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保守主義の哲学---「平等」という虚構---人間は生まれながらにして“不平等”である(6)



―――エドマンド・バーク保守主義哲学)―――

 「平等」・「平等主義」という虚構否定が、真正自由主義保守主義である

「 平等」・「平等主義」という虚構世界史的考察

―――人間は生まれながらにして不平等である(6)―――



  『戸』籍から『個』籍へ

 第五に、戸籍はどうなるのだろうか。

 まず、別姓のカップルも一つの戸籍にするという考え方がある。

 夫と妻が一つの四角形の枠のなかにはいっていることに意味があるとか、一枚の紙の上に家族が載っていることに意味があるという声も聞く。

 しかし戸籍は今まで(=)』を編製原理としてきた

 同一のの場合に一つの戸籍に(入り)、「(=)」が違えば別の戸籍としてきたのである。

 戸籍現実の家族共同体とは離れた抽象的な概念として存在してきたと言えるブログ作成者全くの虚偽現実の家族共同体は一つの戸籍という具体的概念によってこそ守られてきたのである

 だとすれば、(現行の戸籍法では)別姓(=別氏)のカップルを同一の戸籍の中に入れるのは、(氏=姓が異なるから)できないことになる。

 次に考えられるのは、同姓を選択した夫婦については夫婦同一の戸籍別姓を選択した夫婦には夫婦別々の戸籍にするというものである。

 つまり、別姓夫婦は、結婚の時から、それぞれが「戸籍筆頭者」になるのである。

 それぞれが、「戸籍筆頭者」になることは、序列をなくし男女平等をすすめることになる。(ブログ作成者家族夫婦という個々の国民の私的領域では、仮に戸籍制度上の序列があったとしても、私的領域の家族内の実質的な男女の序列その個々の家族の内部で家族のメンバーが、自由に決める内容である。

 現在の戸籍制度においても女性が主導権を握っている家族は多数あるし、さらには、夫婦が同等に権利分担をして生活しているというのが、現行の戸籍制度下の大多数の家族の現状であり何も改正の必要はない。戸籍を個人籍個籍にすれば男女平等が促進するなどというのは、理論的根拠の薄弱なフェミニストの狂った妄想である)

 そして、別姓(=別氏)の夫婦から子どもが生まれた場合は、父の姓=氏を称するときは父の戸籍に、母の姓=氏を称するときは母の戸籍に載せる。戸籍制度は、同戸籍の原則に立っているので、このことは、十分とりうる見解である。

 「最後に、改正をわかりやすく徹底して(=同姓夫婦も含めて)、『個人籍にすることも考えられる

 もちろん『家制度をなくし、個人主義を確立するためには、『戸』籍ではなく、『個』籍の方がふさわしい。男女平等や個人の尊厳の立場からは、(戸籍法の改正により、『個人籍にするべきであろう」(福島瑞穂『結婚と家族――新しい関係に向けて――』、岩波新書、1992年、171~172頁

 などと狂気の発言をしている。

 つまり、福島瑞穂の虚言を端的にまとめれば、「夫婦親子別姓」か“夫婦同姓のどちらを選ぶかは選択の自由を認めるが、戸籍法の戸籍制度の方は、「別姓夫婦」に“同姓夫婦”を強制的に平等化同一化させて、“同姓夫婦の夫と妻もそれぞれ別々の個人籍個籍にしなさい強制しているのである。

 “夫婦同姓を選択した夫婦は、「民法上は同姓だが戸籍法上夫婦家族解体になるというしくみである。

 「選択的夫婦(親子)別姓法案」とは、実は全く選択的ではなく、その本質は「強制的戸籍(家族)解体個籍創設法案」であり、教条的なマルクス・レーニン主義者福島瑞穂千葉景子らの日本国民を欺く下劣で腐り果てたやり方での家族解体作戦である

 社会主義者・共産主義者らの猛毒のキング・コブラが、どのような姑息な手段を使っても、天敵のマングースであるエドマンド・バーク保守主義者の眼は絶対に欺くことはできない

 さて、真正の日本国民及び真正の保守政治家選択的夫婦(親子)別姓法案」が国会に提出された場合、その法案自体を葬り去る努力をすることが第一目標であるが最も注目すべき点は付随する戸籍法の改正内容の方である

 この戸籍法の改正案が、すべての国民の戸籍」を「個人籍個籍)」に変更する内容であれば、

 (私の予測では、社会主義者にしてみれば、一気に家族解体に片づけるため、またこのチャンスを逃がすと二度とチャンスが来ない可能性が高いためおそらくそうなっているはずである

 これは、「強制的家族解体法案」であり、強烈な上からの社会主義共産主義革命法であると捉えるべきである。

 われわれ、真正の保守主義者真正の日本国民は

 第一に、「選択的」であっても「夫婦別姓法案などの狂気の法案を絶対的に拒絶するように総力をあげて反撃しなければならない。

 第二に、仮に、法案提出時の民主党政権(おそらく鳩山由紀夫ではないであろう)と民主・社民・共産党が、多数者の専制によって法案を強行採決するとしても、「戸籍法改正案において、すべての国民の戸籍」を「個人籍個籍)」に変更させるという社会主義共産主義革命法だけは何があっても阻止しなければならない

 最低限別姓夫婦同姓夫婦の「戸籍」・「個籍のあり方は完全に区別するようにさせなければならない

 ⑫国民の手への、すべての輸送機関の集中。

 私(=ブログ作成者)の解説現在の日本国の政策であてはまるもの

 特にあてはまる政策はない

 以上で、今回の論説は、終了とするが、読者の皆さんの中には、次のような疑問を抱く人がいるであろう。

 平等」、「平等主義の害悪は、何となく解った。

 しかし、真正自由主義者保守主義者の掲げる、“法の支配”・“立憲主義”、“道徳と一体の自由”、“法の下の平等”の政治哲学だけでは、いわゆる「負け組」や「社会的弱者」は放置されるのではないか

 真正の自由主義者保守主義者とは、道徳・美徳責任・義務を最も重んずる人間であるから、真の弱者を見捨てることは万が一にもない

 そして真正の保守主義とは、何よりも日本国民の「生命/安全自由/道徳私有財産を擁護・保障するために“国法の支配”・“立憲主義を遵守するイデオロギーである

 英国コモン・ローの法曹家で「保守主義の祖」である、エドワード・コーク卿の次の言葉を思い出して頂きたい。

 「コモン・ロー(=国法・憲法)こそが権利である。それは臣民にとって最善の生得権である。なぜなら、それによって臣民の財産土地子供身体生命名誉及び評判が、危害と悪から保護される

 「コモン・ロー(=国法・憲法)は、人間が求めることのできる最も確かな安全域でありまた最も弱き人々を保護する最強の要塞である

 「慣習(=道徳規範)はもう一つのである」

 「英国臣民のもっている、最高の相続財産は王国の法である

 つまり、真正の保守政党の掲げる政策とは、日本国民が求めることができる最も確かな安全域であり、また最も弱き日本国民を保護する最強の要塞である。

 真正の保守政党は“国法の支配 ・“立憲主義遵守、そのことによって、日本国民の財産土地子供(=家族)身体生命名誉及び評判が、危害と悪から保護するのである。

 そして、真正の保守主義者の言う日本国民とは、過去の国民祖先)・現在の国民現在世代)・未来の国民子孫総称である。



 保守主義の哲学---「平等」という虚構---人間は生まれながらにして“不平等”である(終了)

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テーマ : エドマンド・バーク保守主義
ジャンル : 政治・経済

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