保守主義の哲学シリーズⅠ-2 (8)‐‐‐バーク保守主義、ベンサム理論を抹殺す‐‐‐その六

ⓖベンサムの人民主権論と代表制民主主義

 ベンサムは国家権力として四つの権力を認めている。①構成権力(選挙権を有する人民主権)、②立法権力、③行政権力、④司法権力である。

 

 ベンサムは言う、

 主権は人民にある。主権は人民によって留保されている。主権は構成権力の行使によって行使される

 「構成権力は立法権力を構成する議員を委任し、これを任用する権限をもつ。かつ、構成権力は議員を解任する権限をもつ」

➡ベンサムの言う「人民」とは「一つの全体であって分割されることはない」。そして「人民は人民以外のもの(=君主や貴族)には服従することはありえない」。

 だから、ベンサムの人民主権とは、諸個人に与えられた主権ではなく、「一つの全体としての人民の一つの主権」である。

 

 そして「一つの人民主権」の正統性は「啓蒙された完全な理性による、人民の世論(=普遍的利益・善悪の共同性)である。可視的にいえば、北朝鮮の「マス・ゲーム」を思い起こして欲しい。あの強制された、全体的統一性のある「世論」である。そこには、個人が自由に行動できる隙間は皆無である。

 また、構成権力に議員の選出権(任用権)のみならず、「解任権」を与えることによって立法議会の「立法が人民の普遍的利益から逸脱していないか」を監視拘束するのである。

 ベンサムは言う、

 「立法権力は二つの他の機関(=行政権力・司法権力)の長任用もしくは解任する権限をもつ」

 「行政権力は、立法権力の制定した法令を執行する権限をもつ」

 「司法権力は訴訟が提起された場合に、立法権力制定した法令を執行する権力をもつ」

➡ベンサムは権力分立論を完全に退けている。行政権力及び司法権力は、立法権力の従属機関である。

 また、立法権力は、行政権力の長(首相)及び司法権力の長(司法長官)の任用権/解任権をもつが首相には立法議会の解散権はないし、司法権の「違憲立法審査権」もない

 なぜなら、ベンサムの『憲法典』は憲法典と名付けながら、上位の「法(法の支配)/コモン・ロー/憲法(立憲主義)」と下位の「国会の制定法(人定法)である法律」の区別が全くない、と言うより「法/憲法」の概念がないからである。

 だから、司法権力に「違憲」立法審査権など存在すべくもなく、立法議会の制定する「法律」の善悪基準は「人民の普遍的利益/世論/善悪の共同性」しか存在し得ないのである。

 「法の支配/コモン・ロー/憲法(立憲主義)」の存在しない「憲法典」これがベンサムの『憲法典』の本質であり、最大かつ最悪の論理矛盾なのである。

ⓗ世論法廷

 ベンサムは言う、

 「世論とは、政府に干渉されずにその個人的利益とその最大限化とをせっせと追求している市民社会の諸個人の大部分の意見を総計したものとして考えられている」

 「こうして、世論法廷は公益を代表する」

 ベンサムは「世論法廷」の機能として①統計的機能、②批判的機能、③執行的機能、④改善勧告機能の四つの機能を挙げている。

 ベンサムは言う、

 統計的機能とは、「それを推奨すべきであるか否かについて判断基準として役立ちうる事実」を人民に提供しようとする機能であり、ここでの事実とは、過去・現在・未来の公的な慣例・法令・制度・処分・手段に関するもの」ないしは「公職者であると否とにかかわらず、何人の行為であれ、公衆の利益に全体として影響を及ぼすと思われる行為に関するもの」である。

第一に、ベンサムの世論の定義において、「政府に干渉されずに、その個人的利益とその最大限化をせっせと追求している市民社会の諸個人・・・」は上記「ⓓの諸個人の特殊利益と人民の普遍的利益の関係」でベンサムが述べていることと矛盾する。

 ベンサムの諸個人は人民の普遍的利益を損なう個人的な特殊利益は「邪悪な利益」であって追求してはならないのである。そのような制限下の社会で個人的利益の最大限化など追求できない

 第二に、「世論法廷」の統計的機能の定義で、「それ(=公職者の行為)を推奨すべきか否かの判断基準として役立ちうる事実」として、「過去・現在・未来の公的な慣例・法令制度・・・」をあげているが、これらはまさに「コモン・ローそのもの」であり、結局、判断基準は過去に頼るしかない証左であるし、ベンサムがコモン・ローの概念を全く理解できなかった証左でもある。

 かれは、コモン・ローの権威ウィリアム・ブラックストーンの講義を聴講して失望し、英国法(コモン・ロー)を「誤魔化しの悪魔」と呼んだが、結局のところ、それは、自分がコモン・ローの概念を理解する能力がなかったことへの「八つ当たり(腹立ち)」としか思えない。

ⓘベンサムの公職者(公務員)観

 ベンサムは『憲法典』において、選挙で代理人(国会議員)に当選した者が、当選直後に選挙民の前で、大声で読み上げる「立法者の就任宣言」の雛形を作成している。

 次の部分は、祖の雛形の中の一部である。

 「私は、この憲法の諸原理を守ろうとする証として、ここに、次のような厳粛な宣言を行う者である。私は、国家の包括的にして、唯一の正しい固有の目的は、社会の構成員の最大多数の最大幸福であることを承認する。・・・また、私は、私がそのうちの一人であるのだが、人民の高等召使いという公職者の立場において、なお一層、特別にこれらの目的を理解しているつもりである・・・そして、私は、これを次のような言葉に要約する者である。『最大多数の最大幸福を最大限化しよう。国民的な生存・豊富・安全・平等を最大限化しよう。公務能力を最大限化しよう。あらゆる形の損失を最小限化しよう』・・・」

 また、ベンサムは、『憲法典』において「首相の地位について、次のように述べている。

 ベンサムは言う、

 「“ミニスターMinister)”はラテン語に由来するもので“召使いservant)”を意味する。行政権力に属する官吏はすべて、そのような意味での“召使い”であり、立法議会によって任用され、かつ、解任されうる立法議会の召使いである。この限りでは、これは、“ミニスター”という言葉にも適用される。ミニスター(=大臣)という官職は、その省内においては、その省に属するその他の官吏の上位者である。これは、『首相Prime Minister)』についても同様なことが言える。首相は、君主制においてはこのような同一の名称をもつ官吏が君主の召使いたちに対してそう(=首位にある)であるように、構成権力(=人民)の直接の召使いたちに対して首位にある者である。したがって、首相の権力は、その他のさまざまの国家権力(最高構成権力、最高立法権力、世論法廷)のうちの権力との関係では従属的権力であるが、その他の権力(=行政機関内の権力、13の省とその大臣)との関係では上位権力である」

➡上記のベンサムの考え方は、完全に間違っているのだが、現在の日本国民の多くも公職者(特に国家公務員や地方公務員)に対して、抱いているある種の感覚・感情(=公僕)ではなかろうか?

 であるのに、選挙で選ばれたとはいえ、同じ公職者である国会議員のことは「先生」と呼ぶ。

 ここで私は、日本国民の多くに存在するこのような感覚正しておきたいため、ベンサムの『憲法典』のこの部分を意図的に抜粋したのである。

 第一に、一般の公職者(試験で採用される国家公務員・地方公務員等)について言えば、彼らは、決して国民の召使いpublic servantなどではない

 

 そもそも“召使い”とは、「雇い主に雇われて、主人の雑用をする者」という意味であるから、召使いが主人の幸福(利益)を最大化したり、幸福(利益)の計画を立てたり、幸福(利益)に干渉することなど許されない

 では、日本の公務員の果たしている役割は「国民の雑用」であろうか。

 公務員には、国家公務員としては、国会議員一般行政職(事務・技術)裁判官自衛官※6など、地方公務員としては、一般行政職(事務・技術)教育公務員(教師)警察職員(警察官)消防吏員(消防官)自治体首長議員などがあるが、これらの公務員が行う職務が、「国民の雑用」であるか、よく考えて欲しい。

 警察官という召使い」がいなくなれば、地方の「雑用」が一つ減って財政に貢献するから良いことだ、で済むのか?

 同様に、「教務公務員という召使い」がいなくなったら(学校がなくなったら)、子供は家庭で親が教育すればいいことだ、で済むのか?

 裁判官という召使い」がいなくなったら、裁判員で裁判するからいいや、ですむのか?

 自衛官という召使い」がいなくなったら、戦時や災害時にどうするのか?

 等々を考えれば、公務員の存在なくして、民間人だけでは絶対に国家(社会)は回転しないということが、よくわかるだろう。

 ということは、かれら公務員が行っている仕事は、「国民の雑用」などでは決してない。彼らは国民の「生命・財産・自由(道徳)」を守るという「国民生活の根幹を支える職務」を行っているのである。

 であるから、公職者(公務員)のことを召使い」「税金泥棒などと思考するのは大間違いの観念である。

 特に「自分たちの税金で飯を食っているくせに」などという発想は最低の嫉妬心品格ゼロの人間性から生ずるものである。そのような発言や態度は厳に慎むべきである。

 確かに彼らは、国民から税金を頂いて俸給をもらっている立場にあるから、税金の使用方法や職務の遂行の仕方については、できる限り、国民に利益還元できるように努めなければならないのは当たり前のことである。

 

 この最低限の認識もなく、最低限の仕事すらできない、いや、国民を欺くような、「社会保険庁の職員」などは、即刻懲戒免職とするべきである。

 しかし、正常な公務員一般は、決して国民の「召使い」などではなく、国民への「奉仕者(サービス提供者)」なのである。

 第二に、“ミニスターMinister)”の原義が“召使い”の意味であるのは真実である。しかし、“Minister”が“大臣”という意味も持つように、あくまで原義の“召使い”とは、君主の召使い・臣下”という意味である。

 ベンサムの言うように、「人民主権」の国家になったら、Minister”がそのまま“人民の召使い・臣下”になると言うのは、馬鹿の戯言である。

 先にも述べたとおり、公職者は国民の奉仕者」ではあっても「召使い・臣下」では決してない

 だから、首相Prime Minister)』は「君主」の臣下の中で首位にある者という意味で、決して国民の臣下という意味ではない。だから『内閣総理大臣』と訳すのが立憲君主制の国家では正しい訳語なのである。財務相は「財務大臣」、国土交通相は「国土交通大臣」、経済産業相は「経済産業大臣」・・・というように、である。

 なお、以上に記した以外にもまだまだ、ベンサム批判のネタはあるのだが、これ以上ベンサムにこだわっていては、「保守主義の哲学シリーズ」が前へ進まないの でベンサムについてはこの辺で終わりにする。 (ベンサム・終わり) 

 なお、エドマンド・バーク保守主義について基礎から知りたい人は、次の私のホームページへどうぞ➡エドマンド・バーク保守主義


※6自衛官の身分について

 自衛隊が軍隊でないのは、自衛官が“軍人”でないからである。“軍人”からなる組織を「軍隊」というのであるから、自衛官という公務員が二十万人集まった自衛隊は軍隊にはなれない。あくまでも警察もしくは警察軍である。この問題は自衛隊法を大胆にいかに改正しても解決しない。憲法第九条がある限り、軍人刑法の制定軍法会議(軍事法廷)の設置ができないからである。

 例えば、警察官のような公務員が職務中に自らに危害を加える相手を殺傷した場合、それは正当防衛であり、違法性が阻却される

 しかし、戦場における敵兵殺害の戦闘が、この違法性阻却の一般刑法の正当防衛でないことは自明ではないか。

 それとも、戦争終了後に、東京地方裁判所の法廷で、戦闘での一つ一つの敵兵殺害一般刑法に照らして、正当防衛か否かの事件として裁くとでも言うのであろうか。すべての軍隊保有国が軍人刑法と軍法会議をもつのは、上記のような問題があるからである。

 つまり、戦争における戦場での軍人による敵兵殺人と平時おける一般刑法上の文民による殺人を明確に「異質のもの」として区分しているのである。

 国際法もまた、この故に国民を三つに分類する。①軍人、②文民(公務員/一般邦人)である。

 正常な国防を法的に妨害しているほとんどのものは、自衛隊法を徹底的に改正すれば何とかしのげるが、軍人刑法の欠如のみは憲法第九条がある限り決して解決しない。自衛隊法をどんなに改正しても、軍人刑法の代替はできない現憲法第九条がある限り、軍人刑法は制定できない。なお、現憲法は、特別裁判所の設置を認めていない(憲法第七十六条第二項)から、軍法会議を設置すべく第七十六条も改正する必要がある。

 また、自衛隊を純・警察だと見なしての「武器使用」を規制する自衛隊法第九十五条を早急に改正する必要がある。その条文は「国際法規・慣例に従うの一行でよい。

 ※現行憲法の問題点や正しい憲法原理・改憲案については、中川八洋 筑波大学名誉教授の著書『国民の憲法改正』(ビジネス社)が参考になると思います。興味のある人はぜひ読んでみてください。

 『日本国憲法』

 第七十六条【司法権、裁判所、特別裁判所の禁止、裁判官の独立】

 1 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属 する。

 2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。

 3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

『自衛隊法』

(武器等の防護のための武器の使用)

 第九十五条  自衛官は、自衛隊の武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両、有線電気通信設備、無線設備又は液体燃料を職務上警護するに当たり、人又は武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両、有線電気通信設備、無線設備若しくは液体燃料を防護するため必要であると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。ただし、刑法第三十六条又は第三十七条 に該当する場合のほか、人に危害を与えてはならない。

(自衛隊の施設の警護のための武器の使用)

 第九十五条の二  自衛官は、本邦内にある自衛隊の施設であつて、自衛隊の武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両、有線電気通信設備、無線設備若しくは液体燃料を保管し、収容し若しくは整備するための施設設備、営舎又は港湾若しくは飛行場に係る施設設備が所在するものを職務上警護するに当たり、当該職務を遂行するため又は自己若しくは他人を防護するため必要であると認める相当の理由がある場合には、当該施設内において、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。ただし、刑法第三十六条又は第三十七条 に該当する場合のほか、人に危害を与えてはならない。

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