保守主義の哲学---ホイッグ主義の蘇生による社会主義の撃退が日本救国の道である(12)


―――――エドマンド・バーク保守主義―――――

―――――保守主義哲学の神髄―――――

 18世紀 英国の“ホイッグ主義”の系譜――バークマコーレーグラッドストーンアクトン卿ハミルトントクヴィルハイエクらの思想を正統継承する者こそ真正自由主義者真正保守主義者である

ホイッグ主義蘇生による社会主義撃退日本救国の道である(12)

 ――(2)真正保守(バーク保守)主義真正自由主義の“価値観”の考察について――

 ―――――(2)-1「集産主義(全体主義)」と対峙する“個人主義”

 さて、ここから今回の一連ブログ「ホイッグ主義の蘇生による社会主義の撃退が日本救国の道である」の本論に入っていく。

 以降は、真正保守主義バーク保守主義ホイッグ主義真正自由主義の“価値観”について、ノーベル経済学賞受賞者真正自由主義(=真正保守主義)の政治哲学者であるFA・ハイエクの(『隷属への道』ハイエク全集Ⅰ-別巻、春秋社)の内容を基本ベースとして引用しながら、かつ必要に応じて『ハイエク全集』やE・バークの『フランス革命の省察』や日本国バーク保守主義哲学筆頭である中川八洋 筑波大学名誉教授の著作群などから世界真正保守哲学を引用して解説し、真正保守主義真正自由主義の“価値観”を〔=ブログ作成者〕なりの解説手法で読者の皆さん明示していきたいと思う。

 さて、真正保守主義真正自由主義の“価値観”とは“法の支配”や“立憲主義”を有効たらしめ、“自由”を“自由”たらしめるために、必要不可欠な“普遍的絶対的な道徳規範”としての“価値観”のことである。

 つまり、ある特定の目的」のために行使されるいかなる「手段」も、その「特定の目的」が“善”であるか「悪」であるかには一切関わりなく行使された手段」が“普遍的絶対的な道徳規範”に反するならば、その手段である断定する価値観”である。

 例えば、詐欺窃盗暴行背信といった行為は、崇高な目的のために行われたか否か、あるいはその行為の結果が誰かに実害を及ぼしたか否か一切関わりなく、「であるという事実に変わりはない、とする“価値観”である。

 さらに言えば「目的は手段を正当化する」という原則は自由主義価値観倫理)では、あらゆる道徳の否定とみなされるが、集産主義(→全体主義社会主義共産主義など)の価値観倫理)では、この原則こそが最高の倫理規範となるのである。

 従って徹底した集産主義者(→社会主義共産主義者)にとって、その指導者が決定する「全体(=国家・共同体)のための」という「目的に奉仕することであればあえてしてはならない行為は何もなく、「全体のための」こそが、何がなされるべきか唯一の判断基準となる。

 ゆえに集産主義社会では、「全体のための」の達成を妨げ、あるいはそれと矛盾する個人の良心”を自由に発動することは許されないため、集産主義者(→社会主義者共産主義者)は必然的無道徳無宗教に至るのである。

 このように、真正自由主義的道徳観価値観集産主義的倫理観とは、根本的に異質な価値観であり、対極的価値観であることを理解いただけたであろうか。

 以上の〔=ブログ作成者〕の“価値観”に関する解説を理解頂けた読者の皆さんは次へ進んでもらいたい。

 ―――――(2)-1-(イ)公共の福祉」と“個人主義”が提示する“価値観

 ―――FA・ハイエク『隷属への道』(ハイエク全集Ⅰ-別巻)、春秋社、7071頁(ここから)―――

 どんな種類の集産主義的体制も共通して持っている特徴とは、あらゆる学派の社会主義者がこれまで愛好してきた言い方で述べるなら、ある決定的な社会的目標へ向けて、社会全体労働計画的に組織化することだ、と言えるだろう。

 そして、現在社会にはそういう単一の目的への「意図的な統制欠けているとか、現代社会諸活動は、無責任な個人の気まぐれな思いつきによっているとかいうことが、この体制(=自由主義体制)を批判する社会主義者主要な不満点の一つであった。

 ・・・共産主義ファシズムそしてその他の様々な種類の集産主義は社会の活動を振り向ける目標どんな性質のものであるかについては、それぞれ意見を異にしている。

 だが、これらすべては、社会全体その全資源単一の目的へ向けて組織することを欲し、個人それぞれの目的が至高とされる自主独立的分野の存在否定することにおいて、等しく自由主義個人主義一線を画している

 簡単に言えば、すべての集産主義、最近生まれた「全体主義」という言葉の真の意味において全体主義的なのである。

 ・・・社会が組織されるべき「社会目標」とか「共通の目的」というものは、通常、「公共の利益(福祉)」とか「一般的な福祉」といった表現で漠然と述べられている

 このような(「公共の利益」とか「一般的な福祉」などの)言葉が、特定の行動指針を決定するのに必要明確な意味をまったく持っていないことに気づくには、それほど熟考を必要としない

 何百万人もの人々福祉幸福は、ただ単一の物差しで多い少ないと量れるものではない

 一人の人間の幸福がそうであるように、人々の福祉も、無限の組み合わせ方で存在するきわめて多くの事柄に依存している。だから、「人々の福祉」を単一の目標と表現するのは、妥当ではない(→「人々の福祉」=「単一の目標」の定式化は意味をなさない)。

 (もし、単一の目標づけをするならば)それ(=「公共の利益福祉〉」)は「目標の階級づけ」とか、すべての必要序列化する「包括的な価値尺度」としてしか表現されえないものなのだ。

 人々の活動を単一の計画に従って統制していくためには、単一の価値序列体系が存在し、人々の必要のすべて順位づけられることが前提とされる。

 そしてその体系は、計画当局者が様々な方法のうちどれを採用するかを決定する際の基準となるような、完璧なものでなければならない。

 つまり、様々な人間の価値すべてが妥当な位置付けをされるような、一つの完全な倫理的規範が存在していることを前提とするのである。

 ・・・われわれにとって重要な点は、そのような完璧な倫理的規範どこにも存在しないということである。

 ※〔 〕内:翻訳者の補足、( )内:〔=ブログ作成者〕の補足

 ―――FA・ハイエク『隷属への道』(ハイエク全集Ⅰ-別巻)、春秋社、7071頁(ここまで)―――

 →〔=ブログ作成者〕の解説:このパラグラフの意味することを簡略化すれば、次のような意味になるであろう。

 集産主義的社会主義的倫理観とは次のとおり。

 話を極端に単純化して100人の国民からなる一つの国家(社会)Tがあり、その国家には5つの価値ABCDEのみがあると仮定する。

 そして、その社会の構成員のうちの10人程度からなる政府Tが、国家T計画目標として、「公共の利益福祉)が最大化される国家Tにすること」を掲げたとしよう。

 しかし、政府Tはいざ計画を実行しようとすると「価値AEのどのような組み合わせ配列の実行が、国家Tの全構成員100人の利益(=公共の利益福祉〉を最大化できるのか」がわからない

 そこで、政府Tが「最も重視する価値はどれか?」という統計調査を行なったところ、価値Aを最も重視する人が50人、価値B5人、価値C30人、価値D7人、価値E8人という結果になったため、政府T価値体系ACEDB公共の利益福祉)が最大化されうる唯一の価値体系であると定め、国民全員に対し、この価値体系に従ってのみ行動することを強制する

 なぜなら、この価値体系反する価値体系行動することは、この国家Tの「公共の利益福祉)」の最大化に反すると考えるからである。

 また、国民Tが個人的に抱いていた価値体系が国家Tの定めたACEDB偶然一致していたならば、国民T1にとっては、政府の定めた価値体系は最上級の待遇となるであろう。

 同様に、個人的に抱いていた価値体系がACEBD国民T2中の上級位の待遇となり、BDECA国民T3最下級の待遇となるであろう。

 けれども、そもそも政府T統計調査によって決定した価値体系ACEDB国家T公共の利益福祉)を最大化できる価値体系として妥当であると言いうるのかさえ、極めて疑問であろう。

 いわんや、国家T人口何百万人単位となった場合には、人々の福祉幸福価値観無限の組み合わせ方で存在する極めて多くの事柄に依存するから、大国家Tの「公共の利益福祉)」を何かある「単一の目標(=価値観)」と表現するのは妥当でないし、「公共の利益福祉)」という漠然とした概念には実際には内実がない、ということになるであろう。

 だから、社会主義国家のように、人々の活動を「単一の計画」に従って統制していこうとするならば、それは社会全体を構成するすべての個人目標(=価値観)を「階級づける」あるいは「序列化する」という結果(→国民100人の国家Tの政府が唯一の価値体系を定めた結果、T1が最上級の待遇T2が中上級の待遇T3が最下級の待遇となったような結果)を導くことになる。

 換言すれば、社会主義とは、社会的身分出自などによって決定される身分(階級)制度である「封建制度封建社会」とは異質の、計画主義者の定める「包括的な価値尺度」に基づき各個人の“価値観”を計量して決定される「新しい階級制度階級社会」に社会再改造するという結果に帰着する、ということである。

 つまり、社会主義による社会改造とは決して「平等社会には到達せずかつての封建的身分秩序新しい価値基準組み替えする新階級社会の創造に他ならず社会主義者がそのトップ階級に君臨するというのが、社会主義の「隠された真の目的」の核心部といえる。

 このハイエク理論明晰性は、共産ロシア中共北朝鮮に代表される共産主義国家共産党員軍人階級などの階級的特別待遇ぶりあるいは様々な労働組合幹部日教組幹部などは、自らの本業である職務を休職して放棄し、その間、組合員寄付金から報酬を得て組合の活動に専念できるという特別待遇を受けている者が多いのが実態であり、これらの事実は概ねすべての日本国民理解しているであろう。

 集産主義者計画必然的にこのような新しい階級社会帰結する理由は、ハイエクが上記の最後の一文で述べているように、社会を構成するすべての人間に適用できる完璧な倫理的規範などどこにも存在しないという現実にあるのであり、言い換えればそれは社会全体の複雑多様な無限の組み合わせで存在する極めて多くの事柄からなる価値観の総体を人間の理性によって把握することが可能であるとみなす設計主義的合理主義が、集産主義者傲慢な妄想にすぎないという事実にある、ということであろう。

 また、ハイエクは、そのような社会主義(=集産主義)の本質について同書2425で次のように述べている。

 ハイエク曰く

 『社会主義が、その発生当初においては、あからさまな独裁主義であったことを、今日の人々はほとんど忘れてしまっている

 しかし現実には、現代の社会主義の基礎を築き上げたフランスの思想家たちは、自分たちの理念を実現するためには強力な独裁政府が不可欠である点に関して、どんな疑いも持っていなかった

 彼らにとって社会主義とは、社会階層的秩序に基づき計画的に再改造し、「精神的な支配力」を強制的に人々に及ぼす(=独裁権力によって計画的秩序を国民に強制する)ことによって「革命を終わらせる」ことを目ざす企てであった。

 社会主義創始者たちは、自由の問題に関して、自分たちの真の意図を隠そうともしなかった

 彼らは「思想の自由こそ、十九世紀社会諸悪根源であると見なしていたし、現代の計画主義者先駆的存在であったサン=シモンは、彼の提案した計画委員会命令従わない連中家畜同然の扱いを受けるだろう、とさえ予告していた』

 ―――〔=ブログ作成者解説ここまで)―――

20100906ブログ掲載】

 保守主義の哲学---ホイッグ主義の蘇生による社会主義の撃退が日本救国の道である(13)へ続く


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