保守主義の哲学---新渡戸稲造『武士道』・與謝野晶子に学ぶ---道徳論(2)


―――日本国民の道徳の再興へ向けて―――

 エドマンド・バーク保守主義哲学)―――真正の自由―――「道徳ある自由」・「美徳ある自由

 新渡戸稲造―――『武士道

 與謝野晶子―――「幸福になる女性の道徳」(中川八洋與謝野晶子に学ぶ 幸福になる女性とジェンダーの拒絶』)

から学ぶ

―――日本国再生の手懸りとしての道徳論(2)克己惻隠の心―――


―――新渡戸稲造武士道』(邦訳 矢内原忠雄を基本とし、必要に応じて奈良本達也の邦訳で補足)より部分引用、ここから―――

 ※ 文中の緑色文字部分は、新渡戸稲造博士の言わんとするところを、より明確にするために、ブログ作成者補足した箇所であるので注意願いたい。

 (1) 克 己

 「ある意味において我が国民は他の民族以上に、しかり幾層倍も勝りて、ものに感じるはずであると、私は考える。けだし自然的感情の発動を抑制する努力そのものが苦痛を生ぜしめるからである。感情のはけ口を求めて涙を流したりもしくは呻吟(=苦しみ、うめくこと)の声を発することなきよう教育せられる少年―――しかして少女を想像せよ。かかる努力が彼らの神経を遅鈍ならしむるか、それとも一層鋭敏ならしむるかは、生理学上の一問題である。

 武士が感情を面に現わすは男らしくないと考えられた。『喜怒色に現わさず』とは、偉大なる人物を評する場合に用いらるる句であった。最も自然的なる愛情も抑制せられた。父が子を抱くは彼の威厳を傷つくることであり、夫は妻に接吻しなかった―――私室においてはともかく、他人の面前にてはこれをなさなかったのである。『アメリカ人はその妻を他人の前で接吻し、私室にて打つ。日本人は他人の前ではこれを打ち、私室にありては接吻する』と、一青年が戯れに言った言葉の中に、いくらかの真理があるであろう新渡戸稲造『武士道』、邦訳 矢内原忠雄、岩波文庫、99100

 「挙止(=立ち居振る舞い)沈着精神平静であればいかなる種類の激情にも乱されない。最近の中国との戦争(日清戦争)に際しある連隊が(日本国の)某市を出発した時、多くの群衆が隊長以下軍隊に訣別するため停車場に群れ集うたことを私は思い出す。この時、一アメリカ人が声高き(戦の勝利に燃える興奮や別れの悲しみなどの)感情の爆発を予期しつつその場所に行ってみた。そは全国民そのものがひどく興奮していたし、かつその群集の中には兵士の父、母、妻、愛人等もいたからである。しかるにこのアメリカ人は奇異の感を抱いて失望した。というのは、汽笛が鳴って列車が動きだした時数千の人は黙って脱帽し、その頭を垂れて恭しく別れを告げハンカチーフを振る者なく一語を発する者なく、ただ深き沈黙の中に耳をすませば僅かに歔気嗚咽(=すすり泣き、声を詰まらせて泣くこと)の洩るを聞くのみであった。家庭生活においてもまた、親心の弱さに出ずる行為を気づかれないように襖の蔭に立ちながら病む児の呼吸に終夜耳を澄ませた父親がある!臨終の期にもその子の勉学を妨げざらんがためにこれを呼び返すことを抑えた母親がある。我が国民の歴史と日常生活とは、プルタークのもっとも感動すべきページにも善く匹敵しうる英雄的婦人の実例に充ちている新渡戸稲造『武士道』、邦訳 矢内原忠雄、岩波文庫、100101

 「じっさい日本人は、人性の弱さが最も厳しき試練に会いたる時、常に笑顔を作る傾きがある。我が国民の笑癖についてはデモクリトスその人にも勝る理由があると、私は思う。けだし我が国民の笑いは最もしばしば、逆境によって乱されし時の平衡を恢復せんとする努力を隠す幕である。それは悲しみもしくは怒りの平衡錘である。

 かくのごとく感情の抑制が常に要求せられしため、その安全弁が詩歌に見出された(=口に出すことを抑制していた感情を詩歌が代弁した)。十世紀の一歌人(紀貫之)は、『かようの事、歌このむ(好む)とてあるにしもあらざるべし。唐土もここも、思ふことに堪へぬ時のわざとぞ』と書いている。死せる児の不在をば常のごとく蜻蛉釣(=トンボ採り)に出かけたものと想像して、おのが傷つける心を慰めようと試みた一人の母(加賀の千代)は吟じて曰く、

 蜻蛉つり今日はどこまで行つたやら

 私は、他の例を挙ぐることを止める。・・・私の望むところはただ、しばしば無情冷酷、もしくは笑いと憂鬱とのヒステリカルなる混合であるかの外観を呈し、時にその健全性の疑わるることさえある、我が国民の心の内なる働きをば(それを理解できぬ外国人に)ある程度において示すことであった新渡戸稲造『武士道』、邦訳 矢内原忠雄、岩波文庫、102103

 「―――『我が国民の神経の緊張低き(=苦痛を堪えかつ死を恐れざるほど神経が敏感でないこと)は何によるか』。・・・私一個人としては、・・・我が国民の激動性、多感性そのものであると信ずる。ともかくこの問題に関するいかなる説明も、長年月にわたる克己の鍛錬を考慮に入れずしては正確であり得ない。

 克己の修養はその度を過ごしやすい。それは霊魂の溌剌たる流れを抑圧することがありうる。それは、すなおなる天性を歪めて偏狭畸形となすことがありうる。それは頑固を生み、偽善を培い、情感を鈍らすことがありうる。いかに高尚なる徳でも、その反面があり、偽物がある。吾人は各個の徳において(反面や偽物にこだわり過ぎずに)それぞれの積極的美点を認め、その積極的理想を追求しなければならない。しかして克己の理想とするところは我が国民の表現に従えば心を平らかならしむにあり・・・デモクリトスが至高善と呼びし・・・状態に到達するにある新渡戸稲造『武士道』、邦訳 矢内原忠雄、岩波文庫、104

 (2) 仁・惻隠の心※ちなみに大辞林によれば仁とはいつくしみ・思いやりの意。惻隠の心とはかわいそうに思う心・あわれみの心の意

 「寛容愛情同情(=他人の苦しみ・悲しみ・不幸などを自己の事のように感じて、思いやり、いたわりの心をもつこと憐憫(=あわれむこと情けをかけること)は古来最高の徳として、すなわち人の霊魂の属性中最も高きものとして認められてきた。それは、二様の意味において王者の徳と考えられた。すなわち高貴なる精神に伴う多くの属性中王位を占むるものとして王者的であり、また特に王者の道に適わしき徳として王者的であった。・・・世界各国民皆これを知ったのである。

 孔子も孟子も人を治むる者の最高の必要条件はに存することを繰り返した

 孔子曰く、『君子はまず徳を慎む、徳あればこれ人有り、人有ればこれ土あり、土有ればこれ財あり、財有ればこれ用あり、徳は本也、利は末也』と(『大学』、[註―1]参照)。

 また曰く、『上仁を好みて下義を好まざる者はいまだ有らざるなり』と(『大学』[註―2]参照)。

 孟子はこれを祖述して曰く、「不仁にして国を得る者はこれあり、不仁にして天下を得る者はいまだこれ有らざるなり』と(『孟子』)。

 また曰く、『天下服せずして王たる者はいまだこれあらざるなり』と(『孟子』)。孔孟共に、この王者たる者の不可欠要件を定義して、『仁とは人なり』と言った(『中庸』、[註―3]参照)。新渡戸稲造武士道』、邦訳 矢内原忠雄岩波文庫5152

 「柔和なる徳であって、母のごとくである。真直なる道義と厳格なる正義とが特に男性的であるとすれば慈愛は女性的なる柔和さと説得性をもつ。我々は無差別的な愛に溺れることなく正義と道義とをもってこれに塩つくべきことを誡められた。伊達政宗が『義に過ぐれば固くなる、仁に過ぐれば弱くなる』と道破せる格言は、人のしばしば引用するところである。

 幸いにも慈愛は美であり、しかも稀有ではない。「最も(真に)剛毅なる者は最も柔和なる者であり、(真に)愛ある者は勇敢なる者である」とは普遍的に真理である。「武士の情け」と言うは、直ちに我が国民の高貴なる情感に訴えた。武士の仁愛が他の人間の仁愛と種別的に異なるわけではない。しかし、武士の場合にありては愛は盲目的の衝動ではなく正義に対して適当なる顧慮を払える愛であり、・・・生殺与奪の権力を背後に有する愛だからである。・・・吾人は武士の愛をもって有効なる愛と言いうるであろう。けだしそれは相手方に利益もしくは損害を加えうる実行力を含むが故である。武士はその有する武力ならびにこれを実行に移す特権を誇りとしたが、同時に孟子の説きし仁の力に対し全き同意を示した

 孟子曰く、『仁の不仁に勝つはなお水の火に勝がごとし、今の仁をなす者はなお一杯の水をもって一車薪の火を救うがごとき也』と。

 また曰く『怵(じゅってき)惻隠の心仁の端(はじめ)也』と。新渡戸稲造『武士道』、邦訳 矢内原忠雄、岩波文庫、5455

 「弱者、劣者、敗者に対するは、特に武士に適わしき徳として賞賛せられた。

 ・・・須磨の浦の激戦(西暦1184年)は我が歴史上最も決定的な合戦の一つであったがその時彼(=熊谷直実)は一人の敵に追い駆け、逞しき腕に組んで伏せた。

 かかる場合組み敷かれたる者が高き身分の人であるか、もしくは組み敷いた者に比し力量劣らぬ剛の者でなければ、血を流さぬことが戦の作法であったから、この猛き武士は己の組み敷ける人の名を知ろうと欲した。

 しかし名乗りを拒むので、兜を押し上げて見るに、髭もまだなき若者の美麗なる顔が現われた。武士は驚き手を緩めて彼を扶(たす)け起し父親のごとき声をもってこの少年に、『行けと言った。『あな美しの若殿や、御母の許へ落ちさせたまえ、熊谷の刃は和殿の血に染むべきものならず、敵に見咎められぬ間にとくとく逃げ延びたまえ』。

 若き武士は去るを拒み双方の名誉のためにその場にておのれの首を打たれよと熊谷に乞うた。老功の熊谷が霜置く頭に振り翳したる白刃は、これまであまたたび人の玉の緒を絶ちし刃であった。しかし彼の猛き心も砕け、我が子が今日の初陣に貝鐘諸共に先駆けしたる姿も目のあたり映じて、武夫(もののふ)の強気腕も戦(おのの)いた。

 再び落ちさせたまえと願いしも敦盛聴かず、かつ味方の軍兵の近づく足音を聞いて、彼は叫んだ、『今はよも遁(のが)し参らせじ、名もなき人の手に亡(うしな)われたまわんより同じうは直実が手にかけ奉りて後の御孝養をも仕(つかまつ)らん。一念阿弥陀仏、即滅無量罪』。その瞬間大刀空中に閃き、その下るや刃は若武者の血に染みて紅であった。

 戦終り熊谷は凱陣したが、彼はもはや勲功名誉を思わず、弓矢の生涯を捨て頭を剃り僧衣をまといて、日入る方弥陀の浄土を念じ、西方に背を向けじと誓いつつ、その余生をば神聖なる行脚に託したのである。

 批評家は、この物語の欠点を指摘するであろう。枝葉末節においては非難に堪えざるものがあるかも知れないが、いずれにしても優しさ憐れみ愛が武士の最も惨慄なる武功を美化する特質なりしことを、この物語が示すことには変りがない新渡戸稲造武士道』、邦訳 矢内原忠雄、岩波文庫、5657

 ――[註―1]――

 「この故に君子は先ず徳を慎む。徳あれば此に人あり、人あれば此に土(と)あり、土あれば此に財あり、財あれば此に用あり『大学』伝 第十章 第六節

 「徳は本なり。財は末なり『大学』伝 第十章 第七節

 「本を外にし末を内にすれば、民を争わしめて奪うことを施す『大学』伝 第十章 第八節

 (現代語訳)君子の慎む(=過ちの無いように控え目にする)べきものの第一は徳である。徳を慎めば民心がその人に悦服し、民心が悦服すれば国土が完全に自己のものとして掌握せられ、国が完全に掌握されるならば、もちろん税その他によって国庫に貨財が豊富になり、貨財が豊富になれば、それがさまざまに用いられ、いわゆる「利用厚生」が盛んにおこなわれる。

 徳は本であり、財は末であるのに、君子が本である徳を外的なもの(=第二次的なもの)とみなし、末である財を内的なもの(=第一義的なもの)とみなすならば、人民に対して、苛斂誅求(=物欲主義=唯物主義)をこととするようになり、ひいては物欲主義(=唯物主義)に感化された人民をして財をめぐって相い争わしめることになる。財のみに注目する結果、人の財を奪うことを教えとすることになる。

――[註―2]――

 「未だ上仁好みて、下義好まざる者は有らざるなり。未だ義を好みて其の事の終えざる者は有らざるなり。未だ府庫の財その財に非ざる者は有らざるなり『大学』伝 第十章 第二十一節

 (現代語訳)君子(主君)が仁を好み下の者を愛すれば、下の者も仁に対応する義という徳を好まない者(=義を好む者で、君主に忠誠しない者)はないはずである。下なる人民が義を好みながら、万事がとどこおりなく遂行され終わらない(=有終の美をとげない)ものはなく、政府の倉庫に納められた財貨が確実に君子(主君)の財貨とならないということはない。すなわち、道理に背いて倉庫に入った財貨ではないから、道理に背いて出ていくことはない。

――[註―3]――

 「仁は人なり、親(しん)を親しむを大なりと為す。義は宜(ぎ)なり、賢を尊ぶを大なりと為す。親を親しむの殺(さい)、賢を尊ぶの等は、礼の生ずる所なり『中庸』第十二章 第五節

 (現代語訳)政治のもとは仁を以て身を修めることだというが、それはいわば代表的に言ったのであって、今少し詳しく言うと、少なくとも、仁・義・礼の三徳を考える必要がある。仁とは、人間(=身体的かつ情緒的人間)ということに他ならないから、人間にとって最も直接に与えられている親(血縁者、親、兄弟、親戚)を親しむということが最初の、最重要の要件である。

 自分の父親に対するのと、他人の父親に対するのと、兄の子に対するのと隣人の子に対するのとでは、愛に差があるのは自然の理、自然な人情に他ならない。

 義(=正義の道理)とは是非の区別的妥当性ということであるから、単なる親愛感情でなく、知的な認識、つまり賢者を賢者として認識して尊敬する、それが最重要の要件である。

 親族を親しむという親和があれば、親族の感情に溺れないで、広く賢者を賢者として認め尊敬するけじめ、がなければならない。親族を親しむ場合でも、血縁の近き者ほど親しみは厚く、遠い者ほど薄いという減殺として現われる。また、賢者のうちにも、師とすべきもの、単に友とすべきもの、などの等級がおのずから発見される。この事実こそ仁儀の間に節と表現上の技巧としての礼をせしめるのである。礼は儒教においては仁とならんで最高の徳目であった。


保守主義の哲学---新渡戸稲造『武士道』・與謝野晶子に学ぶ--‐道徳論(3)へ続く


 

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