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保守主義の哲学シリーズⅡ-8‐‐‐「米国保守主義の父」アレクサンダー・ハミルトンの哲学と米国憲法


「米国保守主義の父」アレクサンダー・ハミルトンの哲学と米国憲法(其の8)

 次に、19世紀の英国において、英国民が君主政体をどう見ていたか、政治思想の上で高く評価されたウォルター・バジョットの『英国憲政論The English Constitution1867年)から一部紹介する。

 「さて、・・・イギリス・・・の憲法には二つの部分がある。・・・その第一は、民衆の尊敬の念を呼び起こし、これを保持する部分である。これをかりに、“威厳をもった部分”と呼んでおこう。

 つぎにその第二は、“機能する部分”である。憲法はこれによって活動し支配しているのである

 ・・・統治機構の“威厳をもった部分”などは必要でないという実際家がいることは、事実である。

 ・・・すなわち彼らにとっては、憲法は政治目的のための政治手段の寄せ集めであると考えられる。

 また、憲法のどの部分であろうともそれが用務を果たしていないとすれば、・・・それがいかに権威や尊厳性をもっていようとも、実際には無価値であると考えられるのである。

 ところが別の論者は、・・・古い統治機構の威厳をもった部分は、機構の中核をなす・・・真に有用性を発揮する大切なかなめであることを立証しようとしてきた」

 「つまり、この二つの学派は、ともに間違っているのである。統治機構の威厳をもった部分は、機構に力を与えるとともに、その力を発動させるものである(=統治機構の力の源泉である)。

 機能する部分は、その力を利用するにすぎない(=威厳をもった部分から与えられた力を利用して機構を実際に作動させる部分である)。

 したがって、機構のお飾り的な部分(=威厳をもった部分)も、必要性をもっているのである。なぜなら、機構の生命力がこれに依存しているからである

「・・・同一の政府に服する被治者全員が、自分たちにとってなにが有用であるかを考えるだけであるなら、また、被治者全員が同じものを有用であると考え、さらに同じ方法によって同じものが与えられると考える(=平等社会)ならば、憲法の機能する部分だけで十分であり、威厳をもった付属物などは必要でないことは明らかである。しかし、われわれの住む(現実の自由)社会は、そう簡単にはできていないのである

Ⅰ内閣より

 「君主は威厳をもった地位にすわっているが、その効用は測り知れないものがある現イギリスにおいて、女王が存在しなければ、政府は瓦解し、消滅するであろう

 「・・・しかしその代わり、憲法という観念を理解できず、具体的な人間の意志と違った法(=憲法、コモン・ロー)というものに、いささかもなじめないような階級をすべて抱え込んでいるのである。

 なるほど多くのものは漠然と、君主以外にも何かの制度があり、君主が統治するに当たって守るべき一定の規則があるということを知っている。

 しかし大多数の人間は、君主以外のどの制度よりも、君主のほうに留意しようとする。

 したがって君主は、測り知れない価値を持っているのである

 要するに、統治形態として、共和制は理解されにくい観念にすぎないが、立憲君主制は理解されやすい観念である」

 「・・・王室という観念もまた、興味深いものである。・・・皇太子(後のエドワード七世)の結婚にイギリス人が示した熱狂ぶりは極度に子供じみていたように思われる。・・・しかし、感情というものは、一般の人間性のありのままの姿を、また、人間性にふさわしい姿を、最もよく示すものである

 「・・・要するに君主制は、興味深い行動をするひとりの人間に、国民の注意を集中させる統治形態である。

 これに対し共和制は、いつも面白くない行動をしている多数の人間に向かって、注意を分散させる統治形態である。

 ところで、人間の感情は強く、理性は弱いしたがって、この事実が存続する限り、君主制はひろく多くの者の感情に訴えるために強固であり、共和制は理性に訴えるため弱体であると言えるであろう

 「・・・イギリス君主制の第二の特徴は、宗教的な力によって政府を補強しているということである。

 ・・・君主は公務を遂行する有用な機関であって、更迭することができ、ほかの者をその地位に据えてもよいということであるならば、畏怖の念をもって、これを神聖視することはできない。

 ・・・大多数の女王の臣民に向かって、女王はいかなる権利に基づいて統治しているのかと問うなら、議会の与えた権利、すなわちアン女王治世第六年第七号法律によって統治しているとは決して答えないであろう。

 かれらは、女王は“神の恩寵”によって統治しているというであろう。かれらは女王に服従する神秘的な義務を負っていると信じているのである。

 ・・・君主制が巧妙に国家全体を神聖化している主たる理由は、君主制の特質の中に求められるべきである。

 しかし、その特質は、多くのアメリカ人や功利主義者から嘲笑の的になっている。

 彼らは、・・・君主制を<余分なもの>であるとし、孤立し超越した政治機構の一部を笑うのである

 「・・・しかしシェイエス(フランス革命時のジャコバン党の煽動屋、著書『第三階級とは何か』)の失敗によって、真の君主制の長所が、極めて明らかになった

 君主が神聖性を保持している場合には、これに触れさせないのが最上の策である。すなわち、君主は(立憲主義の下では)その行為について責任を負わないということを、はっきりさせるべきである。

 また、君主を実際の尺度で、あまり正確に測らないようにすべきである。さらに君主を、孤立した超越的存在にしておくべきである」

 「・・・イギリス君主制の第三の特徴は君主がイギリス社会の頂点に位しているということである。

 ・・・イギリスの宮廷フランスの宮廷とを比較するのは、全くよくない。

 フランスの皇帝は、観念上イギリスの君主と違っている

 皇帝は国家の元首ではない。

 皇帝すなわち国家なのである。

 帝政の理論によると、フランスでは、各人が平等であり、皇帝はこの平等の原則を体現しているとされている。

 皇帝を偉大にすればするほど、皇帝以外のものはますます卑小になり、したがってますます平等化(=貧困の平等化)することになる。

 皇帝以外の者を卑小にするために、皇帝を偉大にするのである

 イギリスの君主はこれと正反対の原理に立っている。

 政治の場で、君主が政争に介入するとその重要な効用を失う(ので政治に介入しない)。

 それと同様に、社会生活面でも君主が自己の豪勢さを見せびらかすようなことをすると、弊害をもたらすことになる。

 ・・・イギリスの宮廷は、互いに競争している不平等な貴族制社会の指導者であるにすぎない。宮廷は壮麗さによって、他を見下そうとするのではなく、その向上を刺激しようとしている

 「・・・イギリス君主制の第四の特徴は、イギリス人が君主を道徳の指導者として考えるようになっているということである。ビクトリア女王やジョージ三世の徳行は、民衆の胸に銘記されている。

 このため、イギリス人は、当然に有徳の君主をいただけるものと信じ、また君主は玉座にあって万民に卓越しているように、家庭道徳面でもおそらく立派にちがいないと信じるようになった」

 「最後にイギリス君主制の特徴として注目すべき点は、立憲君主が独特の機能を演じていることである。

 ・・・できたばかりの議院内閣制は、難局に処するには弱体である。・・・このような場合に、世襲君主のもつ伝統の力は測り知れない効用を発揮する。

 ウィリアム三世の非凡な能力がなかったなら、名誉革命後の数年間を無事切り抜けることはできなかったであろう

Ⅱ君主より

 以上のバジョットの考察によれば、少なくとも19世紀中期の英国において立憲君主制は英国臣民から充分に支持されており、むしろ君主制はひろく多くの者の感情に訴えるために強固であり、共和制は理性に訴えるため弱体であるとしている。

 この点からも、君主制であっても、“法=コモン・ローの支配”が確立していれば、必ずしも、暴政的な専制政治になるとは言えないことが解る

 逆に“法の支配”の確立していない革命フランス共和国のような「人民主権」の共和制の方が、超暴政的な専制政治であったことを歴史の事実は教えている

 次に、貴族制及び貴族についての認識について同じく『英国憲政論』より、引用する。

 「貴族院――むしろ貴族というほうがよい――の威厳の力は、非常に大きな効用をもっている

 かれらは、君主ほどの尊敬を受けてはいないが、やはり相当大きな尊敬を受けている 

 貴族階級の役割は、一般民衆の心の中になにものかを植え付けることである。植え付けるものは、必ずしも虚偽ではなく、いわんや有害なものでもない

 貴族は民衆の鈍重な想像力に、貴族であればこそといえるような、なにものかを植え付けるのである。

 大多数の人間の空想力は、・・・貧弱である。・・・目に見える象徴がなければ、なにも理解できない。

 ・・・貴族は、知能の象徴である。・・・大多数の者は、・・・現在もやはりそのように考えている

 「なお、貴族階級は、服従感覚をつくり出すだけではなく、それを防止することでも大いに役立っている貴族は、富の支配すなわち、黄金崇拝を防止している

 富がアングロ・サクソン人の偶像であることは、疑いのないところであり、またそれは当然とも言える。

 ・・・しかし、多くの国において、富の崇拝は適度をはるかに通り越している

 ・・・単に巨富そのものをうらやましがり、愛好するのである

 ところがイギリスでは、貴族制度がこのようなことを防いでいる

 気の毒なことに、百万長者がイギリスほど不自由に暮らしている国はどこにもない。

 ・・・財力とは違った別の優勢な権威によって富が押さえつけられているのである。いな、脅迫されている、と言った方がよい。

 ・・・黄金崇拝も地位の崇拝も同じである、といわれるかもしれない。

 かりにこの理屈を認めるとしても、やはり二つの偶像をもっていることは、社会にとって非常に結構なことである

 偶像崇拝の競争をすると、本物の方が勝利を占めるからである

 しかし、地位の尊敬、少なくとも世襲的な地位の尊敬が、黄金崇拝と同様に卑しいというのは当たらない

 これまでの経験によると、礼儀作法は、ある身分層(=世襲貴族層)では半ば世襲的に受け継がれてきている

 礼儀作法はすばらしい芸術の一つである。それは、社会の品格を示すものである

 ・・・富を尊敬することによって、人間ではなく人間の付属物を尊敬しているのである。

 世襲貴族を尊敬することによって、貴族が所有していると思われる偉大な能力――貴族の持っているなにものかを示す能力(=気品と礼儀作法)――を尊敬しているのである

 このパラグラフの最後で、バジョットが言いたいことを少し補完しておくと、「貴族階級でなくても気品ある生活を送っている人間は沢山いるだろうし、礼儀作法をよく心得ている人間もどこにでもいる。

 しかし、その『気品ある』とか『礼儀作法を心得ている』とか言う時のその『気品』『礼儀作法』の基準はどこから発するのかと問えば、それは当然『貴族階級』の体質(本質)の中から発するのである」ということを言っているのである。

 また、二院制(上院=貴族院、下院=庶民院/衆議院)についてバジョットは次のように述べている。

 「一般的にいって、完全な下院(庶民院/衆議院のことであるが、以後、衆議院で統一する)ができると、上院はほとんど無用になるというのは確かである。

 イギリスにおいても、完全に国民を代表する理想的な衆議院ができて、常に節度を守り、感情に走らず、政治に専念できる余暇をもった人材を擁するようになるなら、また、遅くとも確実に手順を踏んで熟慮することを忘れないようになるなら、上院のごときものは必要でなくなることはいうまでもない。

 衆議院の任務は立派に遂行されるので、監視や修正のための機関などを必要としなくなるのは当然のことである。

 ・・・しかし、現実の衆議院を見ると、修正機能をもち、また政治に専念する第二院を並置しておくことは、必要不可欠とはいえないにしても、きわめて有益であるといえる

 現在のところ衆議院において、・・・多数派は、意のままに法律をつくることができる

 もちろん大問題については、衆議院全体は非常に忠実に世論を代弁している。

 また、小さな問題についても、その判断は議院構成上の隠れた長所によって、驚くほど妥当かつ正確である。

 しかし、突然団結して利己的な行動に出る危険性があるこれはこの種の議院にはありがちなことである

 ・・・つまり、邪悪な利欲に駆られた恐るべき勢力が、何かの機会に、しばらくの間衆議院を完全に掌握する可能性が常に存在している

 したがって、衆議院と対抗する性格をもち、これと構成を異にし、邪悪な勢力が支配するような可能性を根絶する第二院を設けることは、きわめて必要であると言える

 

 「貴族院は、一個の組織体としては社交によってあやつられない。この事実は、現在軽視できない問題になっている。

 衆議院議員の多くは、他の手段では堕落させられることはいが、この社交上の籠絡という最も悪質な手段には弱いのである。

 ・・・しかし貴族は、社交によって籠絡する側であっても、籠絡される側ではない

 かれらは籠絡するほうであるから、堕落させられることはない。

 また、彼らは選挙区を持たないので、これを恐れる必要もなく、またこれにへつらう必要もない

 かれらは、国中のどの階級よりも、公平で冷静な判断を下す最上の資格をそなえている

 ・・・要するに貴族院は独立性をもっているので、(法案の)公正な修正を行うことができ、またその地位からして、効果的な修正を行うこともできるのである

 以上に述べたことは、貴族院の大きな長所である。優れた第二院をつくるのが困難であること、また、イギリスの第一院の現状から見て、第二院が大いに必要であることを考えると、このような長所に感謝してもよいであろう

Ⅳ貴族院より

 ここで、バジョットが言いたいことは、完全な下院(衆議院)などあり得ないし、現実の衆議院を見ても、そのような可能性は見当たらない。

 それどころが、逆に、衆議院の方が「邪悪な利得」に駆られた勢力に突然支配される可能性を孕んでいるし、社交上の籠絡という手段に弱い

 社交によって籠絡させられず、選挙区も持たない貴族院は、公平で冷静な判断を下す最上の資格を備えている。

 ゆえに、「一般国民から選出される衆議院」と構成の異なる「世襲議員からなる貴族院」の存在は極めて必要なものである、ということである

ハミルトン保守主義は、次回Ⅱ-9へ続く


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