保守主義の哲学---マスメディアによる「普天間基地移設問題」の視野狭窄的報道の狂愚(1)

―――――エドマンドバーク保守主義哲学)―――――

 日本国のマスメディアによる「普天間基地移設問題」の視野狭窄的報道の狂愚(1)

 「マッキンダースパイクマン地政学」の戦略的知見による「普天間基地移設問題」の論考

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 読者の皆さんへ。

 いつも、私の長々とした稚拙なブログを読んで頂きありがとうございます。心よりお礼申し上げます。

 ところで、私のブログの内容は稚拙ではあるが、毎日朝から夕方までテレビを覆い尽くす「ワイドショー的番組やニュース番組」に出演する俗称「司会者」・「専門家」・「解説者」・「コメンテーター」なる(本当に)大学教授?の解説や、クイズ王かクイズ女王か知らないが、知識の多寡のみが、知性的であるかの如く錯覚しているタレントや芸能人等々の劣等な小・中学生レベルの「幼稚な論理」や毎晩意図的に「大衆世論」の誘導に精を出しているニュースキャスターや論説委員の間抜けで聴くに堪えない「暴論」よりは、“真に正しい論理”を展開しているつもりでいる(→あくまで私の主観であるが・・・)。

 今回は、読者の皆さんが、「普天間基地移設問題」を考えるために基礎となるべき、いくつかの「真に学問的な知識と智恵」を紹介する。

 今回、私が解説する内容を、一切知らずして、語らずして「普天間基地移設問題」に対する「民意なるもの」を一般大衆にまき散らして世論誘導している日本国のマスメディアのあり方とは、単なる「大衆世論誘導による政治支配」と「文民統制(=シビリアンコントロール)という虚妄のプロパガンダによる政治の軍隊支配」という名の下での「マスメディアによる政治軍事支配」に他ならない。

 簡潔に言えば、マスメディア(特に左翼マスメディア)の報道の本質とは「戦前の日本国民に対する戦争への大衆世論誘導」と何ら変わることない、マスメディアの「日本国の実効支配(=権力掌握とその維持)」の手段としての大衆世論の誘導・形成装置に過ぎない。

 であるから、読者の皆さんは、マスメディア(特に左翼マスメディア)の「小・中学生レベルの暴論・虚偽の報道内容」に惑わされることなく、独自の思想・哲学などによって「普天間基地移設問題」について考えて頂きたいと思うのである。

 そのために、私はこの「保守主義の哲学」のブログ上で、読者の皆さんに、保守思想哲学基礎(→あくまで基礎であって応用は読者の皆さんが自ら勉強して身につけて頂くものである。読むべき図書等はブログ内で逐次紹介している)となる材料知識)と正しい思考方法物の見方を提供しているのである。

 そして、私のブログの内容は、これまでもそうであるが、私の勉強不足による細かい部分での勘違いや誤謬はあるかもしれないが、大局的には「エドマンドバーク保守哲学」の論理で一貫しているつもりであるし、使用する事実内容に意図的な虚偽は一切ないので、信用して読んで頂きたい。

 道徳義務を重んずる「真正の保守主義者」が、意図的・恣意的な虚偽によって、読者の皆さんやその他の日本国民を欺くようなことは万が一にもない。

 それでは、本論に入ろう。今回は、ほんの若干程度、内容が真に学問的・専門的であるので、図表を多用して理解し易くしたつもりである。

――「政治と軍事と大衆世論の関係についての日本国民の誤解と虚妄ここから)――

  文民統制シビリアンコントロールという虚妄による呪縛

 文民統制シビリアンコントロール)とは、「文民(=非軍人による軍人の統制」とか「政治の軍隊に対する優位」と言う意味であることは、読者の皆さんはおそらくご存知であろうが、実は、この文民統制シビリアンコントロール)で「国益を守るという政治と軍事のあるべき関係が十全となるほど、一国の政治と軍事の関係は単純ではない

 「国益(=対外関係における国家の利益=対外関係における〈主権領土国民に関わる利益)」が、まず前提の大目的であり政治軍事軍隊)はその手段にすぎず、国家にとって単に両輪の手段にすぎない政治と軍事の間に優劣はありえないし、両者もに国家国益に奉仕することのみを義務とする。

 自由社会の健全な国家は、政治と軍事軍隊絶妙な平衡の関係を要求する。

 政治と軍事には「区別境界)」がなければならないが、同時に政治と軍事の緊密な「協力連携)」を絶対的に不可分とする。

 そして、この「区別」と「協力(連携)」が最適にバランスしていなくてはならないのである。

 さらに言えば、主権国家たるものは、この「政治と軍事の絶妙な平衡の関係を追求する以前に、国益に透徹する「賢明な政治」と「精強な軍隊」とが現実に存在すること前提条件である。

 ところが、日本国では、戦前から今日まで一貫して、国益に透徹する「賢明な政治」もなく「精強な軍隊」もなく「シビリアン・コントロール」だけが声高に叫ばれている。前提忘失という無責任の極み本末転倒の極みであり、そのような「シビリアンコントロール」とは迷信であり、幻想であり、イデオロギー的呪文に過ぎない。

 () まず、次の表の歴史の真実を見て頂きたい。

中共殲滅論_image001.png

 上記は、194112月の対英米戦争開戦に至る1930年以降の日本の対外政策のうち、大部分の日本国民が間違った(狂った)、もしくは愚かな行為であったと共通認識している「満州事変」・「国際連盟脱退」・「支那事変の拡大」・「日独伊三国同盟の締結」・「南部仏領インドシナ進駐」という代表的5つの国家意思の決定ケースであるが、「満州事変」以外は、すべて文民の指導(=「シビリアンコントロール」)で行なわれている

 さらに、1941年からの「対英米戦争」に決定的に影響を与えた事象は、以下のとおり。

 ・1940年の日独伊三国同盟(松岡洋右

 ・19414月の野村駐米大使とハル国務長官が提示した「日米諒解案」(→最初の「ハル・ノート」と言うべきもので、この中で米国は満州国を承認しており、帝国陸軍も歓迎した)撥ねつけて米国を激怒させたのは、「文民中の文民」のコミュニスト近衛文麿と「文民中の文民」の親ソ親独超反英米松岡洋右である。

 ・19418月の南部仏印進駐(近衛文麿

 つまり、「シビアンコントロール」の決壊崩壊が日本国をして対英米戦争に導いた、などという戦後の俗説は、史実に明白に反する虚妄の説であり、神話である。

 なお、「軍部(軍人)の独走」という概念は、軍隊がその行動に至る法規や手続きに違反はするが、軍隊としての基本任務そのものは忘失していない状況のものを言う。

 上記で、1931年の「満州事変」は明らかに、この「軍部(関東軍)の独走」である。

 法令に反するが、結果として1935年のソ連軍の満州からの全面撤退となって日本国の安全保障に絶大なる寄与をなしたのは事実である。

 () そもそも、戦後の日本国には国内法上の軍人」は存在しないことすら、多くの日本国民は理解できない

 国際法規・慣例によれば、主権国家の国民は、「文民」と「軍人」から構成され、「文民」は「公務員」と「民間人」から構成される。

 日本国では、自衛隊法が自衛官を「防衛公務員」(=「文民」)と定めている。「文民」であるのだから、「軍人でないのは自明である。

 このため、軍刑法軍法裁判所も日本国には存在しない。このように、職務上「軍人」の身分であるべき自衛隊員を「文民である軍人」という奇怪な法的立場1954年以来据え置いたままなのである。

 つまり、憲法及び自衛隊法の規定により、国内法上は日本国には軍隊も軍人もいないのに、「存在しない軍隊軍人」に対する「文民統制シビリアンコントロール)」という言葉だけが日本国内で過剰に絶叫されている様は、戦後日本の狂気そのものである、が誰も気づかない。

 例えば、「軍人」とは、戦時に戦場で敵兵を殺傷すること自体がその第一任務であるが、その敵兵の殺傷行為を平時の「殺人事件」の「殺人行為」と同等に扱うのは不可能であり、意味をなさない。

 このため、軍隊(国軍)を保持する国家は、必ず「軍刑法」と「軍法裁判所」を設置して、「一般刑法」と「通常裁判所」と区別している。

 しかし、日本国の自衛隊は、「文民の公務員」であるから、自衛的戦闘行為による敵兵の殺傷等について、一般刑法が適用され、通常裁判所で裁かれるのである。

 つまり、日本国では、自衛隊と他国の軍隊との間に大規模な戦闘行為が生じた場合、自衛官の敵兵殺傷行為の一件毎に、自衛官一人毎に、平時の殺人事件の「一人の殺人犯」の裁判と同列に取り扱う(=裁くのである。

 正常な判断のできる読者の皆さんであれば、これが如何に愚かで悪辣な事態であるかは容易に解るであろう。

 ところが、そのような大問題に対し、一切閉口するのが、政治家であり、学識者であり、マスメディアである。

 「憲法改正」・「自主憲法の制定」等を唱える論客の多くでさえ、その改正試案に軍法裁判所の設置も規定していないという「無知愚鈍の極み」が、現在の日本国民、特に学識者知識人専門家と自称する凡俗の知的退廃知的幼児化の顕著な現れである。

 (※上記のとおり、国内法上、自衛隊は軍隊ではなく自衛官も文民の公務員であって軍人ではないのであるが、以下の解説においては、他国の軍隊についても触れるため、便宜上「自衛隊」と表現せず、「軍隊」と表現することにする。)

  超俗精神世論排除――平時の政治と軍隊と大衆世論の関係

 () 平時の政軍関係の核心の第一は、軍隊が大衆世論から超然としてあるいは大衆世論を排斥して百年剣を磨く原点を墨守することである。

 大衆世論に対していかに対処するかは政治の役割であって、政治は大衆世論の問題を一手に引き受けて、大衆人の愚鈍かつ無知な世論軍事に闖入して影響を与えないように軍事の純潔性/清澄性を守る必要がある。政治と軍事の役割分担の妙はここにある。

 大衆世論とは気まぐれであり、一時的なものであり、無責任なものである。しかし、国家は永遠であり、この国家の永遠性のために自らの生命をも犠牲にする責任意識を主軸とした職業専門家プロフェッショナル)が軍人であり、その組織が軍隊である。

 であるから、大衆世論軍隊とは本性において水と油のごとく混じり合うことができない混じり合ってはならない

 また、大衆世論とは、経済的利得欲望が中核となっているものであり、自らの生命を国家にささげて奉仕するという、最も非経済的な自己犠牲の精神からなる軍人精神とは対極にある。大衆世論国家から経済的利得を要求する(年金を上げよ、医療費負担を減らせ、高速料金を下げろ、・・・)ものであり、軍人精神とはこの逆に国家への奉仕をするものである。どのように解釈しても大衆世論軍人精神は相容れない。

 ド・ゴールは、このような軍人の生き方を「超俗精神(=ド・ゴール『剣の刃』、葦書房、63頁)」であるとするが、世俗に執着するのが大衆世論であるから、「超俗」とは「超世俗つまり超世論」であり、世俗感覚大衆世論から超越する「高貴なモラルが軍人を規範する精神である、という意味である。

 () 平時の政軍関係の核心の第二は、政治が軍事(軍隊)に関してその専門的知見を絶えずとり入れる努力を怠らないことであり、軍隊側もその軍事的専門知識が政治に歪められないように全力を尽くす義務がある。

 このためにも政治家は、大衆世論に抵抗して大衆世論を指導する知識と知力と行動力と高貴な精神美徳がなくてはならないが、実際には愚鈍な政治家が多く、彼らは大衆世論弱く大衆世論へつらい、無原則に大衆世論屈服する。

 戦後の日本国で政軍関係が正しく成長しない最大の癌は、(左翼マスメディアが誘導する大衆世論であり、この大衆世論操縦される愚鈍な政治家質の悪さにある。

 例えば、1994年、国連PKF部隊に参加する自衛隊が身の安全に不可欠な機関銃を携行することについて、新聞テレビ等が反対キャンペーンを展開し、これに政治は狼狽してそのマスコミの主張どおりの「二挺はダメ!一挺にしろ!(=『朝日新聞』、1994913日付など)」と過剰介入した。

 つまり、「文民統制シビリアンコントロール)」とは、そのイデオロギー的なスローガン絶対としての「マスコミの政治支配と政治の軍事支配」のことに過ぎず、この「戦後」の構造は、「戦前のままである。

 健全な政軍関係とは、政治が軍隊を弾圧することではなく、政治と軍隊との信頼ある協同関係を模索し構築するものである。

 しかし、「政治の軍事に対する抑圧的支配」が戦後日本の平時の政軍関係の実態である。

 具体的な代表例を挙げれば、以下の三つ。

 第一は、三矢研究(昭和三十八年度統合防衛図上研究)に対する1965年(昭和40年)の佐藤栄作首相の禁止命令であり、軍が有事想定の研究をすることすら処分される狂った文民支配が「シビリアンコントロール」の名において正当化された奇怪な事件である。

 第二は、1978年の金丸信防衛庁長官による栗栖弘統幕議長に対する解任事件である。

 奇襲攻撃に対して日本の法律には不備があるため、奇襲攻撃があった場合には、自衛隊は「超法規」の防衛行動をせざるを得ないという常識的発言が処分された。

 この事件で、奇襲に対する法的不備を正すことに関して政治無責任や政治の怠慢が「シビリアンコントロール」の名において不問に附された。

 第三は、1981年の竹田五郎統幕僚長の専守防衛に関する問題指摘(雑誌『宝石』)に対する処分。

 竹田発言の内容については誰もが正論と認めており、政治が正しい軍事常識を抹殺した事件であり、栗栖解任と同種の事件であった。

 もし政治が軍隊に為した、これらの三件の行為を「文民統制(シビリアン・コントロール)」と言うのであれば、「文民統制シビリアンコントロール)」とは単なるパラノイア的な軍隊自衛隊いじめ」の道具に過ぎない

 ――「政治と軍事と大衆世論の関係についての日本国民の誤解と妄想ここまで)――


 保守主義の哲学---マスメディアによる「普天間基地移設問題」の視野狭窄的報道の狂愚(2)へ続く 

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