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保守主義の哲学シリーズⅢ-7-④‐‐‐「保守主義の父」エドマンド・バーク(その7:第2章⑤-4)


 (バーク保守主義:その3-⑤―4)

第2章バーク「偏見(=古きものへの尊敬の念)」の哲学「理性の完成(完全)主義」の否定・「人間の意思(知力)=神託」主義の排撃

第六節 「神の意志」「神慮」「神の摂理」「神の法」について(その4)


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 この後、『古事記』の神話は、

 ①黄泉の国(よみのくに)⇒

 ②伊邪那岐神の禊祓いと三貴子(=天照大御神・月読命・須佐之男命)誕生⇒

 ③須佐之男命(すさのおのみこと)と宇気比(うけひ)八尺勾玉(やさかのまがたま)

 ④天の岩屋土(あめのいわやど)八咫鏡(やたのかがみ)

 ⑤須佐之男命と大宜都比売神(おおげつひめのかみ)

 ⑥須佐之男命の高天原追放と八俣大蛇(やまたのおろち)草薙剣(くさなぎのつるぎ)

 ⑦大国主神(おおくにのぬしのかみ)稲羽の白兎(いなばのしろうさぎ)・須勢理毗売命(すせりびめのみこと)・沼河比売(ぬなかわひめ)⇒

 ⑧少名毗古那神(すくなびこなのかみ=神産巣日神の御子で、一寸法師のモデルとも言われる)⇒

 ⑨国ゆずり豊葦原中国(とよあしはらのなかつくに)は国津神が治めていたが、そこは天津神の土地であるため、天津神に統治を譲渡するよう、国津神と交渉⇒

 ⑩国ゆずり・交渉成立⇒

 ⑪天孫(てんそん)邇邇芸命(ににぎのみこと)の降臨・九州宮崎県高千穂⇒

 ⑫邇邇芸命(ににぎのみこと)と木花之開耶毗売(このはなのさくやびめ)と結婚し、日子穂穂手見命(ひこほほでみのみこと)誕生⇒

 ⑬日子穂穂手見命(ひこほほでみのみこと)が綿津見神(わたつみのかみ)の宮(=浦島太郎の竜宮城のモデルか?)で豊玉毗売命(とよたまびめのみこと)と結婚し、鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)誕生⇒

 ⑭鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)が玉依毗売命(たまよりびめのみこと)と結婚し、神武天皇(初代天皇)が誕生

 という具合に展開していく。

 ここでは、紙面の都合上省略するが、機会があれば、続きを掲載する。

 『古事記』や『日本書紀』の神代にあたる“日本神話”とは、「日本の神々の日本国民への教え」として読めば、非常に意味深長で面白い。これこそ、「国民精神の真の教養の書」である

 ルソーの『社会契約論や』、ホッブスの『リヴィアサン』、ベンサムの『憲法典』、マルクスの『共産党宣言』など読み比べれば解るが、『古事記』=『日本神話』の精神性の高さは、上記の悪書四冊合わせても、さらに数百倍「上位」にある

 真正の日本国民なら一度は読まなければならない

 なお、『古事記』『日本書紀』について、現代(=戦後)日本人が抱いている次のような大誤解について若干説明しておく。

 <誤解①>『古事記』や『日本書紀』が天皇を神格化したため、大東亜戦争で「現人神」信仰で多くの日本人が天皇のために犠牲になった

 <誤解②>対英米戦争のために、『東亜新秩序』『大東亜共栄圏』などの精神的支柱として、『日本書紀』の「八紘為宇(一宇)」という文言が利用された

 上記の誤解が、「そもそも論」として間違っているのは、

 ㋑『古事記』や『日本書紀』に「天孫降臨」や「八紘為宇」記述があることと、

 ㋺それを戦争目的に利用するという行為は全く異次元の世界の話であって、責められるべきは、天皇でも『古事記』でも『日本書紀』でもなく、「それらを曲解して、戦争に利用した行為者=政府や帝国陸海軍」である。こんなことは、小学生でも解ることであろう。

 このこと自体において「上記の①②の誤解・疑問を抱くこと自体が論理破綻」している

 <誤解①②>の回答は上記一文のみであって、それ以上でも以下でもない。が、これだけでは不服な者もいるだろうから、少し補足しておく。

 『古事記』の神々の系図を以下に示す。

保守主義の父バーク ブログ用 その2_image012.png

 神話では邇邇芸命(ににぎのみこと)が「天孫降臨」する時、天照大御神から

 ①天壌無窮(てんじょうむきゅう)

 ②宝鏡奉斎(ほうきょうほうさい)

 ③斎庭の稲穂(ゆにはのいなほ)

 の「三大神勅」を賜ったが、これが天皇の“神性”が発する所以である。

 このうち、③斎庭の稲穂(ゆにはのいなほ)の神勅は『日本書紀』巻二(神代下大九段)の第二の「一書(あるふみ)」に

 「吾(=天照大御神)が高天原に所御(きこしめ)す斎庭の稲穂(ゆにはのいなほ)を以て、また吾が児(みこ)に御(まか)せまつるべし」

 とあるのがそれで、新嘗祭(にいなめさい)は、この神話を根拠にして行われている。

 また、歴代の天皇は即位の礼の後に五穀豊穣を感謝し、その継続を祈る大嘗祭(だいじょうさい)の時、邇邇芸命(ににぎのみこと)と同魂胴体となるとされているが、邇邇芸命(ににぎのみこと)は天照大御神から稲作の使命を授かって豊葦原の水穂の国に降臨したのであるから、邇邇芸命(ににぎのみこと)と同魂胴体となった天皇は、毎年稲作をして天照大御神への復命・報告をされなければならないのである。

 すなわち、『古事記』『日本書紀』の高貴な精神性を畏敬するならば大嘗祭を終えた天皇が邇邇芸命(ににぎのみこと)と同魂胴体となり、稲作をされ、その初穂を天照大御神に奉納する新嘗祭を行われている「天皇の神性」は、

 ①『古事記』『日本書紀』の神話という明文化された書物が存在すること

 ②その書物の中で、初代の神武天皇が天孫降臨した邇邇芸命(ににぎのみこと)の曾孫であること

 ③初代の神武天皇(B.C.660年即位)から二千六百年以上の間に万世一系の世襲の時効が成立していること

 ④古代日本の祖先から現在の日本国民まで、日本国民自らが世襲による皇位継承を承認してきたという事実

 ⑤ ④の事実を世襲(相続)した現世代及び将来世代の日本国民による皇統の世襲の承認義務

 において「日本国及び日本国民の自明の原理」である。

 また、この「日本国及び日本国民の自明の原理」を換言すれば、日本各地で見られる「神道儀式への公費出費に関する訴訟の大矛盾」が明確になる。

 『古事記』『日本書紀』の高貴な精神性を畏敬せず、蔑視する「市民・市民団体・弁護士等」は、そもそも『古事記』や『日本書紀』から発する「天皇の神性」否定しているのであるから、神性ある天皇を本尊・教祖とし、天孫降臨を中心に据える「神社神道」を「宗教とみなしていない」ということになる。

 なぜなら、「正統な宗教」と呼べるもので、教祖も本尊もなく、神性や仏性等も存在しない宗教などないからである

 あるのは、「理神教」のルソー教、社会主義教、共産主義教、マルクス・レーニン主義教などの邪教・似非宗教の類くらいである

 であるならば、これらの「市民・市民団体・弁護士等」は「教祖・本尊である天皇に神性など無いから、神道は宗教でなく、神道儀式は宗教儀式ではないと見做しているとしか解釈の余地はない

 そのような「市民・市民団体・弁護士等」が「新嘗祭や大嘗祭などの神道儀式に公費を出費すること」を「政教分離」の憲法違反として訴訟を起こすという行為は、大いなる自己矛盾・論理転倒であろう。

 簡単に言えば、神道儀式に公費を出費することに関して「政教分離」を理由にして訴訟を起こせば起こすほど、その市民・市民団体・弁護士等は、神道を正統な宗教とみなし、その本尊である「天皇の神性=現人神性」を狂信している信者ということになる

 このような訴訟を起こす「市民・市民団体・弁護士等」の多くは共産主義者やそのシンパの団体が多いが、「コミンテルン32年テーゼ」の「天皇制廃止」を高らかに謳いながら一方では神道儀式の違憲性を高らかに唱えて訴訟を起こして「神道の宗教性」すなわち「天皇の神性=現人神性」を他のどの日本国民よりも尊重している

 このような「市民・市民団体・弁護士等」とは、自分の政治的理念・イデオロギーに従って起こしている行動自体が、自分の政治的理念・イデオロギーを転倒させてしまっている自己矛盾にも気付かない、幼稚で愚鈍な知性しか持ち合わせない精神的な欠陥者であるとしか言いようがない

 では日本国民は、天皇が「現人神」であるか否かをどう考えるべきか

 答えは単純明快で、信教の自由である。

 『古事記』や『日本書紀』を読んで、感嘆する日本国民は天皇を「現人神」と考えたらよい。

 逆に『古事記』や『日本書紀』を読んで、くだらない作り話だと思う日本国民は天皇「現人神」でないと考えればよい

 しかし、重要なのは、日本国民にとって天皇は「神聖」であるか、あるいは畏敬する存在か、否かと問われれば、答えは「神聖であり、畏敬すべき存在である」しか回答はない

 なぜなら、『古事記』や『日本書紀』の天孫降臨までを物語で作り話であると割り切ったとしても、初代の神武天皇以来、万世一系の皇統は二千六百年間継続している事実が歴然とあるため、その地位と身体は「神聖にして侵すべからず」であるいわゆる、バーク保守主義の「世襲の時効」である。そして、その皇統が二千六百年もの間途切れることなく、しかも万世一系で継続してきた「世界史上の唯一の奇跡」において、日本国民にとって天皇は畏敬すべき存在なのである

 そして先にも述べたとおり、日本国民の側からしても、

 ①古代日本の祖先から現在の日本国民まで、日本国民自らが世襲による皇位継承を承認してきたという事実

 ② ①の事実を世襲(相続)した現世代及び将来世代の日本国民による皇統の世襲承認義務

 の理由から天皇の地位と身体は「神聖にして侵すべからず」の結論しか存在し得ないのである。


 最後に、参考として『日本書紀』三の

 「神武天皇 橿原建都(かしわらけんと)の令 八紘為宇(あめのしたをおおいていえとせむ)詔(みことのり)」を掲げておく。

 この件で、神武天皇は、国民を意味する「民」を“おおみたから”と仰せられるのである。

 また、「八紘為宇」の本質的観念は、大東亜戦争で用いられた「プロパガンダのスローガン・八紘一宇」の似非観念とは全く異質のものである。

 「我東(われひむかし)にゆきしより茲(ここに)に六年(むとせ)になりぬ。

 皇神(あまつかみ)の威(みいきおい)を頼(かがふ)りて、凶徒(あだども)ころされぬ。

 辺土(ほとりのくに)未だ清(しず)まらず、余妖(のこりのわざわい)尚梗(なおこわ)しといえども、中州之地(なかつくに)また風塵(さわぎ)なし。

 誠によろしく皇都(みやこ)を恢(ひらき)廓(ひろ)め、大荘(みあらか)を規摹(はかりつく)るべし。

 而(しか)るに今、運(とき)此(こ)の屯蒙(わかくくらき)にあい、民(おおみたから)の心素朴(すなお)なり。巣にすみ穴にすむ習俗(しわざ)、これ常(つね)となれり。それ大人(ひじり)の制(のり)を立つ。義(ことわり)かならず時に随(したが)う。

 苟(いや)くも民(おおみたから)に利(くぼ)あらば、何ぞ聖(ひじり)の造(わざ)に妨(たが)わむ。また当(まさ)に山林(やま)を披(ひら)き掃(はら)い、宮室(おおみや)を経営(おさめつく)りて、恭(つつし)みて宝位(たかみくら)に臨(のぞ)み、以て元元(おおみたから)を鎮(しず)むべし。

 上(かみ)はすなわち乾霊(あまつかみ)の国を授けたまう徳(うつくしび)に答え、下(しも)はすなわち皇孫正(すめみまただしき)を養(やしな)いたまう心を弘(ひろ)めむ

 然(しこう)して後に六合(くにのうち)をかねて以(も)て都(みやこ)を開き、八紘(あめのした)を掩(おお)いて宇(いえ)とせむこと、また可(よ)からずや

 かの畝傍山(うねびやま)の東南(たうみのすみ)橿原(かしはら)の地を観れば、蓋(けだ)し国の墺逼(もなか)か。治(みやこつく)るべし」

 上記の最後の部分の現代語訳は次の通りである。

・・・上の高天原の天津神には、この国を生んでくださった、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)や国津神から天津神への国ゆずりを指導してくださった高御産巣日神(たかみむすびのかみ)や天照大御神(あまてらすおおみかみ)らの神々の慈愛・善・徳に適った統治をすることを誓う。

 下の地上界においては、皇孫の統治が正しく徳にかなったものであることを民衆の心に広めるように努力しよう。

 そして国中を一つにして都を開き、さらに天下に住むすべてのものが、一つ屋根の下に大家族のように仲良くくらせるようにすることは、なんと、良いことではないか

 この文脈自体の一体どこに、どう読んだら、「八紘為宇」が大東亜戦争の東亜新秩序や大東亜共栄圏のスローガンとなる「意味」が読み取れるのだろうか。

 そのような意味は皆無である

 『古事記』『日本書紀』の全文を読まずして、三文字熟語「現人神」や四文字熟語「天孫降臨」「三種神器」「八紘一宇(為宇)」等を辞書やインターネット等で調べるだけで、その単語・熟語を大東亜戦争と短絡的に結び付けて「どうだの、こうだの」と屁理屈を語っている連中は、幼稚園レベルの超低級知能の「ただの馬鹿」である。

 『古事記』や『日本書紀』の「日本神話」には以上述べた以外にも、以降の他の件(くだり)の中にも、数多の「神の意志」「神慮」「神の摂理」「神の法」が秘められている

 が、今回は紙幅の関係上、ここまでで留めさせて頂く。それらについては、私のブログ「保守主義の哲学シリーズ」の中で、機を見て、追い追い紹介していくこととする。


(バーク保守主義 次回その3-⑥「世襲(相続)の原理」へ続く)


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