保守主義の父――エドマンド・バークの保守主義(6)

Ⅴ.進歩主義とマルクス・レーニン主義───「宗教・神話主義」

 ①「進化」という世俗神学(ダーウィニズムの知的公害)

 十九世紀はデカダンス(=虚無的、退廃的傾向)の世紀であった。

 十八世紀のコンドルセ以来のその後継者たちは、サン=シモンコントヘーゲルマルクスと続き、進歩史観(進歩の宗教)が十九世紀に完成した。また、ダーウィンらによる「(人間の)進化」という単なる仮説が科学として受容され、世界の常識となり、その「数十万年の進化」説が、数十年でも進化する、にすりかえられ神話化して、この「進歩」の宗教「進化」の神話とが相乗効果をなして、また、現実における科学技術の明白な進歩に傍証され幻惑されて、「人間の進歩」「社会(国家)の進歩」という虚構が信仰されるに至った。

 フランス革命という十八世紀の全体主義の源流は、この十九世紀の「進歩」の教理によってその水量をさらに増やして社会主義(全体主義)の二十世紀になだれ込んでいったのである。文明を形成してから高々数千年の歴史しかない人間に、“科学技術の技術知の進歩”は別として、「人間精神(=道徳)の進歩」や「政治社会(=政治道徳・制度)の進歩」は全くないと言ってよい。いやむしろ、近代のフランス革命以来、人間も政治社会も、進歩とは逆の“退行(退歩、退化)をしている。人間の“退行”であり、政治社会の“退行”が生じているのである。 そして、この「ダブル退行(退歩、退化)」を進歩史観や進化論の謬説そのものがさらなる元凶となって加速したのであれば、人類にとっては何という皮肉な悲喜劇であろうか。ブルクハルトは次のように嘆じている。

 ブルクハルト曰く、「<現代>は、しばらくは字義通り進歩として通り、それにはさらに精神の完成いな道徳性の完成に向かうかのような最も笑うべき自惚れが結び付いた。・・・・(しかし、人間の)精神はすでに早くから完成していた。・・・・古代に既に一人の人間が多くの他人のために生命をささげたとするならば、それ以後、もはやそれを越えたためしはなかった

 これが正しい人間観察であろう。紀元前四世紀頃のデモクラシー下のアテネの人々と近代デモクラシー下のヨーロッパ人とを比較において省察したブルクハルトの指摘するごとく、フランス革命(178994年)以降は、政治社会の“負の進歩”と人間の“負の進化(退化)”こそが、真実である。近代とは科学技術や産業社会の絶大なる進歩に反比例して、政治社会と人間とが退行の道を転落し続けている時代である。もっと厳密に言えば政治社会や人間が「進歩」するとの神話の信仰こそが、これらの政治社会や人間の“退歩(退行)”の推進剤である。

 ●「進化論」──科学と非科学との間 ダーウィンの博物学者としての博識はその巨大で広汎な業績とともに第一級のものであるが、それはダーウィンの「進化」論そのものが正しいという根拠になるものではない。ダーウィンの進化論の重大な問題はこの生物学という学問領域をこえて、十九世紀の哲学思想史上におけるその甚大な“負の影響”そのことの方であろう。具体的に言えば、進歩主義の狂信に火をつけたことである。

 多くの識者は、ダーウィンの「進化」論は間違っていないが、その弟子であるスペンサー社会ダーウィニズムなどが間違っていた、とする。しかし、ダーウィン自身、次のように述べており、ダーウィンその人もやはり、十九世紀「進歩主義」の信徒であった。

 ダーウィンは言う、いくらかの自信を持って、・・・・確かな未来を、見通すことができる。そして自然選択(=自然淘汰)はただおのおのの生物の利益によって、またそのために、はたらくものであるから、身体的および心的の天性はことごとく、完成に向かって進歩する傾向を示すことになるであろう

 そもそも、ダーウィンは進歩主義の信徒であるハーバート・スペンサー18201903年)の直系であり、スペンサーの造語である「適者生存」を駆使しているのである。社会学者スペンサーの『進歩について─その法則と原因』1857年刊。ダーウィンの『種の起源』は1859年刊で、二年後であった。ダーウィンはスペンサーの影響を受けたことを『種の起源』のなかで触れている。

 この進歩(progress)の概念が生物学に適用されて「進化」(evolutionになったのであり、「進化」を「進歩」と次元の異なる別なものと解してはならない。例えば、「進化」は長い年月がかかる漸進的発展に限られるのであって、「進歩」のような劇的な短期間での発展を含まないとする説明などであるが、これなどまさに「進化」論を知らない誤りである。「進化」論の“突然変異”説とは劇的な進歩(変化)を「科学」だとするものではないか。だから、“突然変異”説を政治社会にあてはめれば、社会の暴力革命の正当化を支援するものとなるのである。

 社会学が、生物学と結合することによって、「科学」の錦を着ることになったのが十九世紀の学問にとって不幸であった。例えばスペンサーの社会進化論すなわち社会ダーウィニズムがその猛威的な伝染(汚染)力を獲得したのはこの故であった。スペンサーはダーウィンの「師」に当たるが、同時にダーウィンの「弟子」でもあった。スペンサーの『生物学原理』(1864年)はダーウィンの『種の起源』の五年後、スペンサーの『社会学原理』(1876年)はダーウィンの俗に『人類の起源』と呼ばれる『人間の由来、ならびに雌雄選択』(1871年)と『人間と動物の表情』(1872年)の、数年あとに出版されている。

 マルクスエンゲルスの手を通じて完成された「進歩の宗教」(進歩史観)を支援したダーウィニズム思想の系譜の主要な哲学者を挙げれば次のようになろうか。

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 現に、マルクス/エンゲルスの主要著作の刊行とダーウィンのそれの時期が一致する。ダーウィン側からは、マルクス/エンゲルス社会主義思想とはいささかも関係していないが、結果としてマルクスらに影響を与えたのである。例えばマルクスの『資本論』の第一巻は1867年であり、ダーウィンの『種の起源』の八年後であった。

 エンゲルスは自説に影響を受けた同時代の著作として、マルクスの『資本論』やモーガンの『古代社会』とともにダーウィンの『種の起源』を挙げている。現にエンゲルスの『家族・私有財産及び国家の起源』1884年)は『種の起源』が強い影を落としている。それ以前にエンゲルスは論文「サルの人間化成に当たっての労働の役割」(1876年)を書き遺している。この論文は「労働が(サルから)人間を創りだした」とするものでダーウィンを活用して「労働」をもってサルから人間への進歩をもたらした「労働」を聖化する、あのエンゲルスのドグマティックな詭弁の根拠としている。

 また、エンゲルスは、「(・・・・全歴史は階級闘争の歴史であったとのマルクスの)思想は、ダーウィンの学説が自然科学の進歩の基礎となったと同様に、歴史科学の進歩の基礎となる使命を持つ」と、ダーウィンの進化論マルクスの階級闘争史観を同列に扱っている。 マルクス自身も『種の起源』について、「ダーウィンの書物ははなはだ重要で歴史的な階級闘争の自然科学的な土台として僕は気に入った」と述べている。ダーウィンの進化論は狂気のマルクス主義を完成させる栄養の一つとなったのである。

 また、本能による行動を至高善と考え幸福をその一つの結果とみなす神託主義のベルクソンについて若干言及すれば、その主著『創造的進化』で次のように人間は不死になる」とまで言い放つベルクソンはパラノイア(誇大妄想症)の疑いもある。ベルクソン哲学とは、生物進化論がヘーゲル主義と化合したものであり、それはポパーの指摘するとおり「創造的進化の宗教」であった。

 ● 今西錦司の「棲み分け論」

 ダーウィンの進化論は、その自然淘汰(自然選択)という仮説で成り立っており、自然淘汰が全面否定されるとダーウィンの進化論はその土台から崩壊して雲散霧消する。科学としては否定され遺棄される。このことはよく知られている。そして、今西錦司が指摘するように、自然淘汰は明白に「妖言」であり、「虚妄」であり、破綻した仮説である、その可能性はゼロではない。仮にそうであれば、実はダーウィンの進化論は自然科学としては完全な謬説として排斥されなければならないものとなる。 今西錦司が自然淘汰の説を「妖言」「虚妄」として全面否定するのは、自然淘汰説の前提である、「生存競争(生存抗争、生存闘争)」によって、最適者が生存してその有利な個体差が遺伝して新種が形成されるという、この前提が何ら実証されていないからである。生物が「生存競争」していないのは事実であるし、全く実証されていない。いわんや、「適者生存」による生物新種の発見は、自然界においてダーウィン以降すでに百年も経つが何一つない。ダーウィンの進化論は、あくまでも思想(ドグマ)であって、まだ科学とはなっていない。“世俗神学”の可能性すら高い。せいぜい検証待機中の仮説というものである。

 例えば、今西は「生存競争」の「虚妄」については、植物の種子を事例にして、「種子と種子が(発芽に)よい条件をそなえた土地をめぐって、殴り合いの喧嘩をするはずはない」と明快に一蹴する。そしてこのような生存をもって競争(闘争)ではなく、“幸運による生存”という概念を導入する。

 同種の個体間には生存競争はないが、異種の生物間のそれについても、今西は、「生物は種ごとに棲み分けしているから、ここでも争い(生存競争)のないのが原則なのです。・・・・この棲み分けをとおして、種とは平和共存という立場をとっている」とする。生物の進化や生命の謎はまだまだ不可知の域を出ず、人間はこの問題にも、もう少し慎重さと謙虚さが必要である。

 統合失調症でもあったルソーは、露骨に未開人や野獣を憧憬し、これをもって人間の理想としたが(『人間不平等起源論』)、人間がサルの子孫であることが自分の結論であると何度も強調する、ダーウィン著『人類の起源』(『の起源』とは異なる著作)の異様さは、ダーウィン反キリスト教運動化(無神論)ヴォルテールの直系であることは言うまでもないが、このルソー哲学の系譜上にもあるかもしれない野蛮人や未開人の共同生活(原子共同社会)をもって人間社会の理想形態と信じるルソー主義者のエンゲルスが、ダーウィンに寄せるあの親近感もまた、ダーウィンとその「進化」論の本籍地をどうやら示唆している。

 人間は数百万年前の原人から発展したとは言えても、サルから進化したというのは科学的に虚偽であると証明されているから、今ではこの「人間の祖先=サル」説は、人間は神々が創造したとする神話や神学と五十歩百歩、とするのが通俗的な解説である。しかし、同じく「非科学」であろうとも五十歩百歩と解するのは妥当でない。なぜなら、文明の政治社会の人間の祖先として「神の創造した人間」という非科学的な神話は人間をより高貴なものへと発展させる自覚と責任をわれわれに与えるが、「サルの子孫」という非科学的な神話(神学)は、人間の人間としての自己否定を促しその退行や動物化を正当化する。

 日本文明について言えば、『古事記』や『日本書紀』の神代紀の著述は、確かに非科学的な神話である。しかし我々日本人は今日でも、毎年お正月には、神社へ初詣に行って「天照皇大神」の御札を買って帰る人も多いのが事実である。天照大神(あまてらすおおみかみ)は、あくまで「神話」上の神々の一神であり、非科学の典型である。また、神社にお参りに行ってお願い事をしたり、今年の抱負を誓ったりすること自体、「何に対して」そうしているのか、と考えてみれば、神社にお参りに行くこと自体が「非科学的行動」であろう。しかし、われわれは、日本古来の神々を敬い、祀るではないか。人間の歴史や文明の発展とは、そのような精神から発する個々人の行動の総体とその相続(世襲)による影響が大きな部分を占めているのであって、歴史や文明の発展が、人間の万能の知性による科学のみから説明できるとする、マルクス史観(または、階級闘争史観)というものは、逆説的に「非科学」である。

 マルクス史観(または、階級闘争史観)を信奉する人間とは、「無神論」「理神論(人間の理性=万能の智恵を神とする無神論の派生体)」「唯物論」を信奉する人間のみに当てはまる論理であってその思考方法は歴史事実から大きく乖離している。いや、歴史事実を無理 やりねじ曲げて、色眼鏡を通してその論理にあてはめるように作為をしているだけである。

 例えば、日本の江戸時代(1603年―1867年)は士農工商のれっきとした、階級差別の時代であった。しかし、一時期の一部の武士や農民の反乱などはあっても、約260年間を通して概観すれば、江戸時代は階級間が相互扶助の関係で成立した安定と繁栄の時代であった。階級闘争などほとんど皆無であった。

 確かに、江戸幕府が、1867年に大政奉還したのは、主に薩摩の西郷隆盛や大久保利通、長州の木戸孝允、上杉晋作、土佐の坂本竜馬などの下級武士からの突き上げからであったのは事実である。しかし、彼らはあくまで「尊王精神」を基底とするとともに、押し寄せる諸外国からの開国圧力から、いかに日本国を守るかという「祖国愛の精神」から発した行動であり、マルクス史観で言うところの、「プロレタリアートとブルジョアジーの階級闘争」とは全く異次元の行動であった。また、江戸時代の経済的なブルジョアジー(富裕層)とは商人階級であって武士階級はプロレタリアート(貧困層)であったのだから、そもそもマルクス史観などあてはまるわけがないではないか。そのような「異端の思想・マルクス史観」を由緒ある二千年の歴史を持つ、日本国及びすべての日本国民にあてはめようとするのは知的傲慢か智慧の貧困以外の何ものでもない。日本人として、何らかの精神疾患に冒されているとしか思えない。

 また、現在の生物学では人間の祖先をネアンデルタール原人や北京原人など、サルではなく「原人」とする。生物学であれば間違いではないが、政治哲学においては健全ではないし間違いとすら言える。なぜなら、文明の政治社会の人間は数百万年昔の原人を「先祖」とは決してしていない。われわれは、例えば日本であれば、聖徳太子藤原道長、あるいは源頼朝など以降に文明の“祖先”を感じるが、それは彼らもわれわれと同様に“法”や“道徳”のある政治社会を営んでいたからであり、われわれという子孫が共感するものがあり、その歴史がわれわれにとって遺産だと思うからであって、それ以外ではない。「原人=人間の祖先」説には、生物学上の「祖先」とわれわれが大切にすべき真の“祖先”とを混乱させ、政治社会を正しく思考するのにマイナス効果がある。政治哲学における人間の祖先とは国家・国民の“祖先”のことであって、生物学的ヒトの祖先ではない。人間の歴史と生物学上のヒトの歴史との混同、それがダーウィンの遺した人類にとって負の遺産であった。政治哲学の対象とする人間としては、国家(都市)誕生の数千年昔までのそれが遡及する限界である。それ以前に政治哲学が対象とする文明の人間社会にとっての“祖先”など存在しない。いわんや、数百万年昔のヒトに言及する哲学や社会学は、狂った詭弁であって学問のイロハからあまりにも逸脱している。

 ● スペンサー社会学の害毒

 「進化」という“世俗神学”、つまりダーウィニズムの一大汚染にスペンサー社会学はあまりにも猛威を振るいすぎた。

 「進化」には退歩はなく「進歩」のみであるというダーウィンの見解は、十九世紀後半から二十世紀初頭にかけて「進化」と「進歩」が同義語となるのに決定的なものとなった。それ以上に、「進化」(進歩、前進)は人間の意志を超越して完全なる幸福に向かって永遠に進んでいく、とのスペンサーの次のような「神託」は、人間の描く未来への夢想や妄想に「科学の化粧」以上のことをしてやることになった。

 スペンサーは言う、「したがって理想的人間の究極的発展は論理的に確実であり・・・・いわゆる不道徳なものは消滅するし・・・・人間は完全になるのにちがいない」 生物学とは生物学であって、人間集団の文明の営みとしての政治社会に万が一にも適用されるべきものではない。スペンサーは、デカルトコンドルセらが数学をもって文明の政治社会の再創造の学問分野だと錯覚したのと同じ妄想、同じ誤謬を、生物進化論に託して犯したのである。

 スペンサーは言う、有機体(生物)進歩の法則が一切の進歩の法則である・・・・地球、地球上の生命、社会、政治、製造、貿易、言語、文学、科学、芸術、その他のいずれの発展においても、単純なものが順次の分化を経て複雑なものに至るこの(生物と)同じ進化があまねく見られる。たどり得る限り最も古い宇宙の変化から文明の最新の成果に至るまで、(生物進化史と同一の)同質から異質への変化が進歩の根本である」 「進歩は偶然でなく必然である。人工的である文明のかわりに、進歩は自然の部分であり、花のつぼみあるいは開花の発展とまったく同型のものである」

 未来への進歩が「必然」だという、進歩の到来の不可避性などあろうはずはない。政治社会が、生物と同じ自然法則によってその進歩が定められているはずはない。政治社会とは智恵と汗(努力)のその一部が、幸運であれば、やっと報いられる、その結果として、ほんの少しだけ漸進する。これが現実である。

 しかし、進歩に(ニュートン力学のような)一切の変化が従う法則があると考えるスペンサーはまた、「社会進歩とは、社会という有機体の構造上の変化であり、この変化が──人間の欲求を満たすのに必要なより多量でより多様な物品の生産、生命及び財産の安全性の増加、行動の自由の拡大などの──結果を伴う」と定義して、このような社会進歩は人為を超えた自然法則だとの信仰(神学)を流布せしめたのである。そこにあるのは科学万能の迷信に基づく「未来=理想の現実」の未来主義であり、われわれの祖先が営々と築いてきた現在の文明の政治社会のその過去に対する無視であり、その歴史の遺棄でしかなかった。

 スペンサーの未来主義は、人間現在が拠って立つその歴史と過去とを否定したのである。各国家・各民族の歴史を営々と築いてきた、真の人間の歴史そのものを否定したのである。 歴史を失った人間とは、歴史のない野蛮人あるいは動物と同じことであり、人間としての退行でしかないが、スペンサーは、文明の人間社会を論じるのに、人間と動物(生物)とを同じに扱い、区別することはなかった。

 スペンサーの『第一原理』(1862年)は、生物と人間と社会とを必ず並列的かつ類比的に言及するのである。単純化して言えば、「人間は生物であり、動物でしかない」との信念の持ち主であった。 動物と人間との区別ができないスペンサーとは、未開人や野獣をもって人間の理想としたルソーの再来であった。

 例えば、スペンサーの教育論は、禁欲や忍耐を訓練する教育を弊害だと断じたのである。そして、子供の感覚〈要求〉の充足という「肉体的幸福」絶対視する。つまり、人間の子供の教育を馬などの家畜の飼育方法をそのまま踏襲したのである。人間の教育方法を家畜の飼育方法に学ぶ、人間=家畜の教育論などというものからは、どう見てもスペンサーは、一般常識において、ルソーと同じく狂人としか考えられない。

 動物(家畜)と人間の相違の一つは道徳(倫理)の有無であり、人間の完全性とは倫理においてしか測りえないが、スペンサーは人間の生の完全性を(道徳とは次元を異にする)「幸福」だとして、これを人間教育の究極の目標とした(『教育論』、1860年)。

 スペンサーは言う、力強い健康とそれに伴う溌剌とした精神とは、他のどのようなものよりも幸福の大きな要素であると考えるから、この幸福の大きな要素を保持する方法を教えることは、その重要さにおいて他の何物にも劣らない」

 善悪の峻別という道徳律の鍛錬や倫理的人間への陶冶とか人間としての高貴さの保持とかを、人間の教育からスペンサーは排除した。だから、スペンサーのこの『教育論』第四章の「徳育論」はわれわれの一般通念上の道徳教育論ではないのである。それは人間を野生化する自然主義・放任主義の勧め以外の何物でもない。スペンサー自身、動物の「子供」訓練と人間の“子供”とに共通する普遍的原則を追求したと白状している。

 そもそも、道徳とは自己の課す高貴な義務のことであるが、スペンサーは、「進化が完成することによって道徳的義務感が(例外を除き)消失する」と、道徳の自然消滅(無道徳)を進化と考えている。マルクスの描く共産社会において倫理喪失の人間が理想の共産主義者となっているのと同じく、悪が消滅した、よって善も存在しない、善悪と無縁な動物と同じ人間をもって、「完全な人間」という進化の究極的理想だとスペンサーは妄想している。 

 なお、スペンサーは正規の学校教育を受けたとは言い難く、ルソーと同じく、教育を論じる資格のない人物であった。先にも述べたが、教育を受けたことのない人格破綻の狂信家に過ぎないルソー『エミール』やスペンサー『教育論』をもって、教育学部(人間学部、人間科学部)で「教育の哲人」だと今日も教授している日本の大学とは、教育学を転倒し教育を自己否定する一種の狂気であろう。そのような著作は今すぐ教育現場から焚書せよ。

  なお、「エドマンド・バーク保守主義」とバーク的観点からの「日本国憲法の問題点」および、いわゆる“東京裁判史観・自虐史観”とは異なる、バーク保守主義的観点からの「大東亜戦争観」を一気に知りたい人は、次の私のホームページへジャンプしてもらっても結構です。驚くような面白い話満載です。ぜひ一度ご来場ください。リンク先:http://www.geocities.jp/burke_revival/index.htm
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