保守主義の哲学(雑)---エドマンド・バーク保守主義者による今日の雑感(平成22年11月14日)-(2)


 次に、(記事2)については、新聞写真記者が「決められたルールの範囲内での自由行為 


 (→
〔=ブログ作成者〕は以降この前提に立って話を進める。新聞記者の行為が何らかのルール違反などの事実があれば話は別である)

 
 に対して「自分の意思に反した」という理由で、“ルールの側を「自分の意思の側適するように変更しようとする思想本籍は、
TホッブスJオースティンJベンサムHケルゼンに代表される社会主義者法哲学特有の人定法主義(=law positivism)に起源を発する思想の影響である。

 
 人定法主義者
の概念とは、「人間が意思によって恣意的につくる命令」の意味であり、社会主義者全体主義者)特有の概念であり社会主義思想本質に関わる重要な一部門を構成している。以下に社会主義者法哲学における」の定義を抽出した。

 
 ホッブス

 
 「真理ではないが信ずべき造られた法」「立法上の権力をもつ人の命令

 
 オースティン

 
 「すべての法は知的存在(=人間の知性によって規定される」

 
 「政治的従属者(=公人)の権利と義務および民間人(=私人)の権利と義務は、(いずれも)共通の作者つまり主権国家の創造物である」

 
 ベンサム

 
 「法という言葉の素朴な意味そしてその語の日常的な意味は、・・・立法家の命令する意思である」

 
 「法体系全体は、・・・正統に権威に適うものとして普遍的に承認されているものによるもの(=コモン・ロー法曹家が発見する“法”と、そのような取り決めをつくる立場にあるもの(=立法者・議会)による(=が制定する)ものとの、二つの部門に識別される。

 
 ――そのうちの一方の取り決めは実際になされた取り決めであるが。

 
 ・・・法のこの部門(=立法者・議会)は、現実の法、現に存在する法、立法家のつくった法という名で区別され、英国政府の下では成文法の名ですでに区別されている。

 
 他の部門
によってなされると想定される取り決めは、実在しない現実に存在しない想像上の架空の見せかけの裁判官によってつくられる法の名で区別される。

 
 イギリス政府の下では、この部門は、慣習法とか不文法という、表現の妥当でない特徴を示していない不適切な名前で、現に区別されている

 
 (〔=ブログ作成者〕の解説:ベンサム下線部すべて間違いである。

 実在し最も現実的なコモンロー法曹家ら過去の祖先の叡智との繋がりの中から発見するコモンロー不文憲法という、最も妥当で真に法と言えるである。と記述するのが正解である。

 
 少なくとも真に“”が理解できる真正保守主義者真正自由主義者は、この意味が理解できるのではないか

 
 真正の保守主義
真正の自由主義哲学を学ぶための原点は、“”、“国法(=憲法”、“法の支配”、“立憲主義”の真の意味知ることから始まると言っても過言ではなかろう。)」

 
 ――――――――――

 
 〔=ブログ作成者〕の解説ベンサム
EコークWブラックストーンの“コモンロー”・“国法憲法”の概念がさっぱり理解できなかった。このことは本ブログ過去の論考において詳しく述べているので参考にされたい。

 
 例えば、
1215年のマグナカルタ1689年の権利の章典などは成文法であるが、そこに成文化された内容は、そこに成文化はされていないが、英国に現存する古来から連続する自由の伝統一部発見して成文化したものであって、成文憲法とは、歴史を連続して流れる深遠な不文憲法一つの表現形態にすぎず、ある時代ある世代の英国民が好き勝手に発案したり変更したりできるもではない

 
 つまりベンサムは現存する英国民が理性的賛成多数で議決(=合意契約)し文書化したもののみ(=成文の法律であると考えたが、なぜ英国民の多数者が賛成多数の議決に至ることができたのかとか、国民の多数者を賛成多数の合意に導いたのは、英国民英国形成されてきた不文の国法憲法国家国民のルール”を共有しているからであるという、真の概念さっぱり見えなかった理解できなかったのである。

 
 大きな開かれた社会
国民が、その国家固有歴史伝統慣習の中で培われるのではない裸の理性だけの力によって、文明社会のルールを構築できるなどと考えるのは幼稚であり、無知である。

 
 文明社会のルール
は、文明社会自生的な自由秩序によって漸進的に進化することによって自然成長していくものであって、決して設計主義的人間理性のみよって、明証的合意できたり、変更できたり、解消できたり、白紙から再構築できたりするものではない

 
 社会主義者
共産主義者はこれを現実社会で、統制経済計画経済個人的自由強制的制限などを駆使して実現しようとするから、逆に文明が破壊され、自国民の自由を統制するための強制力が行使され、ジェノサイドが発生するのであり、このような暗黒の歴史は、共産ロシア東欧カンボジア中共北朝鮮で我々は経験済みであるのだから、
21世紀の日本国社会主義共産主義を実現しようとする政党などは暗愚政党であり、日本国には一切必要ない〔=ブログ作成者〕は断言する。

 
 しかし、読者の皆さんは真正自由(保守)主義と社会主義の折衷型である「第三の道」はないのか?と問うであろう。

 
 ノーベル経済学賞
受賞者で真正自由保守主義政治哲学者
FAハイエク結論のみを記せば、「第三の道強度の社会保障国家路線」は、かつての共産ロシア東欧などのような社会主義共産主義(=全体主義)へと必然的にUターンすると結論している。

 
 ―――――――

 
 ハイエク
曰く、

 
 「二つ保障概念区別する必要がある。

 
 その一つはある限度の保障で全員にとって達成可能な、いかなる特権ともならないものと、もう一つは絶対的な保障でそれは、自由社会において全員にとっては達成不可能なものと、である。

 
 前者は、きびしい物質的欠乏に対する保障、すなわち全員にたいする一定の生活最低限度の保障であり、後者はある一定水準の保障で、個人あるいは集団(
A)の享受する水準(AAv)とほかの人びとあるいは集団(B)のそれ(=享受する水準(BAv)とを比較することによって決定される。

 
 したがってその(保障の)差異は、全員にたいする等しい最低水準の保障
A-indemと、ある個人受けるに値する(=自分の能力に照らして享受すべきであると自分が確信ずる水準と考えられている特定の所得の保障B-indemとの区別である。

 
 後者(の保障)は福祉国家をあおる第三の主要な野心、すなわちのいっそう均等な分配もしくは公正な分配保障するために政府権力をもちたいという願望と密接に関連している。

 
 これ(=この野心願望)によって(福祉国家という概念が)特定の人びと(=限定された人びと)が特定のもの(=限定された人びとが欲するもの)を得ること保障するために

 
 (→つまり、特別の人びと特別の利益不公平に保障するために)

 
 政府の強制権力(=強制的増税赤字公債の強制発行などの政府権力)を用いるべきであることを意味する限り

 
 (→つまり福祉国家の社会保障制度がそのような特定の野心や願望をもつ限り)、

 
 それは異なった人びとにたいするある種の差別不平等な扱い(→所得税における累進課税など)を必要とするもので(あり)、自由社会とは両立しない

 
 「社会的正義」を目的とし、「第一義的所得再分配者になるのはこうした福祉国家である

 
 それは、必然的社会主義とその(=社会主義)の強制的かつ本質的に恣意的な方法(→全体主義的政治手法へと逆もどりすることになる(→つまり、後者の保障
B-indemを目指す、福祉国家は必然的に、1920世紀の共産ロシア東欧のような社会主義全体主義〉にUターンするということ)」

 
 (ハイエク『ハイエク全集 Ⅰ-7(自由の条件〔Ⅲ〕)』、春秋社、
1112

 
 なお、日本国の社会保障制度の詳細については、後日ブログ上で徹底的に解剖するつもりで現在準備中である。

 
 ――――――――――

 
 まわり道してしまったが、人定法主義の解説に戻る。

 
 ケルゼン「人間行動を命じる規範人間的理性からではなく人間的意志からのみ生じる」

 
 「人は無知であることを『意思する(=立法する)』ことはできない」

 
 「法は人間行動の一つの秩序であり、『秩序』はルールのシステムである(→法は人間行動を秩序づける。そして秩序とは規則の体系のことである)」

 
 「積極的法のルールは、人間的権威恣意的意思から導出される」

 
 「積極法は・・・人間によって創造される」

 
 「『積極的』であるためには、法規範は・・・『積極化されている』のでなければならない。言い換えれば、人間的存在の行為によって言明され、確立される、あるいは『創造される』のでなければならない」

 
 「規範はそれが確定したルールにしたがって創造されたという事実にゆえに、そしてそれゆえにそれだけによって有効な規範である」

 
 ――――――――――

 
 →〔=ブログ作成者〕の解説:上記のケルゼンの言説のうち最後のものは、例えば日本国で言えば、「国会が多数決のルールという手続き(=立法手続き)さえ遵守すれば、その法律の内容道徳的であれ、反道徳的であれ法律である」から行政機関司法機関日本国民必ず遵守しなければならない、という意味である。

 
 この思想から生まれた「法律(=悪法でも)」と、行政及び司法はこの「法律(=悪法でも)に従って忠実に職務を執行しなければならないという「法治主義」の結合の結果、ナチスドイツ(→国家社会主義ドイツ労働者党)支配下の「人種法令
1935年)」という法律が施行されユダヤ人の大量虐殺(=ホロコースト)に至ったのである。

 
 〔=ブログ作成者〕は、現在の日本国憲法については、
GHQによって起草された経緯など様々な理由により、それを決して“日本国法”を成文化した“真の成文憲法”であるなどとは思っていないし、むしろ大日本帝国憲法明治憲法)の方が、現代的な改善改良が加えられれば、まさしく“真の成文憲法”でありうるだろうと思っている人間である。

 
 しかしながら、政府批判民主党批判必ず現在の日本国憲法を引き合いに出すのは、たとえ様々な欠陥があるにせよ日本国憲法が“立憲主義”・“法の支配”を明記しており、内政において日本国政府(=政治権力)が「人定法主義法治主義」の悪夢のような権力暴走に走るのを事実として抑制してきたからである。

 
 もっとも、同様の理由によって国防力を制限してしまっているなどの大きな欠陥が多々存在するのは承知しているが、主旨が外れるのでここでは問題にしない。

 
 また、逆に言えば、〔=ブログ作成者〕は日本国憲法の持つ国家権力の暴走に対する抑制力の重要性を知るがゆえに、“立憲主義”・“法の支配”を平然と無視するような「立法(→例えば、外国人地方参政権など)行為」をしようと試みる民主党民主党政権極めて危険視し、批判するのである。

 
 A
4用紙1枚程度の「雑感」を書くつもりが、ひどく長くなってしまった。

 
 兎に角、野党は、社会主義者仙石由人傲慢詭弁を徹底的に追及し、管直人政権は即座に仙石由人更迭するのが得策であろう。

 
 既に
民主党信用なし」の認識が「大衆の床屋話」のレベルでさえ聞かれるようになってきた。

 
 このことが何を意味するかは、オルテガ大衆の反逆』を読んで自身で考えてみることであろう。

 
 次期総選挙
がいつ行われるかは不明だが、仙石由人傲慢不遜を長く放置すればするほど、尖閣諸島問題のビデオを隠せば隠すほど民主党議員大部分次期総選挙での「完全失業率」が累進税率のごとく高まっていくであろう。

 
 ――――――――――

 
 (閑話休題

 
 
外務大臣の前原誠司は松下政経塾出身の保守系色が強いと思われるが、保守主義者なのだろうか?

 
 答えは
No.

 
 前原誠司がメンバーである「ラ―の会」という超党派議員の勉強会がある。

 
 その主要メンバーは以下のとおり。一目瞭然であろう。

 
 自民党 加藤紘一
元幹事長

 
 自民党 山崎拓
元副総裁(落選中)

 
 民主党 前原誠司
副代表(現外務大臣)

 
 民主党 仙谷由人
元政調会長(現内閣官房長官)

 
 社民党 辻元清美
元政審会長(前国土交通副大臣、20107月に社民党を離党)(出典Wikipedia

 
 ――――――――――
 

20101114日(神戸発)】

エドマンドバークを信奉する保守主義者

 
 保守主義の哲学(雑)
---エドマンド・バーク保守主義者による今日の雑感(平成221114日)-()


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