保守主義の哲学シリーズ‐‐‐「エドマンド・バーク保守主義」VS『共産党宣言・共産主義の諸原理』(その5)


エドマンド・バーク保守主義VSマルクス/エンゲルス共産党宣言・共産主義の諸原理

 正統の哲学・『エドマンド・バーク保守主義』による、

 虚偽・妄説の『共産党宣言・共産主義の諸原理』の理論的破壊宣言(PartⅤ)

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まず、これらの諸命題について『共産党宣言・共産主義の諸原理』より関連部分をさらに抜粋する。少々長文となる。

 「第十三問(産業革命による大工業から必然的にでてくる自由競争による生産余剰によって)規則的にくりかえされるこれらの商業恐慌から、結果としてなにがでてくるか

   第一に・・・大工業が現在の基礎=自由主義〈資本主義〉社会)のうえで経営されるかぎり、七年ごとに繰り返される普遍的な混乱(=商業恐慌)によってのみ、自己を維持しうるのであり、この混乱は、そのたびごとに全文明をおびやかし、プロレタリアを貧困に陥れるだけでなく、多数のブルジョワを破滅させるのだということ、こうして大工業自体が、絶対に不可能なことではあるがまったく廃棄されなければならない(=③私的営利の廃止、私的所有の廃止)か、そうでなければ、まったくあたらしい社会組織どうしても必要とされるということであり、その社会組織においては、もはや、たがいに競争する個々の工場主ではなく、社会全体がひとつのしっかりした計画に応じてすべてのものの欲望に応じて、工業生産をおこなう(=⑥生産のたんなる管理への国家の転化、計画経済)のだということである。

 第二に、大工業とそれによって可能になった無限の生産拡張とは、つぎのような社会状態を可能にするということであって、その社会状態においては、すべての生活必需品が、ひじょうにおおく生産されるので、それによって社会の構成員は、その諸能力と素質のすべてを完全に自由に発達させ、発動することができるようになるのである。

 そこで、今日の社会であらゆる貧困と商業恐慌をうみだしている、大工業のまさにこの特質が、別のひとつの社会組織(=社会全体がひとつのしっかりした計画に応じてすべてのものの欲望に応じて工業生産をおこなうような共産主義社会のもとにおいては、この貧困この不幸(=貧困)をもたらす変動(=七年ごとにくりかえされる商業恐慌とを、絶滅する特質そのものにほかならない貧困と商業恐慌を絶滅する特質に変化・変質する)ということ。

 こうして、つぎのことがきわめてあきらかに証明される

 (1) いまからのちは、これらすべての害悪(=大工業によって貧困と商業恐慌が引き起こされる特質、もはや事情に適合していない社会秩序だけによるもの(=自由主義〈資本主義〉社会・経済のみが原因である)とされるということ、そして、

 (2) あたらしい社会秩序(=社会全体がひとつのしっかりした計画に応じてすべてのものの欲望に応じて工業生産をおこなうような共産主義社会によってこの害悪を全く除去するための、手段が存在するということ。

  第十四問 この新しい社会秩序は、どんな種類のものでなければならないのか?

   それは、なによりもまず、工業およびすべての生産部門一般の経営を個別的な、たがいに競争している、諸個人の手からとりあげて、そのかわりに、これらすべての生産部門を、社会全体によって、すなわち、共同の計算で、共同の計画にしたがって、社会のすべての構成員の参加のもとに、経営されるようにしなければならないであろう。

 それは、こうして競争を廃棄し、かわりに連合体(=すべての構成員が参加し、共同計算・共同計画を策定するための共産主義組織の集合体をおくであろう。

 ところで、個人による産業経営は、その必然的な結果として私的所有をもつし、競争は、個別的な私的所有による産業経営の、ありかたとやりかた以上のなにものでもないから、私的所有は、個別的な産業経営および競争から、きりはなしえない

 (=つまり、経済においては、私的所有と自由競争は1枚のコインの裏表で、一体のものであり、私的所有が存在する限り自由主義〈資本主義〉社会から共産主義社会へ完全移行できず、仮に移行しても反動で自由主義〈資本主義〉社会に回帰する可能性があるということ)。

 だから、私的所有もまた廃止されなければならないであろうし、そしてそのかわりに、すべての生産用具の共同利用とすべての生産物の共同の合意による分配あるいはいわゆる財産共同体があらわれるであろう。しかし、私的所有の廃止は、産業の発展から必然的に出てくる全社会秩序の改造の、もっともみじかく、もっとも特徴的な、要約であり、したがって、共産主義者によって、主要な要求として強調されるのは、とうぜんである」(『共産党宣言・共産主義の諸原理』講談社学術文庫2008年、148151頁)


この『共産主義の諸原理』の第十三問とその第十四問とそのを読んで読者の皆さんはどう思うか。

 ここでは、まず、虚偽・虚構・妄想のオンパレードによって「商業恐慌➡工場破産➡失業という循環性(永続性)」という不安を煽り、その不安の解消策として「自由主義(資本主義)社会から共産主義社会(計画経済)への移行=現存社会の改造」しかないと結論する。

 そして「共産主義社会(計画経済)」への移行後の必需品が「私的所有の廃止」であり、これによって「自由主義(資本主義)社会に反動的に回帰することはない」という明快な論理である、と読者を騙す。まさに詐欺師集団、共産主義者らの最骨頂である。

 しかし、これらの論理は論理などではなく「空想」「虚構」「詐欺」の類にすぎない。

 まず、第十三問とそのから考察する。当然のことであるが、この第十三問の前に第十二問とそのがある。その一部分を紹介する。

 「第十二問 産業革命の、そのほかの諸結果はなんであったか。

   大工業は、蒸気機関およびその他の機械のかたちで、短時間低費用の工業生産を、無限に増大させる手段をつくりだした。この大工業から必然的にでてくる自由競争は、この生産の容易さによって、たちまち、もっともはげしい性格をもつようになった。多数の資本家が工業に身を投じ、まもなく使用されうる(=消費されうる)よりもおおくが生産された。その結果は、製造された商品がうれないということ、いわゆる商業恐慌がおこるということであった。諸工場は休止しなければならず、工場主は破産し労働者はくいはぐれた極度の窮乏が、いたるところにやってきた。しばらくして、過剰な生産物が売却され、諸工場はふたたび稼働しはじめ、賃金は上昇し、そしてしだいに、ふたたび景気はまえよりもよくなった。・・・こうして、この世紀のはじめから、産業の状態はひきつづいて、好況期と恐慌期とのあいだを動揺していたのであり、ほとんど規則的に、五年ないし七年ごとにそういう恐慌がおこったその恐慌は毎回、労働者の最大の窮乏、一般的な革命的騒乱、既存の状態全体にたいする最大の危険(=自由主義〈資本主義〉社会の破綻)と、むすびついていたのである」(『共産党宣言・共産主義の諸原理』講談社学術文庫2008年、147148頁)

 次に、『共産党宣言』本文から部分抜粋する。

 「労働者のための費用は、したがって、かれの生存とかれの種族の繁殖のためにかれが必要とする生活資料(=生活維持費)に、ほとんど限定される。ある商品の価格は、したがって労働の価格30)もまた、その生産費にひとしい。労働の不快さがますに比例して、その理由で賃金は減少する・・・」(『共産党宣言・共産主義の諸原理』講談社学術文庫2008年、21頁)

 「訳注(30労働の価格 商品化されるのは労働ではなくて労働力である。まえのパラグラフでは労働力が商品だといわれているが、いずれにしても、労働者が賃金として生活維持費をうけとることをさす。しかし、それとひきかえにうりわたされた労働力が、剰余価値をうむ過程は、ここでは分析されていないマルクスはまだ、経済の研究にはいっていないし、疎外論はあっても、スミスの分業論の理解は十分ではない」(『共産党宣言・共産主義の諸原理』講談社学術文庫2008年、72頁)

 1843年以来、マルクスは経済学の研究を開始するが、マルクスが経済学批判に関する執筆にとりかかったのは1857年からである。つまり『共産党宣言・共産主義の諸原理』(アドラッキー版)が出版された1848年当時、マルクスは経済学の独学的研究中にすぎず、経済学のプロであったとは決して言えない。だから『共産党宣言』には、余剰価値の概念も反映されていないし、産業革命以後における経済学を記述した、アダム・スミスの『国富論(正式名称は、諸国民の富の性質と原因の研究)』(1776年)の第一篇の経済的分業論の批判的考察もされていない。

 エンゲルスは実業家であり、経済学の分野の独学的研究においてマルクスより先んじていた感があるようでが、それとて経済学を学問的に研究するプロとは到底言えない状態であった。経済学について、このような低レベルの二名が、自由主義(資本主義)社会の経済構造の経済学的な批判・分析ができたように偽装し、ブルジョワとプロレタリアートの2階級による「階級闘争」の革命による共産主義社会への移行が社会・経済問題を解決できる唯一の結論として書き上げたのが『共産党宣言・共産主義の諸原理』であるから、『共産党宣言』などは、空想と虚偽による矛盾だらけの「高校一年生レベルの作文だ」と私は言っているのである。

 また、「労働者のための費用は、したがって、かれの生存とかれの種族の繁殖のために・・・」等の「表現」は、ブルジョワではなくて、マルクス/エンゲルスこそ、労働者を人間扱いしていない証左ではないか

 この表現は労働者を完全に動物扱いしており、『共産党宣言』となえる「階級闘争」が「プロレタリアートの解放」などと言うのは全くの虚構・プロパガンダで、社会転覆の手段として「プロレタリアート」を利用してたいだけであることが透けて見えている

 実際にレーニン主導のロシア革命後のソ連共産党の「プロレタリアート」への待遇は残虐極まるものであった事実をみても明白である。ソ連で人間らしい生活を営めたのは共産党員ら政府上層部のみである。他の国民は地獄のどん底であった。『共産主義黒書-犯罪・テロル・抑圧-〈ソ連編〉』(恵雅堂出版、2001年)を参照いただきたい。

 共産主義の真の恐ろしさが理解できるであろう。ちなみに、コミンテルン〈アジア編〉も別冊で出ている。


そして“美徳ある自由”を根本価値とするバーク保守主義者である私が、何よりもマルクス/エンゲルスの欺瞞として許せないのは、彼らの自ら自身の“自由な行為”と彼らの『共産党宣言・共産主義の諸原理』における“自由禁止の宣言”における欺瞞大矛盾パラドックスである。

 18451月、マルクスがフランス政府当局から強制国外退去を命じられた後、二人はヨーロッパの他の国よりも比較的表現の自由が保証されていたベルギーに活動の場を移し、1848年その表現の自由の権利において『共産党宣言・共産主義の諸原理』を出版した。

 それにもかかわらず、その著作の中で「共産主義社会では、私的所有の禁止(=私的財産所有の自由の禁止)する」として“自由”を禁止することを宣言している。

 そして、この著作の内容があまりに急進的であるため、1849年までに、二人は大陸各国から追放され、自由権を行使して英国に渡ることができた。

 プロシア当局が、英国政府に対して、過激的思想家であるマルクス/エンゲルスを追放するように圧力をかけたが、当時の英国の左翼的首相ジョン・ラッセルが、表現の自由の権利の下に、その要請を拒否した。

 彼らはまたしても“自由権”によって保護されたのである。その後マルクスは大英図書館に自由に通いながら1867年に『資本論』第一部を刊行し、1833自由主義国家である英国で死去した。

 エンゲルスも活動拠点を自由主義国である英国とし、自由に著作活動し、マルクス没後の1885年に『資本論』第二部が、1894年に『資本論』第3部が英国の表現の自由の権利の下に公刊できたのである。

 これほどまでに、彼ら自身の“自由な行為”を自由主義国の“自由の権利”によって擁護されておきながら、“自由の権利の行使を禁止した社会である共産主義国を理想社会として“自由に宣言した”のが『共産党宣言・共産主義の諸原理』である。

 これほどの欺瞞と大矛盾が世界のどこにあるであろうか

 私は、この『共産党宣言・共産主義の諸原理』が後世に与えた甚大な害悪を思う時、「この二名こそ世界随一の精神的欠陥者である」と宣言する。


次回、保守主義の哲学シリーズ‐‐‐「エドマンド・バーク保守主義」VS『共産党宣言・共産主義の諸原理』(その6)へつづく。


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