スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鳩山内閣and民主党に対する徹底的批判論考(その11)---英米との友好と同盟の絶対は、昭和天皇の遺訓である


 

極左集団の国家簒奪=鳩山由紀夫内閣・・・早期に葬り去らねば日本国が破壊する(No.11)――英米との友好と同盟の絶対は、昭和天皇の遺訓である

banner_22.gif←できればクリックお願いいたします。


(年月日)2009.12.10・・・ある一人の「エドマンド・バーク保守主義者」より


 

(発言/内容)➡英米との友好と同盟の絶対は、昭和天皇の遺訓である。


 (私のコメント)鳩山首相への請願書

 日米の友好と同盟の絶対は、昭和天皇の遺訓である

 以下に掲げる194195日(御前会議前日)9月6日(御前会議)の昭和天皇のお言葉を良くかみしめて、普天間基地移設問題の「最終意志決定行為」をして頂きたい。

 最初に19419月6日(御前会議)で昭和天皇が拝誦された、明治天皇の御製を掲げておく。意味をよく噛みしめて読んで頂きたい。

四方の海 みなはらからと思ふ世に など波風の立ちさわぐらむ


(概 説)

 194195

(昭和天皇のお言葉のキーワード)

 ※「なんだか戦争が主で外交が従であるかのごとき感じを受ける」

 ※「支那の奥地が広いというなら、太平洋はなお広いではないか」

 対米交渉を軸に外交で諸懸案が解決されない場合、

 (⇒実際は、1941年の417野村吉三郎駐米大使米国務長官コーデル・ハルによる「日米諒解案」が日本側に提示されていたが、コミュニストの近衛文麿首相超反米狂の松岡洋右外相らが戦争ありきで踏みつぶしたのであり、そもそも外交による解決など、日本政府も帝国陸海軍も考えていなかったのが事実)

 194110月下旬をめどに対英米・対蘭(オランダ)戦争の準備を完了するという「帝国国策遂行要領」が194194日の大本営連絡会議で決定した。

 が、最後まで外交による解決に望みを託されていた昭和天皇は、194196日の御前会議を前にした194195日、近衛文麿総理大臣、陸海軍総長を呼び、戦争準備について強い懸念を示し、いろいろと質問された


(昭和天皇のお言葉)

 御前会議前日、余(=近衛)は参内して(明日の御前会議の)議題帝国国策遂行要領を内奏した処、陛下には「之を見ると、一に戦争準備を記し、二に外交交渉を掲げてゐる。何だか戦争が主で外交が従であるかの如き感じを受ける。此点に就いて明日の御前会議で統帥部の両総長に質問したいと思ふが・・・」と仰せられた。

 ・・・「・・・(近衛は、昭和天皇が明日の御前会議でいきなり両総長に質問されれば、両総長の返答次第で戦争遂行の決定済み方針が覆り兼ねないと案じたのであろう)今直ちに、両総長を御召になりましては如何」と奏上せしに、「直ちに呼べ。尚総理大臣も陪席せよ」とのお言葉であつた。

 両総長は直ちに参内拝謁し、余(=近衛)も陪席した。・・・陛下は杉山参謀総長に対し、「日米事起こらば、陸軍としては幾許(いくばく)の期間に片付ける確信ありや」と仰せられ、(杉山参謀)総長は、「南洋方面だけは三ヶ月位にて片付けるつもりであります」と奉答した。

 陛下はさらに(杉山参謀)総長に向はせられ、「汝は支那事変勃発(193777日)当時の陸相なり。

 其時陸相として『事変は一ヶ月位にて片付く』と申せしことを記憶す。然るに四ヶ年の長きにわたり未だ片付かんではないか

 と仰せられて、(杉山参謀)総長は恐懼(きょうく=おそれかしこまる)して、支那は奥地が開けて居り予定通り作戦し得ざりし事情をくどくどと弁明申し上げた処、

 陛下は励声一番(=大声を張り上げて)、総長に対せられ支那の奥地が広いと言ふなら、太平洋はなほ広いではないか。如何なる確信あつて三ヶ月と申すか」と仰せられ、(杉山参謀)総長は、唯頭を垂れて答ふるを得ず・・・。(『失われし政治――近衛文麿公の手記』120121頁による)


(概 説)

 194195

(昭和天皇のお言葉のキーワード)

 ※「外交と戦争準備は平行せしめずに外交を先行せしめよ

 同じ席上、昭和天皇は外交を強調するとともに、それでもいざ対英米開戦となった場合の南方作戦について杉山参謀総長に具体的に勝利の見通しを質問した。

 (私の意見⇒この勝利の見通しの質問は、前後の文脈から考えれば、昭和天皇が「戦争もやむを得ないとお考えになっていた」と短絡的に解釈すべきではない

 「外交努力を優先するが、やむを得ず戦争が起こってしまえば、国家・国民のために絶対に戦争に負けることは許されぬ」という、

 大日本帝国憲法 

 「第一條 大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス」、

 「第四條 天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ」、

 「第十一條 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」

 という日本国の統治権者・陸海軍の統帥権者として当然の義務から発した質問であり、世界各国の統治者たる者の共通の常識と解釈すべきである。 


(昭和天皇のお言葉)

(御上)成るべく平和的に外交をやれ 外交と戦争準備は平行せしめずに外交を先行せしめよ

 ・・・

(御上)上陸作戦はそんなに楽々できると思うか

(総長)楽とは思ひませぬが陸海軍共常時訓練して居りますので先ず出来ると思います

(御上)九州の上陸演習には船が非常に沈んだがあーなればどうか

(総長)あれは敵の飛行機が撃滅せられる前に船団の航行を始めたからであつて、あーはならぬと思ひます

(御上)天候の障碍(しょうがい)はどうするか

(総長)障碍(しょうがい)を排除してやらねばなりませぬ

(御上)予定通り出来ると思ふか お前の大臣の時に蒋介石はすぐ参る(=降参する)と云うたが未だやれぬではないか

  ・・・

(御上)絶対に勝てるか(大声にて)

(総長)絶対とは申し兼ねます 而し勝てる算のあることだけは申し上げられます必ず勝つとは申しあげ兼ねます

(御上)ああ分かつた(大声にて)

(総長)決して私共は好んで戦争をする気ではありません 平和的に力を尽くし愈々(いよいよ)の時は戦争をやる考えであります(『杉山メモ』(上)310311頁による)

 (私の意見⇒しかし、この194195日の時点で既に以下の既成事実が出来上がっており、最後の杉山参謀総長の回答には疑問が残る。)

 ①1941723日・・・日本・仏印間に南部仏印進駐細目の話合い成立

 ➡コミュニスト近衛文麿は、77の関東軍特種演習(関東軍が独断で対ソ戦=北進を準備、~8月)を懸念し、陸軍の南進を方向づける策略を企てる。(陸軍南進=対英米戦の決意)

 ②1941725日・・・米が在米対日資産を凍結(➡米国が日本南進準備に反応)

 ③1941727日・・・蘭印が在蘭印日本資産を凍結(蘭領インドネシアが日本南進準備に即座に反応)

 ④1941728日・・・日本軍、フランス領インドシナ南部進駐(南部仏印進駐)

 1941年8月 1日・・・米、石油の対日輸出全面禁止を発表

 ➡72581頃までにおける一連の対日措置を、アメリカ (America)、英国 (Britain) 、オランダ (Dutch) と、対戦国であった中華民国 (China) の頭文字を並べABCD包囲網、ABCD包囲陣、ABCD経済包囲陣、ABCDラインとも呼ぶ。

 ➡日本は石油の約8割をアメリカから輸入していたため、このうちのアメリカの石油輸出全面禁止が深刻となり、日本国内での石油貯蓄分も平時で3年弱、戦時で1年半といわれ、早期に開戦しないとこのままではジリ貧になると陸軍を中心に強硬論が台頭し始める事となった。

 ⑥1941812日・・・大西洋憲章発表(英米)

 ⑦1941818日・・・豊田外相が日米首脳会談を要請

 ⑧19419月 3日・・・日米首脳会談の要請を米国が拒否


 

 (概 説)

 194196日(御前会議)

 (昭和天皇のお言葉のキーワード)

 ※「余は常に・・・明治天皇の平和愛好のご精神を紹述せんと努めておるものである

 対英米・蘭戦争に向けての「帝国国策遂行要領」が正式に決まった。

近衛文麿・杉山参謀総長・永野軍令部総長らは、前日の194195日に昭和天皇の外交重視・戦争回避の意向を申し渡されているにもかかわらず、昭和天皇の聖慮を嘲り笑うように無視し、「帝国国策遂行要領」を御前会議決定としたのである


 

(天皇陛下のお言葉)

 対英・米・蘭戦争に向けての「帝国国策遂行要領」が正式に決まった御前会議の席上、天皇は開戦に傾斜しがちな軍首脳に対し、“平和”を願う明治天皇の有名な御製「四方(よも)の海」を紹介あらためて外交による問題解決、開戦回避を強調した

 陛下はこの席上、懐中から明治天皇の御製

よもの海 みなはらからと思ふ世に なと波風のたちさわぐらむ

 と記した紙片を取り出して、声高らかにお詠みになった。そして「余は常にこの御製を拝誦して、明治天皇の平和愛好のご精神を紹述せんと努めておるものである」と、特に付け加へられたのである。(『陛下の“人間”宣言』88頁より)

 鳩山首相よ、昭和天皇のこの御聖慮を無視して、政府と軍部の起こした対英米戦争(米国を敵に回したこと)による日本国・日本国民の惨憺たる戦争結末をよく思い出すべきである

英米との友好と同盟の絶対は、昭和天皇の遺訓である。

 鳩山首相および閣僚らは、この「昭和天皇の遺訓」をもう一度、良く噛みしめて、日米同盟の重要性を再認識すべきである。その上に立って普天間基地移設問題の「最終決定行為」を行うべきである。

 この「日米同盟」という「日本国の唯一の生き筋」を踏み誤れば、二千年の歴史ある由緒正しき日本国の悠久の繁栄は、究極の危機に瀕することになる

 そして、誤った決定をして「日米同盟」を破壊すれば、鳩山内閣の閣僚は万死に値する国賊として歴史に名を刻むであろう。

 「鳩山家は解体され」、岡田外相の「イオン・グループ」は瞬く間に国民の敵となり、崩壊するであろう。その覚悟で事に臨んでもらいたい。

なお、大東亜戦争の真実は、私のホームページ「エドマンド・バーク保守主義」に詳述しているのでご覧いただきたい。


次回、極左集団の国家簒奪=鳩山由紀夫内閣・・・早期に葬り去らねば日本国が破壊する(No.12)へ続く


 

スポンサーサイト

テーマ : エドマンド・バーク保守主義
ジャンル : 政治・経済

コメント

Secret

プロフィール

バーク保守主義(広報部)

Author:バーク保守主義(広報部)
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。