保守主義の哲学シリーズⅢ-5-2‐‐‐(その5:第2章-③-2)『古事記』の序章

 


 (バーク保守主義:その3-③-2)

第2章バーク「偏見(=古きものへの尊敬の念)」の哲学「理性の完成(完全)主義」の否定・「人間の意思(知力)=神託」主義の排撃

第四節「神の意志(神慮)」への畏怖/讃嘆/慎みの念―――「真正の社会契約」

『古事記』にみる日本神話


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『古事記』(序章の紹介)


 天地(あめつち)のはじめ 其の一

 天地(あめつち)のはじめ・高天原(たかあまはら)・天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)

 「天地(あめつち)の初発(はじめ)の時、高天原(たかあまはら)に成りませる神の名は、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)。次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ)。次に神産巣日神(かみむすびのかみ)この三柱(みはしら)の神は、並独神(みなひとりがみ)成りまして身(みみ)を隠(かく)したまいき。」

 天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)とは、大宇宙の限りない調和を保つ叡智そのもの(=神の深慮)。生命あるものすべてを育む慈愛である。

 天空から地中の果て、太古から未来永劫、あらゆる所、あらゆる生き物の中にも、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)は生きて働いている。

 全智全能、無限力の善意そのものである。

 日本国の古代の祖先たちは、この大宇宙を動かす、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)に生かされて生きているもったいないことありがたいことうれしいことであると感謝して生きていた

 四季の移ろいもみな、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)の働きであると、純粋で誠の心そのままに生きていたのである。

 古代の祖先たちが、この最も尊いこの姿の見えない=不可視の、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)を自分たち人間の身近に感じられるよう、可視的に見立てた神が、いわゆる太陽神天照大御神(あまてらすおおみかみ)」であった。

 古代の祖先たちは、天照大御神(あまてらすおおみかみ)こそ、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)がこの世に可視的に姿を現してくださった神であると考えた。

 なぜなら、お日様が天から照らして下さるからこそ生きものは生きていられる自分たち人間はみんな、男は日子(ひこ)女は日女(ひめ)だと信じていた

 これこそが、古代日本人が直感した、すばらしい真理なのである。

 人間とは、自己の力のみでは生きていられない。大いなる、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)から、命を分け与えられて生かされている

 大宇宙の小宇宙が人間、自分なのであり、全智全能、無限力の善意そのものである天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)様が、自分の身体にいまして生かしてくださっている、との正しい人生観と、その延長としての正しい宇宙観/世界観が日本神話を底流しているのである

 「日本神話」とは、単なる仮構の神々の作り話にすぎないとか、天皇(皇室)を正統化するための手段にすぎないなどという、無神論的あるいは唯物論的なデカルト流「設計主義的合理主義」という貧困な観点をもって、棄却できるものでは決してない

 「日本神話」という日本の神々の物語の中に含蓄されている、無尽蔵の真理(=神慮)を観取し、それを活かして生きることが大切なのである。

 「日本神話」において、日本人の祖先とは、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)の命を分け与えられた、日子(ひこ)、日女(ひめ)であると教えてくれている

 (神より分け与えられた命を「分け命」と言う。) 

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 しかし、戦後日本では、ダーウィンの進化論を信仰し、人間の祖先はサルであったとか、それより少しましな猿人であったと、ドンと獣におとして、その獣の「権利」が一番大事だと教え、獣に「道徳」など必要ないと道徳教育を一切してこなかった

 これでは、何の背徳感もなく「援助交際」をする女子中高生が蔓延したり、学級崩壊が起こったり、ちょっとしたことですぐキレる子供が増加したり、インターネットの裏サイトで他人を誹謗中傷するのが常習化したり、些細なことで親を殺す子供が増えたりするのも、当然の帰結ではないだろうか。

 正常なる読者の皆さん、冷静によく考えてみてください。

 「私たち日本人の祖先が、サルであった。」と聞いて、嬉しいですか。

 それとも「日本人は、最高神である天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)=天照大御神(あまてらすおおみかみ)から分け命を頂いた古代日本人の子孫である」と聞く方が嬉しいですか。

 正常なる文明社会の日本人なら後者を選ぶはずである

 そもそも、ダーウィンは、「進歩主義」のハーバート・スペンサー18201903年)の直系の弟子であり、初めに「進歩ありき」からスタートしてそれを生物学に強引にあてはめたと考えられなくもない。

 なぜなら、ダーウィンの進化論の大前提である「適者生存」(=「自然選択」=「自然淘汰」)はスペンサーの造語であり、それを『種の起源』(1859年)の中で駆使しているからである。

 ダーウィンの進化論は『種の起源』(1859年)で有名であるが、『昆虫記』(1878年)で有名なファーブルは『種の起源』の反対論者であった

 また、「人間の祖先がサルである」という推論は、一般に『人類の起源』と呼ばれる『人間の由来、ならびに雌雄選択』(1871年)で強調されたが、現在では、人間は数百万年前の原人から発展したとは言えても、サルから進化したというのは遺伝子学で科学的に虚偽であると証明されている

 なお、「進歩主義マルクス/エンゲルスの手を通じて「進歩の宗教」「進歩史観」に完成されていく過程にあって、それと同時代に併行して「進化」の神話を世界の常識と化していったのである。

 しかし、日本国には、「日本神話」に基づいた古代日本の祖先が観取した固有の世界観が存在し日本人には、自分のうちに大宇宙の理(ことわり)に則った、すばらしい文化、血統が流れ続いている

 それらを祖先から世襲(相続)されて自分に伝承され、それゆえに、子孫に語り継いでいこうと考える時、我々日本人は「言霊(ことだま)の幸(さきわ)う国」の正統(正常)な日本国民となるのである。


 造化三神(ぞうかさんしん)

 『古事記』(712年)の序に、「乾坤(けんこん)初めて分かるるとき三神造化(さんしんぞうか)の首(おびと)と作(な)り・・・」とあることから、この、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)高御産巣日神(たかみむすびのかみ)神産巣日神(かみむすびのかみ)宇宙万物を創造する神、つまり造化三神ぞうかさんしん)と呼ばれる。(※乾坤(けんこん)とは、天と地。陰と陽。のこと。)

 「太古の昔、果てしなく広い暗がりが続き、天と地とも区別がつかず、ただ下の方はどこまでも暗い海と泥ようなもの、上の方には黒い雲のようなものが篤く垂れこめていた。

 ある時、天上の極めて高い所から、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)の天地の始まりを告げる荘厳雄大な声が鳴り響いて、四方八方に満ち渡った。

 変幻自在の天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)が、宇宙のすべてのものを産みだすために、遥か天空から陽の働きをする高御産巣日神(たかみむすびのかみ)に姿を変えて顕れた。

 神産巣日神(かみむすびのかみ)も天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)が姿を変えて深い海の底と泥のようなものの底から陰の働きをするために顕れた。」

 “産巣日(むすび)”とは、高御産巣日神(たかみむすびのかみ)の明るい智恵の光をうけ、神産巣日神(かみむすびのかみ)の慈愛の温もりによって、万物が創造されるということを意味する。

 つまり、「産巣日(むすび)」とは「創造すること」である。

 我々の日本古代の祖先は、創造とは、産巣日(むすび)=産霊(むすび)のことを意味し、物質を産むのではなくまず先に、目に見えない霊、魂(=高御産巣日神と神産巣日神)を産むことだと直感で知っていたのである。

 そして古代の祖先は、不可視であるが、善のみで満たされた高天原の天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)の世界にあるものが、目に見える世界に出現されることを感知していたのである。

 「身(みみ)を隠(かく)したまいき」とは、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)は一つの決まった姿ではなく変幻自在な存在であるが、確かに存在する自在の無限力天地の理正しい真理・法則であり人間には不可視である、という意味である。


 天地(あめつち)のはじめ 其の二

 別天神(ことあまつかみ)

 「次に国(くに)稚(わか)く、浮脂(うきあぶら)の如くして久羅下(くらげ)なすただよえる時に、葦(あし)芽(かび)のごと萌(も)え騰(あが)る物に因(よ)りて成(な)りませる神の名は宇麻志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)次に天之常立神(あめのとこたちのかみ)

 この二柱(ふたはしら)の神も並(みな)独神(ひとりがみ)成りまして身(みみ)を隠したまいき。

 上の件(くだり)、五柱(いつはしら)天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)・高御産巣日神(たかみむすびのかみ)・神産巣日神(かみむすびのかみ)・宇麻志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)・天之常立神(あめのとこたちのかみ)>の神は別天神(ことあまつかみ)。」

 天地が始まった時、不可視の神の世界可視の現世(物質界)も含めて、どんなに暗く、どんなに汚いところにも隅々まで善を満ち渡す善なる神、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)が顕れた。

 そして、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)は高御産巣日神(たかみむすびのかみ)に姿を変え天の上遥かたかいところ、また、神産巣日神(かみむすびのかみ)に姿を変え、深い海の底と泥のようなものの底の上下両方から、すべてのものが和して仲良く楽しく生きられるように希望を込めて叡智の霊力を働かせ、ようやく可視の現世(物質界)天と地に分れようとしていた

 天上から眺める下界は、まだ空か海かわからぬ状態で、どろどろとした脂の固まりが、暗い無数の気となって海月(くらげ)のように、漂い、しっかりと固まったところが見当たらない。

 しかし、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)が発する、明朗で厳かな天地創造の言霊(ことだま)が、力強く鳴り響き、可視の現世まで聞こえてきた。

 するとまだ固まりきらないドロドロとした脂の固まりの中から、細い葦の若芽のようなものが芽吹き萌えでてきた

 さらに別の脂の固まりからはカビの胞子のようなものが、無数に姿を現してきた実に勢いよく見事な生命の顕現であった

 これは、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)が姿を変えた、宇麻志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)霊力の働きによるものであった。

 それは、これから先の様々で無数の生命の誕生を予言する、生命の讃歌を奏でているようであった。

 “うまし”とは、この上なく美しく善い有様を言い、生命の力強さを敬い、いとおしむ思いが、神の名にこめられている

 また、天は永遠に天であり続け、天がドサッと落ちてきて地にぶつかることがないように常に支えているので、すべての生きものは、安心して生の営みを謳歌するようにと天之常立神(あめのとこたちのかみ)は慈愛の心を見せてくれるのである。

 天之常立神(あめのとこたちのかみ)はその名のとおり永久不変に常にしっかりと立ち続ける神である。

 造化三神<天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)・高御産巣日神(たかみむすびのかみ)・神産巣日神(かみむすびのかみ)>宇麻志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)・天之常立神(あめのとこたちのかみ)>を併せて別天神(ことあまつかみ)と言う。

 天地大宇宙を永遠に創造しつづける最も尊い神々である。

 この五柱(いつはしら)(柱は神を数える言葉)の神々は、大宇宙の可視の世界(現世/物質界)不可視の神の世界に、姿は見えないが無限の姿となって顕れている、霊妙で奥深い理法神の道理(神慮)正しい道理神の名として示しているのである。

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  天地(あめつち)のはじめ 其の三

 伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)の誕生 天沼矛(あめのぬぼこ) おのごろ嶋(しま)

 「次に成(な)りませる神の名(みな)は、国之常立神(くにのとこたちのかみ)

 次に豊雲野神(とよくもぬのかみ)。この二柱の神も独神(ひとりがみ)成(な)りまして、身(みみ)を隠したまいき。

 次に成(な)りませる神の名(みな)は、宇比地邇神(うひぢにのかみ)次に妹(いも)須比智邇神(すひぢにのかみ)

 次に角杙神(つぬぐいのかみ)次に妹(いも)活杙神(いくぐいのかみ)

 次に意富斗能地神(おおとのぢのかみ)次に妹(いも)大斗乃辨神(おおとのべのかみ)

 次に於母陀流神(おもだるのかみ)次に妹(いも)阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)

 次に伊邪那岐神(いざなぎのかみ)次に妹(いも)伊邪那美神(いざなみのかみ)

 上のくだり、国之常立神(くにのとこたちのかみ)より、伊邪那美神(いざなみのかみ)まで、あわせて神代七代(かみよななよ)ともおす。

 <神の二柱(ふたはしら)は独神(ひとりがみ)おのおのも一代ともおす。次にならびます十柱(とはしら)は二神あわせて一代ともおす。>

 ここに、天神(あまつかみ)、もろもろの命(みこと)もちて、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)二柱(ふたはしら)の神に『このただよえる国を修(つく)り理(おさ)め固(かた)め成(な)せ』と詔(のりご)ちて、天沼矛(あめのぬぼこ)を賜(たま)いて言(こと)依(よ)さし賜(たま)いき。

 かれ二柱(ふたはしら)の神、天浮橋(あめのうきはし)に立たして、その沼矛(ぬぼこ)を指(さ)し下(おろ)して、晝(か)きたまえば、塩こおろこおろに晝(か)き鳴らして引き上げたまう時に、その矛の先より垂(したた)り落つる塩、かさなり積りて嶋(しま)と成る。これ、おのごろ嶋(しま)なり。」

 天地が始まった時、まず、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)が顕れられた。

 次に、高御産巣日神(たかみむすびのかみ)・神産巣日神(かみむすびのかみ)が顕れられた。

 次に、宇麻志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)と天之常立神(あめのとこたちのかみ)とが、五柱(いつはしら)の別天神(ことあまつかみ)になられた。

 その次ぎに国之常立神(くにのとこたちのかみ)がなられた。

 国之常立神(くにのとこたちのかみ)は、広々と果てなく続く海の中に、どっしりとした広大な陸地を現そうと働かれた

 天之常立神(あめのとこたちのかみ)国之常立神(くにのとこたちのかみ)一対の神であり、我々の祖先はこれらの善なる神々が、天は永遠に天であり、地は永遠に地であるように天地を支え続けてくださるから安心して暮らせるのだ。ありがたいことだ、もったいないことだ、美しい謙虚な気持ちで自然に接したため、神の道理(神慮)を享受して正しい道理を生きることができたのである。

 次に豊雲野神(とよくもぬのかみ)がなられた。

 古代日本の祖先たちは、まるで天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)のように、天に浮かび、様々に変化して現れてくる、雲というものの中に不可視ではあるが、確かに存在する神を直観したのであろう。

 また、雨を降らし、野原や草原や森林に豊穣を与えてくれる神の慈愛や生命、神の叡智感謝の祈りを込めて豊雲野神(とよくもぬのかみ)の名を奉ったのであろう。

 そして、“清き明き心”を持つ古代日本の祖先たちは、不可視であるが、霊妙な働きをされる、五柱(いつはしら)の別天神(ことあまつかみ)や国之常立神(くにのとこたちのかみ)や豊雲野神(とよくもぬのかみ)を、天を仰いで想い、感謝し喜ぶことを忘れずに暮らしていたのであろう。

 次に成られたのが、宇比地邇神(うひぢにのかみ)妹(いも)須比智邇神(すひぢにのかみ)である。

 これまで顕れた神々は、みな独り神(単独の神)であったが、妹(いも)は男性が自分の恋人や妻をさして言う言葉であり、宇比地邇神(うひぢにのかみ)と妹(いも)須比智邇神(すひぢにのかみ)は夫婦神双神(ならびかみ)である。

 宇比地邇神(うひぢにのかみ)の“宇(う)”は、“浮く”“比地(ひぢ)”は“泥・どぶどろ”の意味である。従って、宇比地邇神(うひぢにのかみ)とは“海に浮き漂う泥の神”である。

 また、妹(いも)須比智邇神(すひぢにのかみ)の“須(す)”は、“洲・砂・しずむ”、“比智(ひぢ)”は“泥・どぶどろ”の意味である。従って、妹(いも)須比智邇神(すひぢにのかみ)とは“海に沈澱して溜まった土砂の神”である。

 ただし、“比地(ひぢ)”や“比智(ひぢ)”の“比”には、“霊妙なる”という意味があり、泥には生き物を発生させ、繁殖させる不可視の霊妙な力が込められているので、“泥”とは単なる汚い“泥”という意味ではなく“霊妙な力の潜在する泥・神聖な泥”と解釈すべきである。

 宇比地邇神(うひぢにのかみ)と妹(いも)須比智邇神(すひぢにのかみ)の二神は、生まれたばかりで大海を浮遊している泥や、海の底に沈殿して溜まっている土砂でできた大地を固めたり乾かしたりされた神々である

 次に角杙神(つぬぐいのかみ)。次に妹(いも)活杙神(いくぐいのかみ)夫婦神が成られた。

 ぐんぐんと角を出す<=角杙(つぬぐい)>生き物草木が芽を出し伸び育っていく力<=活杙(いくぐい)>を蓄える神々として顕れた。

 次に、意富斗能地神(おおとのぢのかみ)妹(いも)大斗乃辨神(おおとのべのかみ)夫婦神が成られた。

 広大な大地が山をなし、原野が広がり、意富斗能地神(おおとのぢのかみ)と妹(いも)大斗乃辨神(おおとのべのかみ)は収まる所にすべてが収まったと喜ばれた

 次に於母陀流神(おもだるのかみ)妹(いも)阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)夫婦神が成られた。

 於母陀流神(おもだるのかみ)の“於母陀流(おもだる)”は、“面足る”の意味で、見事な地面が出来上がり満足して阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)と共に天の恵みを喜び、「あやにかしこ(ああ、畏れ多い)あなかしこ(ああ、もったいないことだ)、うれし(ありがたい)」と歌い踊られた

 このように喜べば喜びを呼び、喜びが訪れるこれが言霊(ことだま)の力である

 神々がこぞって歓喜していると、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)伊邪那美神(いざなみのかみ)夫婦神が顕れた。

 そしていよいよこれから、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)伊邪那美神(いざなみのかみ)の夫婦二神による壮大な国生み八百万神(やおよろずのかみ)が誕生する雄大ですばらしい情景が展開していく

 この日本神話の“天地(あめつち)のはじめ”の章を知るほどに、古代日本の祖先たちの豊かな感性、その感性で受け取った直観<=神の道理(神慮)=神の意志=正しい道理>の正確さ偉大さには感嘆するばかりである

 大自然のすべての創造の中に、天地を貫く理法<=神の道理(神慮)=神の意志=正しい道理>を的確に捉えて、そこに神を観取して神を畏敬する。

 そこには、古代日本の祖先たちが、神々を畏敬の念をもって讃嘆し歓喜して生を営む“清き明き人生観”が現れている

 我々人間とは、神々の働きによって、“生かされて生きる存在”であることへの慎み深い感謝喜び常に思考の根底にあったのである。

 つまり、古代日本の祖先たちは、“人間は神に生かされ生きている存在”であり、“神の意志(神慮)”が人間の生命・思考(意志)を覆い包んでいると考えたのである。

 


 古代日本の祖先の神々に対する考え方は、エドマンド・バーク保守哲学の中核をなす“神の手”、“神の摂理”、“神の意志(神慮)”と完全に符合する。

 “神”それ自体の概念は日英では異なり、一神教か多神教か等の相違があるけれども、いずれの場合でも“神の摂理”、“神の意志”を畏敬の念を持って尊重し、「人間の思考(意志)」は、必ずそれに従わなければならない(=ありがたいと思い喜ぶ、慎んで感謝する、畏敬の念を抱く)という点では全く共通している

 そこにはデカルト流の“人間の意志こそが神の意志である”とか“人間の思考(意志)こそが神託(神のお告げ)である”などという、畏れ多くも、神と人間の主従関係を全く逆さに転倒した狂気で傲慢な思想が入る隙間は皆無であった

 バーク保守哲学とは、神への畏怖の念を忘れて傲慢不遜となった「人間の意志万能という虚妄の精神」を矯正し、「神を畏怖する人間本来の精神に戻れ」と警告を発する哲学であると言えよう

 


 高天原(たかあまはら)にいます天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)高御産巣日神(たかみむすびのかみ)神産巣日神(かみむすびのかみ)は多くの神々と相談されて、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)二神に命じられた。

 「高天原(たかあまはら)の神の世界では、あらゆるものを生み出して現し出す用意は着々と進んでいる。

 下界もようやく明るくなってきたしかしまだ、海月(くらげ)のような泥がぷかぷかと漂っているようで、たしかなものは何もない

 しかしあの下界にも様々な生命(いのち)が生れ、誕生したことを喜びあう世界を創りたい(この海月のようにぷかぷかと漂える泥である国を修理し固めて完成させよ)と、願っている」と二神に、天沼矛(あめのぬぼこ)をお授けになった。

 天沼矛(あめのぬぼこ)とは、天上の尊い矛で天地を貫く神慮・真理の矛である。

 海月のような泥がぷかぷかと漂っている不安定な下界を、安定した秩序ある姿にするようにとの天神(あまつかみ)の願いがこめられた矛である。

 この“修理固成の詔(みことのり)が、我々の日本国の国柄・国体の大元(おおもと)となる詔である。

 我々の日本国は、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)二神が顕れられた時から始まっていると言える

 天皇、皇室、皇統そして我々すべての日本国民の血統の根源が“修理固成”の詔(みことのり)なのである

 


 現在世界には、約190の国家があるが、天皇(国王)の皇統が百二十五代、約二千六百年間、万世一系の世襲により存続している世界歴史上の奇跡中の奇跡のような国は、この日本国をおいてどこにも存在しない

 そのような皇統を守護・死守してきた栄誉ある国民も我々日本国民のみである

 日本国ただ一カ国のみである

 我々日本国民はこの奇跡の国、日本に“名誉と誇り”を持とうではないか

 そして我々日本国民には、祖先がそうしてきたようにこの奇跡の“皇統=名誉と誇り”を死守する「義務」のみがあり、気狂いの左翼・極左やアナーキストのような国賊が絶叫するような皇統を廃止・解体する「権利」など日本国民には皆無である。

 そのような狂気は日本国には存在してはならないし、そもそも存在し得ない精神である。

 この“誇りと名誉”を持ち、奇跡たる“皇統”を死守する精神を持つ者こそが“真の日本国民”であり、“真の勇者”である。

 そして忘れてはならないのは、「二千年間、祖先が守り続けてきた、奇跡たる“皇統”を護持・死守する精神を持つこととは、“奇跡の血統”たるすべての日本国民が自分自身の“正統性と誇りと名誉”を護持することであるということである

 少なくとも、バーク保守主義者で正統日本人である私はそう考える。

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)は、雲に乗って出発された。

 美しい七色の虹の橋が天空に架かっている。

 天浮橋(あめのうきはし)である。この橋は、天上界から地上界に通じる橋である。

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)は、天浮橋(あめのうきはし)の上から下界を見下ろした。

 ところが、白色のもやもやしたものが、もこもこと広がるばかりである。

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、ふと、よいことを思いついた。

 天沼矛(あめのぬぼこ)を逆さに持ち直して、白いもこもこの広がりの中にさしいれてぐるりぐるりと勢いよくかき回した

 すると白いもこもこの下にある海の塩水がかき回されるたびに「こおろ、こおろ」と音をたてた。

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が矛を引き上げてみると、濡れた矛の先から塩水がぽたぽたと、したたり落ちた白いもやもやは薄れて消えていった

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)も伊邪那美命(いざなみのみこと)も、したたり落ちる塩水のしずくの様子をずっと眺めていた。

 すると塩水のしずくは、どんどん重なり積もって島ができていた島が生れた。“おのごろ島”の誕生である。

 ちなみに、“おのごろ”とは、“自ら転がる島”つまり、古代日本の祖先たちは、地球が丸くて、転がっている(自転している)という世界観をもっていた、という説もある

 ギリシャ神話によれば、古代ギリシャ人の世界観は、地球=丸い)という観念はなく地平(平らな円盤)のようなものと考えていた。

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 国生(くにう)み 其の一

 天の御柱(みはしら) 国生(くにう)み

 「その嶋(しま)に天降(あまも)り坐(ま)して天之御柱(あめのみはしら)を見立(みた)て、八尋殿(やひろどの)を見立てたまいき。

 ここに、その妹(いも)伊邪那美命(いざなみのみこと)に汝(な)が身(み)は如何(いか)に成れる』と問いたまえば、『吾(あ)が身は成(な)り成りて成り合わざる処(ところ)一処(ひとところ)在り』と答えたまいき。

 ここに伊邪那岐命(いざなぎのみこと)詔(の)りたまいつらく、『我(あ)が身は成り成りて成り余(あま)れる処一処在り。かれ、この吾(あ)が身の成り余(あま)れる処を、汝(な)が身の成り合わざる処に刺(さ)し塞(ふた)ぎて、国土(くに)を生みなさむと以為(おも)うは奈何(いか)に』とのりたまえば伊邪那美命(いざなみのみこと)然(しか)善(え)けむ』と答えたまいき。

 ここに伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、『然(しか)らば吾(あ)と汝(な)とこの天之御柱(あめのみはしら)を行(ゆ)き廻(めぐ)り逢(あ)いて美斗能麻具波比為(みとのまぐわいせ)な』と詔(の)りたまいき。

 かく云(い)い期(ちぎ)りて、すなわち『汝(な)は右(みぎり)より廻(めぐ)り逢え。

 我(あ)は左より廻り逢わむ』と詔(の)りたまい、約(ちぎ)りおえて、廻(めぐ)ります時に、伊邪那美命(いざなみのみこと)先に阿那邇夜志(あなにやし)、愛(え)、袁登古(おとこ)を』と言(の)りたまい、後に阿那邇夜志(あなにやし)、愛(え)、袁登売(おとめ)を』と言(の)りたまいき。

 各(おのも)々言(の)りおえて後(のち)に、その妹(いも)に、『女人(おみな)言(こと)先(さき)だちて良(ふさ)わず』と告(の)りたまいき。

 然(しか)れども、久美度(くみど)に興(おこ)して、子水蛭子(みこひるこ)を生みたまいきこの子は葦船(あしぶね)に入れて流し去(や)りつ

 次に淡嶋(あわしま)を生みたまいきこれも子(みこ)の例(かず)には入らず

 ここに二柱(ふたはしら)の神議(はか)りたまいつらく、『今吾(あ)が生める子(みこ)良(ふさ)わず。なお、天神(あまつかみ)の御所(みもと)白(おも)すべし』と詔(の)りたまいて、すなわち共(とも)に参上(まいのぼ)りて天神(あまつかみ)の命(みこと)を請(こ)いたまいき。

 ここに天神(あまつかみ)の命(みこと)以(も)ちて、布斗麻邇(ふとまに)に卜相(うら)えて詔(の)りたまいつらく、『女言(おみなこと)先(さき)だちしに因りて良(ふさ)わず。また、還(かえ)り降(くだ)りて改(あらた)め言え』と詔(の)りたまいき。

 かれここに降(くだ)りまして更に天之御柱(あめのみはしら)を先(さき)の如(ごと)往(ゆ)き廻(めぐ)りたまいき。

 ここに伊邪那岐命(いざなぎのみこと)先(ま)づ阿那邇夜志(あなにやし)、愛(え)、袁登売(おとめ)を』と言(の)りたまい、後に妹(いも)伊邪那美命(いざなみのみこと)阿那邇夜志(あなにやし)、愛(え)、袁登古(おとこ)を』と言(の)りたまいき。

 如此(かく)言(の)りたまいおえて、後合(みあい)しまして、子(みこ)、淡道之穂之狭別嶋(あわぢのほのさわけのしま)を生みたまいき。

 次に伊豫之二名嶋(いよのふたなのしま)を生みたまいき。

 この嶋は身一つにして面(おも)四つ有り面(おも)ごとに名あり

 かれ伊豫国(いよのくに)愛比売(えひめ)といい、讃岐国(さぬきのくに)飯依比古(いいよりひこ)といい、粟国(あわのくに)大宜都比売(おおげつひめ)といい、土佐国(とさのくに)建依別(たけよりわけ)という。

 次に隠岐之三子嶋(おきのみつごのしま)を生みたまいき。またの名は、天之忍許呂別(あめのおしころわけ)

 次に筑紫嶋(つくしのしま)を生みたまいき。

 この嶋も身一つにして面(おも)四つ有り面(おも)ごとに名(な)有り

 かれ筑紫国(つくしのくに)白比別(しらびわけ)といい、豊国(とよのくに)豊比別(とよびわけ)といい、肥国(ひのくに)建日向日豊久士比泥別(たけひむかびとよくじひねわけ)といい、熊曽国(くまそのくに)建日別(たけびわけ)という。

 次に伊伎嶋(いきのしま)を生みたまいき。またの名を天比登都柱(あめのひとつはしら)という。

 次に津嶋を生みたまいき。またの名を天之狭手依比売(あめのさでよりひめ)という。 

 次に佐度嶋(さどのしま)を生みたまいき。

 次に大倭豊秋津嶋(おおやまととよあきつしま)を生みたまいき。またの名を天御虚空豊秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)という。

 かれ、この八嶋(やしま)を先づ生みませるによりて大八嶋国(おおやしまのくに)という。

 さて後に還(かえ)ります時吉備兒嶋(きびのこじま)を生みたまいき。またの名を建日方別(たけひかたわけ)という。

 次に小豆嶋(あずきしま)を生みたまいき。またの名を大野手比売(おおのでひめ)という。

 次に大嶋(おおしま)を生みたまいき。またの名を大多麻流別(おおたまるわけ)という。

 次に女嶋(ひめじま)を生みたまいき。またの名を天一つ根(あめのひとね)という。 

 次に知訶嶋(ちかのしま)を生みたまいき。またの名を天之忍男(あめのおしお)という。

 次に両兒嶋(ふたごのしま)を生みたまいき。またの名を天両屋(あめふたや)という」

 おのごろ島に天下られた伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の二神はまず、広い大地に天につらなる神聖な高い柱<天之御柱(あめのみはしら)>を建てた。天神(あまつかみ)と交流するためである。

 次に、非常に広い<=八尋(やひろ)>もある御殿も建てた

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の二神は、謹んで天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)の善に満ちた悠久不変の不可視の神々の世界に思いを馳せた。

 そして今、その不可視の神々の世界が天之御柱(あめのみはしら)を通じてこの地上にも広がり御殿をも包み、二神もその善なる光で包まれて満たされていることを観じたのである。

 その上で伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は伊邪那美命(いざなみのみこと)にあなたは、自分自身のことをどう思っているのか」とたずねた。

 伊邪那美命(いざなみのみこと)は、少し考えて、にこやかに「はい私は、何ごとも温かく包みこみ、やさしく育みますが、何か一つ足りないところがあるのです」と答えた。

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は大きくうなずいて、言った。

私は明るい力がみなぎってあふれんばかりだ。私はたくましい。この私のたくましい力をあなたが、温かく受け入れ包み込んでくれる。そうすれば、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)の善に満ちた大和の御心が、この地上にも顕れるのだ。吾身の(=私の)成り余れる処を、汝が(あなたの)身の成り合わざる処に刺し塞いで、国土(くに)生み成そうと思うがいかがだろうか

 伊邪那美命(いざなみのみこと)は、それは、すばらしいお考えです」と答えた。

では、私とあなたでこの天之御柱(あめのみはしら)のまわりを行き廻って結婚しよう」と約束した伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は「では、あなたは柱を右廻り、私は柱を左廻りして出逢おう」と言って、伊邪那美命(いざなみのみこと)は右廻り、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は左廻り、そして出逢った

 出逢うと先に伊邪那美命(いざなみのみこと)が高ぶった気持ちをそのまま口走ってしまった。

何とまあ、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)はすばらしい男神(おがみ)であることでしょう!

 その後すぐさま、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が「何と伊邪那美命(いざなみのみこと)は麗しい女神であるのか!」と言った。

 しかし、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は少々困った顔をして女神が先に口走ったのは、良くなかったかなとつぶやいた

 しかし、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)交わりあった後であった

 御子(みこ)が生まれたが、未熟な御子で流れ出てしまった

 伊邪那美命(いざなみのみこと)は泣きながら伊邪那岐命(いざなぎのみこと)葦船をつくり水蛭子(ひるこ)を海に流し、天に帰るように祈ったのだった。

 次に生まれた泡のような御子も御子の数には入らない未熟な御子であった。

 そこで、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)は、なぜ良い御子が生れなかったのか、天神(あまつかみ)に教えを請うために天に参上(まいのぼ)った

 天神(あまつかみ)の御言葉のままに、布斗麻邇(ふとまに)<=太占(ふとまに)の“法”>で神意(神慮)を占った

 占いの結果は「女神が男神に先走って、高ぶる気持ちを口にしたのが良くない」と出た。

 「誰にでも間違いはある。早く天神(あまつかみ)に教えを請いに来たのが幸運であった。もう一度地上へ還り下って、もう一度やりなおしなさい」と教わった。

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)おのごろ島にかえり、もう一度、天之御柱(あめのみはしら)のまわりを行き廻った。

 今度は、先におお!伊邪那美命(いざなみのみこと)は何と麗しい女神であるのか!」と伊邪那岐命(いざなぎのみこと)大声で男神らしく言った。

 その後でまあ!伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は何とたくましく頼もしい男神であることでしょう!」と伊邪那美命(いざなみのみこと)女神らしく可憐な声で呼びかけた。

 男神の力強い愛と女神のやさしく育む思いがかよい合い、二神はひとつに交わった

 陰と陽が調和して<神の道理(神慮)=神の意志=正しい道理>にかなったのである

 二神は仲良くその夜、安心した気持でお休みになった

 すると翌朝、朝日が金色に輝きわたった海の上に、生まれた御子である国土(くに)が次々と現れてくるではないか

 ①淡道之穂之狭別嶋(あわぢのほのさわけのしま)=淡路島@②伊予之二名嶋(いよのふたなのしま)=四国

 ・伊予国(いよのくに)=愛媛<またの名を愛比売(えひめ)という女神>

 ・讃岐国(さぬきのくに)=香川<またの名を飯依比古(いいよりひこ)という男神>

 ・粟国(あわのくに)=徳島<またの名を大宜都比売(おおげつひめ)という女神>

 ・土佐国(とさのくに)=高知<またの名を建依別(たけよりわけ)という男神>

 ③隠岐之三子嶋(おきのみつごのしま)=三つ子の隠岐島<またの名を天之忍許呂別(あめのおしころわけ)という男神>

 ④筑紫嶋(つくしのしま)=九州

  ・筑紫国(つくしのくに)=筑前、筑後地方<またの名を白比別(しらびわけ)という男神>

  ・豊国(とよのくに)=豊前、豊後地方<またの名を豊比別(とよびわけ)という男神>

  ・肥国(火国)(ひのくに)=肥前、肥後地方<またの名を建日向日豊久士比泥別(たけひむかびとよくじひねわけ)という男神>

  ・熊曽国(くまそのくに)=九州南部の地方(肥後の球磨川流域、大隅の曽於郡あたりと言われる。<またの名を建日別(たけびわけ)という男神>

 ⑤伊伎嶋(いきのしま)=壱岐<またの名を天比登都柱(あめのひとつはしら)。海中の孤島の意味>

 ⑥津嶋=対馬<またの名を天之狭手依比売(あめのさでよりひめ)という女神>

 ⑦佐度嶋(さどのしま)=佐渡島

 ⑧大倭豊秋津嶋(おおやまととよあきつしま)=本州<またの名を天御虚空豊秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)。天御虚空(あまつみそら)は大和国の形容詞。豊かに秋のみのりがある大和国の意味が大倭豊秋津嶋にはこめられている>

 まず、このように八つの島をお生みになったので、我らの日本の国を大八島国(おおやしまのくに)と言う。

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)は、天神(あまつかみ)に、そして生まれたばかりのこれらの島々に感謝しながら、島々を見てまわられた。その旅から帰られる時に、また六つの島をお生みになった。

 ⑨吉備兒嶋(きびのこじま)=備前の国の児島<またの名を建日方別(たけひかたわけ)>

 ⑩小豆嶋(あずきしま)=讃岐国の小豆島<またの名を大野手比売(おおのでひめ)>

 ⑪大嶋(おおしま)=周防の大島=屋代島と言われる。<またの名を大多麻流別(おおたまるわけ)>

 ⑫女嶋(ひめじま)=豊後の姫島と言われる。<またの名を天一つ根(あめのひとね)>

 ⑬知訶嶋(ちかのしま)=九州の五島列島<またの名を天之忍男(あめのおしお)>

 ⑭両兒嶋(ふたごのしま)=五島列島の男島と女島といわれるが、定かでない。<またの天両屋(あめふたや)>


  神々が壮大に国土を生みだすような神話は、世界広しといえど、日本神話だけであろうと言われている。

 それほどに、古代日本の祖先たちは、感性が澄み渡り天地を貫く理法<=神の道理(神慮)=神の意志>を本質直観していたのである。

 また、国土に、またの名として男神、女神の名がつけられているこれは、日本固有の非常に貴重な感性である

 古代日本の祖先たちは、可視的な現象の世界(=現世、物質界)現れてくるものすべて、つまり、人間や動物や植物などの生き物だけでなく石や岩などのあらゆる無機物も含めたすべてが、神のいのちの顕われであり、神の恵みである、各々の物に精霊(神慮)が宿っているという感性を持っていた

 我々現代日本の日本国民が、この古代日本の祖先の感性・精神に立ち返るならば狂気のの左翼・極左勢力やアナーキストの国賊が絶叫する「無神論」や「唯物論」や「人間の意志が神の意志(理神論)」や「マルクス史観」などの極悪で無知蒙昧な教義など日本国に持ち込む隙間もないと、正統な、真正の日本人なら気付くはずである。

 しかし、彼ら左翼・極左の連中は、『古事記』や『日本書紀』は皇統を正統化するために書かれた書物であり、読む価値も意味もないと言う

 そして『古事記』や『日本書紀』が天皇を「現人神」崇拝と化し、大東亜戦争の一因となったとまで言う。

 何と愚鈍で貧困で幼稚な知性の持ち主であろうか。

 私は、今、『古事記』ほんの序章を紹介解説したが、この短編部分だけでも、驚くほど多くの、“神々の慈愛・道理(神慮)・叡智・恩恵”とそれを“清き明き心”で受容し、神々に感謝し畏敬した古代日本の祖先の世界観が集積しているではないか。

 大東亜戦争とは、『古事記』や『日本書紀』の本旨を理解できずあるいは思惟的に歪曲した解釈をした、東京帝国大学法学部およびその他大学などの社会主義・共産主義者(例えば上杉真吉宮沢俊義その他)の責任ではないのか?

 嘘だと言うなら、上杉真吉や宮沢俊義の言説を書籍名を挙げて抜粋し、次回のブログですべて紹介することもできるが・・・やろうか?

 それを読めば、すべての正統な日本国民は、彼らの言説が、精神疾患者的な言説にすぎないことが明快に解るであろう

なお、昭和初期の日本国はソ連崇拝の準共産主義国家であった実態、つまり大東亜戦争とは世界動向を大局的に見れば、ソ連(スターリン)の指導によるアジア共産化を日本が主導した戦争であった事実は、前回のブログおよび私のホームページに詳細に紹介している。

 だから、彼ら左翼・極左の連中は、『古事記』や『日本書紀』に満ち溢れる“神の意志=神慮”、“神の慈愛”“神の恩恵”など感じることができないし、しようともしない。彼ら左翼の心に、我々の祖先である古代日本人が享受していた、“清き明き心”など微塵もない

 あるのは、“悪しき赤き心”のみ。

 彼らは日本国に住みながら、精神(魂)の祖国が無く、無明に漂っている地球放浪者(ディアスポラ)であり、神聖で善なる日本国にとって、百害あって一利なき悪の存在である

 なお、私の『古事記』の解説の続きが知りたいというリクエストがもし、あれば、続けて連載したいのだが、私も何かと忙しいので、そこまで余裕が・・ない

 できれば、『古事記』『日本書紀』の「日本神話」を読みたい人は、本屋で購入したりして読んでみて戴きたい。

 ただし、読者が、多々ある『古事記』『日本書紀』の現代語訳本やその解説書から一冊を選ぶ時に注意して欲しいのは、第一に神々の名をカタカタで「アマテラスオオミカミなどと訳している書物はダメ

 日本国とは、山上憶良が「言霊(ことだま)の幸(さきわ)う国」とうたったように、日本語(特に漢字)には、その言葉(漢字)自身の中に善なる神の意志(=神慮)が含まれている

 神々の名カタカナで書くなどというのは神々への冒涜であり、その著者は昭和天皇のことを「ヒロヒト」と呼ぶような腐敗精神の持ち主と同類であるので全くダメ読む価値ゼロお金の無駄精神の劣化を助長する

 第二に、原文の解説に少し意訳を加えてでも、“善なる神の意志(神慮)”が良く心に響く解説書を選ぶこと。

 神話の行間に“善なる神の慈愛”を観取している解説書がベストである。

 買う前にちょっと立ち読みしてみて、著者の「まえがき」と、最初の第1、第2パラグラフ「天地の初め」に対する著者の解説を読めば、上記の二点はすぐにわかる。

 以上を注意して良書を選んでください

 もし、大反響があって(ないだろうけど・・)、私の『古事記』の解説の続きが知りたい・・・と言う人があまりに多い場合には、何とか連載を試みるよう努力する。

 しかし、私の『古事記』解説は必ずバーク哲学を交えた(対照した)解説となる。

 なぜなら、先に述べたように『古事記』「バーク哲学」も“神の意志=神慮”、“神への畏怖の念”、“天皇(国王)への畏敬の念”を共有しているからである。

 その点はご了承願いたい。

 最後に、天皇陛下即位20年お祝い申し上げます。皇室のますますのご繁栄をお祈りいたします。

(バーク保守主義 次回その3-④へ続く)




 




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