保守主義の哲学---「人権(=人間の権利)」についての考察(第1弾)---テロルの経典「フランス人権宣言」(その1)


 1789826日のフランス人権宣言は、「フランス国民の権利侵害の宣言文書」であり、「フランス革命という人類史上初の全体主義体制の宣言文書」である。

日本初?テロルの経典「フランス人権宣言」の真正の逐条解説。

(その1)


 読者の皆さんへ

 いつも、私の「保守主義の哲学シリーズ」を読んで頂き、感謝しております。

 通常のブログとは異なり、私のブログは、読者の皆さんに、「エドマンド・バーク保守哲学」を学んで頂きながら、かつその哲学原理を基礎として、現実政治の問題に痛烈な批判を加えるという形を取っているため、いつも長文となってしまいますが、ご了承頂きたい。

 また、以前にも申しましたが、私のブログでは、ある人物やその著作を罵倒するために好ましくない日本語を用いますが、それは、あくまでも「法とは何か道徳・美徳とは何か自由とは何か等々のバーク哲学を十二分に弁えた上で」、それらの文明社会の正統原理を破壊せんとする悪人・悪書を言論によって駆逐するために恣意的に使用していますので、それをもって、私の人格が精神欠陥的であるこれも私の良く使う言葉なのですが・・・)」と誤解なさらないようにお願いしたい

 さて、「保守主義の哲学シリーズ」では今回から数回にわたり、「人権をテーマに議論したいと思っている。

 「人権」は、あたかも無謬のごとく日本国・日本国民を支配し、金縛りにしている。日本での「人権」は、迷信のごとく批判はむろん疑いさえ許されない状況である

 「人権」とは、1789年のフランス革命のフランス人権宣言で誕生した教理である。英国も米国もその憲法The Constitutionにおいて、この人権を拒絶していて憲法上は人権など全く存在しない憲法上存在するのは「(英・米国民固有の権利・(英・米国民の権利である

 フランスも人権発祥国でありながら1875年の第三共和国憲法以後、「人権を可能な限り払拭しようとしてきた

 とは言え、「人権がこれらの国々でまったく存在しないわけではないが、国連人権委員会日本国のみに「人権が妖怪のごとく徘徊し、国民がこれほどまでに「人権呪縛人権金縛り」にあっている状況は、世界のいかなる国にもない。「人権」に呪縛され、金縛りにあっている国は、世界広し、といえども、日本国だけでありしかも最も極端であると言って過言ではない。

 そこで、まず、「人権テーマ第一弾として、そもそも「人権」とは何か、を読者の皆さんと共に再考するため、世界で最初に「人権人間の権利(=Human Rights)」を宣言した「フランス人権宣言」正式名称、「人及び市民の権利宣言」1789年)が実は人権を擁護する宣言」ではなく「人権を弾圧するためのテロルの経典全体主義体制のバイブル」であったという事実を、バーク保守哲学によって、ほぼ完全に証明した(=ほぼ完璧、というのは、私も人間であるので、智力の完璧性・無謬性など存在しないので、細部で若干の誤謬はあるかも知れないが大筋においては完璧に、という意味である)ので、以下にその根拠を理論展開する。

 このため、今回のブログは少し「インパクトが強烈すぎる」かもしれないが、この「フランス人権宣言」の「人権の虚構の破壊が人権派左翼の理論的・精神的支柱の完全破壊に繋がり日本国民を人権呪縛から解放し文明社会の真正の権利である国民の権利を理解する突破口となるであろう

 なお、「フランス人権宣言」はジャン=ジャック・ルソーの『社会契約論』の論理(教義)そのものの記述であるため、必然的にテロルの経典」となる。よって、『社会契約論』の概要についても必要な程度において説明を加えている。


人及び市民の権利宣言1789年)

 前 文

 国民議会として構成されたフランス人民の代表者たちは、人の権利に対する無知、忘却、または軽視が、公の不幸と政府の腐敗の唯一の原因であることを考慮し、人の譲りわたすことのできない神聖な自然的権利を、厳粛な宣言において提示することを決意した。この宣言が、社会全体のすべての構成員に絶えず示され、かれらの権利と義務を不断に想起させるように。立法権および執行権の行為が、すべての政治制度の目的(=「立法者」の「一般意志」)とつねに比較されうることで一層尊重されるように市民の要求が、以後、簡潔で争いの余地のない原理に基づくことによって、つねに憲法の維持万人の幸福に向かうように。こうして、国民議会は、最高存在(=「立法者」)の前に、かつ、その(=最高存在の庇護のもとに、人および市民の以下の諸権利を承認し、宣言する

 →私の解説:第一に、前文の文頭にある、国民議会は、そもそも「非合法組織」であり、この非合法組織の「宣言」などは法的効力を全く有さない。「人権宣言」とは「非合法組織の私文書に過ぎない。以下にフランス革命の簡単な年表を示すのでご覧いただきたい。


1789年の人権宣言に始まり完成されていった一党独裁体制の形成の歴史】

178955

 国王ルイ16世が、全国三部会召集

1789617

 第三身分の代表(シェイエスら)が三部会から叛逆的離脱して、国民議会の成立を宣言(→いかなる権限にも基づかない非合法組織である)@1789620日@「球戯場の誓い」

17897 9日

 憲法制定国民議会(→以下、何の合法的手続きも経ず、国王に脅迫的に承認させた非合法組織であり、以下「国民議会」と呼ぶ)

1789714

 民衆がバスティーユ牢獄を襲撃(→無法の極みたる民衆の暴動である。バスティーユ牢獄は貴族専用刑務所であり7名の貴族が受刑中、民衆の政治囚など一人もいなかった

17898 4

 非合法組織である国民議会封建的特権の廃止を宣言→非合法の宣言

1789826

 非合法組織である国民議会人権宣言を採択(→非合法組織の宣言であるから、元来、私文書にすぎないものである

179193

 非合法組織である国民議会が「1791年憲法」を制定(→非合法組織が制定したのであるから、元来、私的憲法案にすぎないものである)

 この「1791年憲法」では、第三編第二章第一節第一条~第三条で「立憲君主を規定している。

 また、第三篇第一章では一院制立法議会の設置を規定している

1792810

 暴力革命の主体となっていたジャコバン党は武装の暴民を指導し、煽動してチュイルリー宮殿の国王を襲い、王権を停止した。(→「1791年憲法」を仮に合法と仮定しても「立憲君主」条項に対する明確な、違反行為違憲行為である

 しかも、この混乱に乗じて、「立法議会」は、定員745のうち、248名しか出席せず373名以上でないと議決できない憲法の規定に反して、まず、「1791年憲法の廃止を宣言した(→明確な憲法違反行為であるが、これによって1791年憲法の効力はわずか1年足らずで停止したことになる)。

 次に新憲法制定のため、さらなる「非合法組織」である「国民公会」の創設を決議(→無憲法状態のため、決議は無効)し、その開会を1789920日とすることにした。しかし、17958月までの3年間施行された憲法はないこの非合法組織の「国民公会」が、3年間もの無憲法状態を選択したのである。

 次の憲法が制定されるまで現憲法を存続させるという常識もない、無憲法の方をよしとするフランスの革命家たちは、“立憲主義”の思想がまったく存在しなかった。むしろ、「立憲主義の否定」、もしくは「立憲主義の破壊」こそが、フランス革命が目指した政治目標の一つであった。

 無憲法下で最高権力となった「非合法組織」である「国民公会は、恐怖政治をすべく「”」をエスカレートしていく。

 第一は、国民殺戮の機関としての「公安委員会の設置である。

 第二は、「革命裁判所」の設置である。

 こうして、“法の支配”・“立憲主義”なきフランスは無制限な「悪」を実行する体制を完成していったのである。

179362

 ジャコバン党(山岳派)はジロンド派を抹殺

1793610

 ジャコバン党が支配する公安委員会で起草した憲法を国民公会に提出

1793623

 ジャコバン憲法(=1793年憲法)可決

17931010

 ロベスピエールの命令により、「平和回復まで、フランス臨時政府は革命政府である」(第一条)と定める法律でもってこのジャコバン憲法を施行しなかった

1793124

 ロベスピエール独裁を支える「公安委員会が国家権力の全権を掌握し、「国民公会はその従属機関へと転落した。

 1794415

 「公安委員会」が保安委員会の担当する警察の権限も奪い、すべての執行機関を一手にした

 裁判司法もジャコバン党の独裁するところとなった。1793610日の法律は、「人民の敵」は裁判に処せられることとしたが、有罪となればそれは死刑のみと定めたものであった。

 「人民の敵」とは、王政復古の主張、国民公会の解散の主張、革命教理の非難・・・をした人間すべてであり、要はジャコバン党批判のいっさいが「人民の敵」となった。裁判は証拠調べなど事実上なかった。

 反革命の言動を対象とする1793310日設置の「革命裁判所は、「公安委員会に直属しギロチンは稼働率をあげた

 1793917日の「反革命容疑者法公安委員会に無制限の逮捕/処刑権を附与した

 以上に示した通り、フランス革命とは、人類の歴史上初めて人間に対して無制限に殺戮する(=テロル)という政治システムである「一党独裁体制の暗黒の全体主義体制」を地球上に誕生させた「無差別殺戮のテロル」であり、1789年の「人権宣言」は、テロル開始を宣言する「テロルの経典」なのである。

 「人権宣言」は決して称賛・美化される類のものではない


 第二に、「人の権利」「人の譲りわたすことのできない神聖な自然的権利」などの「人間として生まれたというだけでもつ権利」=「自然的権利」=「自然状態の自然人の権利」などの「野蛮で低級な権利」を文明社会国家の国民に適用すれば、文明社会は必然的にアナーキズム化する

 文明社会国家Aの「国民A1が持つ権利」とは、単純に人間A1が人間として生まれた」というだけの「人権」という「野蛮で低級な権利」ではない。

 「国民A1の権利」とは、国民A1が生まれた国家Aの個々の国民A1A2A3A4A5・・・・・・等が祖先より世襲相続した自由/道徳生命/安全私有財産名誉」などと、それを擁護する「“”・伝統慣習が歴史の経過のなかで重厚に複合したものであり、「高級で複雑な権利」である。

 このような「高級で複雑な権利」を持つ文明社会国家の国民に対して、低級で野蛮な自然人(=野生動物としての人間の権利人権」を「権利侵害の基準とし据えてしまえば、「高級で複雑な権利を持つ国民の間にありとあらゆる形の権利の衝突」や「権利の闘争」「権利の訴訟が生じるのは必然であり、文明社会はアナーキズム化するということである。

 これを文明国フランスで画策し、実行したのが「フランス革命」であり、「低級で野蛮な権利」を「権利の基準」として示したのが、テロルの経典である「フランス人権宣言」である。

 第三に、「権利と義務を不断に想起させるように」とあるが、フランス人権宣言に「義務」を想起させるような文言はない。

 第四に、「すべての政治制度の目的とは、ルソーの『社会契約論』の立法者」の発する「一般意志」のことであるが、これは後に解説する。

 第五に、「つねに憲法の維持万人の幸福に向かうように」とあるが、上記のフランス革命の年表示したように、フランス革命においては、憲法の破壊はしたが憲法の維持など露ほども顧みられなかった万人の幸福についても全く同様である。

 第六に、「国民議会は、最高存在の前に」とあるが、これはルソーの『社会契約論』の「立法者一般意志」のことであり、理神教の神のことを指す。


保守主義の哲学---「人権(=人間の権利)」についての考察(第1弾)---テロルの経典「フランス人権宣言」(その2)へ続く。


スポンサーサイト

テーマ : エドマンド・バーク保守主義
ジャンル : 政治・経済

コメント

Secret

プロフィール

バーク保守主義(広報部)

Author:バーク保守主義(広報部)
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード