エドマンド・バーク保守主義VSマルクス/エンゲルス共産党宣言・共産主義の諸原理

 正統の哲学・『エドマンド・バーク保守主義』による、

 虚偽・妄説の『共産党宣言・共産主義の諸原理』の理論的破壊宣言(PartⅦ)

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さらに、『共産党宣言・共産主義の諸原理』の虚言・虚構・妄言の類の追究を進める。

 「第十五問 それでは、私的所有の廃止は、もっとはやくできなかったのか。

  答 できなかった。社会秩序におけるそれぞれの変更、所有関係のそれぞれの変革は、ふるい所有関係にもはや適合しないあたらしい生産諸力が発生したことの、必然的な結果であった。(=ふるい所有関係に適合しないあたらしい諸生産力が発生することが原因となって、その結果、必然的に、社会秩序の変更や所有関係の変革が起こるのである

 私的所有自体が、そのようにして成立した。・・・これまでは、生産諸力がまだ十分に発展していなかったので、そのため、すべての人に十分なだけ生産できなかったし、私的所有がこの生産諸力にとって、枷となり拘束となりはしなかった(=これまでは、所有関係の変革が起こるに至る生産諸力が存在しなかった)、ということはあきらかである。しかし、今では大工業の発展によって、・・・それ(=強力で容易に増大させられる生産諸力)はいつでも、社会秩序のなかに、ひじょうに強力な混乱をよびおこしている。そこで、(大工業が発展して、その生産諸力がふるい所有関係に適合しなくなった)いまようやく、私的所有の廃棄が、可能であるだけでなく、まったく全面的に必要になったのである」(『共産党宣言・共産主義の諸原理』講談社学術文庫2008年、151頁)

 続いて、『共産党宣言』本文より抜粋する

 「すべての所有関係は、たえざる歴史的交代、たえざる歴史的変化のもとにおかれた。たとえば、フランス革命は、ブルジョア的所有のために、封建的所有を廃止した。(=フランス革命はブルジョワジーが、封建的な所有を廃止するために起こした革命である

 共産主義特徴づけるものは、(自分で得た所有一般の廃止ではなくて、ブルジョワ的な私的所有の廃止である

 しかしながら、近代的ブルジョワ的な私的所有(と)は、階級対立にもとづく、すなわち一階級の他階級による搾取にもとづく生産物の産出と取得の(=少数者である一階級が、多数者からなる他階級から搾取して成立した生産物の産出と取得という)、最後のもっとも完成した(搾取の)表現である

 この意味で、共産主義者たちは彼らの理論を、私的所有の廃止というひとつの表現に要約することができる

 人は、個人的に獲得し、自分で労働して得た所有を、すなわち、あらゆる個人的な自由と活動と独立の基礎をなす所有を、われわれ共産主義者が廃止しようとしているといって、非難した。

 労働して得た、自力で得た、自分でもうけた所有物!

 諸君がいうのは、ブルジョワ的所有に先行する、小市民的、小農民的所有のことなのか。

 われわれ(共産主義者)は、それ(=小市民的、小農民的所有)を廃止する必要が無い

 工業の発展が、それを廃止してしまったし、毎日それを廃止している

 あるいは、諸君がいうのは、近代的ブルジョワ的な、私的所有のことなのか。

 だが、賃労働は、プロレタリアの労働は、かれ(=プロレタリアにたいして所有をつくりだすかけっしてつくりだしはしない。それは(ブルジョワの)資本をつくりだすのであって、資本とはすなわち、賃労働を搾取する所有〔財産〕=【労働力】および【生産手段労働対象(原料・補助材料など)+労働手段(道具・機械・建物など)】)であり、あらたに搾取するためにあたらしい賃労働をうみだすという条件のもとでのみ、増殖しうる所有である(=賃労働がつくりだすブルジョワの資本とは、さらに搾取するためのあらたな労働力と生産手段である

 ・・・資本家(=工場主)であるということは、生産のなかで、ひとつのまったく個人的な地位(=工場内での社長としての地位)だけでなく、ひとつの社会的な地位(ブルジョジーとしての地位)をしめることを意味する。

 資本は、共同体の生産物であって、社会のおおくの構成員の共同の活動によってのみ、それどころか、究極的には社会の全構成員の共同の活動によってのみ、運動させることができるのである

 だから、資本は決して個人的な力ではなく、社会的な力である

 したがって、もし資本が、共同体的な、社会の全構成員に所属する所有にかえられるとしても、個人的所有が社会的所有にかわるのではない。所有の社会的性格がかわるだけである。それは、階級的性格をうしなうのだ」(『共産党宣言・共産主義の諸原理』講談社学術文庫2008年、3335頁)


まず、『共産党宣言』本文(『共産党宣言・共産主義の諸原理』講談社学術文庫2008年、3335頁)であるが、ここでは、共産主義者の真骨頂である「虚偽・虚構・妄言」、「言葉のトリック」、「論理のすり替え」が多発するので、読者は注意すべきである。

 ①「すべての所有関係は、たえざる歴史的交代、たえざる歴史的変化のもとにおかれた。たとえば、フランス革命は、ブルジョア的所有のために、封建的所有を廃止した。(=フランス革命はブルジョワジーが、封建的な所有を廃止するために起こした革命である)について。

 『共産党宣言』本文のこのパラグラフでは、「所有」と「私的所有」の言葉が使われる。この使い分けに注意いなければマルクス/エンゲルスの虚言・虚構・妄言に騙される。

 このパラグラフで恣意的に区別して使われている「所有」も「私的所有」は、自由主義(資本主義)社会では私的所有=私有財産”という同じ意味でしかないのであるが、共産主義的に恣意的に二つの言葉に使い分けている

 つまり、マルクス/エンゲルスは、

 ・「所有」とは、自分で労働して得た、自力で得た所有物」・・・以下、「自分で得た所有」とする。

 ・「私的所有」とは「ブルジョワ的な私的所有」つまり、大工場主であるブルジョワが、工場労働者であるプロレタリアから搾取した「生産物の産出と取得」・・・「搾取された所有」とする。

 と定義している。

 さて①の「すべての所有(=自分で得た所有)関係は、たえざる歴史的交代、たえざる歴史的変化のもとにおかれた」は真実のように聞こえるが、「すべての所有(=自分で得た所有)関係は、・・・」という点で虚偽・虚構である。ここでは、妄言とまでは言わない。

 つまり、社会の人間相互の間の所有(=自分で得た所有)の関係が産業の発達の過程やその雇用形態に応じて歴史的に変化することは、事実である。しかし、社会の個々人の所有=自分で得た所有=所有物のあり方は、必ずしも歴史的に変化するとは言えない

 なぜなら、歴史的に産業は発展しても、所有(=自分で得た所有)=私有財産の所有権とその相続権の“自由”が“法/コモン・ロー”、“憲法”で擁護されている社会(国家)Dでは、ある国民A私有財産バーク保守主義の“世襲(相続)の原理”によって、その子孫A1→A2→A3→・・・に引き継がれて行き、子孫の誰かA8が自身の私有財産の売買契約を他者Bや組織Cや国家Dと行わないかぎり、他者Bや組織Cや国家Dに不法に没収されることはあり得ないからである。現在の自由主義(資本主義)社会(国家)では自明の原理であろう。

 では、この『共産党宣言』が出版された、1848年時点でそのような社会(国家)はなかったのか、ということであるが、答は「No」である。

 英国では、遥か昔の1215年の「マグナ・カルタ」(※4)で私的所有権とその相続権が条件付きではあるが、“法”で認められている。また、権利の請願(1628年)(※5)と権利の章典(1689年)(※6)1215年の「マグナ・カルタ」の私的所有権とその相続権を継承し、保証している。

 米国では1787年制定の米国憲法には、「人間の権利」など一切規定されていなかった(※7)

 しかし、1789年のフランス革命の影響でやむを得ず、1791年に米国憲法修正十カ条を追加した。(=しかし、追加されたのは、あくまで「米国籍をもった米国民の権利」あり、人間の権利である「人権」ではない)

 米国では、1791年の米国憲法修正第四条第五条で私有財産の“憲法”による擁護を明確に定めている。

 修正第四条何人も、その身体、住居、書類および所持品について、不当なる捜査および逮捕押収を受けることのない権利は、侵されない。令状はすべて、宣誓または確約によって支持される、正当な理由にもとづいてのみ発せられること、かつ捜査する場所および逮捕押収する人または物を明示することを必要とする」

 修正第五条「何人も・・・正当な法の手続によらなければ、その生命、自由または財産を奪われない。また、正当な賠償なしには、私有財産を、公共の用途のために、徴収されない」

 余談であるが、修正第二条では「・・・人民の武器を保蔵しまた武装する権利は、これを侵してはならない」と武器の所有までも認めている。これが米国銃社会の根拠法である。


(※4)マグナ・カルタ(1215年)(※5)権利の請願(1628年)(※6)権利の章典(1689年)

 ○マグナ・カルタ(1215年)本文 

 第一条「さらに朕は、朕および朕の相続人のために、以下列挙の自由のすべてを、朕の王国の全自由人およびその相続人が朕および朕の相続人から保有保持すべきものとして、かれらに付与した。

 第二条「もし軍事的奉仕を保有条件として朕から直接に受封している朕の伯もしくはバロンまたはその他の者が死亡し、その死亡の時にその相続人が成年に達しかつ相続料の支払い義務を負う場合には相続財産を取得するものとする」

 第二十七条「自由人が無遺言で死亡した場合には、その動産は、教会の監視のもとに、その近親と友人の手によって分配せらるべきものとする。ただし死亡者が各人に負っていた債務はこの限りではない」

 第三十七条「朕から保有料付自由保有、農業奉仕保有または自治邑土地保有によって土地を保有し、かつ他の者から騎士奉仕保有によって土地を保有するものがある場合に、朕は、当該保有料付自由保有、農業奉仕保有または自治邑土地保有を根拠に、相続人に対する後見(の権利)および他人の封に属する土地に対する後見(の権利)を有することはない。(=つまり、国王は臣民の私的相続権に介入しないということ

 第三十八条「自由人は、その同輩の合法的裁判によるか、または、国法によるのでなければ、逮捕、監禁、差し押さえ、法外放置もしくはその他の方法によって侵害されることはない」

 第六十三条「このように朕は、イングランドの教会が自由であること、ならびに朕の王国内の民が前記の自由、権利および許容のすべてを、正しく平和に、自由かつ平穏に、かつ完全に、かれら自身のためおよびその相続人のために、朕と朕の相続人から、いかなる点についてもまたいかなる所においても、永久に保持保有することを、欲し、かつ確かに申しつける

 ○権利の請願(1628年)正式名称「本国会に召集された僧俗の貴族および庶民により、国王陛下に捧呈され、これに対して陛下が国会全体に勅答を給うた請願本文 

 (一)「われら至高の主たる国王陛下に対し、・・・奏上したてまつる。エドワード一世の治世に作られた通称『承諾なき賦課金に関する法律』とよばれる法律によって、大司教、司教、・・・市民、その他の王国の庶民中の自由人、の快諾と同意がなければ、国王またはその相続人は、賦課金または援助金を課してはならない、と宣言され、規定されている。また、エドワード三世治世第二十五年に開かれた国会によって・・・」

 (三)「また、『イングランドの自由の大憲章』と呼ばれる法律(=マグナ・カルタ)によって、自由人は、その同輩の合法的裁判によるか国法によるのでなければ、逮捕、監禁され、その自由保有地自由、もしくはその自由な慣習を奪われ、・・・侵害されることはない、と定めている」

 (四)「またエドワード三世治世第二十八年に、国会によって、いかなる身分または地位にあるを問わず、何人も、法の正当な手続きによって答弁の機会を与えられることなしに、その土地もしくは保有地から外に追われ、逮捕、監禁され、相続権を否定され、または死に至らしめられることはない、と宣言され、規定された」

 ○権利の章典(1689年)正式名称「臣民の権利および自由を宣言し、王位継承を定める法律本文 

 「前記の僧俗の貴族および庶民は、それぞれの書簡および選挙により、わが国民の完全かつ自由な代表としてここに召集され、前記の諸目的達成のための最良の手段は何かということについて、きわめて真剣に考慮し、その結果、まず第一に、かれらの祖先が同様な場合に行ったように、かれらの古来の自由と権利を擁護し主張するため、つぎのように宣言した」

(※7)米国憲法の起草者「建国の父」の思想

 米国では1787年制定の米国憲法においては、A・ハミルトンら「米国建国の父」たちは、デモクラシーを不信視する考えが絶対多数であった。

 米国憲法の解釈の書である『ザ・フェデラリスト』1788年)は米国憲法の思想が最も正確に理論的に説明されている

 その執筆者の一人であるジェームス・マディソン(第四第大統領)は、財産や教養のない無責任で気まぐれな「人民」がデモクラシーによって政治に参加し政治を牛耳ることがないように腐心した。

 これは、マディソンだけでなく「他の建国の父」たちの絶対多数意見であった。

 なぜなら、彼らは、アテナイ、カルタゴ、スパルタ、ローマの古代民主政(=デモクラシー)の歴史や近代の他国家の民主政体(=デモクラシー)の実態を研究し尽くしたうえで、デモクラシーが専制政治に容易に反転する危険性を観取し、米国憲法からデモクラシーに直結する「人民の権利」規定を全面削除した

 ゆえに、1787年制定の米国憲法には「人間の権利(人権)」など一切規定していない

 デカルト的「設計主義的合理主義」による「人間の完全性を前提とするデモクラシーは、現実には、人間の不完全性によって、健全な政治を招来しないことは明白である。

 このことは、フランス革命によってデモクラシー(=人民主権)で解放された人民が、ジャコバン党のロベスピエールらの煽動によってなしたのは、破壊と殺戮(犠牲者約50万人)であり政治の機能不全であった、その史実でも証明されている

 また、“法の支配”の無い「法治主義国家」であるナチス・ドイツヒトラーもデモクラシーによる民主的な普通選挙によって誕生した史実もデモクラシーが容易に全体主義に反転することを示している

 米国憲法思想については、私のブログ「米国保守主義の父 アレクサンダー・ハミルトン①~⑫」を参照。➡本文


 次回、保守主義の哲学シリーズ‐‐‐「エドマンド・バーク保守主義」VS『共産党宣言・共産主義の諸原理』(その8)へつづく。


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