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保守主義の哲学---1万7千人の「人間の鎖」が、本当に名護市民・沖縄県民の「民意」なのか?(4)

―――――――エドマンドバーク保守主義―――――――

 「民意」とは何か?

 1万7千人の「人間の鎖」が、本当に名護市民・沖縄県民の「民意」なのか?

 マスメディアとは「虚像の民意」の創造主であり、「大衆世論」の煽動者である。

 真正の日本国民は、マスメディアの奏でる「ハーメルンの笛」に追従してはならない。

 すでに「社会主義県政島」と化した沖縄県と基地移設反対派を裏で操る「日本労働党」なる組織の存在(4)



――普天間基地移設に関する名護市民と沖縄県民の民意なるもの」の変遷―― 

 20049 那覇防衛施設局が辺野古沖建設予定地で環境アセスメントのためのボーリング調査に着手

 移設反対運動や台風接近等天候不良のため、調査は中断された。

 2005 当初の辺野古沖案への移設作業の進行遅滞を理由に政府は移設案の変更の検討を開始

 20051029 日米安全保障協議委員会(「22」)会合(於:ワシントンD. C.での「日米同盟:未来のための変革と再編」に関する日本国と米国間の合意

 外務省公式ホームページ

 日米同盟:未来のための変革と再編(仮訳)(→私の解説:この合意に日米の二国間の安全保障・防衛協力の在り方のすべてが凝縮しているので、普天間基地移設問題を語るにあたっては、必ず読んでみて頂きたい。)

 日米両国は移設先を辺野古崎沿岸部変更することで合意した。

 この合意案は、辺野古崎(住宅地域から距離約1キロメートル)に長さ1600メートルの滑走路を設置し、飛行場施設等のための埋立地をL字型に配置するもの(辺野古沿岸案)であり、稲嶺の公約の軍民共用空港ではないため、稲嶺は当該案の受け容れを拒否岸本もこれに従い同案の受け容れを拒否した。

 (=ブログ作成者の解説:日本国が米国と合意出来たのは前進であるが、日本国政府が当初の稲嶺沖縄県知事の付した、軍民共用空港とする条件を無視して、米国と合意したことについては、日本国政府に難があると言わざるをえない。

 20060122 自・公推薦で基地建設容認派が推す島袋吉和名護市長が当選。

 →(=ブログ作成者の解説L字型案での米国との合意という日本国政府のフライングがあったが、この場面でさえ、名護市民は建設容認派が推す島袋氏を市長に選出した。

 マスメディアが絶叫するように「民意」という観点だけから見ても、やはり「基地移設推進」が「民意」であろう。

 20064 固定翼機の飛行ルートが住宅地を避け極力海上のみになるよう滑走路2本をV字型に配置立地を埋め立てする案(現行案)で防衛庁長官額賀福志郎島袋吉和市長が合意

 →(=ブログ作成者の解説:日本国政府が、20051029の「2+2会合」合意案の政府の非を認め、額賀防衛庁長官が修正したV字案現行案)を提示し、島袋名護市長が合意したものである。

 200651 日米安全保障協議委員会(「2+2」)会合(於:ワシントンD. C. )での共同発表及び「再編実施のための日米のロードマップ」の日本国と米国間の合意

 再編実施のための日米のロードマップ(仮訳) 

 →(=ブログ作成者の解説20064V字案現行案)で防衛庁長官額賀福志郎島袋吉和市長が合意を受けて、日本国と米国が在日米軍再編のロードマップ合意の合意をしたのである。1996年4月に日本国と米国が普天間基地全面返還(県内移設の条件付き)合意してから10年の歳月を要したことになる。

 日本国民は上記の「ロードマップ」合意文書も一度は読むべきである。

 200611 県知事選挙では、仲井眞弘多が、普天間基地の危険性早期除去を主眼とし、「現行(の施設)案のままでは賛成できない」という公約を明らかにして当選した。

 基地建設容認派が推す仲井眞弘多が当選したことにより、辺野古沿岸を埋め立てる現行案滑走路V字型配置案)によって施設案の具体化が進められた。2010年現在進行中の環境アセスメント手続きも、当該案によっている。

 ここでも、沖縄県民の「民意」という観点だけから見ても、どう考えても「移設推進」が沖縄県民の「民意」であるし、実際に島袋吉和名護市長及び仲井眞弘多沖縄県知事の、つまり沖縄県の意思の下で施設の具体化が進められたのである。

 200751日 日米安全保障協議委員会「(2+2)」会合(於:ワシントンD. C. )共同発表

 外務省公式ホームページ

 共同発表 日米安全保障協議委員会「(2+2)」

 同盟の変革:日米の安全保障及び防衛協力の進展(仮訳)

(ところが、これ以後、これまで約10年間にわたる沖縄県民の「辺野古案推進という民意なるもの(=選挙での推進派の勝利)」が、なぜか「辺野古案反対」へと大きく反転する)

 20086 沖縄県議会議員選挙では、辺野古案反対を公約とする候補が県議会議席過半数を占め7月の県議会で辺野古案に反対する内容の決議が賛成多数でなされた

 →(=ブログ作成者の解説米国との協定(=ロードマップ)を合意し、沖縄県知事選推進派の推す仲井眞弘多県知事が当選し、V字案で施設案の具体化が進んでいるという、この時期に至ってなお、沖縄県議会議員選挙に見られるように、公約で辺野古案の賛否を争点にしていること自体が、県政を扱う政治家の立場として正常でない

 しかし、名護市長も沖縄県知事も、少なくとも200611月の沖縄県知事選までは、移設推進派の推す候補が連戦連勝してきたのであるから、過去約10年間は沖縄県議会も常識を示してきたと考えるべきであろう

 とすれば、20086月の県議会議員選挙時に、普天間基地移設問題に関して何らかの変化が沖縄県であったとしか考えられない。

 つまり、沖縄県議会議員や沖縄県民を、フランス革命時のジャコバン党の煽動屋シェイエスや第二次世界大戦時のナチ党の煽動・宣伝屋ゲッベルスのような、どこかの政党の代表幹事長らが、翌年の2009年の総選挙の集票の撒餌として、「出来もしないことを政権交代さえすれば、出来るようになる変化が起きるかのように「見込みもない絵空事」を遊説して、煽り立て、沖縄県民に「叶わぬ希望を抱かせてしまった」としか考えられまい

 翌年2009年に衆議院議員総選挙を控えた上ねじれ国会中であり、しかも自民党内が20079月の安倍総理の突然の辞任と後継の福田内閣の支持率急落中20086月の県議会議員選挙であるから、沖縄県民が「見込みもない絵空事」に煽動されて「移設反対派」への投票行動に出てしまったことはやむを得ないことかもしれない。

 しかしながら、沖縄県民にも全く非がないとは言いきれず、今後、甘い言葉には、簡単に騙されないことである。

 この9カ月間で、沖縄県民も本土の日本国民も痛いほどよく解ったであろう。

 できる確証もないことを、沖縄県民に対して、必ずできるかのように煽動した、煽動屋共が最も重い罪を背負っているのであり、その罪の償いは近々することになるであろう。

 その代償が、究極的に重い代償となることを、煽動党・煽動屋は覚悟しておくべきである、と忠告しておく。すべては、歴史が物語っている。

 このように考れば、2006年の沖縄県知事選までの約10年間と2008年の沖縄県議会選挙の間での普天間基地移設問題に関する「政治の流れの急転」の説明がつく。

 そして、それが2009年の衆議院議員総選挙の沖縄選挙区の選挙結果が、このことを端的に示しているのである。

 2009513 ロードマップ合意は、国会で承認され、在日米軍再編の中核となるものとされた。

 ―――国会承認を受けての外務省・外務大臣談話ここから)―――

 中曽根外務大臣談話

 在沖縄海兵隊のグアム移転に係る協定の締結の国会の承認について

 平成21513

 1. 13日(水曜日)在沖縄海兵隊のグアム移転に係る協定の締結について国会の承認が得られました

 2. 本協定は在日米軍再編の中核となる事業に関するものであり、政府として、その成立につき努力してまいりました。本協定は、抑止力を維持しつつ地元沖縄の負担を軽減するために大きな意義を有しており、本協定の締結につき国会の承認が得られたことを大変喜ばしく思います。また、本協定は、日米両政府が在日米軍再編の着実な実施を通じ、日米安保体制を一層強化していくことへのコミットメントを明確に示すものにほかなりません。

 3. 政府としては、今後とも、20065月の再編の実施のための日米ロードマップ」に基づき、地元と誠意をもって協議しつつ、地元沖縄の負担の軽減に資する在沖縄海兵隊のグアム移転を含む在日米軍再編を着実に実施していく考えです。

 ―――国会承認を受けての外務省・外務大臣談話ここまで)―――



 保守主義の哲学---1万7千人の「人間の鎖」が、本当に名護市民・沖縄県民の「民意」なのか?(5)へ続く

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