保守主義Series-3‐‐‐ E・Burke『フランス革命の省察』に学ぶ;憲法の保守と改良

 読者の皆さまには、いつも〔=ブログ作成者〕の稚拙な小論をお読み頂き、深く御礼申し上げます。


 さて、今回
Series 3は、エドマンドバークフランス革命の省察』の中から、“憲法(=国法、国憲、国体)の保守と改良”についてのバークの主張を拾い上げた。


 目も当てられないほどに無様かつ傲慢かつ無能菅直人民主党政権醜態晒し続ける間に、バークの『フランス革命の省察』を拡散しておくことがいずれ、民主党社民党共産党その他の社会主義政党などに破壊的打撃をあたえるであろうことを
〔=ブログ作成者〕は確信して、エドマンドバークの『フランス革命の省察』を真正保守自由主義の立場から正しく邦訳しなおして、逐次ブログに掲載し、日本国中復活させ、拡散していく所存である。


 なお、
邦訳文は、半澤孝麿訳(『フランス革命の省察』、みすず書房)を基礎として、細部を〔=ブログ作成者〕が更訂して理解しやすくしたものである。なお、邦訳文中の( )内は〔=ブログ作成者〕が補足説明したものである。


 
It is far from impossible to reconcile, if we do not suffer ourselves to be entangled in the mazes of metaphysic sophistry, the use both of a fixed rule and an occasional deviation; the sacredness of an hereditary principle of succession in our government, with a power of change in its application in cases of extreme emergency.


 Even in that (if we take the measure of our rights by our exercise of them at the revolution) the change is to be confined to the patient part only; to the part which produced the necessary deviation; and even then it is to be effected without a decomposition of the whole civil and political mass, for the purpose of originating a new civil order out of the first elements of society.7)


 
7) Edmund Burke, “Reflections on the revolution in France” , Dover publications, Inc, pp.19.
(『フランス革命の省察』、みすず書房、29頁に対応)


 我々が机上の空論のような詭弁の迷路の中で惑わされることさえ無ければ、不変の法と一時的な(法からの)逸脱という両者の効用を調和させること


 ――英国の統治における世襲の原理による王位継承の神聖性(=不変の法)と、極度の緊急事態が生じた場合に、その不変の法の適用について変更を加える権限とを調和させること――


 は決して不可能なことではありません。そして、そうした極度の緊急事態においてすら


 〔英国民が自らの権利の程度を、英国民が名誉革命に際して行使した際の権利の程度と比べて判断するならばの話しですが〕、


 変更は疾患した部分、つまり(不変の法から)止むを得ざる逸脱をもたらした部分のみに限定されるべきです。


 更に、その場合ですら、社会の第一要素(=中間組織の紐帯が破壊され、ばらばらのアトムとなった個人)から新規の国家体制を創出する意図をもって私的公的集合体全体を分解する、などということ無しに遂行されねばなりません。


 
Key words and phrases;


 
a fixed rule


 
the change is to be confined to the patient part only


 
without a decomposition of the whole civil and political mass, for the purpose of originating a new civil order 


  ―――――


 
A state without the means of some change is without the means of its conservation.


 Without such means of it might even risk the loss of that part of the constitution which it wished the most religiously to preserve.


 The two principles of conservation and correction operated strongly at the two critical periods of the Restoration and Revolution, when England found itself without a king.


 At both those periods the nation had lost the bond of union in their ancient edifice; they did not, however, dissolve the whole fabric.


 On the contrary, in both cases they regenerated the deficient part of the old constitution through the parts which were not impaired.


 They kept these old parts exactly as they were, that the part recovered might be suited to them.


 They acted by the ancient organized states in the shape of their old organization, and not by the organic moleculae of a disbanded people.


 At no time, perhaps, did the sovereign legislature manifest a more tender regard to that fundamental principle of British constitutional policy, than at the time of the Revolution, when it deviated from the direct line of hereditary succession.


 The crown was carried somewhat out of the line in which it had before moved; but the new line was derived from the same stock.


 It was still a line of hereditary descent; still an hereditary descent in the same blood, though an hereditary descent qualified with Protestantism.


 When the legislature altered the direction, but kept the principle, they showed that they held it inviolable. 8)


 
8) Edmund Burke, “Reflections on the revolution in France”, Dover publications, Inc, pp.19-20.(『フランス革命の省察』、みすず書房、2930頁に対応)


 (極度の緊急事態においてさえ、不変の法の適用において)何らかの変更手段を持たない国家には、自らを保守する手段がありません。


 そうした手段を欠いては、その国家が最も大切に保持したいと欲している憲法の構成要素を喪失する危険すら冒すことになり兼ねません。


 英国に国王が不在となった王政復古と名誉革命という二つの危機的な時期に際して、保守と修正(という変更)の二原理は力強く働きました。


 これら二つの時期に際して英国民は、古来の大建築(=英連合王国、英国憲法)の中にあった統一の紐帯(=英国王/憲法原理)を(一時的に)喪失しましたが、それにも関わらず、建築物の全体構造(=英連合体制/英国憲法の構造)を分解しませんでした。


 それどころか、いずれの場合にも、古い憲法の欠陥ある部分を、損なわれなかった諸部分(=諸憲法原理)によって再生させたのです。


 英国民は、(憲法の)それら古い諸部分を厳格にかつてのままに維持しましたが、それは、再生された部分がそこに上手く適合するためでした。


 英国民は、昔の組織の形のままの、古来に構成された国家単位で行動したのであって、国民がバラバラに分解した一個人単位で行動したのではありません。


 恐らくこの名誉革命の時期――王位の世襲継承が直系の系統から逸脱した時期――にもまして最高権限をもつ立法部が、英国憲法政策の根本原理(である王制、立憲君主制)に対する親愛なる敬意を表明したことはなかったでしょう。


 王位はそれまで辿ってきた系統の外に多少出ましたが、新しい王位の系統は同じ血統(=ジェームス一世の血統)に起源を持つものでした。


 それは依然として世襲相続された系統であり、その世襲相続にプロテスタンティズムという限定が加えられはしたものの、依然として同じ血統の中での世襲相続でした。


 立法部は、(英国憲法の)方向(=王位とその系統)を変更しながらも、その原理(=王位の血統)は保守した時、王位の世襲継承を神聖不可侵(な英国憲法の根本原理)であると判断していることを明示したのです。


 
Key words and phrases;


 
the two principles of conservation and correction


 
On the contrary, in both cases they regenerated the deficient part of the old constitution through the parts which were not impaired.


 
They kept these old parts exactly as they were, that the part recovered might be suited to them.


 
When the legislature altered the direction, but kept the principle, they showed that they held it inviolable.


【平成
23716日掲載】


エドマンド
バーク保守主義者(神戸発)  

  
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ジャンル : 政治・経済

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