保守主義の哲学---ホイッグ主義の蘇生による社会主義の撃退が日本救国の道である(4)

―――――エドマンド・バーク保守主義―――――

―――――保守主義哲学の神髄―――――

 18世紀 英国の“ホイッグ主義”の系譜――バークマコーレーグラッドストーンアクトン卿ハミルトントクヴィルハイエクらの思想を正統継承する者こそ真正自由主義者真正保守主義者である

――ホイッグ主義蘇生による社会主義撃退日本救国の道である(4)――

 例えば、極左左翼哲学者・思想家多いのだが、伝統慣習破壊すれば、自由新しい社会が誕生し、そこでは自分の欲望、特に性衝動(=性欲性嗜好)を自由に満足できる妄想している人間がいる。

 原始人オランウータンなどの野生動物自然状態人間の理想の社会妄想したルソーは次のように述べている。

 「ところが、これに反して、この原始状態においては、各人は、家も小屋もいかなる種類の財産もなくて、行き当たりばったりに、しばしばほんの一夜の宿りのために住居を定めたのである。

 男性女性とは出合いがしら機会の在り次第欲望のおもむくままに偶然に結合(=性交渉したのだが、言葉は彼らが話し合わなければならなかった事柄を通訳するものとしてはたいして必要ではなかった(=性交渉したいという衝動は、言葉にしなくてもお互いに通じ合った)。別れるのも同じように容易だった」(ルソー『人間不平等起源論』、岩波文庫、60

 マルクスエンゲルスの『共産党宣言』では次のとおり。

 「しかし共産主義者諸君は女性の共有制を導入しようとしていると、全ブルジョワジーは声をそろえて、われわれに反対せよとさけぶ。ブルジョワは、彼の妻のなかにたんなる生産用具しかみない(→確かなのは、マルクスがそう思っていることだけで、現実の社会がどうであるかは不明)。

 (だから)当然彼は、生産用具(一般)が共有的に使用されるべきだということをきくと、(妻を生産用具と思っているから)共有制の運命がおなじように女性にもふりかかるであろうということ以外は考えられないのである。

 共産主義者たちの公認の女性の共有といわれるものについての、わがブルジョワの、高度に道徳的な驚愕にもまさってわらうべきものは、ほかにない(→〔=ブログ作成者の意見高度に道徳的なものわらうことが、下賤であること気づかずご満悦プロレタリアートにもまさって精神的劣等者はほかにない)。

 ・・・公認の売春についてはまったくふれないとしても、わがブルジョワは、かれらのプロレタリア妻と娘を自由にできることでは満足せず、自分たちの妻を相互に誘惑することに、主要な満足をみいだしている。ブルジョワ的結婚はじっさいには妻の共有である(→〔=ブログ作成者の意見:思春期の中学生・高校生レベルの誇大妄想である。精神的に正常でないマルクスらがブルジョワジーと呼ぶ階級の中には、そのような悪徳なブルジョワいたであろうことは否定しないし残念なことだと思うが、部分全体に拡張し誇張しすぎている

 この方法が、社会主義者共産主義者詭弁顕著な特徴である。さらに重要なのは、この言説はプロレタリアの性道徳の在り方ブルジョワと比較してどうであったか、については、一切閉口して隠蔽している

 このように、彼らの言説は少し考えれ矛盾の宝庫であり、出鱈目であることがわかる)。

 人が共産主義者たちを非難しうるのは、せいぜいのところ、かれら(=共産主義者たち)が偽善的かくされた女性の共有(=プロレタリアの妻や娘を自由にしたり、ブルジョワの妻と不倫したりすること)のかわりに、公認のかくしだてのない女性の共有を導入しようとしているということすぎないであろう(→内容を裏返せば共産主義者は女性の共有制を公認する認めているのである)。

 いずれにせよ、おのずからわかることは、現在生産諸関係廃止とともに、それからでてきた女性の共有、すなわち公認(=合法的売春など)および非公認(=非合法不倫強姦など)の売春もまた、消滅するということである

 (→共産主義社会では、売春不倫強姦などがなくなるという意味ではない共産主義社会では、すべてが共有制であるから、ルソーの自然状態の原始人のごとく、売春不倫強姦などが悪徳であるという道徳概念そのものが消滅する、という意味であるから注意すること

 つまり、ルソーと同じく性衝動おもむくまま出合いがしらに性交渉すること〈たとえそれが強姦であっても〉が犯罪である判断されない社会理想社会としているのである)」(マルクス/エンゲルス『共産党宣言・共産主義の諸原理』、講談社学術文庫、4042

 という具合である。

 しかし、このようなルソー教マルクスエンゲルス教大きな勘違いは、そのような自由な原始状態においては、人間は出合いがしら激情のおもむくまま他者を殺し自分も殺され得るということも同時に成立するということを意味する。

 その場合、一度も性交渉もすることなく出合いがしらに殺されて若くして一生を終える可能性が高いということを知っておいた方がよい、とアドバイスしておく。

――――――――――

 (本文へもどる→)ただし、真正の自由主義真正の保守主義価値観では、文明社会自生的自由秩序は、社会を自然成長的漸次的に進化(→設計主義的進歩ではないさせるから、伝統慣習全く古いまま改めてはいけないということでは決してなく、それらを改善していくことを否定するものではない

 つまり、日本国民の“自由”とは“日本国法憲法”に擁護・保障された(→これを拘束とは言わないのは上記の説明で理解頂けたであろう)“自由”(→これを“真正の自由”あるいは“道徳義務と一体の自由”と言う)としてのみ存在し得るのである。

 そして、“”や“家族の中で、祖先から継承される“伝統慣習”は、“国法(=憲法)”の“一部”(=エドワードコーク卿であるから、われわれ日本国民祖先から“伝統慣習”を継承し、必要に応じて改善し、子孫継承する場としての“”や“家族”を保護し、そこで育ち育て)、教育を受ける教育することは、決して「自由を拘束されるする)」ことではなく、逆に“自由”と“権利”を擁護・保障するために必要不可欠な“真正の自由”なのであると認識しなければならない、ということである。

 読者の皆さん、理解できていますか?次へ進もう。

 ―――ニスベット『共同体の探究』、梓出版社、28頁(ここから)―――

 家族、宗教団体、地方生活共同体(=自然的に成長してきた、社会的地位などの階級という共同体、家族・親族という血縁の共同体、教会・宗教を縁とする信仰の共同体などの中間組織)・・・の絆(=伝統や慣習から学ぶ教え)から解放されたあとに人間が得るものは、自由諸権利ではない耐えがたい孤独悪魔的恐怖劣情への従属である

 ―――ニスベット『共同体の探究』、梓出版社、28頁(ここまで)―――

 〔=ブログ作成者〕の解説:つまり、自生的な自由秩序によって自然成長してきた、家族やその他の「中間組織」は、一切の過去から切断された設計主義的合理主義による人工的共生社会(=コミューン)――レーニンの「人類共同体」やヒトラーの「民族共同体」――とは対極にある、過去の祖先から連綿と継承されてきた伝統慣習の生息の場である。

 これが、“真正の自由主義”=“真正の保守主義”における“”と“家族”に関する“価値観”である。

 これに対し“日本国法”とまったく無縁な「夫婦親子別姓」は、社会民主党福島瑞穂を筆頭とする狂信的なレーニン崇拝者である社会主義者らによるマルクス主義家族解体イデオロギー(=事実婚主義)を思想的基礎としている。

 これは、福島瑞穂が自身の著作『結婚と家族』の中で次のように述べていることから自明である。

 ―――福島瑞穂『結婚と家族』、岩波新書、178頁(ここから)―――

 ところでソ連は、1926年「婚姻家族及び後見に関する法典」で、事実婚主義を採用している。その後、1944年、ソ連邦最高会議幹部会のウカース(幹部会令)によって、事実婚主義は廃止され、法律婚主義=登録婚主義になった。

 ロシア革命の後、様々な政策が根本から見直され(=合理主義によって再設計され)、一時的であれ事実婚主義はっきり採用されていたとは、素晴らしいことだと思う

 まさに「あらゆるものは、疑い得る」、「すべての常識を疑え」という気がしてくる。

 もちろん、今の日本で、、法律婚を廃止せよは言えないだろう

 (→即=直ちに廃止するのは、無理だから徐々に廃止に向かって政策を進め、いずれは廃止するという意味。だから、社民党民主党が現在、立法しようとしている夫婦親子別姓法案は、選択的という言葉を冠した選択的夫婦親子別姓法案としているのである。

 この「選択式」は「自由に選べる」いう意味より、「徐々に全体式に移行する」という「国民騙し」のトリックであって、真正の日本国民はこのようなトリック騙されてはいけない)。

 しかし、事実婚という選択肢もあっていいのではないかと思う(→日本国の現民法が法律婚制度をとっているのは事実だが、事実婚を全く排除していない。実際に同書179191頁に渡って、福島瑞穂は日本国においての「事実婚実践法」を延々と述べおり実践できるのであり、民法改正の必要など皆無である)のである。

 「届け出婚」や「法律婚」というと、ベッドの上ならんで寝ている二人の間に、「国家」がにゅっと出現してくるような薄気味悪ささえ感じる(→〔=ブログ作成者〕は法律婚をした日本国民であるが、ベッドの上で国家のことなど発想すらしたこともない読者の皆さんはどうであろうか?変な言い方で悪いが、「ベッドの上」で考えることはもっと他にあるであろう。このような幼稚で馬鹿げた表現のほうが薄気味悪い)。

―――福島瑞穂『結婚と家族』、岩波新書、178頁(ここまで)―――

 〔=ブログ作成者〕の解説:上記の福島瑞穂の『結婚と家族』からの引用部では重大な事実が隠蔽されている。

 つまり、1926年の「婚姻家族及び後見に関する法典」の事実婚主義が1944年に廃止されたのはなぜか?という理由である。

 端的に理由を述べれば次のとおり。

 レーニン事実婚主義の導入の結果、

 (1) 少年によるレイプと窃盗略奪の大増加した

 (2) もてる男による、手当たり次第の妊娠の激増

 (3) 堕胎の大増加と出生率の大低下

 等々。

 このことについては、「国際派日本人養成講座」の(「事実把握」と「論理的思考能力」第六号 平成九年十月十一日 九百二十三部)に詳しく紹介されている。

 このように、少年による女性のレイプ窃盗略奪堕胎を横行させたレーニンの「事実婚主義」を絶賛する、社民党党首の福島瑞穂が「女性の権利守れ!」などと平然と主張するのだから、〔=ブログ作成者〕が「社会主義者妄想的虚言癖精神的非正常者多い」と断言するのも理解いただけるであろう。【20100823ブログ掲載】

 保守主義の哲学---ホイッグ主義の蘇生による社会主義の撃退が日本救国の道である(5)へ続く



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