保守主義の哲学---ホイッグ主義の蘇生による社会主義の撃退が日本救国の道である(9)

―――――エドマンド・バーク保守主義―――――

―――――保守主義哲学の神髄―――――

 18世紀 英国の“ホイッグ主義”の系譜――バークマコーレーグラッドストーンアクトン卿ハミルトントクヴィルハイエクらの思想を正統継承する者こそ真正自由主義者真正保守主義者である

――ホイッグ主義蘇生による社会主義撃退日本救国の道である(9)――

 さて、旧民法(=明治民法)から現民法への改悪過程詳細については、中川八洋 筑波大学名誉教授 著(『国民の憲法改正』、ビジネス社、103128)に詳しいので、そちらを参照頂きたい。

 ここでは、『国民の憲法改正』の中から、終戦直後のGHQ占領下の混乱期において、どさくさ紛れに日本側の共産主義者が強行した民法改悪過程について、日本国民が必ず知っておくべき重要部分のみを部分抜粋して掲載させて頂く。

―――中川八洋『国民の憲法改正』、ビジネス社、105108頁(ここから)―――

 1947年の民法改悪標的が、「制度廃止であることは広く知られているが、それは『共産党宣言』の家族解体イデオロギー指針としてなされたことを知らない日本人は多い

 また、それがGHQ(=連合国軍最高司令官総司令部の意向とはまったく無関係であったことも知らない

 逆にGHQが民法改正を押しつけたという神話信じている日本人は多い

 日本が民法については改正しない!と一言GHQにいえばそれで済んだのが、当時の正確な実態であった。歴史の真実は、日本側から民法の大規模改悪をしたい旨を申し込んだのである。

 当時のGHQの方針は、民法不干渉の方針であった。このことを民法改悪のリーダー司法省民事局長奥野健一が次のように語っている。

 「司令部として絶対に家の制度を廃止しろといったことはない。・・・従って臨時法制調査会が家の制度の全廃多数をもって決議したときはスキャップ〔SCAP(=連合国最高司令官=マッカーサー)〕としては非常に驚いて、・・・」(我妻栄『戰後における民法改正の経過』、日本評論社、14

 実際にも、GHQが日本側の民法改悪案を初めて見たのは、19475月であって、その時には改悪案事実上ほぼ完成していたのである。

 さて民法改悪の「主犯の人物には六名おり、筆頭が前述の奥野健一おくの けんいち)。

 学者には三名我妻栄わがつま さかえ東京大学教授日本共産党系〕、中川善之助なかがわ ぜんのすけ東北大学教授日本共産党員?〕、川島武宜かわしま たけよし労農派系スターリン主義者〕である。

 このほか大審院判事の横田正俊よこた まさとし〕と司法事務官の村上朝一むらかみ ともかず〕である。

 ・・・我妻栄中川善之助両名は、コミュニストであったから、194752日の民法改悪案の公表後に日共(=日本共産党)の野坂参三からの、ぺらぺらの一枚紙の「意見書」〔512日付け〕に感激して(その意見書を)誉めちぎっている。

 「我妻・・・この内容もしっかりしたものですね」(我妻栄『戰後における民法改正の経過』、日本評論社、118野坂参三からの意見書の内容の一部)

 「中川・・・この問題については、共産党が一番勉強していたと言えますね」(我妻栄『戰後における民法改正の経過』、日本評論社、118:同)

 しかし、野坂の「意見書」(の主旨)とは、次のように、もっと家族解体に斬り込め代々木日本共産党〕の意向に沿ったそれまでの改悪の労をねぎらいつつ我妻らを激励しただけの手紙にすぎなかった。

 「全体として、・・・きわめて進歩的〔=共産主義近づいている法案というべく、関係者の努力に深く敬意を表する」(我妻栄『戰後における民法改正の経過』、日本評論社、349

 「民法民主化〔=家族解体〕の最大の眼目である封建的制度除去がなお、不徹底」(我妻栄『戰後における民法改正の経過』、日本評論社、350

 ※〔 〕内:中川八洋 筑波大学名誉教授、( )内:〔=ブログ作成者〕の補足

―――中川八洋『国民の憲法改正』、ビジネス社、105108頁(ここまで)―――

 社会主義者が掲げる夫婦親子別姓法案による民法改悪戸籍法個籍化とは、終戦直後の民法改悪の延長線上にある、徹底的な家族解体核家族解体マルクス主義イデオロギーによるものであることは、もはや明白であろう。

―――――

 なお、日本国におけるエドマンドバークおよび、その保守主義に係る研究の第一人者であり、かつバーク保守主義政治哲学)者の筆頭である、中川八洋 筑波大学名誉教授が、ホームページ「真正保守の会」を設立し『保守主義』を創刊されました。

 われわれにとって、これほど心強く心励まされる慶事他にはなく中川先生には、深く、感謝御礼表するものである。

―――――

 

 以上が、“”・“家族”に関する“日本国法憲法”の一部であるが、「十七条の憲法」や「五箇条の御誓文」などは、“”や“家族”と何の関係があるのか?と思われる人も多いであろう。しかし、その考えは誤りである。

 「十七条の憲法」、「五箇条の御誓文」、「明治憲法」、「教育勅語」、「明治民法」の条文単独別個読めば、確かに「十七条の憲法」に“”や“家族”について触れた部分はほとんどない

 しかし、「十七条の憲法」の第一条「和をなによりも大切なものとし」、「君主父親(=目上の者)のいうことには従うべきである」、「近隣の人たちと仲良くしなさい」、「上の者も下の者も協調・親睦の心で話し合う」などの道理は、

 日本国のあらゆる時代の「時代の壁」を乗り越えて継承され明治時代の「五箇条の御誓文」の「一 広会議し、万機公論(ばんきこうろん)決すべし」、「一 上下(しょうか)一(いつ)にして、盛ん経綸(けいりん:国を治めること)を行うべし」などへと繋がっているのが解るであろう。

 つまり、「“国法憲法”とは何か?」と考える時、「数枚の紙面上に成文化された憲法典のみのことを言う」とする固定観念正しくない

 真の国法憲法”とは、「十七条の憲法」⇒「五箇条の御誓文」⇒「明治憲法」⇒「教育勅語」⇒「明治民法」⇒『現在』のように歴史を通して、あらゆる時代の壁を乗り越えて、連綿と継承されてきた日本国祖先遺訓ルール)総体のことであり、我々はそれを改善改良することは許されるが、決して変革革新してはならない。

 なぜなら、“連綿と繋がる”=“世襲され続ける”という原理は、言い換えれば、日本史上存在した、億兆祖先ら賛成多数原理であり、この原理によって遺され継承されてきた“国法憲法”は、まさにその意味において、確固たる正統性尊厳性附与されているからである。

 そして、このような意味での正統な“国法憲法”の中から“主要な原理”を見つけ出し成文化したものが「成文憲法」である、という考え方が英米系憲法学の“国法=憲法の思想である。

 それゆえに、日本国民が“”と“家族”の在り方について考える時には、“日本国法憲法”という祖先の尊い教えの総体の中から、日本国における日本国民にとっての”や“家族”の在り方見出さなければならない

 マルクス主義家族解体イデオロギーを基礎とする「夫婦親子別姓」、「個人籍」などは、日本国国民にとって異端の思想であり有害無益であることは自明であろう。

 誤解なきよう付言しておくが、“”や“家族”や“(=)”の制度は明治維新以後明治民法として制度化されたものであり、“国法憲法とは言えないのではないか?などという反論批判は、“国法憲法”の意味が全く理解できない者転倒論理である。

 なぜなら、極端に言えば、日本国民遥か昔縄文から弥生時代においてでさえ、竪穴式住居などの“”を構えて“家族”で定住生活し大規模な“集落”まで形成していたというのが史実であるのであって、それ以後明治時代至るまで、その形態は、時代身分などによって変化があったとして常にを構えて家族で生活してきたというのが日本史疑いなき真実である。

 逆に個人(=単独単位暮らすこと日本国民の伝統や慣習であったなどということを明示する日本史上事実皆無である。

 つまり、旧民法(=明治民法)の規定による“”と“家族”とは、「過去から連綿と続く日本国民の“生の在り方”に関する伝統慣習(→伝統慣習日本国法憲法一部である)であり、その憲法原理旧民法(=法律)成文化して法的地位付与し制度化したもの」であるというのが正しい考え方である。

 これに反して、「選択的夫婦親子別姓法案は、教条的なマルクス主義に基づく家族解体法案(=強制的個籍化強制的個化法)であり、その究極目的は、日本国民各個を個人籍分解し、日本国民精神の拠り所である“日本国法憲法”を喪失した根無し草的人間無気力的人間せしめた後社会主義的国家権力によって日本国民を再集合し、集産主義的な「全体主義国家新日本」を創造せんとすることにある。

 なお、「全体主義」という用語概念存在しなかった時代に、デモクラシーから全体主義、あるいはデモクラシーから無政府状態(=アナーキー)への移行過程透視したのがトクヴィル(『アメリカの民主政治(下)』、講談社学術文庫)であり、トクヴィル炯眼20世紀に入り現実となった。

 このデモクラシーから全体主義への移行過程分析全体主義到来の予告こそが“トクヴィル保守主義(哲学)の神髄”である。

―――トクヴィル『アメリカの民主政治(下)』、講談社学術文庫、512頁(ここから)―――

 (デモクラシーによる)平等は、事実上、次の二つの傾向をつくりだすのである。

 第一の傾向は、人々を直接的に独立(=個人化個化)に導き、そして人々を突然に無政府状態(=アナーキー)にまで推し進めうる。

 第二の傾向は、もっと長いもっと潜在的な、しかも確実な道によって、人々を隷従(=全体主義体制に向かって導くのである(→ハイエク全集Ⅰ-別巻〈『隷属への道』、春秋社〉の表題は、この箇所からの引用である)。

 諸民族は、第一の傾向を容易に見つけ・・・これに抵抗する。そして諸民族はそれとは知らないうちに、第二の傾向(=全体主義)に引き入れられる

―――トクヴィル『アメリカの民主政治(下)』、講談社学術文庫、512頁(ここまで)―――

20100823ブログ掲載】

 保守主義の哲学---ホイッグ主義の蘇生による社会主義の撃退が日本救国の道である(10)へ続く



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