保守主義の哲学シリーズⅡ-9‐‐‐「米国保守主義の父」アレクサンダー・ハミルトンの哲学と米国憲法


「米国保守主義の父」アレクサンダー・ハミルトンの哲学と米国憲法(其の9)


(3)「名誉ある徳性国家」の創造――国家の名誉・国家の品格

 

国家の名誉は国家の命

 

 パワー・ポリティックスに長じた外交の達人でありながら、マキャヴェリ的な権謀術は、ハミルトンの拒否するものであった。

 

 ハミルトンは国家の名誉とか信義とかをとてつもなく重んじたからである。

 

 その意味では、ハミルトンは「非マキャベリ的」であった。

 

美徳もしくは道徳性は、民選政府に欠いてはならない源泉である、とは全くの真実である」という彼の道徳的義務感からしても当然であろう。

 

 むしろハミルトン外交は武士道騎士道を彷彿とさせる。次のようなハミルトンの主張は、西郷隆盛の『南洲翁遺訓』そのものであろう。

ハミルトン曰く、

 

国家とは絶対的な不名誉に対しては意気地なく屈従してはならない、どんな災厄に遭遇しようとも戦うべきであるという格言こそ健全である

 

 なお、西郷隆盛は次のように述べている。

 

 西郷隆盛曰く、

正道を踏み国を以て斃(たお)るるの精神無くば、外交交際は全(まった)かる可からず。彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に従順する時は、軽侮を招き、好親却って破れ、終に彼の制を受くるに至らん

正しい道を踏んで、国を賭けて倒れてもやるという精神がなければ、外国との交際はうまくいかないであろう。外国の強大なることに縮みあがってしまって、ただただ円滑に収めることを主として、自国の意思を曲げて言うままになって従う時は軽蔑を招き、親しい交わりをするつもりがかえって壊れ、ついには外国の制圧を受けてしまうのである

 

談国事に及びし時、慨然として申されけるは、国の凌辱さらるるに当たりては、縦令(たとい)国を以て斃(たお)るる共(とも)、正道を践(ふ)み義を尽くすは政府の本務也。然るに平日金穀理財の事を議するを聞けば、如何なる英雄豪傑かと見ゆれ共(ども)、血の出る事に臨めば、頭を一処に集め、唯目前の笱安(こうあん)を謀るのみ。戦いの一字を恐れ、政府の本務を墜(おと)しなば、商法支配所ともうすものにて更に政府に非(あら)ざる也

 

)話が国のことになったときに、嘆いた口ぶりで言われるには、国が外国から辱められるときはたとえ国全体で立ち向かって負けても言い分を通して道義をつくすのが政府の本務である。しかるに、いつも金銭、穀物、財政などの議論をするのを聞いていると、その人たちはいかなる英雄豪傑かと思われるようであるけれども、実際に血が流れるようなことになると、頭を集めてただ目の前の一時的な気休めの平和をはかっているだけである。戦いという一字を恐れて、政府本来の任務を落とすようなことがあったならば、商法支配所というもので決して政府というべきものではないのではないか。

 

なお、少し余談になるかもしれないが、『南洲翁遺訓』の中から、私の選んだ部分をほんの少しだけ紹介する。

 

米国建国(1789年)から約80年後の1868年から始まる明治日本建国に大きく関わった、武士道を極めた西郷隆盛という偉大な人物の思想(物の考え方・見方)をほんの少しだが、紹介したいためである。

 

西郷隆盛曰く、

 

節義廉恥を失いて、国を維持するの道決して有らず、西洋各国同然なり。上に立つ者下に臨みて利を争ひ義を忘るる時は、下皆之に倣(なら)ひ、人心忽(たちま)ち財利に趨(はし)り、卑吝(ひりん)の情日々に長じ、節義廉恥の志操を失ひ、父子兄弟の間も銭財を争ひ、相讐視(しゅうし)するに至る也。此の如く成り行かば、何を以て国家を維持する可きぞ。徳川氏は将士の猛(たけ)し心を殺(そ)ぎて世を治めしか共、今は昔時(せきじ)戦国の猛士より猶(なお)一層猛き心を引き起こさずば、万国対峙は成る間敷(まじき)也

 

道義心や恥を知る心を失っては、国を維持する方法は決してありえない西洋の各国でもみな同じことである。上に立つ者が下に対して自分の利益だけを求めて、正しい道義を忘れる時は、下の者も上の方にならって、人の心はみな金儲けばかりの方に向いてしまって、どんどん卑しい心が強くなり、道義だとか恥といったような道徳を失い、親子兄弟の間でも財産争いをし、お互いに敵視するにいたるのであるこのようになっていったならば、何を以て国家を維持することができましょうか。徳川家は武士の猛き心をなくさせて世の中を治めたけれども、今は昔の戦国の勇猛な武士よりもなおいっそう勇猛な心をふるい起さなければ、世界のあらゆる国と相対することはできないのである

 

広く各国の制度を採り開明に進まんとならば、先づ我国の本体を据ゑ風教を張り、然(しこう)して後徐(ゆるや)かにかの長所を斟酌(しんしゃく)するものぞ。否(しか)らずして、猥りに彼れに倣ひなば、国体は衰頽(すいたい)、風教は萎靡(いび)して匡救(きょうきゅう)す可からず。終(つい)に彼の制を受くるに至らんとす

 

広く諸外国の制度を採り入れて、文明開化を目指して進もうとするならばまずわが国の国体をわきまえて、風俗を正しくし、そして徐々に外国の長所を考えて採り入れていくべきものであろうぞそうでなくして、みだりに外国の真似をするならば、日本の風俗は廃れて、救い難い状態になって、遂には外国に制せられ、国を危うくするであろう

 以上(渡辺昇一 上智大学名誉教授 著『南洲翁遺訓を読む』、致知出版社より

 

 さて、話をハミルトンに戻す。“国家の名誉”とか“国家の品格”論を展開することにおいてハミルトンが世界的に最高水準の保守主義者であることが解る。独立戦争たけなわの1778年、まだ21歳の若年においてすら、ニューヨーク州知事宛てに、アメリカを去った王党派(英国本土派)の没収財産の返還をしない、米国側のサラトガ協定違反に関し、「“国民の品性”を保持することに悪い結果をもたらす」と抗議している。

 対外政策には欠いてはならぬ国民の品性”という要素を正しく加味している。

 

 ハミルトンの新生国家アメリカの国家の生きる指針としての“国家の名誉”重視は1797年、ピッカリングに「私は不名誉に身を委ねるのであれば、死を選ぶ」と述べているように死ぬまで不変であった。

 騎士道が道徳・倫理の規範の一つであった封建時代を理想の文明社会と考えていたバークと、何とも一卵性双生児のごとき、騎士道・武士道の倫理観の持ち主であった。同じ頃次のようにも書いている。

 

 ハミルトン曰く、

 

国家の名誉は国家の命である。もし意識して国家の名誉を遺棄するとすれば、それは政治的な自殺行為に他ならない

 ハミルトンの精神には、世界に誇る、かつての日本の武士道の真正の倫理と共通するものが、力強く息づいていたのである。


ハミルトン保守主義は、次回Ⅱ-10へ続く


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