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保守主義の哲学---「大衆」解釈論---日本国民は、早急に「大衆的」国民から「貴族的」国民に回帰せよ(4)


―――オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』(1930年)に基づく―――

エドマンド・バーク保守主義的「大衆」解釈論

―――日本国民は、早急に「大衆的」国民から「貴族的」国民に回帰せよ(4)―――

日本国2,600年の歴史は、世界で唯一国、日本国民にそれを可能にせしめる力を秘めている

―――その時、夕日は再び朝日となり、東の空から大天空へ浮上し始めるであろう―――


 (3)の続 き

 以上列挙したのは、すべて外国人の目から見た日本人観であった。

 そこで、時代を昭和へとタイムスリップさせて、日本国の将来を信じて、大東亜戦争で「特攻攻撃にて散華した若き特攻隊員の家族にあてた遺書をいくつか紹介する。

 なぜか?

 私は、バーク保守主義(=真正自由主義の立場から、支那事変を含む8年間の大東亜戦争を単純に「大東亜共栄圏構築によるアジア解放目的」とか「自存自衛の戦争」として正当化することはしない

 それは主として帝国政府や帝国陸海軍の軍令部や参謀本部が為した昭和天皇の対英米戦争反対の聖慮の無視(=日本国法の無視)、真の戦争目的全体主義国家ナチズム)・ファシズム)・共産主義)」との同盟条約の締結杜撰極まる戦争計画や遂行方法生還率0%という非・人間性極まる、「特攻命令」などに対する批判からである。

 しかしながら、国家の命令に従い純粋に国家国民故郷家族その他の愛する人々を守らんとして戦場で玉砕しあるいは特攻に散華した兵士たちの偉大な勇気自己犠牲の精神最高の栄誉において未来永劫にわたり讃えられ追悼されなければならないと考える

 ここに掲げる特攻隊員らの遺書からは、「文面上の真実の生」と「その行間に存在するもう一つの真実の生」を読みとることができるからである。

 これらは、どちらも真実の生であり決してどちらか一方のみが真実というわけではない

 つまり、遺書の文面には、特攻隊員らの「勇者の精神」、「祖国日本への思い」が、遺書の行間には「両親兄弟恋人友人等々への愛別離苦の思い」という「真実の生の姿がありのままに刻み込まれているという理由において、引用するのであり、決して特攻攻撃そのものを讃美しているのではないことに注意願いたい。

 ―――海軍少佐 佐野匡(享年二十六歳)―――

 『母上様・・・この日本の国は、数多くの私達の尽きざる悲しみと嘆きを積み重ねてこそ立派に輝かしい栄えを得てきたし、又今後もこれあればこそ栄えていく国なのです。私の母上はこの悲しみに立派に堪えて、日本の国を立派に栄えさせてゆく強い母の一人である事を信じればこそ、私は何の憂いもなしにこの栄光ある道を進み取ることができました』

 ―――陸軍少佐 渋谷健一(享年三十一歳)「出撃に際して倫子、生まれる愛子へ」―――

 『・・・素直に育て、戦に勝っても困難は去るにあらず、世界に平和がおとづれて万民太平の幸を受けるまで懸命の勉強をする事が大切なり・・・』

 ―――陸軍上等兵 安谷屋盛治(享年十八歳)「沖縄学徒の遺言」―――

 『・・・自分が死んだ後も、永久に日本の国は栄えることでしょう。十八歳で二等兵になり入隊しました。人生十八年、自分は喜んで死んでいきます。安心して死にます・・・』

 ―――海軍飛行兵曹長 長井泉(享年二十歳)「両親へ宛てた手紙の最後に記した辞世の句」―――

 『身はたとへ 太平洋に水漬づくとも 留め置かまし 大和魂

 今更に おどろくべきも あらぬなり かねて待ちし この度の旅』

 ―――海軍大尉 溝口幸次郎(享年二十二歳)沖縄の海にて戦死―――

 『美しい祖国は、おほらかな益荒男(ますらお)を生み、おほらかな益荒男は、けだかい魂を祖国に残して、新しい世界へと飛翔し去る』

 ―――陸軍少尉 浜田斎(享年十九歳)沖縄の海にて戦死―――

 『今までの御恩は敵艦にてお返しいたします。・・・斎は男子の本懐これに過るはなしと喜び笑って死んでいきます。では靖國にて』

 ―――海軍大尉 市島保男(享年二十三歳)沖縄の海にて戦死―――

 『・・・俺は、自己の人生は、人間が歩み得る最も美しい道の一つを歩んできたと信じてゐる。・・・今かぎりなく美しい祖国に、わが清き生命を捧げ得ることに大きな誇りと喜びを感じる』

 さて、ここまで読んで頂いた、読者の皆さんは、私が先に述べた疑問、つまり、日本国民のうちの一定割合の少数者」が「貴族的な生生き方)」に回帰できるのか、「高貴なる者の責任Noblesse obligeをもつ生(生き方)」回復できるのか、そしてその「少数者」が他の大多数の「大衆人」を政治的に指導していくことができるのかという疑問について、どのように考えに至ったであろうか。

 各人、いろいろな意見があるであろう。しかし私は以下のように考える。

 第一に、日本国民は、江戸時代から明治時代末まで約300年間、国民全体として貴族的な生生き方)」、「高貴なる者の責任Noblesse obligeをもつ生(生き方)」をしていたのは、上記の外国人の観察から明白な事実である。この時代にこのような生を行ない得た国民は世界中のどこの国を探しても無い人類無比である

 この意味において日本国民とは稀有な資質と能力を有する国民であったと言える

 第二に1905年の日露戦争の勝利以降、世界の列強の一員にアジアから唯一加わった国であるとの「驕り」から、日本国民の生から貴族的な生」、「道徳的武士道的な生」が徐々に退行の兆しを見せ始め、1920年から30年代の日本(特に1925年の日ソの国交回復以降)にいたっては、マルクス主義こそ“時代の正義”であり、“人類の真理”であるとみなされていた。東大京大では、マルクス主義はニュートン力学と同じ科学の一つとして公然と講義されていた知識人文化人も新聞社説も目にするほぼすべての活字は社会主義を支持しそれを信仰していた時代であった

 このように、日本国全体がマルクス主義一色に染まった情勢下で一直線に大東亜戦争に突入して行ったにもかかわらず、1945年の特攻隊員の遺書」・「辞世の句」の内容はどうであろうか。

 奇妙なことに、その内容にマルクス主義の痕跡など微塵もないのがわかるであろうか

 マルクス主義とは、フォイエルバッハの「唯物論」とヘーゲルの観念的弁証法を結合した共産主義唯物論唯物弁証法(→これを歴史に適用したのが「唯物史観」である)が基本原理であるから、必然的に「無宗教」「無道徳」「唯物論」「唯物史観」という「邪悪な宗教教理」となる。

 であるから、マルクス主義者の口からは、万が一にも、特攻隊員の「遺書」・「辞世の句」にあるような、「素直に育て」、「万民太平」、「日本国の永久の繁栄」、「大和魂」、「美しい祖国」、「益荒男」、「けだかい魂」、「靖國にて」、「人間が歩み得る最も美しい人生」、「わが清き生命」なる文言は出てこない。

 この事実が物語っていることは、1920年から30年代以降のマルクス主義こそ“時代の正義”であり、“人類の真理”であるとみなされた時代においてさえも、「マルクス主義」に汚染されたのは、学者知識人文化人政府の閣僚官僚陸軍参謀本部海軍軍令部陸軍参謀本部の将官将校などの国家の指導部の人間達のみであって、逆に「一般大衆」はマルクス主義などを理解できないし、例え理解できたとしても「肌に合わなかった」、「撥ねつけた」ということを端的に示している。

 上記の事実から、大東亜戦争とは日本国政府や帝国陸海軍などの国家の指導者らはマルクス主義を信奉し天皇制廃止日本国の社会主義共産主義革命を目指してソ連のスターリンからの命令であるコミンテルン32年テーゼに忠実に基づく革命的祖国敗北主義によって戦争を遂行していたのに対し、日本国民の大多数である一般大衆学校の義務教育課程で教えられた通りに天皇皇室を奉戴する祖国日本(→ここには、当然自分の故郷にある両親・兄弟・恋人・友人等々が第一義的に含まれる)を死守せんがために純粋なる自己犠牲の義務の精神で戦争を行なっていたという不思議な精神的二層構造が浮かび上がるのである。

 つまり、日本国は、一つの大東亜戦争を遂行していながら、マルクス主義に洗脳された国家上層部の少数の指導者集団は天皇制廃止と社会主義共産主義革命の目的のために」しかし、マルクス主義などに無関心な国家の下層部の大多数の日本国民一般大衆天皇皇室を奉戴する祖国日本を死守のために」という全く正反対の方向の精神的ベクトルが、同時進行していたということである。

 いずれにせよ、上述の特攻隊員の「遺書」から明らかなとおり、大多数の日本国民(一般大衆)は、大東亜戦争の末期にあっても「マルクス主義」を撥ねつけて「貴族的な生」、「高貴なる者の責任Noblesse oblige)」を堅持していたということである。

 つまり大東亜戦争の時代においても大多数の日本国民一般大衆は稀有な資質と能力を有する国民であったということである

 ※ここでも再度、念を押しておきたいのであるが、私は非人間的かつ非道徳的な特攻攻撃を「高貴ななどと言っているのでは決してない。私が言っているのは、祖国日本とそこに住む両親・兄弟・恋人・友人等々の日本国民を守らんがために帝国陸海軍の将官らが計画し命令した非人間的で非道徳的であまりにも無謀な特攻攻撃でさえも自己の生命の犠牲を覚悟して受けいれて実行した勇者の精神」に対して「高貴な」、「Noblesse obligeと表現し敬意を表しているのである

 読者の皆さんに置かれましては、この点、くれぐれも誤解なきようお願い申し上げたい。

 さてそれでは、「大衆化を最も顕著に示している現在世代の日本国民は、貴族的な生」、「高貴なる者の責任Noblesse obligeをもつ生」に回帰できるであろうか。

 率直に言えば、国民の「大衆化」と「デモクラシー」が、ここまで進んでしまった現在世代の大多数の日本国民に対して「貴族的な・高貴な・美徳ある生に回帰せよ」と号令しても効果はほとんどないであろうと考える。

 しかしながら、逆の見方をすれば、今日の世界において「大衆化」と「デモクラシー」が蔓延した同状況の国々の中で、「貴族的な生」、「高貴なる生」、「美徳ある生に回帰できる可能性と資質と能力を潜在的に所有している国民はどの国民かと問うならば、「日本国民をおいて他にはない」ということも上記の歴史事実が明示しているのである。

 では、どうすればよいのか?

 オルテガが述べているとおり、社会は、つねに二つのファクター、つまり、少数者大衆のダイナミックな統一体である。

 少数者とは特別の資質を備えた個人もしくは個人の集団であり大衆とは特別の資質を持っていない人々の総体であるから、日本国を「高貴なる国家」、「美徳ある国家」へと修復・復元・再生するためには、次の難題順序立ててクリアしていく必要がある。

 第一:「貴族的な生」、「高貴なる生」、「美徳ある生の模範を示す能力・資質がある一定規模の少数者集団が国民の目に見える形で形成されること

 第二:「大衆」は多数であるが、「大衆」全体として特定の理念に基づいて能動的に行動しているわけではなく、社会の漠然とした流行や傾向や事件等を受動してから、感情的に(能動的に)行動しはじめる「その日暮し的な生」である。

 第三:第一で生じた少数者集団は、自らの掲げる政治理念や政策や日本国の未来像」が、第二の「大衆の受動アンテナに引っかかる」=「大衆の興味を大いに惹く」ように努力・工夫することただし政治的知見もなく能力もない作家や評論家や芸能界のタレントなどを看板に立てるなどの姑息で小学生レベルの外見的手段によるではなく掲げる政治理念・政策・日本国の未来像の内容中身そのものによってである

 第四:その少数者集団の提示する「政治理念や政策や日本国の未来像」が「大衆」の受動アンテナに引っかかり、「大衆の感情を大きく動かすことに成功すること

 第五:その少数者集団の掲げる「政治理念や政策や日本国の未来像」に共感する大衆大衆側から少数者側へ引き入れていくこと

 第六:第五の結果、その少数者集団が「国政選挙で勝利」し、徐々に議席数を増やしていくこと。

 第七:その少数者集団が国政の舞台で貴族的な生」、「高貴なる生」、「美徳ある生を模範として国民に示し続けること

 第八:その少数者集団が、国政の場で安定多数を獲得し政権を樹立して政策を実行すること。

 というように、極めて困難な道であるが、それに挑み続けることこそが、「貴族的な生」、「高貴なる生」、「美徳ある生」を生きるということであろう。

 これらの困難に億劫になっているようでは、日本国を「高貴なる国家」、「美徳ある国家」へと修復・復元・再生することなどできない。

 特に難しいのは、第三、第四あたりであろうが、ここは「少数者集団」=「真正保守政党」の智恵のしぼり所である。

 ちなみに、ヒントとしてもし私が内閣総理大臣になって真正の保守内閣を形成できたと仮定する

 すると私が第一番目にすることは以下のことである

 憲法違反もせず憲法改正もせず警察権力や自衛隊などの暴力も使わず学者やマスメディア等の一切の表現の自由を侵害することなく、「社会主義共産主義思想を瞬時に無力化してしまうこと、であるがその方法は、残念だが公言できない。しかしこれは冗談で言っているのではなく現実に可能なのである

 もし真正の保守政党がこの答えに辿り着く努力をするならば第三第四あたりの問題はいくらでもクリア可能である 


  保守主義の哲学---「大衆」解釈論---日本国民は、早急に「大衆的」国民から「貴族的」国民に回帰せよ(5)へ続く


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