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近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第二回)

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  江戸時代の末からこのかた百数十年のあいだ、日本外交の基軸は「親英米〔親アングロサクソン〕」か「親ロシア〔親スラブ〕」か、の二極に分裂するかのように揺れてきた。

 

 そして、親英米の外交路線をとると日本の国運の隆盛がもたらされ、親ロシアの路線は日本に破局をもたらすのが常であった。


 ペリー来航〔1853年〕の幕末より明治維新をへて日清・日露戦争の勝利を手にして第一次世界大戦後の日英同盟破棄〔1921年末〕までの70年間の歴史は、昇竜の如く極東の小国が西洋列強と肩を並べるという栄光の輝ける歴史でもあった。


 しかし、日英同盟なきあとに日ソ基本条約〔1925年〕に代表される親ロシア政策への本格的な傾きは、親英米路線の枠組みの維持のための最後の努力ワシントン体制からの離脱とすらなって〔1936年〕、いっきに「反英米」と「親露」という、幕末からの日本外交の基本と伝統とを逆さまにしてしまった。


 そして、日本は国家滅亡の坂を転がり落ちることになった。反英米路線への決定的な選択とは、日独伊三国同盟条約〔1940年〕であった。


 親露路線への総仕上げというべきは、日ソ中立条約〔1941年〕であった。


 つまり、この日独伊三国同盟条約と、日ソ中立条約の締結とは、米国のグル―駐日大使に「民族ハラキリ」と嘆息させた真珠湾攻撃につながっており、当時の超大国の米国と世界のリーダーである英国の双方に対して戦争するという、“国家の自殺”しかない狂気の道をみずから選択したのであった。


 この基本構図は多くの日本人が知る所であるにもかかわらず、親露主義もしくは対露宥和主義は、強い影響力をもってしばしば抬頭しては、日本の外交的な過ちを何度も繰り返すのである。


 ・・・このため、日本は何度でもロシアに騙されて領土を次から次に奪われ続けるという失策を繰り返すのである。


 また、日本が明確な親英米〔反露〕に全体として合意するのはロシアから悪逆非道な仕打ちをうけたその体験の直後ぐらいに限られている。


 (これを)ビスマルク流に言えば、日本人は歴史に学ばず、体験に学ぶ愚者ということになる。

 (以上、中川八洋『近衛文麿とルーズヴェルト---大東亜戦争の真実』、PHP研究所204206頁より抜粋)


 →近衛文麿【共産主権】が主導た大東亜戦争の真実(第回)


 
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 →
近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第1回)


 
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