保守主義の哲学---ホイッグ主義の蘇生による社会主義の撃退が日本救国の道である(10)


―――――エドマンド・バーク保守主義―――――

―――――保守主義哲学の神髄―――――

 18世紀 英国の“ホイッグ主義”の系譜――バークマコーレーグラッドストーンアクトン卿ハミルトントクヴィルハイエクらの思想を正統継承する者こそ真正自由主義者真正保守主義者である

――ホイッグ主義蘇生による社会主義撃退日本救国の道である(10)――

―――(1)―2 落選した千葉景子の法相留任について(主題のつづき)―――

 さて、ここで、落選した社会主義者千葉景子法相留任についての問題点を簡単に指摘して、第一パラグラフ「(1)社会主義者の人格の非正常性について」を終了し、第二パラグラフに移行したい。

 先に、「権利義務一体の原則」を解説したが、参議院選挙で落選した社会主義者千葉景子法相留任の是非の問題について、〔=ブログ作成者〕が未だ結論を示していないことに読者の皆さんはお気付きだろうか?

 というのは、参議院選挙落選した千葉景子は、参議院議員の資格を失い民間人になったため、その意味においては参議院選挙の結果という事実についての「権利義務一体の原則」については遵守している(というよりも本人の意志は別問題として、法律によって強制的に遵守させられているだけである)からである。

 しかしながら、千葉景子法相留任管直人仙石由人らによる千葉景子に対する法相慰留要請は、この事実と関係する別の観点から考察すれば不当、あるいは違憲違法限りなく近いと言えるかもしれない。

 というのは、下記の憲法第六十八条第一項の規定の主旨は、「千葉景子参議院議員資格を失って民間人になったから、選挙結果を遵守する義務果たしており法相残留は、憲法第六十八条第一項の規定があるため、何ら問題はなく参議院議員選挙落選とは何の関係もない」という結論には決してならず、根本問題はその憲法解釈の「出鱈目さ」にある。

 その「出鱈目さ」は、日本国憲法第六十六条および内閣法第一条の規定により明白である。

――――日本国憲法第六十六条・第六十八条・内閣法(ここから)――――

 日本国憲法

 第六十六条  内閣は、法律(=内閣法)の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する。

 ○2  内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。

 ○3  内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ(=議院内閣制)。

 第六十八条 内閣総理大臣は、国務大臣任命する。但しその過半数は国会議員の中から選ばなければならない。

―――――――

 内閣法

 (昭和二十二年一月十六日法律第五号)

 最終改正:平成一一年七月一六日法律第八八号

 第一条  内閣は、国民主権の理念にのつとり、日本国憲法第七十三条 その他日本国憲法 に定める職権を行う。

 2  内閣は行政権の行使について全国民を代表する議員からなる国会に対し連帯して責任を負う

 第五条  内閣総理大臣は、内閣を代表して内閣提出の法律案予算その他の議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告する。

――――日本国憲法第六十六条・第六十八条・内閣法(ここまで)――――

 私〔=ブログ作成者〕のブログの読者の皆さんは、議院内閣制という政治用語をご存じであろう。

 つまり議院内閣制の主旨とは、憲法第六十六条第一項および第三項内閣法第一條第二項および第五条の規定から自明であるが、それは「内閣は国会に対して内閣提出の法律案予算その他の議案を国会に提出する権限(=仮に「権利」とする)を所有し、国会議員から構成される国会はそれらの内閣提出の法律案を審議し、採決する権限、つまり立法する権限を持つのであるから、その立法に基づいてなされる行政権の施行(=権力権利の行使)が日本国及び日本国民に対して及ぼす結果については、法律案を提出した内閣法律案を立法した国会連帯して責任を負う義務を持つ」という主旨である。

 とすれば、国会議員選挙立候補しながら、選挙結果によって日本国民代表としての国会議員であることを否定され民間人となる義務を負うことになった千葉景子法相慰留した、管直人首相や仙石由人内閣官房長官と法相留任決断した千葉景子自身を含む最低3名が含まれる菅直人内閣が、憲法第六十六条第三項内閣法第一条第二項議院内閣制の規定、すなわち「全国民代表する議員からなる国会に対し連帯して責任を負う」ことがそもそもできるのかという問題に突き当たるであろう。

 憲法第六十六条および内閣法の規定に従うならば、憲法第六十八条第一項の規定は「その職務に対する高い見識徳性などの適性からしてその行政権行使について、国会に対して連帯して責任を負うことが十分可能であろうと思われる民間人を、総理大臣が民間登用の大臣として任命することについては何ら問題ない」ということ以上の内容を含まないであろう。

 つまり、憲法第六十八条第一項の規定を「内閣総理大臣が、その他の大臣について、国会に対する連帯責任能力を全く有しないだろうと思われる民間人任意に任命しても良い」などとする憲法解釈成立するわけがあるまい

 なぜなら、そのような憲法解釈とは、憲法第六十六条の「議院内閣制」に対して極めて無責任であるか、積極的に「議院内閣制」を否定しているにすぎないからである。

 なお、「議院内閣制」の軽視とは「憲法軽視、「国会軽視=「国民軽視の態度そのものである。

 このように思考すれば、管直人仙石由人千葉景子法相慰留して、千葉景子がその要請を拒否もせず法相に留任したことに関して「何ら問題はない」、「正当である」という論理は、「問題ない」とか「正当」などとは全く逆さま倒錯論理であり、そのような論理自身が、憲法条文も読めず憲法条文の主旨も理解できず憲法条文相互の関連性も解らない無知無能」を露顕しているにすぎないと言えよう。

 国政選挙という日本国民の選挙権行使によって、国会議員としての資質および適性において「不適格」と烙印され、「国会から追放された千葉景子が、内閣の一員として「国会に対して連帯して責任を負う能力を備えた民間人である」などと判断するのは全く正常ではない、と概ねすべての日本国民が理解できるのではないだろうか。

 なお、「議院内閣制」について触れたので、少々話しが脱線するが、権力分立論について、少々解説しておきたい。

 これまで管直人公の場で示した憲法解釈は「日本国憲法に『三権分立という文字がない(=書いていないので三権分立ではない」とか「権力は首相に集中すべき」(いずれも20091015日のNHKのクローズアップ現代に出演して公言)とか、独裁制一直線に繋がる全くの出鱈目かつ危険極まる憲法思想ばかりであり、この事実において、管直人に憲法解釈能力や憲法常識力は「皆無ゼロ」であり、かつこの憲法解釈の誤りの方向性が、彼の思想スターリンヒトラーのような独裁主義憧憬していることを明示していると断定してよかろう。

 このような思想の人物が日本国の首相であること自体が既に極めて異常で危険な事態なのである。

 また、小沢一郎同類またはそれ以上の独裁主義者であることを多くの日本国民は既に充分知っているから、もし民主党党首選この二人しか出馬できないあるいはしないのであるならば、「民主党国会議員団とはこのような独裁的な党首を望む政党である」とか、「民主党とは党内で自由な議論や主張や行動もほとんど許されない政党である」とかいうレッテル大多数日本国民によって貼られたとしても全く弁解の余地はないであろう。

 民主党党首選がもしこの二者立候補留まって終わるのであれば、日本国民は、独裁者を欲する有害無益危険政党である民主党などは、次期衆議院議員総選挙において完全消滅完全滅菌)させることが、現在日本国民においても将来日本国民においても有益である、と考えて間違いはなかろう。

 さて、話を「議院内閣制」に戻すが、管直人に限らず「行政権」・「立法権」・「司法権」の三権分立論正確な意味が理解できている一般日本国民は少ないのも事実である。

 しかしながら、一般国民は止むを得ぬとして、大学法学部学生法科大学院生大学院の講師以上の学者でさえ、理解できていない者が多いのは、由々しき事態である。

 例えば、上記の「議院内閣制」の事実をして「行政権と立法権が相互に関連しており完全な権力分立ではない」とか「形式的三権分立論?なる意味不明用語の使用」など出鱈目な解釈をする憲法学者さえいるようである。

 権力分立論という、自由を保持するための「政治の公理」は、モンテスキューが『法の精神』(1748年)で明らかにしているし、米国憲法起草者であるA・ハミルトンJ・ジェイJ・マディソン著『ザ・フェデラリスト』(1788年)第47篇などで、220以上の遥か昔定義済みの概念である。

 私〔=ブログ作成者〕からすれば「一体今さら何を言っているの?」と理解に苦しむのであるが、権力分立論正確な定義を『法の精神』、『フェデラリスト』から少々長文だが抜粋しておくので興味ある方のみ読んで頂きたい。

 米国国制が「三権分立でない」と確信をもって言える日本国民は、ほぼ皆無であろうから、米国憲法起草者であるJマディソンが『ザ・フェデラリスト』第47篇「権力分立制の意味」において展開しているモンテスキューの『法の精神』の解釈正統な「三権分立の定義」とすることに異を唱える者はないであろう。

 結論だけ先に示しておくと、日本国憲法(→〔=ブログ作成者〕はGHQ欽定憲法である日本国憲法を“日本国法憲法”であると述べたことなど、これまで一度としてないのだが、この話題は別の機会にする)の規定により日本国国制明確な三権分立制』である

―――モンテスキュー『法の精神(上)』、岩波文庫、290292頁(ここから)―――

 5章 さまざまな国家の目的について

 すべての国家が、一般に自国を維持するという同じ目的をもっているとはいえ、それぞれの国家は自国に特別の目的をもっている。

 拡大がローマの目的であり、戦争がスパルタのそれであり、宗教がユダヤ教の法律(律法)のそれであり、商業がマルセイユのそれであり、・・・自然の自由が未開人の組織(ポリス)の目的であった。一般に、君公の悦楽が専制国家の目的であり、君公の栄光国家の栄光君主政国家のそれ(=目的)である。

 ・・・世界には、政治的自由国制の直接目的とする国民(=英国民)もある。この国民がその政治的自由基礎とする諸原理を検討しよう。それらの原理が優れていれば、自由は鏡に映るように現われるであろう。

 6章 イギリスの国制について

 各国家には三種の権力、つまり、立法権力、万民法に属する事項の執行権力(=行政権)および公民法に属する事項の執行権力(=司法権)がある。

 第一の権力(=立法権)によって、君公または役人は一時的もしくは永続的に法律を定め、また、すでに作られている法律を修正もしくは廃止する。

 第二の権力(=行政権)によって、かれ(=君公または役人)は講和または戦争をし、外交使節を派遣または接受し、安全を確立し、侵略を予防する。

 第三の権力(=司法権)によって、かれは犯罪を罰し、あるいは、諸個人間の紛争を裁く。この最後の権力を人は裁判権力と呼ぶであろう。

 (→〔=ブログ作成者〕の解説:これらの各権力の内容定義は、あくまで18世紀中葉英国の国制における定義であるが、そのような権力の内容とは無関係に、モンテスキューの「権力の分立の定義」は現代にもそのまま当てはまる公理である)

 公民における政治的自由とは、各人が自己の安全についてもつ確信から生じる精神の静穏である。そしてこの自由を得るためには、公民が他の公民を恐れることのあり得ないような政体にしなければならない。

 同一の人間あるいは同一の役職団体において立法権力執行権力(=行政権力)とが結合されるとき、自由は全く存在しない。なぜなら同一の君主または同一の元老院(=上院)が暴君的な法律を作り(=立法し)、(かつ)暴君的にそれを執行する(=行政権を行使する)恐れがありうるからである。

 (→〔=ブログ作成者〕の解説:ここでいう「結合される」とは「関係する」という意味ではなく、「立法権力の全権を掌握するものが、行政権力の全権をも掌握するような場合」のみを意味する。このことについては下記の『フェデラリスト』の47Jマディソンが詳述しているので参照されたい)

 裁判権力立法権力執行権力(=行政権力)と分離されていなければ自由はやはり存在しない

 もしこの権力(=裁判権力)が立法権力結合されれば(→結合の意味は上記と同じ)、公民の生命と自由に関する権力は恣意的となろう。なぜなら、裁判役が立法者となるからである。

 (→〔=ブログ作成者〕の解説:もし、裁判所が立法権力を完全掌握して、刑法や民法を恣意的に立法し、修正しつつ、恣意的に裁判できるとすれば恐るべき事態である)。

 もしこの権力(=裁判権力)が、執行権力(=行政権力)と結合されれば、裁判役は圧制者の力を持ちうるであろう

 (→〔=ブログ作成者〕の解説:もし、行政府が裁判権を完全掌握すれば、政府は容易に独裁政治に移行できる極めて危険な事態となる)。

 もしも、同一の人間、または、貴族もしくは人民の有力者同一の団体が、これら三つの権力、すなわち、法律を作る権力(=立法権)、公的な決定を執行する権力(=行政権)、犯罪や個人間の紛争を裁判する権力(=司法権)全権掌握して)行使するならば、すべては失われるであろう。

 ( )内:〔=ブログ作成者〕の補足。

―――モンテスキュー『法の精神(上)』、岩波文庫、290292頁(ここまで)―――

 米国憲法の起草者であるAハミルトンJジェイJマディソンらによる米国憲法義解ある『ザ・フェデラリスト』では、その第47篇「権力分立制の意味」においてJマディソンが次のように詳述している。

20100829ブログ掲載】

 保守主義の哲学---ホイッグ主義の蘇生による社会主義の撃退が日本救国の道である(11)へ続く


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