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保守主義の哲学シリーズⅢ-7-③‐‐‐「保守主義の父」エドマンド・バーク(その7:第2章⑤-3)


 (バーク保守主義:その3-⑤―3)

第2章バーク「偏見(=古きものへの尊敬の念)」の哲学「理性の完成(完全)主義」の否定・「人間の意思(知力)=神託」主義の排撃

第六節 「神の意志」「神慮」「神の摂理」「神の法」について(その3)


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『古事記』の伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)の誕生の件(くだり)

 「次に成(な)りませる神の名(みな)は、国之常立神(くにのとこたちのかみ)

 ・・・次に伊邪那岐神(いざなぎのかみ)次に妹(いも)伊邪那美神(いざなみのかみ)

 ・・・ここに、天神(あまつかみ)、もろもろの命(みこと)もちて、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)二柱(ふたはしら)の神に『このただよえる国を修(つく)り理(おさ)め固(かた)め成(な)せ』と詔(のりご)ちて、天沼矛(あめのぬぼこ)を賜(たま)いて言(こと)依(よ)さし賜(たま)いき。

 かれ二柱(ふたはしら)の神、天浮橋(あめのうきはし)に立たして、その沼矛(ぬぼこ)を指(さ)し下(おろ)して、晝(か)きたまえば、塩こおろこおろに晝(か)き鳴らして引き上げたまう時に、その矛の先より垂(したた)り落つる塩、かさなり積りて嶋(しま)と成る。これ、おのごろ嶋(しま)なり。」


(現代語訳)

 その次ぎに国之常立神(くにのとこたちのかみ)がなられた。国之常立神(くにのとこたちのかみ)は、広々と果てなく続く海の中に、どっしりとした広大な陸地を現そうと働かれた。

 天之常立神(あめのとこたちのかみ)と国之常立神(くにのとこたちのかみ)は一対の神であり、我々の祖先はこれらの善なる神々が、天は永遠に天であり、地は永遠に地であるように天地を支え続けてくださるから、安心して暮らせるのだ。ありがたいことだと美しい謙虚な気持ちで自然に接したため、神の道理(神慮)を享受して正しい道理を生きることができたのである。

 ・・・神々がこぞって歓喜していると、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)伊邪那美神(いざなみのかみ)夫婦神が顕れた。

 そしていよいよこれから、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)と伊邪那美神(いざなみのかみ)の夫婦二神による『壮大な国生み』『八百万神(やおよろずのかみ)』が誕生する雄大ですばらしい情景が展開していく。

 造化三神は多くの神々と相談されて、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)二神に命じられた。

 高天原(たかあまはら)の神の世界では、あらゆるものを生み出して現し出す用意は着々と進んでいる。下界もようやく明るくなってきた。しかしまだ、海月(くらげ)のような泥がぷかぷかと漂っているようで、たしかなものは何もない。しかしあの下界にも様々な生命(いのち)が生れ、誕生したことを喜びあう世界を創りたい(この海月のようにぷかぷかと漂える泥である国を修理し固めて完成させよ)と、願っている」

 と二神に、天沼矛(あめのぬぼこ)をお授けになった。天沼矛(あめのぬぼこ)とは、天上の尊い矛で天地を貫く神慮・真理の矛である。海月のような泥がぷかぷかと漂っている不安定な下界を、安定した秩序ある姿にするようにとの天神(あまつかみ)の願いがこめられた矛である。

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)は、雲に乗って出発された。美しい七色の虹の橋が天空に架かっている。天浮橋(あめのうきはし)である。この橋は、天上界から地上界に通じる橋である。

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)は、天浮橋(あめのうきはし)の上から下界を見下ろした。ところが、白色のもやもやしたものが、もこもこと広がるばかりである。

 邪那岐命(いざなぎのみこと)は、ふと、よいことを思いついた。天沼矛(あめのぬぼこ)を逆さに持ち直して、白いもこもこの広がりの中にさしいれて、ぐるりぐるりと勢いよくかき回した。

 すると白いもこもこの下にある海の塩水がかき回されるたびに「こおろ、こおろ」と音をたてた。

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が矛を引き上げてみると、濡れた矛の先から塩水がぽたぽたと、したたり落ちた。白いもやもやは薄れて消えていった。

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)も伊邪那美命(いざなみのみこと)も、したたり落ちる塩水のしずくの様子をずっと眺めていた。すると塩水のしずくは、どんどん重なり積もって島ができていた。島が生れた。“おのごろ島”の誕生である。


 この“修理固成”の詔(みことのり)が、我々の日本国の国柄・国体の根源となる詔である。

 我々の日本国は、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)二神が顕れられた時から始まっていると言える。

 天皇、皇室、皇統そして我々すべての日本国民の血統の起源が“修理固成”の詔(みことのり)なのである

 この件(くだり)では、古代日本の祖先に、バーク保守主義の「国家聖別」観が、既に萌芽していることが読み取れる。

 この後、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)による壮大な国生みが展開するが、そこではさらに「国家聖別」観の極みを観取できる。

 なお、この件の最初に顕れる国之常立神(くにのとこたちのかみ)とはその名の通り、「国」は「日本国」を表し、「常」は「常盤=永遠・悠久」を表し、「立」は「(雨風や霧が立つ)の立つ=出現する」を表しており、「永遠・悠久の日本国がもうすぐ出現する」と予言し祝福する“神”という意味が込められている。

 この日本神話の“天地(あめつち)のはじめ”の件(くだり)を読むと、古代日本の祖先たちの豊かな感性、その感性で受け取った直観<=神の道理(神慮)=神の意志=正しい道理>の正確さ、偉大さに驚愕する。

 大自然のすべての創造の中に、天地を貫く理法<=神の道理(神慮)=神の意志=正しい道理>を的確に捉えて、そこに神を観取して神を畏敬する

 そこには、古代日本の祖先たちが、神々を畏敬の念をもって讃嘆し歓喜して生を営む“清き明き人生観”が現れている。

 我々人間とは、神々の働きによって、“生かされて生きる存在”であることへの慎み深い感謝、喜びが常に思考の根底にあったのである。

 つまり、古代日本の祖先たちは、“人間は神に生かされ生きている存在”であり、“神の意志(神慮)”が「人間の生命・思考(意志)」を覆い包んでいると考えたのである。

 ここには、バーク保守哲学の「偏見」のうちの「神への畏怖の念/畏敬の念/感謝の念」と同一の観念が通底している


 次に、『古事記』の国生みの件

 「その嶋(しま)に天降(あまも)り坐(ま)して、天之御柱(あめのみはしら)を見立(みた)て、八尋殿(やひろどの)を見立てたまいき。

 ・・・子(みこ)、淡道之穂之狭別嶋(あわぢのほのさわけのしま)を生みたまいき。次に伊豫之二名嶋(いよのふたなのしま)を生みたまいき。この嶋は身一つにして面(おも)四つ有り。面(おも)ごとに名あり。

 かれ伊豫国(いよのくに)を愛比売(えひめ)といい、讃岐国(さぬきのくに)を飯依比古(いいよりひこ)といい、粟国(あわのくに)を大宜都比売(おおげつひめ)といい、土佐国(とさのくに)を建依別(たけよりわけ)という

 ・・・次に大倭豊秋津嶋(おおやまととよあきつしま)を生みたまいき。またの名を天御虚空豊秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)という。かれ、この八嶋(やしま)を先づ生みませるによりて大八嶋国(おおやしまのくに)という。

 ・・・またの名を天之忍男(あめのおしお)という。次に両兒嶋(ふたごのしま)を生みたまいき。またの名を天両屋(あめふたや)という。」


(現代語訳)

 おのごろ島に天下られた伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の二神はまず、広い大地に天につらなる神聖な高い柱天之御柱(あめのみはしら)>を建てた。天神(あまつかみ)と交流するためである。

 次に、非常に広い<=八尋(やひろ)>もある御殿も建てた。

 ・・・すると翌朝、朝日が金色に輝きわたった海の上に、生まれた御子である国土(くに)が次々と現れてくるではないか。

 ①淡道之穂之狭別嶋(あわぢのほのさわけのしま)=淡路島

 ②伊予之二名嶋(いよのふたなのしま)=四国

 ・伊予国(いよのくに)=愛媛<またの名を愛比売(えひめ)という女神

 ・讃岐国(さぬきのくに)=香川<またの名を飯依比古(いいよりひこ)という男神

 ・粟国(あわのくに)=徳島<またの名を大宜都比売(おおげつひめ)という女神

 ・土佐国(とさのくに)=高知<またの名を建依別(たけよりわけ)という男神

 ・・・⑧大倭豊秋津嶋(おおやまととよあきつしま)=本州<またの名を天御虚空豊秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)。天御虚空(あまつみそら)は大和国の形容詞。豊かに秋のみのりがある大和国の意味が大倭豊秋津嶋にはこめられている>

 まず、このように八つの島をお生みになったので、我らの日本の国を大八島国(おおやしまのくに)と言う。

 ・・・⑭両兒嶋(ふたごのしま)=五島列島の男島と女島といわれるが、定かでない。<またの天両屋(あめふたや)>(注)ここでは、一部の国々・島々の誕生を省略した。


 

 この件の注目点は二点ある。

 第一に、日本国の国々や島々は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の“二神”がお生みになったという神聖な感覚である。

 第二に、すべての国々・島々の名に「またの名を・・・」として、“男神・女神”の御名が附与されていることである。

 バーク保守主義の「国家聖別」哲学からすれば、これ以上の「国家聖別」は世界に存在しないであろう

 「日本の神々が生み、日本の神々の御名が刻印された国家、それが日本国という聖別された国家である」と『古事記』は語っているのである

 また、日本国が「倭の国」「大和の国」「八島の国」「大八島の国」とも呼ばれる理由も良くわかるであろう。

 


『古事記』の神々の誕生の件

 「すでに国を生み竟(お)えてさらに神(かみ)を生みましき

 かれ生みませる神の名(みな)は大事忍男神(おおことおしおのかみ)

 ・・・次に海(わた)の神、名は大綿津見神(おおわたつみのかみ)を生みまし、

 ・・・次に山(やま)の神、名(みな)は大山津見神(おおやまつみのかみ)を生みまし、

 ・・・次に野(ぬ)の神、名(みな)は鹿屋野比売神(かやぬひめのかみ)を生みまし。またの名(みな)は野椎神(ぬづちのかみ)と謂(もお)す。

 ・・・次に大宜都比売神(おおげつひめのかみ)

 次に火之夜芸速男神(ひのやぎはやおのかみ)を生みましき。またの名は火之毗古神(ひのかがびこのかみ)と謂(もお)し、またの名は火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)と謂(もお)す。

 この子(みこ)を生みますに因りて美蕃登(みほと)炙(や)かえて病(や)み臥(こや)せり。

 多具理(たぐり)に生(な)りませる神の名(みな)は金山毗古神(かなやまびこのかみ)、次に金山毗売神(かなやまびめのかみ)

 次に屎(くそ)に生(な)りませる神の名(みな)は波迂夜須毗古神(はにやすびこのかみ)波迂夜須毗売神(はにやすびめのかみ)

 次に尿(ゆまり)に生(な)りませる神の名(みな)は弥都波能売神(みつはのめのかみ)

 次に和久産巣日神(わくむすびのかみ)

 この神の子を豊宇気毗売神(とようけびめのかみ)と謂(もお)す。

 かれ伊邪那美神(いざなみのかみ)は火の神を生(う)みませるによりて遂(つい)に神避(かむさ)りましぬ。・・・

 すべて伊邪那岐(いざなぎ)・伊邪那美(いざなみ)二柱(ふたはしら)の神、共(とも)に生(う)みませる嶋(しま)。壹拾肆嶋(とおまりよしま)。

 神、参拾伍神(みそぢまいりいつはしら)。

 (是(こ)は、伊邪那美神(いざなみのかみ)、神避(かむさ)りますさきに生(う)みませり。・・・」


(現代語訳)

 そして、すでに、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)がお生みになった国土(=国土もまた神々である)の上で暮らす神々もまた、次々にお生みになった。伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)の無限の霊力、全知全能を示している。

 最初にお生みになったのが、①大事忍男神(おおことおしおのかみ)である。国土の上で暮らす、神々の誕生の第一番目に大事忍男神(おおことおしおのかみ)を挙げたことは、「男として生まれたからには、どんな困難や苦労も耐え忍んで大事を成し遂げなければならない」という「男としての生き方の教えを最重視する古代日本の祖先の深慮と叡智の現われである

 これは、日本国において日本の“神々の意志(神慮)”、“神々の摂理”に従うならば、「日子(ひこ)=男性と日女(ひめ)=女性にはそれぞれに定められた役割が与えられており、それに従順に生きよ」という深い教えである

 現代日本の憲法第二十四条第二項の「両性の本質的平等」や狂気の「ジェンダーフリー思想」などは日本国の神々の教えには皆無であって存在し得ない

 以下に、次々とお生みになる神々を挙げる。(この後の神話の件でに重要な役割を果たす神のみを挙げる)

 ・・・⑧大綿津見神(おおわたつみのかみ)は、海の霊であり、偉大な海の守り神

 ・・・⑯大山津見神(おおやまつみのかみ)は、大山(おおやま)つ霊(みの)神で、山を守る神山の霊神である。

 ・・・次に伊邪那美神(いざなみのかみ)は、大宜都比売神(おおげつひめのかみ)をお生みになられた。米や粟(あわ)や稗(ひえ)などの食糧や他の物質などの生産を司る神である。

 宮中(きゅうちゅう)の賢所(かしこどころ)<=天照大御神(あまてらすおおみかみ)の御霊代(みたましろ)として八咫鏡(やたのかがみ)を安置している所>に祀られている御膳神(みけつのかみ)が大宜都比売神(おおげつひめのかみ)である。

 次に伊邪那美神(いざなみのかみ)は、火之夜芸速男神(ひのやぎはやおのかみ)、つまり火の神をお生みになった。

 またの名(みな)を火之毗古神(ひのかがびこのかみ)火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)という。

 火之夜芸速男神(ひのやぎはやおのかみ)は、すばや(速)く、強い火と熱をおこす神である。

 火之毗古神(ひのかがびこのかみ)の「(かが)」は、ひかり輝くことを意味し、光源を与えてくれる神という意味である。

 火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)は、火を使う道具の神という意味である。

 古代には、当然のことながら、今日のように闇夜を照らす電気・電灯などは全くなかった。

 そのような世界で、暗闇を明るく照らし、熱を発する火(ひ)は神秘的なものであり、古代日本の祖先は、火の中に神々の荘厳さや神聖さを感じ畏敬したであろう

 火の神とは、汚れ穢れたものを焼き清めてくれる浄火の神であり、人々は畏敬したのである

 しかし、一方で人間が火の荘厳さや神聖さを忘却する時には、火はすべての物質を焼き尽くす凶器となるこの意味において、古代日本の祖先は火の神を畏怖したのである

 伊邪那美神(いざなみのかみ)は、この火之夜芸速男神(ひのやぎはやおのかみ)をお生みになったことが原因で、美蕃登(みほと)<=女性の陰部>を火傷(やけど)され、病床に臥された。ここでは、古代日本の祖先の火に対する恐怖心が強く現れている。

 伊邪那美神(いざなみのかみ)が病床で吐いた多具理(たぐり)<=嘔吐物>から、鉱山の神である金山毗古神(かなやまびこのかみ)金山毗売神(かなやまびめのかみ)が顕れ、金、銀、銅、鉄、石炭などが生みだされた。

 伊邪那美神(いざなみのかみ)がなされた屎(くそ)<=大便(だいべん)>からは土器をつくる埴土(はにつち)を生みだす波迂夜須毗古神(はにやすびこのかみ)波迂夜須毗売神(はにやすびめのかみ)が顕れた。

 尿(ゆまり)<=小便>からは清く美しい水の霊(水の神)である弥都波能売神(みつはのめのかみ)が顕れた。

 ここでは、可視的な物質世界では、汚物と見える排出物も、不可視の“神の意志(神慮)”、“神の摂理”を畏敬し、かつ畏怖すれば、汚物でも有用な物に転化・転用されうることを教えている

 現代日本で叫ばれる「エコ(ECO)」の精神は“新しい精神”などではなく、現代日本人が忘却していた『古事記』の“古代の精神”に立ち返ったものにすぎない。

 火は汚れ穢れたものを焼き清めてくれる浄火でもあるから、神々は、善意と慈愛の“神々の意志(神慮)”によって、和久産巣日神(わくむすびのかみ)<=伊邪那美神(いざなみのかみ)の子(みこ)ではない。>を顕現させられた。

 『日本書紀』には、「火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)波迂夜須毗売神(はにやすびめのかみ)と結婚してこの神(=和久産巣日神〈わくむすびのかみ〉)をお生みになり、この神の頭の上に蚕と桑、臍(ほぞ)<=へそ>に五穀が生じた」とある。

 和久産巣日神(わくむすびのかみ)の子(みこ)を豊宇気毗売神(とようけびめのかみ)と言い、この神が、伊勢神宮(いせじんぐう)外宮(げぐう)の御祭神である。 

 「平和な世が久しく続き、五穀豊穣であるように」との“神々の意志(神慮)”が満ちているのである


(バーク保守主義次回その3-⑤-4へ続く)


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