸での自由主義運動を啓発し、アメリカの政治的伝統の基盤となった。


 他国の優れた政治思想家を挙げれば、フランスの
B・コンスタン、Aトクヴィル、ドイツのイマヌエルカント、フリードリヒ・フォン・シラー、ヴィルヘルム・フォン・フンボルト、アメリカのジェームズマディソンジョンマーシャル、ダニエル・ウェブスターなどが、明らかにこの潮流に属する人びとである。


 この自由主義は、同じく「自由主義」と呼ばれるもので、大陸ヨーロッパの伝統に則り、現在アメリカでリベラルとして理解されているものへとつながる考え方とは、明らかに区別されなければならない


 こちらの考え方も、当初は前者の伝統に模して始まったものだが、フランスで優勢だった設計主義的合理主義の精神に基づいて解釈され、その結果、まったく違う考え方を生みだした。


 つまり、政府の権力に対する制限を主張するものではなく多数派に無制限の権力を与える理念を作り上げてしまったのだ。


 これが、ヴォルテールルソーコンドルセから、フランス革命つながる系譜であり、近代社会主義の原型となった。


 イギリスの功利主義は大陸のこの系譜から多くを引き継いでおり、ホイッグ党リベラル派哲学的急進派功利主義との合同から生まれた
19世紀末のイギリス自由党も、この二つの流れが融合したものであった。


 自由主義と民主主義は両立するものであるが、同じものではない


 前者は、政府権力の範囲に関するものであり、後者はだれがその権力を掌握するかに関するものである。


 それぞれの対抗概念を考えてみると、その違いがよくわかるだろう。


 自由主義の反対は全体主義であり、民主主義の反対は権威主義である。


 ということは、少なくとも理論上は、民主主義政府全体主義であることは可能だし、権威主義的政府自由主義的規範に則った行動をとることも可能なはずだ。


 先にあげた第二自由主義は、自由主義ではなく民主主義の原理となって多数派に無制限の権力を与えることを主張し、それは基本的には自由主義と対立するものとなる。


 「自由主義」と称する二つの政治哲学は、いくつかの点では似たような結論にいたるものだが、まったく異なる哲学的基盤にもとづくものであることは明記しておかなければならない。


 最初に挙げた方は、文化や精神などすべての事象にかんして進化論的な解釈を施し、人間の理性の力の限界についての洞察にもとづくものである。


 後者は私が「設計主義的合理主義と呼ぶものにもとづいており、すべての文化的事象は意図的な計画の産物であり、その計画に従って既存の制度を再構築することが望ましいし、またそれは可能であるという信念に立っている。


 前者伝統を重視し、すべての見識や文明は伝統に根ざすものであることを認めるのに対し、後者は、個別に存在する理性による文明の構築が可能であると考えるから、伝統を軽蔑するようになる


 〔たとえば、ヴォルテールは「良い法律が要るのなら、現在の法律を燃やして、新しいのを作れ」といっている〕。


 さらに前者は、理性のかぎられた力を伸ばす唯一の方法として抽象化に頼る、いわば謙虚な心情だが、後者はそのような限界を認めることを拒否し、理性のみで特定の具体的な配列状態の妥当性を判断できる信じている


 
〔この違いのおかげで、第一自由主義は少なくとも宗教と相いれないものではなく信仰厚い人びとによって信じられ時に発展させられてきた。一方「大陸自由主義すべての宗教を敵視し、政治的にはつねに宗教組織と対立してきた〕。


 イギリスの自由主義の由来


 
ここからは、第一自由主義だけを論じていくが、この概念は最初から理論的に構築されたものではない。


 そうではなく、当初はただ単に支配者を信用できないという理由で政府権力に制限を設けただけであった。


 それが予期せぬ形で有益な効果をもたらしたために、その効果を広く普遍化させようという願望が生まれた。


 自由主義はこのように、社会事象における自生的秩序、あるいは自然発生的秩序発見に端を発している〔この発見で、理論的社会科学の研究対象の存在が認識された〕。


 この秩序は、中央からの指示で作りあげられた秩序では考えられないくらい広範囲に社会のあらゆるメンバーの知識や技術を活用することを可能にし、その結果、そのように力強い自生的秩序を形成する力をできるかぎり活用しようとする願望も生まれてきた。


 このように不完全な形でありながら、すでに存在する秩序の原理を明白にしようとする努力のなかで、アダムスミスらは、自由主義基本原理を発展させ、その原理を普遍化することの利点を証明しようとしたのである。


 その過程で彼らは、コモンロー正義概念がよく知られていること、また法の支配法の下の政府という理念がよく知られていることを前提に理論を発展させたのだが、そうした理念はアングロ・サクソン世界の外ではあまり理解されていなかった。


 ベンサム派が、進化論的概念というイギリスの伝統ではなく大陸合理主義に由来する設計主義的功利主義の考え方を採用して、イギリスの伝統を捨ててしまったことで、スミスらの考え方は英語圏以外に広まらなかったばかりでなく、イギリス国内でも理解されなくなってしまった。


 自由主義の中心となるのは、正しい行為の一般的ルール施行し、保護されるべき個人の私的領域を識別できるようにすれば、作為的な操作で作りあげるよりもはるかに複雑な秩序が自生的に生まれて、人間の行為を律するようになる、という考え方である。


 したがって、政府が強制的に行うことは、そのような一般的ルール施行限られるべきだということになる。


 もっとも、それと同時に、そうした強制行為以外にさまざまな行政サービスを提供する際に自由に使用してもよい特定の資源が政府の手に委ねられてはいるが、そうした非強制的な行政サービスがどうであれ、政府の強制行為については、あくまでも一般的ルールの施行に限られるべきなのである。


 〔  〕内:ハイエク、アンダーライン及び(  )内:〔=ブログ作成者


 ―――『ハイエク全集Ⅱ-
5「政治学論集」』、春秋社、6770頁より―――


 〔=ブログ作成者〕の解説


 さて、上記のハイエクの説明により、我々は、アダムスミスの名著『諸国民の富』を始祖とする、いわゆる古典派経済学とは、英国伝統的自由主義の側にその理論的基礎を置いていることを知った。


 それでは、素朴な疑問として古典派理論と対立するケインズ派経済学の理論的基礎はハイエクの述べた二つの自由主義のうちのどちらに属するのであろうか?という疑問が湧くはずである。


 ハイエクはケインズの自伝的エッセイから引用してその回答を与えている。


 ―――『ハイエク全集Ⅱ-
4「哲学論集」』、春秋社、1416頁より―――


 この種の合理主義(=設計主義的合理主義)が、あらゆる道徳価値の崩壊と、個人は当人が追い求める目的にたいする個人的評価のみによって導かれるべきであるという信念とに繫がり、そして追い求められる目的によってあらゆる手段を正当化する傾向をもつことは相当に明白である。


 この合理主義がつくりだす心理状態は、故ケインズによる自伝的エッセイのなかに明確に描写されている。


 ケインズは、
20世紀初期に自分や友人たちが抱いていた――そして彼自身30年後もなお変わらないと認めている――見解を描写して以下のように書いている。


 (ケインズ曰く、)


 「われわれは、一般的ルールに従うという個人の責任を完全に拒絶した


 自分たちは、あらゆる個々のケースをそのメリットによって判断する権利があり、その判断を成功裏に行う知恵と経験と自制心があると主張した。


 これはわれわれの信念の非常に重要な一部として暴力的かつ攻撃的に保持されていたのであり、外的世界にたいしては、われわれのもっとも明白かつ危険な特徴であった。


 服装のきまり、習慣、伝統的知恵などを、われわれは完全に拒絶した


 つまり、用語の厳密な意味で、不道徳主義者だったのである。


 もちろん、人に見つかることにともなうあれこれの帰結は、それらの価値に応じて考慮されなければならなかった。


 しかしわれわれは、遵守し服従すべきものとして、自分に課されたなんの道徳的義務も、なんの内面的道徳拘束力も認めていなかった


 神の前で、自分たちの問題では自分たちが裁判官である、と主張したのだった


 (ケインズここまで)


 
この言明が、伝統的な道徳ルール拒否するだけでなく、行為や道徳その他あらゆる種類の拘束力ある抽象的ルールに従おうとすることへの拒否をも含意していることに注目すべきである。


 これが含意するのは、人間の知性は、一般的ルール原理が人間に与えてくれる助けを利用することなしに人生を成功裏に秩序づけるに十分なのだ、という主張である。


 つまり人間は、すべての可能な行為のさまざまな選択肢のなかからそれらの帰結に対する全面的で明示的な評価をとおし、すべての状況を完全に認識して、自分の活動を成功裏に調整する能力がある、という主張である。


 もちろんこのことは、われわれの知的パワーにかんする途方もない仮定を含むだけでなく、われわれが生きている世界がいかなる種類のものに関する全く違った想定をも含んでいる。


 それは、われわれが直面するさまざまな実践的問題を、あたかもすべての事実をわれわれが知っていて、それらの問題に対処するという仕事が純粋に知的なものであるかのように取り扱うのである。


 残念ながら、多くの現代社会理論もまたこの同じ想定によって、価値を奪われてしまっているのではないだろうか。


 人生における決定的な事実としてわれわれは、全知ではないし、そのときどきに以前には知らなかった新しい事実に適合しなければならないのであり、だからこそ、あらゆる個別具体的な行為が相互に前もって合理的に調整されているような事前に考えられた細かい計画に従って人生を秩序づけることなどできないのである。


 ―――『ハイエク全集Ⅱ-
4「哲学論集」』、春秋社、1416頁より―――


【平成
231226日掲載 神戸発】


エドマンド
バークを信奉する保守主義者

スポンサーサイト

テーマ : エドマンド・バーク保守主義
ジャンル : 政治・経済

プロフィール

バーク保守主義(広報部)

Author:バーク保守主義(広報部)
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。