『バーク保守哲学』・“神の意志(神慮)”と日本神話・『古事記』の神々(その2)


『古事記』解説シリーズ

『古事記』の“神々”と『バーク哲学』の“神の意志”・“神の摂理”(その2)


banner_22.gif←できれば、クリックお願いいたします。 

国生(くにう)み 其の二

 神々の誕生

 『すでに国を生み竟(お)えて、さらに神(かみ)を生みましき。

 かれ生みませる神の名(みな)は大事忍男神(おおことおしおのかみ)

 次に石土毗古神(いわつちびこのかみ)を生みまし、

 次に石巣比売神(いわすひめのかみ)を生みまし、

 次に大戸日別神(おおとびわけのかみ)を生みまし、

 次に天之吹男神(あめのふきおのかみ)を生みまし、

 次に大屋毗古神(おおやびこのかみ)を生みまし、

 次に風木津別之忍男神(かざもつわけのおしおのかみ)を生みまし、

 次に海(わた)の神、名は大綿津見神(おおわたつみのかみ)を生みまし、

 次に水戸(みなと)の神、名は速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)

 次に妹(いも)速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)を生みましき。

 (大事忍男神(おおことおそのかみ)より、速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)まであわせて十神(とはしら)まします)

 この速秋津日子(はやあきつひこ)・速秋津比売(はやあきつひめ)二柱の神、河海(かかい)に因(よ)りて持ち別けて生みませる神の名(みな)は沫那芸神(あわなぎのかみ)

 次に沫那美神(あわなみのかみ)

 次に頬那芸神(つらなぎのかみ)

 次に頬那美神(つらなみのかみ)

 次に天之水分神(あめのみくまりのかみ)

 次に国之水分神(くにのみくまりのかみ)

 次に天之久比奢母智神(あめのくひざもちのかみ)

 次に国之久比奢母智神(くにのくひざもちのかみ)

 (沫那美神(あわなみのかみ)より国之久比奢母智神(くにのくひざもちのかみ)まであわせて八神(やはしら)まします)

 次に風(かぜ)の神、名(みな)は志那都比古神(しなつひこのかみ)を生みまし、

 次に木(き)の神、名(みな)は久久能智神(くくのちのかみ)を生みまし、

 次に山(やま)の神、名(みな)は大山津見神(おおやまつみのかみ)を生みまし、

 次に野(ぬ)の神、名(みな)は鹿屋野比売神(かやぬひめのかみ)を生みまし。またの名(みな)は野椎神(ぬづちのかみ)と謂(もお)す。

 (志那都比古神(しなつひこのかみ)より野椎神(ぬづちのかみ)まであわせて四神(しはしら)まします)

 この大山津見神(おおやまつみのかみ)・野椎神(ぬづちのかみ)二柱(ふたはしら)の神、山野(やまぬ)に因りて持ち別けて生みませる神の名(みな)は、天之狭土神(あめのさづちのかみ)

 次に国之狭土神(くにのさづちのかみ)

 次に天之狭霧神(あめのさぎりのかみ)

 次に国之狭霧神(くにのさぎりのかみ)

 次に天之闇戸神(あめのくらとのかみ)

 次に国之闇戸神(くにのくらとのかみ)

 次に大戸惑子神(おおとまどいこのかみ)

 次に大戸惑女神(おおとまどいめのかみ)

 (天之狭土神(あめのさづちのかみ)より大戸惑女神(おおとまどいめのかみ)まであわせて八神(やはしら)まします)

 次に生みませる神の名(みな)は鳥之石楠船神(とりのいわくすぶねのかみ)謂(もお)す。またの名は天鳥船(あめとりふね)と謂(もお)す。

 次に大宜都比売神(おおげつひめのかみ)

 次に火之夜芸速男神(ひのやぎはやおのかみ)を生みましき。またの名は火之毗古神(ひのかがびこのかみ)と謂(もお)し、またの名は火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)と謂(もお)す。

 この子(みこ)を生みますに因りて美蕃登(みほと)炙(や)かえて病(や)み臥(こや)せり。

 多具理(たぐり)に生(な)りませる神の名(みな)は金山毗古神(かなやまびこのかみ)、次に金山毗売神(かなやまびめのかみ)

 次に屎(くそ)に生(な)りませる神の名(みな)は波迂夜須毗古神(はにやすびこのかみ)波迂夜須毗売神(はにやすびめのかみ)

 次に尿(ゆまり)に生(な)りませる神の名(みな)は弥都波能売神(みつはのめのかみ)

 次に和久産巣日神(わくむすびのかみ)

 この神の子を豊宇気毗売神(とようけびめのかみ)と謂(もお)す。

 かれ伊邪那美神(いざなみのかみ)は火の神を生(う)みませるによりて遂(つい)に神避(かむさ)りましぬ。

 (天鳥船(あめとりふね)より豊宇気毗売神(とようけびめのかみ)まであわせて八神(やはしら)まします)

 すべて伊邪那岐(いざなぎ)・伊邪那美(いざなみ)二柱(ふたはしら)の神、共(とも)に生(う)みませる嶋(しま)。壹拾肆嶋(とおまりよしま)。

 神、参拾伍神(みそぢまいりいつはしら)。

 (是(こ)は、伊邪那美神(いざなみのかみ)、神避(かむさ)りますさきに生(う)みませり。)

 ただ意能碁呂嶋(おのごろじま)は生(う)みませるに非(あら)ず。

 また、蛭子(ひるこ)淡嶋(あわしま)は子(みこ)の例(かず)に入(はい)らず。』


 古代日本の祖先は、自然と調和し、自然と共生する生き方を尊んだ。

 可視的な自然を畏怖すること、つまりそれは、可視的な自然に宿る不可視ではあるが、確かにあると確信する神々の存在、神々の意志(神慮)から、目を離さずに生きたのである。

 そして、先に、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)がお生みになった国土(=神々)の上で暮らす神々もまた、次々にお生みになった。

 伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)の無限の霊力、全知全能を感じることができる。

 最初にお生みになったのが、①大事忍男神(おおことおしおのかみ)である。

 国土の上で暮らす、神々の誕生の第一番目に大事忍男神(おおことおしおのかみ)を挙げたことは、古代日本の祖先の深慮と叡智の現れであろう。なぜなら、大事忍男神(おおことおしおのかみ)という名には、男として生まれたからには、どんな困難や苦労も耐え忍んで大事を成し遂げなければならない、という男としての生き方の教えが第一に掲げられているからである

 以下に、次々とお生みになる神々を挙げる。

 ②石土毗古神(いわつちびこのかみ)は、我々が生活するための家をつくる時に必要な石土の神。男神である。

 ③石巣比売神(いわすひめのかみ)も、家づくりに必要な石砂の神。女神である。

 ④大戸日別神(おおとびわけのかみ)は、家の戸、門を守る神。男神である。

 ⑤天之吹男神(あめのふきおのかみ)は、茅(かや)や葦(あし)で覆った屋根を守る神。男神である。

 ⑥大屋毗古神(おおやびこのかみ)は、家全体を守る神。男神である。

 ⑦風木津別之忍男神(かざもつわけのおしおのかみ)は、家を風害から守る神であり、その忍耐力を讃えて、忍男神(おしおのかみ)という。

 以上、家の守り神が六神誕生された。次に、海や川などすべての生き物が生きるのに欠かせない水に関わる神々をお生みになる。

 ⑧大綿津見神(おおわたつみのかみ)は、海の霊であり、偉大な海の守り神

 ⑨速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)妹(いも)速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)の二神は夫婦神水の流れの速い所を祓(はら)い清(きよ)め、河口や入り江などの水の流れが出入りする水戸(みなと)を守る神

 (ここまでで、大事忍男神(おおことおそのかみ)より、速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)まで合わせて十神(とはしら)である。)

 ⑩沫那芸神(あわなぎのかみ)沫那美神(あわなみのかみ)は、速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)と妹(いも)速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)の二神が守る河や入り江の出入り口の水の流れが穏やかになるよう司る夫婦神

 ⑪頬那芸神(つらなぎのかみ)頬那美神(つらなみのかみ)も、水の面(つら)=水面凪ぐ(静まる)ようにと守る夫婦神

 ⑫天之水分神(あめのみくまりのかみ)国之水分神(くにのみくまりのかみ)天上と地上の水の配(くば)り農水を守る神

 ⑬天之久比奢母智神(あめのくひざもちのかみ)国之久比奢母智神(くにのくひざもちのかみ)は、汲(くみ)瓢(ひさご)持(もち)(=汲瓢持とは、瓢箪(ひょうたん)の中身を採り出し、水筒のようにしたもの)を縮めたのが久比奢母智(くひざもち)で、水を溜める瓢箪(ひょうたん)や水を掬(すく)う柄杓(ひしゃく)などの神

 (沫那美神(あわなみのかみ)から国之久比奢母智神(くにのくひざもちのかみ)まで合わせて八神(やはしら)である。)

 以上が水にかかわる神々である。そしてさらに神々をお生みになる

 ⑭志那都比古神(しなつひこのかみ)は、風の神。『日本書紀』には伊邪那岐神(いざなぎのかみ)息吹(いぶき)から風の神である志那都比古神(しなつひこのかみ)がお生まれになったとある。古代日本の祖先は、息(いき)と風(かぜ)は同じもの息(いき)と生(い)きは同じものであった。つまり、風・息・生命を同一視していたのである。風(空気)がなければ、息ができない、息ができなければ生きられない、というふうに

 ⑮久久能智神(くくのちのかみ)は、木の男神である。久久(くく)は(くき)の意味。茎(くき)は、「くくくと伸びるからである。

 ⑯大山津見神(おおやまつみのかみ)は、大山(おおやま)つ霊(みの)神で、山を守る神山の霊神である。

 ⑰鹿屋野比売神(かやぬひめのかみ)は、草(かや)の女神。鹿屋(かや)は屋根を覆った茅(かや)、葦(あし)、薄(すすき)など。野椎神(ぬづちのかみ)は、野の男神野の霊神である。

 このように、古代日本の祖先不可視ではあるけれども、あらゆるものに神々を直感して感謝し、そして畏敬したのである。

 次に、大山津見神(おおやまつみのかみ)野椎神(ぬづちのかみ)が山と野をそれぞれ分担して神々をお生みになった。

 ⑱天之狭土神(あめのさづちのかみ)国之狭土神(くにのさづちのかみ)

 ⑲天之狭霧神(あめのさぎりのかみ)国之狭霧神(くにのさぎりのかみ)

 ⑳天之闇戸神(あめのくらとのかみ)国之闇戸神(くにのくらとのかみ)

 ㉑大戸惑子神(おおとまどいこのかみ)大戸惑女神(おおとまどいめのかみ)

 をお生みになった。

 


 (天之狭土神(あめのさづちのかみ)より大戸惑女神(おおとまどいめのかみ)まで合わせて八神(やはしら)である。)

 ここでお生まれになった八柱(やはしら)の神々は、狭・霧・闇・惑という言霊(ことだま)から直感できるように、不吉(ふきつ)な予感を思わせる神々である。

 「国生(くにう)み その一」で語られたように、日本の国土伊邪那岐神(いざなぎのかみ)伊邪那美神(いざなみのかみ)の二神によって生み出された、神々の国土である。

 神がお生みになる神の子である、すべての日本国民のために創って頂いた国土である。

 そのような“神々の意志(神慮)”、“神の摂理”を日本国民は感謝し畏怖すべきであるのに、逆にそれを無視して人間の理性」、「人間の意志」で領土の奪い合いをして争うと、広大な国土も「狭く」なる。

 このように、“神々の意志(神慮)”、“神の摂理”を無視して「人間の理性」、「人間の意志」のみで行動しようとすれば、利己的になり、「心の迷い」という「」が立ちのぼる。

 この霧はついには天地(あめつち)全体を覆い、“神々の意志(神慮)”、“神々の摂理を見失わせ始める

 このように不吉(ふきつ)なことが起こる前兆を暗示する神々が、天之狭土神(あめのさづちのかみ)国之狭土神(くにのさづちのかみ)であり、天之狭霧神(あめのさぎりのかみ)国之狭霧神(くにのさぎりのかみ)である。

 そして「心の迷い」の「」が深く濃くなると完全な視界不良となり、神々の意志(神慮)”、“神々の摂理”は完全に見えなくなり、感じ取れなくなる

 こうなると、心は真っ暗になり、天之闇戸神(あめのくらとのかみ)国之闇戸神(くにのくらとのかみ)が顕れ、天地(あめつち)は暗闇となり、世の中が暗闇となってしまうのである。

 浅薄な人間の理性」、「人間の意志が理由で、世の中が暗闇となり、その解決策さえも人間の理性」、「人間の意志だけでは思い浮かばなくなってしまう。

 人間は大いに迷い恐怖する。すると大戸惑子神(おおとまどいこのかみ)大戸惑女神(おおとまどいめのかみ)が顕れるのである。

 この一パラグラフは、「国土を含めたすべての物は、神々からの恵み(分(わ)け物)であり、人間自身の生命も神々の“分(わ)け命”を与えられて生きている。であるのに、人間が、この“神々の意志(神慮)”、“神々の摂理”を無視し、忘却してしまったとき、世の中には大変な災禍が起こるという深い暗示である 

 


 次に、伊邪那美神(いざなみのかみ)がお生みになった神の名(みな)は、鳥之石楠船神(とりのいわくすぶねのかみ)という。またの名(みな)を天鳥船(あめとりふね)という。

 この神の名(みな)は、鳥のように空を飛ぶ、石のように硬い楠(くすのき)でできた船の神という意味である。あるいは、鳥のように空を飛ぶ、石で造った奇(くす)しき船(ふね)の神の意味。

 伊邪那美神(いざなみのかみ)は、空を飛ぶ固い奇妙な船の神をお生みになった。空を飛ぶ固い奇妙な船とは何だろうか?伊邪那美神(いざなみのかみ)は、地の神であるから、可視的な物質世界を象徴する。

 とすれば、数年前に流行(はや)った「聖書の暗号」とか「ダヴィンチ・コード」ではないが、旅客機などの飛行機や戦闘機などの出現の予言か?

 なんていうのは、冗談だが、少なくとも、そのようなものを想像するくらい、古代日本の祖先は、人間が物質的な豊かさや便利さに惑わされ易く、時代が経つにつれて「人間の理性」「人間の意志」による物質的な文明の発展に専心しすぎ、“神の意志(神慮)”や“神の摂理を忘れていくであろう、と直感していたと思われる。

 だからこそ、古代日本の祖先の清き明き心を忘れないように古事記を我々子孫に残してくれたのだ、と考えてみてはどうだろうか。

 次に伊邪那美神(いざなみのかみ)は、大宜都比売神(おおげつひめのかみ)をお生みになられた。

 「国生(くにう)み その一」でも、粟国(あわのくに)=徳島のことを大宜都比売(おおげつひめ)と呼んでいる。米や粟(あわ)や稗(ひえ)などの食糧や他の物質などの生産を司る神である。

 宮中(きゅうちゅう)の賢所(かしこどころ)=天照大御神(あまてらすおおみかみ)の御霊代(みたましろ)として八咫鏡(やたのかがみ)を安置している所>に祀られている御膳神(みけつのかみ)大宜都比売神(おおげつひめのかみ)である。

 次に伊邪那美神(いざなみのかみ)は、火之夜芸速男神(ひのやぎはやおのかみ)、つまり火の神をお生みになった。またの名(みな)を火之毗古神(ひのかがびこのかみ)火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)という。

 火之夜芸速男神(ひのやぎはやおのかみ)は、すばや(速)く、強い火と熱をおこす神である。

 火之毗古神(ひのかがびこのかみ)(かが)は、ひかり輝くことを意味し、光源を与えてくれる神という意味である。

 火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)は、火を使う道具の神という意味である。

 古代には、当然のことながら、今日のように闇夜を照らす電気・電灯などは全くなかった

 そのような世界で、暗闇を明るく照らし、熱を発する火(ひ)神秘的なものであり、古代日本の祖先は、火の中に神々の荘厳さや神聖さを感じ畏敬したであろう。

 火の神とは、汚れ穢れたものを焼き清めてくれる浄火の神であり、人々は畏敬したのである。

 しかし、一方で人間が可視的な物質世界にこだわりすぎ、火の荘厳さや神聖さを忘却する時には、火はすべての物質を焼き尽くす凶器となる。この意味において、古代日本の祖先は火の神畏怖したのである。

 伊邪那美神(いざなみのかみ)は、この火之夜芸速男神(ひのやぎはやおのかみ)をお生みになったことが原因で、美蕃登(みほと)<=女性の陰部>を火傷(やけど)され、病床に臥された。

 ここでは、古代日本の祖先の火に対する恐怖神が強く現れている。不可視である“神の意志(神慮)”、“神の摂理を忘却して、「人間の理性」、「人間の意志」のみで可視的な物質世界の物欲にこだわりすぎると、争いが起こり「戦火」が燃え上がり、人々が逃げ惑う。

 そのような世の中が病(や)みこやす」有様を古代日本の祖先は観相したのであろうか。

 また、「みほと」とは御火口(みほと)=火山口で、火山噴火の意味とも考えられる。 

 伊邪那美神(いざなみのかみ)は、地の神であるから、火山の噴火は神々の宿る大自然の怒りだと恐怖したのかもしれない。

 伊邪那美神(いざなみのかみ)が病床で吐いた多具理(たぐり)=嘔吐物>から、鉱山の神である金山毗古神(かなやまびこのかみ)・金山毗売神(かなやまびめのかみ)が顕れ、金、銀、銅、鉄、石炭などが生みだされた。

 伊邪那美神(いざなみのかみ)がなされた屎(くそ)=大便(だいべん)>からは土器をつくる埴土(はにつち)を生みだす波迂夜須毗古神(はにやすびこのかみ)・波迂夜須毗売神(はにやすびめのかみ)が顕れた。

 尿(ゆまり)=小便>からは清く美しい水の霊(水の神)である弥都波能売神(みつはのめのかみ)が顕れた。

 可視的な物質世界では、汚物と見える排出物も、不可視の“神の意志(神慮)”、“神の摂理”を畏敬し、かつ畏怖すれば、物質世界でも汚物が有用な物に転化・転用されうるのである

 しかし、火は汚れ穢れたものを焼き清めてくれる浄火でもあるから、戦火や火山噴火の後であっても、神々は、善意と慈愛の“神々の意志(神慮)”によって和久産巣日神(わくむすびのかみ)<=伊邪那美神(いざなみのかみ)の子(みこ)ではない。>を顕現させられ、可視的な物質世界に「久しい和・平和」=「和久」を生み、美しい自然を回復なさるのである。

 『日本書紀』には、「火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)波迂夜須毗売神(はにやすびめのかみ)と結婚してこの神をお生みになり、この神の頭の上に蚕と桑、臍(ほぞ)<=へそ>に五穀が生じた」とある。

 和久産巣日神(わくむすびのかみ)の子(みこ)を豊宇気毗売神(とようけびめのかみ)と言い、この神が、伊勢神宮(いせじんぐう)外宮(げぐう)の御祭神である。

 平和な世が久しく続き、五穀豊穣の“神々の意志(神慮)”が満ちている 

 


 ところで、読者の皆さんは伊勢神宮(いせじんぐう)に参詣(さんけい)<=お伊勢参り>されたことがありますか?

 私は三度ほどお参りしたことがあるが、内宮(ないぐう)ばかり行っていた。次回は外宮(げぐう)も参詣したいと思う。

 ちなみに、江戸時代には、伊勢神宮(いせじんぐう)とは、身分の貴賎上下(きせんじょうげ)の区別なく、すべての日本人が一生のうちに、一度は参詣(さんけい)する神聖なところと考えていた。

 江戸時代とは徳川幕府の武家政治の最盛期である。にもかかわらず、すべての日本人は天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀る内宮豊宇気毗売神(とようけびめのかみ)を祀る外宮(げぐう)参詣(さんけい)することを、一生のうちに必ず成すべきことであると信じて疑わなかった

 例えば、1830年には3月から9月までの期間に458万人が参詣したという記録がある。当時の人口は3千万人程度と言われているので、その規模のすごさがわかるであろう。

 これは、“伊勢信仰がすべての日本人(庶民)のものになっていたということの証左である。

 『古事記』や『日本書紀』の内容が良く解らなくても、江戸時代の日本人は、まだ“神々の意志(神慮)”、“神々の摂理”を畏敬し、畏怖する“清き明き心”を「保守していた」ことの証左であろう。

 読者の皆さんで、まだお伊勢参りをされてない方は、ぜひ一度は参詣されることをお勧めする。

 伊勢で、本場の「赤福餅」や「伊勢うどん」「伊勢えびあわび、などの魚介類」などを食するのも楽しみの一つである。

 ちなみに私は、三重県人でもないし、伊勢神宮の観光案内人でもない 

  日本神話_image019.png 

伊勢神宮 内宮(皇大神宮)

 日本神話_image021.png

伊勢神宮 外宮(豊受大神宮)


 伊邪那美神(いざなみのかみ)火の神をお生みになったことによって、ついにお亡くなりになる

 伊邪那美神(いざなみのかみ)地の神であり、可視的な物質世界の象徴である。

 “神の意志(神慮)”、“神の摂理”を無視し、忘却して、「人間の理性」、「人間の意志」という傲慢による可視的な物質世界/物質文明が極限まで行き着いた時おのずと崩壊に至る

 物質世界の膨張には、資源・領土/領海・人口・環境、等々の必然的な物的限界があり、それを超越しようとすれば、人間同士の武力衝突は避けられないからである。

 そのあとには、至上の最高神である天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の化身として和久産巣日神(わくむすびのかみ)が顕れた。

 (天鳥船(あめとりふね)より豊宇気毗売神(とようけびめのかみ)まで合わせて八神(やはしら)である。)

 古代日本の祖先は、どのような災禍に見舞われても、至上の最高神である天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の“神の意志(神慮)”<=善意・慈愛を畏敬し、希望を失うことはなかった

 以上、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)の二神がお生みになったのは、嶋(しま)は壹拾肆嶋(とおまりよしま)<=十有余島>神々は三十五神(夫婦神は二神を一神と数える)である

 ただし意能碁呂嶋(おのごろじま)は二神がお生みになった嶋(しま)ではない。

 また最初に死産となってしまった、蛭子(ひるこ)淡嶋(あわしま)は子(みこ)の数(かず)には含まれない。

 


 『古事記』解説シリーズ その3へ続く(ただし、寄稿時期は未定である)。


スポンサーサイト

テーマ : エドマンド・バーク保守主義
ジャンル : 政治・経済

コメント

Secret

プロフィール

バーク保守主義(広報部)

Author:バーク保守主義(広報部)
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード