保守主義Series-2‐‐‐ E・Burke『フランス革命の省察』に学ぶ;“法の支配”と「権力者の恣意」

 読者の皆さまには、いつも〔=ブログ作成者〕の稚拙な小論をお読み頂き、深く御礼申し上げます。


 さて、今回は、エドマンドバークフランス革命の省察』の中から、短いパラグラフではあるが“法の支配”と「権力者の恣意」についてバークの主張を拾い上げた。


 目も当てられないほどに無様かつ傲慢かつ無能菅直人民主党政権醜態晒し続ける間に、バークの『フランス革命の省察』を拡散しておくことがいずれ、民主党社民党共産党などに破壊的打撃をあたえるであろうことを
〔=ブログ作成者〕は確信して、エドマンドバークの『フランス革命の省察』を真正保守自由主義の立場から正しく翻訳しなおして、逐次ブログに掲載し、日本国中復活させ、拡散していく所存である。


 なお、
邦訳文は、半澤孝麿訳(『フランス革命の省察』、みすず書房)を基礎として、〔=ブログ作成者〕が更訂したものであり、邦訳文中の( )内は〔=ブログ作成者〕が補足説明したものである。


 
It is true that, aided with powers derived from force and opportunity, the nation was at that time, in some sense, free to take what course it pleased for filling the throne; but only free to do so upon the same grounds on which they might have wholly abolished their monarchy, and every other part of their constitution.


 However they did not think such bold changes within their commission.


 It is indeed difficult, perhaps impossible, to give limits to the mere abstract competence of the supreme power, such as was exercised by parliament at that time; but the limits of a moral competence, subjecting, even in powers more indisputably sovereign, occasional will to permanent reason, and to the steady maxims of faith, justice, and fixed fundamental policy, are perfectly intelligible, and perfectly binding upon those who exercise any authority, under any name, or under any title, in the state.


 The House of Lords, for instance, is not morally competent to dissolve the House of Commons; no, nor even to dissolve itself, nor to abdicate, if it would, its portion in the legislature of the Kingdom. Though a king may abdicate for his own person, he cannot abdicate for the monarchy.


 By as strong, or by a stronger reason, the House of Commons cannot renounce its share of authority.


 The engagement and pact of society, which generally goes by the name of the constitution, forbids such invasion and such surrender.


 The constituent parts of a state are obliged to hold their public faith with each other, and with all those who derive any serious interest under their engagements, as much as the whole state is bound to keep its faith with separate communities.


 Otherwise competence and power would soon be confounded, and no law be left but the will of a prevailing force.


 On this principle the succession of the crown has always been what it now is, an hereditary succession by law; in the old line it was a succession by the common law; in the new by the statue of law, operating on the principles of the common law, not changing the substance, but regulating the mode, and describing the persons.


 Both these descriptions of law are of the same force, and are derived from an equal authority, emanating from the common agreement and original compact of the state, communi sponsione republicae, and as such are equally binding on king, and people too, as long as the terms are observed, and they continue the same body politic.6)


 
6) Edmund Burke, “Reflections on the revolution in France”, Dover publications, Inc, pp.18-19.(『フランス革命の省察』、みすす書房、2728頁に対応)


 なるほどある意味において、その(権利の章典の制定)時の、英国民は強制力とそれを振るえる機会とがもたらしてくれた権力の助けに頼めば、王位を補充するのにどのような方針をとるのも自由でした。


 しかしながら、英国民がそうする自由があったとしても、そのことは同じ根拠において、彼らが王制だけでなく、その他すべての憲法原理も全面的に廃止することができたかもしれないという意味に他なりません。


 ところが英国民はそうした(英国憲法の)大改変をすることが、自分達に委任された権限の範囲内にあるとは考えませんでした。


 なるほどその当時、英国議会が行使できた最高権力を、単に抽象的権限として見なせば、そこに制限を設けることは困難であり、恐らくは不可能でしょう。


 しかし、(コモン・ローとしての)道徳的意味での権限と見なした場合の制限――それよりも遥かに疑問の余地無く至高な権力においてすら、時々の恣意を抑えて永遠の道理に従わせしめ、さらに、信義、正義、確固たる根本方針などの不変の行動原理に従わせしめもする制限が何処であるかは、完全に理解可能なのであって、この制限は如何なる名称、如何なる肩書きの下にあれ、国家においていかなる権限を行使する人々をも完全に拘束するのです。


 例えば、上院は下院を解散する権限を(コモン・ローとして)道徳上持ってはいません。


 否それどころか、上院は自らを解散せしめることすらできませんし、たとえ望んでも、英王国立法部内での役割を放棄することもできません。


 国王は、彼自身として退位しようとしても、王制の国王としては退位するなど不可能です。


 同じほど強い理由、否一層強い理由から、下院は自ら分け担っている権限を放棄することはできません。


(文明)社会の約束や契約――それらは通常、憲法と呼ばれています――が、そうした(王国行政部や立法部の権限に対する)侵犯やそうした放棄を禁じているのです。


 国家(=政府)が(国家を構成する)個々の社会組織(→「中間組織」という)との間で信義を保持する義務を負っているのと同じく、国家を構成する諸部分(=中間組織)は、自分達(中間組織)相互の間で、また自分達(=中間組織)との約束の下に何らかの重大な利益を得ている人々(=個人)との間で、公的信義を保持する義務があります。


 さもなければ、(信義を保持する義務を伴う)権限と(義務を伴わない)権力はたちどころに混同され、法は残らず、(その時)支配を揮っている強制力の恣意のみが残るでしょう。


 この原理に則って、王位継承は昔も今も変わりなく、法による世襲継承でした。


 ただ、古き王統においては(不文の)コモン・ローによる継承であったのに対して、新しい王統においてはコモン・ローの原理に従って働く制定法(成文法典)による継承となりましたが、それによって(王位継承法の)実質が何らかの変更を受けたのではなく、(王位継承の)様式が規定され、かつ(王位継承権を有する)人物が明記されただけです。


 コモン・ローと制定法というこれら二種の法は、二つながら同じ強制力を有し、等しい権威に由来しているのであって、国家についての共通の同意と(英国王と英国民との間の王制の)最初の合意――「国家全体の共通の約束」――から発生し、またそのようなものとして、同意事項が遵守され、かつ英国王と英国民が同一の(王制という)政体を継承していく限り、等しく両者を拘束するのです。


【平成
23712日掲載】


エドマンド
バーク保守主義者(神戸発)  

  

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