保守主義の父――エドマンド・バークの保守主義(5)

Ⅳ.「人権」「人民主権」「平等主義」───テロルの経典「人権宣言」

  日本では、フランス革命について「偽りの歴史」が繰り返し教えられ、フランス革命を幻想に近い虚構でとらえている。例えば、1789714日のバスティーユ牢獄襲撃について、この牢獄は“貴族専用刑務所”であるのに、政治弾圧での政治囚が閉じ込められていた、というが流布している。事実はたった七人の貴族が受刑中であっただけである。 この一例でわかるように、フランス革命の歴史事実についての「嘘、嘘、嘘、・・・・」は、フランス革命の思想について「嘘、嘘、嘘、・・・・」で塗り固めるための舞台装置である。日本では、フランス革命が厚化粧で美化され真実が全く秘匿されている。

 1989年にフランス革命二百年を迎え、政府主催の行事は大幅に縮小され、それ以降フランスは、フランス革命を忘却の彼方に押しやろうとしてきた。フランスでも、この大革命を「非」と考える常識派の方が圧倒的多数となった。人権宣言についても有害なものとみなすフランス人の方がほとんどになった。フランス人権宣言を肯定的にとらえ、時には「憲法原理」として神聖視するのは、今では日本だけである。

 以下、フランス人権宣言を解剖するのは、世界中でただ一カ国、フランス革命とその思想にかかわる神話を盲信する日本国民に、その事実を知って欲しいためである。

①「人権」という狂信──全体主義の媚薬

 ●「共産党宣言」か、「人権宣言」か

 近代における政治宣伝(プロパガンダ、嘘宣伝)の歴史的文書は二つある。第一は、フランス革命の「人権宣言」(1789年)であり、この「人権宣言」があのギロチンをフル稼働するジャコバン党独裁の全体主義への門出であった。第二の宣伝文書は、マルクスとエンゲルスの「共産党宣言」(1848年)であり、「プロレタリアート」に神性を与えて暴力と破壊に使命感を妄想させる魔語で満ちている点で、フランスの「人権宣言」とともに、プロパガンダ史上の双璧である。国連が採択した「世界人権宣言」(1948年)は、その起草が東西両陣営の激突という表面的な動きの裏では共産主義とそのシンパの主導(実際としては背後に潜むソ連共産党の指揮下)でなされたことも明らかなように、いわばこのフランスの「人権宣言」を母として「共産党宣言」を父としてうまれたものであり、そのプロパガンダ性における威力は、両親ほどではないが、人類を思想的に狂わせ誤った道に導くことにおいてやはり、有害な政治宣伝文書として注意を払っておく必要がある。このときの国連人権委員会の委員長は、米リベラリストのエリノア(故フランクリン・ルーズベルト大統領夫人)であった。そして、ソ連はこの裏工作を秘匿するため、同宣言の採択を他の共産主義国とともに演技として棄権した。世界人権宣言は、ハイエクの指摘を待つまでもなく、全世界の人間がすべて組織の被雇用者(「プロレタリアート」)である、という架空極まる非現実を前提とする。独立の自営業者や自営農民あるいは独立の医者や弁護士そして研究者などは一人として地球に存在しないという超架空性を出発点としたものである。例えば、アフリカの原始的あるいは貧しき人々に「有給休暇を与えよ」というのは漫画的ジョークにすぎず嗤う気にもなれない。世界人権宣言第二十四条は、「何人も労働時間の合理的な制限と有給休暇とを・・・・得る権利を有する」としている。これは、裏から読めば何人も被雇用者でなくてはならないということであり、例えば農民はソ連のコルホーズやソホーズのように「工業労働者」化しているということであり、全体主義体制への移行を絶対的な条件としている。

 世界人権宣言第二十三条 「何人も、・・・・・公正かつ有利な労働条件を獲得し、失業に対して保護を受ける権利を有する」

 も同様である。独立自営の人々まで失業で保護を受けるということは、自営業者に独立自営の努力を弱めさせ、倒産か自営業の放棄を促している。言外に私企業否定の論理全人類の労働者化の前提が貫かれている。

 実際の共産主義体制の諸国では労働は苛酷を極め、この1948年時点でのソ連ではスターリンのもと、まだ、数千万人が強制収容所で凍死と餓死に瀕していた。日本から「シベリア抑留」将兵六十四万人(KGB数字。厚生省では五十七万五千人、実数は八十万人か?)もこの中にあった。しかし、国連の人権委員会は、この世界人権宣言の採択に当たって、人類史上類例のないソ連の人権侵害に対して一言の非難すらしなかった。何の意味の「世界人権宣言」か?バカバカしいにも程がある。世界人権宣言とは、その目的においてもその本質においても、自由主義諸国の高度産業都市における労働運動を鼓舞して世界共産化の一大起爆剤のための手段の一つにすることであった。共産主義運動用の偽善と欺瞞に満ちる露骨な政治宣伝文書、それが「世界人権宣言」であった。この事実からも「人権」という言葉は「共産主義運動用の煽動用語の意味合いが強い言葉である」ことを日本国民はまず「意識すること・知ること」である。逆に言えば、「人権」という言葉を天下の宝刀のように振り回す人間は「共産主義者」であることが多いということである。この二文字魔語「人権」が共産化革命運動のスローガンでもあることは、日本の憲法学者の「人権」に関する学説において特に露骨である。樋口陽一東大教授もホー・チ・ミンのベトナム共産化闘争宣言(「独立宣言」)がフランスの人権宣言などを援用していることを強調し、やはり、「人権」=「共産化」と解している。

 二十世紀の全体主義の起源はフランス革命であるが、その発生時期としては人権宣言が採択された1789826日がただしいだろう。このフランス革命は新・宗教国家創造運動であり、フランス革命の起爆剤的な宣伝文書たる「人権宣言」とは、“布教マニフェスト”であった。イスラム教はその経典コーランを片手に剣で布教したが、フランス革命教の分派であるナポレオン(ジャコバン党員であった)のヨーロッパ武力制覇も、このマホメットを再現していて「人権宣言」の布教を伴った。「人権宣言」、それは政治近代化の文書ではない。宗教的教典の一つであり、全体主義イデオロギー布教の宣伝文書である。また、「人間の権利」というドグマは「国民の権利」の理論と異なって国家がなく国境がない。ボーダーレスである。このため、他の国家や国境を尊重する思考を弱め、侵略を容易にする。国際共産主義運動(世界の共産化)を目指す第三インターナショナル(コミンテルン)とそのシンパにとって、これほどありがたい「道具」はないであろう。

 人権宣言と共産党宣言、人類の歴史上これほど人類をして戦争や大量殺戮に駆り立てた宗教的な政治宣伝文書はかつてない。人類にとって悪魔のごとき最悪の文書であろう。

 ●フランス人権宣言──人間の奴隷化・動物化の原点

 フランス人権宣言は、国家に対して民衆(国民)が権利を要求する形において、初めて国家の権力の世俗化と肥大化を決定づけるものとなった。

 これによって民衆はみずからの個人の力で解決すべきことを国家に依存し、また、民衆の属していたそれぞれの「社会」(現代の日本で言えば、企業、地域社会、各種共同体、農村部落、自治会、町内会そして家族など「中間組織」ともいう)で処理してきたものを一括して国家に対してその実行を法律による強制として要求した。しかも、権利として要求した。その結果、国家は民衆(国民)に対して微細に干渉しこれを支配する権力が附与された。民衆は(国民)は国家に隷従する道に迷い込んだのである。

 つまり、国民は国家への過大な権利要求の代償として、国家権力の肥大化(強権化)と国家権力に対する依存症を引き起こしたのである。このことは非常に危険で、第一に、国家権力の強権化は自由の圧搾による全体主義体制の下地をつくる可能性を高め、第二に国家財政が破綻して国家権力の行使が不履行となった時、権利をすべて国家に委ねている国民は国家と共倒れになって滅びるということである。

 現在問題になっている社会保障問題(年金等)についても、福祉の保障をすべて国家に委ねれば国家財政の破たんで国民の福祉は破綻するし、国家財政を立て直すべく国家が消費税を引き上げる権力を発動すれば、国民の納税の負担は拡大し、国家権力による国民の私有財産の強奪に隷従することになるのである。

 さて、『論語』を一読すれば明白なごとく、人格の陶冶とかその文化的教養の訓練とかさらには高貴な精神の保持などは個人の領域であり、個人の努力なしにはいかんともしがたいものにも関わらず、国家に対する普遍的な人間の権利要求でもって人間が人間として向上しうるとする詭弁と迷信への狂信、それが「人権宣言」の根本にある。これをブルクハルトは、「人権として教養を求める要求」と名付け、人間としての人格形成のための教養の要求が人権の完全な実現でなされるという迷信が普遍化してしまったと嘆く。しかも、「人権としての教養を求める要求」のその本心はみずからの享楽的生活への欲求であって人間としての精神の向上にあるのではない。加えて、人間の権利を、労働とか生存とか、奴隷(の労働)や動物(の生存)に関する権利と同水準で最低レベルのものとしたため、人間をして、群れをなす羊のごとくに画一化/平準化を進め、かつ本当に、この羊の水準に落とすことになった。ソ連(共産ロシア)の「収容所群島」金日成下の北朝鮮の全土が飢餓列島と化している現実は、これを証明して余りあろう。そして心の豊かさや精神の向上あるいは美しき道徳(倫理)の保持など、人間が真に人間たりうる原点のすべては一切忘却され否定されるに至った。個人が「社会的・経済的な権利」を神聖(絶対不可侵)な普遍的「人権」として国家に対して要求することは、逆に国家が個人に対して社会的・経済的な強制の権限をもつことが絶対不可侵性において正当化されることになる。ハイエクは次のように結論付けている。この結論の正しさは「プロレタリアートの祖国」ソ連において実証されている生存権の保障、失業ゼロ、・・・・の理想社会(ユートピア)は、良くて「貧困の平等」社会であり、運悪いものにとっては強制労働かテロによる死の訪れる社会となる。

 ハイエク曰く、「新しい(社会的・経済的な)権利は、(生命の自由など)旧来の市民的権利が目指す自由主義的秩序を同時に破壊することなく、法によって施行されることはありえない」

 バークハイエクより約二百年も早くこれを洞察していて「人間は、全ての物に対して権利をもてば、全ての物が持てなくなります」と警告している。至言である。

 しかも、政治社会が一人一人の国民に対してその人間としての尊厳を尊重する、そのような社会を欲したいのであれば国家と「社会(中間組織)」の境界を不鮮明にしてはならない。すなわち、国家と「社会」はそれぞれの権限(責任)の範疇を逸脱しないルール(伝統)を守るべきである。国家と個人の中間に「社会」を位置させてこの「社会」この「社会(中間組織)」をもって個人を柔らかく包む庇護幕としない限り、人間の尊厳も人間の生命も守れない。

 国家と国民とを直接的に連結させるべくこの中間にあった数々の「社会」を消し去ることにした「人権」は、人間の尊厳にとってそれを侵害する最悪の毒物となった。ブルクハルトも、人権宣言によって近代が過誤をなしたのは、「国家の使命と社会の使命との間にある境界が全く乱れて消える」からである、と指摘している。「社会」で処理されるべきものまですべて国家の強制でその解決や要求の従属を求めようとすることは否が応でも国家権力の拡張と肥大化をもたらし、かくして国家は両刃の剣となって国民を襲うものとなる。フランスの人権宣言以降、ジャコバン党にしろロシア共産党にしろ、これに依拠する国家において、おびただしい殺戮が実行されたのは、人権宣言の当然の帰結でもあった。前者は数十万人、後者は数千万人ほど自国民を殺した。ロベスピエールが処刑されなかったならば、フランス革命はその後一気に数百万人は殺したであろう。「ヒロシマ・ナガサキ」原爆の被害者総数は十万人だが、「人権」のドグマはこの数百倍以上の殺人能力をもつ。

 なお、「人間の権利」については当然のことであるが、「国民の権利」に関しても憲法に明文的に規定することが、国家権力を肥大化せしめることになる恐れがあるから、憲法に定めてはならない、と史上最も早く指摘したのは米国のA・ハミルトンであった。1787年起草の米国憲法には「国民の権利」も「人間の権利」もそれらしき条項が全くない。このハミルトンの見識に従ったからであった。ハミルトンは次のように主張した。なお、米国憲法が1791年の改正で「国民の権利」条項を追加したのは、フランス革命の熱狂的ブームのため、しぶしぶ追加したのであった。

 ハミルトン曰く、「特定の権利についてのこまごまとした記述は、・・・・国民全体の政治的利害を規制することを主たる目的としたこの連邦憲法案の場合は不適当と言わざるを得ない。・・・・(それを)入れるとなると、それは元来連邦政府に付与されていない権限に対する各種例外を含むことになり、その結果、連邦政府に付与されている権限以上のものを、連邦政府が主張する格好の口実を提供することになるからである

●普遍的権利か民族固有の相続財産か

 もともと“自由”とは、国家に要求し国家の強制によって体現される個人の権利ではない。国家がそれを最大限に尊重すべく、に従ってあるいは「社会」のバリアによって、個人に対する国家の権力が最大限に制限されることによって保障されるものである。

 では、個人の“自由”に対する国家の権力を制限する、“法(law”とは何か。バークによれば、各個人の“自由”が各個人の父祖からの相続された個人的遺産であると考える賢明な叡智(常識)、それがこの“法”である、と言う。

 バーク曰く、「我々の自由を主張し要求するに当たって、それを祖先から発して我々に至り、更に子孫にまで伝えられるべき限嗣相続財産とすること、また、この王国の民衆にだけ特別に帰属する財産として、何にせよそれ以外のより一般的な権利や先行の権利などとは決して結びつけないこと、これこそ、マグナ・カルタ(1215年)に始まって権利の章典(1689年)に及ぶわが憲法の不易の方針であった

 ハイエクによれば、法と自由とは、ある社会の安定が長く幾世代も持続したことによる歴史的産物であって「自生的秩序」だという。バークとハイエクは視点も論点も異なるが、結論は全く同じである。

 要するに、人間一般に普遍的な「人権」の思想とは、その代表たる“自由”を例とすれば逆に自由の放棄の教義(ドグマ)となるように、欺瞞と狂気の政治宣伝(プロパガンダ)にすぎない。人類に普遍的な「人間の権利」などというものは、あの「世界人権宣言」がいかに宣伝しようとも、現在のアフリカにおける部族間の血生臭い殺し合いの現実(自由ゼロの現実)が示すように、一定の長さの安定的な歴史を有さない政治社会においては理論的にも決して存在しない。「人間の権利」は人類に普遍的にあるのではなく、あくまでも各国家のそれぞれの歴史において“自生的”に成長し存立しうるものである。だから、人間一般の権利ではなく“国民の権利”なのである。

 すなわち、このようなものをあえて“権利”と称したいのであれば、各国・各民族の「国民(民族)の権利」としてであろう。例えば、日本について言えば、“自由”を「日本国民の権利」として要求するのならば、それなりに妥当だが、国家や民族の歴史を欠いた普遍的な「人間の権利」として要求するのであればそれは人間性を否定する狂った教義にすぎない。つまり、ある国家(政治社会)に生まれた“国民”は、普遍的な「生物学的な人間」として生まれたのではなく、その国家の歴史・伝統・慣習・法の枠内において権利を要求できる“国民の権利”しか持ちえないのである。

 このことは、一般的に考えても常識なことであって、例えば日本国民が中国(米国でもどこでも良い)に旅行に行って、中国国内で「日本ではこれが日本国民の権利だ」といくら主張しても、それが、「中国国民に認められていない権利」であれば、その権利行使は中国国内では認められないのが当然であるごとく、国家の歴史・伝統・慣習・法に基づかない人類普遍の権利としての「人権」など、現実的に存在し得ない。あるのは、各国家における“国民の権利”のみである。

 だから、日本国憲法の「基本的人権の尊重」という詭弁で在日外国人に地方参政権を与えるようなことは決してしてはならない。それは、「参政権」が「日本国民の権利」であるという“自由”の基盤を突き崩す、狂った危険な思想に基づいているからである。在日外国人が「国民の権利」としての参政権を得るためには、日本国に帰化して日本国民となる(国籍を取得する)ことが大前提である。そのような世界の常識も分らぬ政治家に選挙で一票を与えてはいけない。いわんや、「日本国は、日本国民だけのものではない」などの暴論を吐くような人間をや、である。

 人間とは、動物ではないし、奴隷であってはならない。況やロボットではない。動物や奴隷は普遍的であるが、それぞれの人間は国家と民族の産物であって、つまり、各国家(各民族)固有の歴史の上に生きている。人間は、国民になった時初めて生物学的な人間ではなく、つまり動物とは異なった“真の人間(「人間的人間、文明社会の人間」”になれる。

 英国の「権利の章典」(1689年)が、狂ったフランスの人権宣言と根本において相違したため健全であるのは、「人間の権利」というものを断じて認めなかったからである。

 この「権利の章典」と称される法律の正式名称は「臣民の権利及び自由を宣言し、王位継承を定める法律」であって、あくまでも英国の貴族と庶民だけの権利について宣言して「人間の権利」などに言及してはいない。だから、英国では全体主義体制はおこらず、国民に対する無差別殺戮も決して生じないのであり、国民にとって最高な価値である“自由”が正しく保障されるのである。

 「権利の章典」は、「僧俗の貴族および庶民は、・・・・それらの祖先が同様な場合に行ったようにそれらの古来の自由と権利を擁護し、・・・・宣言した」と述べて、みずからの自由が「祖先」のものだから「古来」のものだからということにその権原を求めている。

 ところが、日本の学者は、英国のマクナカルタ「権利の章典」と、それと対極的なフランス人権宣言とを一緒にして区別しない。岩波文庫『人権宣言集』(宮沢俊義ほか編)はこの悪例の典型的なものの一つである。要するに、英国には「人権」などという概念はなかったし、英国の近代とはこの「人権」を排除する歴史であった。

 英国の「権利の章典」等(Aとする)フランスの人権宣言(Bとする)の対極的な相違は①Aの「国民の権利」とBの「人間の権利」の宣言の相違にとどまらない。②A国民の身分的不平等を是認し、Bはその(貧困の)平等化を狙うものであった。③A国王(君主)制の存続を絶対的な前提としての「国民の権利」要求であるが、B国王(君主)制否定のドグマを前提としていた。④Bは中間組織の破壊を狙う「旧体制」から「新体制」への革命の野望を秘めるが、Aにはそのようなものは全くなかった。⑤Bには「旧体制」破壊の革命支持派と反革命派を差別する(この事実でもはや人間の平等など存在していないのである)が、Aにはそのようなものは片鱗もなかった。

 若干説明すれば、「権利の章典」は、「僧俗の貴族および庶民・・・・」が宣言文を両陛下に奉呈したその形式で明らかなように、英国を僧服貴族・世俗貴族の貴族の身分のものと庶民の身分のものとの差別的な二階級をもって構成されることを大前提としている。そして、この法律の正式名称の後半が「王位継承を定める」であるように、安定的な立憲君主制を希求するのが「権利の章典」の眼目であった。

 しかし、フランスの人権宣言には、フランス国民が全く存在しない。フランスの歴史も存在しない。そもそもフランスが全くない。代わりに、人間一般が論じられ、政治と立法に直接かかわる条項は人間ではなく市民」という革命用語で記述されている。「旧体制」(アンシャン・レジーム)破壊を支持する革命派だけが政治参加の特権を与えられる「市民」であって、そしてルソーの定義するように「人間は市民になって初めて人間となる」のだから革命派以外は「人間」でないと差別されて、法的保護の対象外となる。

 すなわち、フランスの人権宣言とは「革命の信徒」と非信徒を差別し、後者に対する殺戮(テロル)を宣言する恐怖の政治文書でもある。そして、この「革命の信徒」が直接「宗教指導者」たる国家権力と直結すべく、国家と個人(信徒)の間に介在する「中間組織」をすべて破壊するため、フランス人権宣言には「結社の自由」がない。それを否定したのである。つまり、「人権」によって国民が裸のまま国家権力に晒されることにしたのである。 

 以上のことを一言で言えば、フランス人権宣言は歴史も文明も否定する生物学的人間が反乱して国家を簒奪してそれを宗教的共同体に改造するという論理体系になっている。だから、動物並みの「生存」をもって「自由だ!」「権利だ!」と絶叫するのである。そこには民族の歴史や伝統からなる文明社会(国家)への言及は一言もないが、動物にはそのようなものがないのと符合している。

 なお、ソ連の崩壊と共産主義の衰退で、“共産革命の信徒”という意味であった「プロレタリアート」が死語となり、1990年代以降の日本では、「市民」や「地球市民」がこの「プロレタリアート」の代用語として定着した。だが、もともとルソーの「市民」がマルクスによって「プロレタリアート」と改名されていたのだから、実はフランス革命時の特殊政治用語「市民」が復活したのである。マルクス主義の「プロレタリアート」はポスト冷戦でもルソー主義の「市民」という糖衣をかぶって生き続けている。

 日本の新聞から「市民」の二文字が消え、“国民”が復活するまで、マルクス主義者に占領された日本のマスメディアの左翼革命運動は下火にすらなっていない証拠である。

 なお、市民団体」という団体も、(すべてがそうではないにしても)マルクス主義者の団体を意味することが多い。なぜ「国民団体」といわずに「市民団体」というのか。それは自らを国家に拘束される国民と認めていないからである。そして「市民」が暗黙のうちに「マルクス主義的人間、世界市民」を示すからである。これらの「市民団体」は当然の帰結として、国家に対し「権利」「人権」等を執拗に主張するのである。

 ところでフランス人権宣言にはとんでもない、第二の過誤がさらにある。人権宣言は民衆が国家に対する「無制限の権利(人権)」を要求することを正当化した。ところが、“人間の義務”については全く言及しなかった。このことが、人間が高貴さや倫理性(つまり道徳)を拒否するそのような狂気を正当化する根拠ともなった。

 倫理(道徳)とは義務の精神である。人間が権利の要求(欲求)のみに満ちていることは、本質的に反倫理(道徳)的である。近代社会における人間の道徳喪失を著しいものとし野蛮化を促すその元凶は、このフランス人権宣言のとおりに権利を要求して義務を課さないことに発生したのである。

 ベルジャーエフは、これについて、次のように鋭い批判をしている。

 ベルジャーエフ曰く、(フランス)人権宣言は当然、人間の持つ義務の宣言と関連していなければならぬことを忘れ果てている・・・・人権が人間の持つ(道徳的)義務から引き離されてしまった道は、諸君を善に導くことはなかった。・・・・義務の意識がなく権利のみを要求する結果、人間の利益と欲情の闘争の道へ、また相競って相互排除する権利の主張へと人間を押しやった。・・・・人間の義務は人権よりも深い。・・・・権利は義務から由来するものである

 「人権宣言」の「人権」の欺瞞は、それが自然法の権利(自然権)だとしている点にある。だが、「文明以前の自然社会」における未開人の権利(自然権)を「法秩序の支配する文明社会」に「人権」としてそのまま当てはめるのは論理的にも現実的にも不可能である。 このことをもっても、「人権」がいかに虚構で嘘であるかは明らかであろう。いやそればかりか、ベルジャーエフの指摘のとおり、「人権」が人間を低級に堕落させていくのである。

  ベルジャーエフ曰く、「(フランス人権宣言は)人間の権利、すなわち、奴隷、低級自然のもつ権利(未開人の自然権)を宣言している」

 「<自然的>人間を解放すれば、生まれてくるものは悪だけである」

 「人間が単なる自然的、社会的環境の相似にすぎず、外的条件の反射、必然の子にすぎないのであれば、人間には神聖な権利も、義務もない。つまり彼らにあるものは、利益と欲望だけである」

 なお、国際政治や国際法における「人権とは、難民や全体主義の圧制下の人々やアフリカの部族間ホロコーストの続く国家の人々など、「国民の権利」が喪失したか「国民の権利」が存在しないか「国民の権利」がまだ生成していないかの不幸な人々に対して、せめて生存の保障だけでも提供してあげよう、内政干渉してその国家に守らせよう、とする問題である。

 つまり、「国民の権利」を有しまた歴史と伝統に基づく自由の存在する幸福な国家・国民が、「国民の権利」が夢のまた夢の不幸な人々に対してなす、人間としての倫理(道徳)性に基づく行為である。それらの不幸な人々が「国民の権利を享受できるようになるまで、動物ですら享受できる生存や生命を最低限度、保証してあげようというもの、それが「人間の権利」である。

 ●「人権」の放棄はテロルの終焉

 フランスで荒れ狂ったテロルの政治が終焉したのは、1875年の第三共和国憲法の制定からであった。この憲法はたった三本の憲法的基本法律であって合計三十四カ条である。フランス革命のうんだ1791年憲法の二百十八カ条(人権宣言の十七カ条を除く、第六篇を一カ条に換算)の七分の一という短さである。そして革命八十六年後の、この1875年憲法にはいかなる「人権」条項もまったく存在しない。ジャコバン憲法の人権宣言(1793年、三十五カ条、未施行)や1848年憲法の「市民の権利」(第二章、十六カ条)のようなものはその匂いすら消えている。フランスは初めて「人権」の桎梏から解放された。

 この結果、1789年から続いた暴動と大量処刑の約一世紀の暴虐の歴史からフランスは解放された。フランス国民にルイ十六世時代の“自由”が戻ってきたのである。この時フランスは漸く覚醒した。自由は「旧体制」の相続遺産である、と。しかも、バークの炯眼どおり、国家・民族の歴史において「自生」した限嗣相続財産である、と。

 すなわち、われわれがこのフランス革命の愚行から学び得た自由を守る叡智とは、次のオークショットの言葉に要約されている。

 オークショット曰く、「政治における自由主義者の営みは既に種の蒔かれたところを耕すこと、そして自由を達成する既にしられている方法だけでは確保し得ないような新たに提案された自由を追求する不毛を避けることにあると思う。政治というものは何らかの新しい社会を想像することでも、既存の社会を抽象的な理想に合致させるべく改造することでもなく、我々の現存の社会からほのかに聞こえてくる要求をより充分に実現するために今何をなす必要があるのかということを認識することであろう

 だが、翻って日本を見る時、「人権」はペスト菌のごとく猛威をふるって法に対しても正義に対しても蹂躙を恣にしている。例えば殺人の犯罪者が「人権」に守られているというより「人権」がその罪も罰すらも免除してしまう。「人権」が法を無視して無法化を進めているのである。日本の「人権派弁護士」の狂気のごとき暗躍の成果である。そして、日本の「人権派弁護士」のほとんどが共産主義者であり、マルクス主義者であろう。なお、前述のロベスピエールも「人権宣言」を信奉するその信徒たる弁護士であった。

 エドマンド・バークブルクハルトらは、弁護士とはすべからく政治(統治)から排除しなければならない人々である。弁護士とは政治を悪くし崩壊せしめても向上せしめることはない人々である、と烈しく断じている。

 最後に、「人格無しの人権亡者」という田恆存(ふくだつねあり191294年)の有名な人権批判で結びとする。

 田恆存曰く、「これも人権、人権と騒いでゐるうちに人格(道徳)無しの人権亡者が輩出したお陰である。基本的人権といふと如何にも近代的で聞こえがよいが、その基底に個人としての人格(道徳)が無ければ、基本的といふ言葉は最低のといふ消極的概念に過ぎなくなる。事実、基本的人権といふのはその意味に他ならないが、それを恰も鬼のくびでも取ったような気で御大層な積極的概念に誤訳して用ゐて来た為、人格(道徳)無しの人権亡者が輩出したのである」

  なお、「エドマンド・バーク保守主義」とバーク的観点からの「日本国憲法の問題点」および、いわゆる“東京裁判史観・自虐史観”とは異なる、バーク保守主義的観点からの「大東亜戦争観」を一気に知りたい人は、次の私のホームページへジャンプしてもらっても結構です。驚くような面白い話満載です。ぜひ一度ご来場ください。リンク先:http://www.geocities.jp/burke_revival/index.htm

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