保守主義の哲学シリーズ‐‐‐「エドマンド・バーク保守主義」VS『共産党宣言・共産主義の諸原理』(その14 結論)


エドマンド・バーク保守主義VSマルクス/エンゲルス共産党宣言・共産主義の諸原理

 正統の哲学・『エドマンド・バーク保守主義』による、

 虚偽・妄説の『共産党宣言・共産主義の諸原理』の理論的破壊宣言(PartⅩⅣ)最終章

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(結 論)

 『エドマンド・バーク保守主義VSマルクス/エンゲルス共産党宣言・共産主義の諸原理

 私は、上記シリーズ第14回にわたって、『共産党宣言・共産主義の諸原理』の虚偽・虚構・妄言を徹底的に洗い出し、「共産主義」とは、「真の空想的・非科学的社会主義」であり、「共産主義」の唱えるユートピアには、人類は未来永劫・永遠にたどり着けないと結論した。

 それどころか、虚偽・虚構・妄言の裏に隠された、唯物論無所有無家族無道徳無法無宗教無国民性という、最悪の暗黒社会だけが地上に出現する(残存する)ことも必然的帰結であるとした。

 さて、ここからが、本題であり、エドマンド・バーク保守主義的な結論に入っていく。

 エドマンド・バーク保守主義においては、「私的所有=私有財産」=「自由の根元(自由そのもの)」=「世襲(相続)」という法理(“法”)を根幹としている。

 つまり、「私有財産」=「自由」であり、それらは「先祖からの世襲(相続)財産」であり、現世代において突然に湧き出たものではないということである。

 これは、ちょっと考えればわかる。

 例えば一人の人間A自由主義先進国・米国共産主義国家・旧ソ連発展途上国家・エチオピアのどの国に生まれるかの偶然の結果が、人間Aの「自由」=「私有財産のあり方をまったく変えてしまうことは、皆さんも当然解るであろう。

 つまり、人間Aの生まれた国の祖先が「自由」を相続財産として残してくれている、米国に生まれれば、人間Aは米国民として「自由」を享受できるが、ソ連やエチオピアのように過去の祖先が自由社会を作り上げず、自由社会を子孫に相続していない国々に生まれれば人間A生まれながらに不自由あるいは無自由」なのである。

 つまり、自由とはそこに「ある」ものではなく、祖先から「受け継がれたもの」なのである

 そこで、以上のように「私的所有=私有財産」=「自由」=「世襲(相続)の原理」であるから、バーク哲学の基本原理である「世襲(相続)の原理」について、解説し本論文の「総括」としたい。

 ここでは、私一人の力で述べるのは、余りにも畏れ多いことであるから、日本随一のバーク保守主義者であり、バーク研究者であり、碩学の政治哲学者である 中川八洋 筑波大学名誉教授 著『保守主義の哲学』(PHP研究所、2004年)とエドマンド・バーク 著『フランス革命の省察』から部分引用させてもらいながら説明させて頂く。

(1)「世襲(相続)」の哲学――未来主義進歩主義からの脱却

 ①自由とは「世襲」の権利

 英国憲法の基本原理の筆頭は何と言っても、英語でinheritanceとかdescentという、「世襲の原理」あるいは「相続の原理」であろう。

 この「世襲の原理」について明快に理論化したのは、エドマンド・バークが初めてであろう。

 バークの「相続(世襲)の哲学」は、1790年の『フランス革命の省察』において本格的に論究されるようになった。

 バーク曰く、

 「我々は相続すべき王位と相続すべき貴族を持ち、また、永きにわたる祖先の系譜から消極積極の両特権(=特権と参政権)と自由とを相続している下院や民衆をもっているのです」(『フランス革命の省察』、みすず書房、43頁)

 このように基本的な政治制度を含む国体の堅持と保守について、バークの「相続の哲学原理」ほど、説得力のあるものはない

 翌1791年の『旧ウィッグは新ウィッグを裁く』でも、バーク曰く、

 「もし自国の国体(憲法)を理解できない場合は、まずもって、それを崇敬・賛美すべきである。このすばらしき国体という相続財産を遺してくれた我々の祖先は、このような国体崇敬者であった。・・・しかし、決して、基本原理から逸脱することはなかった王国の法と憲法と慣習に深く根を下ろさぬ国体の修正は決してしなかった。このような祖先にわれらは見習い従っていこうではないか。・・・(この国体に対して)革新という絶望的な企てがなされないよう、いつも監視をつづけようではないか」(“Appeal from the New to the old Whigs,pp265-266、訳 中川八洋 先生)

 英国では、中世より、英国民の権利および英国民の自由についても、相続による財産すなわち、「世襲」による一種の家産とみなされてきた。この「世襲の原理」は1215年のマグナ・カルタから1689年の権利の章典に至る約450年の歳月の間、不変であった。

 バーク曰く、

 「我々の自由を主張し要求するに当たって、それを祖先から発してわれわれに至り、更には子孫にまで伝えられべき限嗣相続財産entailed inheritanceとすること、またこの王国の民衆にだけ特別に帰属する財産として、何にせよそれ以外のより一般的権利(=人権、人間の権利)や先行の権利(=自然権)などとは決して結び付けないこと、これこそマグナ・カルタに始まって権利宣言(=権利の章典)に及ぶ我が憲法の不易の方針であった」(『フランス革命の省察』、みすず書房、43頁、カッコ内の人権、および自然権は中川先生)

 権利の章典は「英国国王陛下の臣民に限って与えられる権利/自由を定めたのであり、普遍的な人間であるが故の権利という「人権の思想を、完全に排除している。

 国王陛下の「臣民の権利」は自由を含めて財産や名誉その他を複合したものであるから、文明社会のもたらす高級な権利である。一方「人間の権利(=人権)」は非文明的な未開・野蛮社会での単なる生存という原初的な権利のことである。

 また、「臣民(または国民)の権利」は、国王陛下(または政府)などの、権利を擁護しうる権力主体をもつが、「人間の権利」などを擁護しうる権力主体が明確でないし無いと言っても良い。このような「人間の権利(人権)」とは、いくら主張しても、擁護する権力主体がないのであるから、権利など無いのと同じである。

 そして、国家を無くした共同体なる組織で社会を構成する「共産主義社会」では、そもそも唯物論無所有無家族無道徳無法)・無宗教無国民性という、最悪の暗黒社会であるから、「人間の権利」のうち、最低の生存権すら擁護されない

 日本の学界では、マグナ・カルタにしても権利の章典にしても、著しく歪曲して、英国の憲法思想を根底から枉げる。

 例えば、岩波文庫版『人権宣言集』で、

 「マグナ・カルタ(1215年)には、・・・アメリカにおいても、基本的人権の守護として尊ばれている」(36頁)とか、

 「権利の章典(1689年)の重要性は、・・・そこに列挙された人権の保障は、基本的人権の歴史の上で大きな役割を演ずる」(79頁)とか、「基本的人権」などという英国や米国にとって奇怪きわまる意味不明の五文字妄語にすぎない人権」という二文字を作為して、荒唐無稽な解説がなされている。

 「人間の権利(人権)」は17898フランス人権宣言」で初めて発明された概念であり、それ以前の1215(マグナ・カルタ)や1689(権利の章典)の英国1787年の米国に、そもそも人権の概念が存在しうるわけがないのであって全くの虚偽であり詭弁である。

 権利の章典の正式名称が「臣民の権利および自由を宣言し、王位継承を定める法律」であるように、それは、英国の国王の存在を絶対前提として、国王に忠誠を誓う義務の代償として「英国国王の臣民」のみが享受できる権利と自由を定めた法律である。

 王制の廃止を前提とし、「フランス国王の臣民」であることを拒否し、動物並みの「ただの人間」に堕落・退化することを思考する教理に基づく「フランス人権宣言(人および市民の権利宣言)」とは、全く対極的である

 ②「世襲の義務」という高貴なる精神

 だから、権利の章典は「両陛下の玉体が、・・・祖宗の玉座よりいと幸せに私達に君臨し給うのを維持することこそ、玄妙なる神の摂理、この国に対する神の慈悲深き御心・・・。この神の御心に対して恭謙な感謝と賛美を捧げまつる」(『人権宣言集』、岩波書店、1957年、第7条、8586頁)、「私、何某は、ウィリアム国王陛下およびメアリ女王陛下に、忠実であり真実なる忠誠をつくすことを、誠意をもって約束し、宣誓します。神にかけて」(『人権宣言集』、岩波書店、1957年、84頁)と、「臣民の義務」としての両陛下への忠誠の宣言文まで明記している。

 「世襲の原理を貫く権利の章典の智恵は、「国民の権利/自由」は「世襲(相続)の権利/自由であるが故につまり祖先から世襲(相続)したが故に現在の権力者によるいかなる侵害をも違法と定める論理である

 この「世襲の原理」は、権利の章典より60年前の権利の請願(1628年)においても同じであった。

 「国王陛下の臣民は、国家の一般的承諾にもとづいて定められていない限り税金、賦課金、援助金、その他同種の負担の支払いを強制されない自由をうけついでいるのである(=相続した)」(『人権宣言集』、岩波書店、1957年、57頁)

 1701年の王位継承法もその正式名称が「王位をさらに限定し、臣民の権利と自由をよりよく保証するための法律」であるように、王位をジェームス1世(在位:140646日~1437221日)に発するプロテスタントの家系に「世襲」によって継承させることを定めたものである

 この王位継承法は、日本国憲法の第一条「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する国民の総意に基づく」などという薄っぺらで、貧困極まる歴史の重みを完全無視したジョン・ロック流の社会契約思想とは全く無縁である。

 むしろ逆に国民の意志が王位継承に僅かでも反映することがないようにしたのである

 英国民は、これほどまでに英国法を尊重し、国王陛下への忠誠義務とそれの代償としての臣民の権利/自由の擁護を享受しようとした。

 なお、ジェームス1世は、15世紀前半の英国の国王陛下である。

 それに対し日本国の天皇陛下は紀元前660年即位の神武天皇を初代天皇とし、「世界史上最大の奇跡といわれる万世一系の世襲による皇統を2,600年以上継承しているのであるこれは過去の祖先を含むすべての日本国民が名誉と栄光として誇るべきことである

 デモクラシーの現代といえども、現代日本国民は英国民の国王陛下に対する忠誠心を少しでも見習い、象徴天皇制とは言え、もっと我々日本国民の事実上の国王である天皇陛下を尊崇・崇敬する精神を持つべきではないか

 権利の章典の解釈で、ホッブスの系譜にある「隠れ革命理論屋」ジョン・ロックが述べている、「国王の地位は国民の信託と同意に基づく」は全くの恣意的虚偽である。D・ヒュームが指摘するように、作り話である。

 以上の英国の「世襲の原理」を日本国に置き換えるならば、「世襲」の皇統の悠久を定める皇室典範に基づく天皇の未来への万世一系を諸語する日本国民の子々孫々にわたる「世襲の義務」の代償として、日本国民の「自由の権利」は、「世襲の権利」として附与されているということになる。

 つまり、日本国民の「自由の原理」とは、天皇の万世への継承と自由とが一体となった「世襲の原理」を母体として発展したものであり、神武天皇から今上天皇(百二十五代)に至る日本国の皇統譜は、日本国民の「自由の系譜」となるのである。

 これが、いわゆる、天皇(皇室)が日本国民の「自由の淵源である」という意味である

 ③自由とは、祖先より相続した家産

 英国の「世襲」の王位継承と英国民の自由とが、不可分の関係にあることについて、バークの言説の一部を挙げると次のとおりである。

 バーク曰く、

 「(名誉)革命が、行われたのは、我が国古来の疑うべからざる(=議論の余地なき)法と自由を維持するためであり、また、我々にとっては法と自由に対する唯一の保証である、あの古来の政府の基本構造(=英国の国体)を維持するためでした」(『フランス革命の省察』、41頁、カッコ内は中川先生)

 「我々の自由を世襲の権利として規則正しく永続させ、また聖なるものとして保持すべき道筋乃至方法として、世襲の王制以外何ものかがあり得るとは、これまで如何なる経験も教えたことがありません(=歴史が教えています)」(『フランス革命の省察』、33頁、カッコ内は中川先生)

 自由が、祖先より相続した遺産であると定めたとき、個人の自由への国家権力の侵害は、最大限に抑制される結果として、国民の自由が最大限に享受できるのであるこれを最初に発見したのが、マグナ・カルタ(1215年)であった

 マグナ・カルタ第六十三条は次のように定め、臣民の自由が「相続される」旨をはっきりと書いている。次に王位も「相続される」ことが明記されている。

 第六十三条「このように朕は、イングランドの教会が自由であること、ならびに朕の王国内の臣民が前記の自由権利および許容のすべてを、正しく平和に、自由かつ平穏に、かつ完全に、かれら自身のためおよびその相続人のために、朕と朕の相続人から、いかなる点についてもまたいかなる所においても、永久に保持保有することを、欲し、かつ確かに申しつける

 ところで、マグナ・カルタでは、「相続」とか「相続人」とか、あるいは「相続料」や「相続財産」というように、「相続」の言葉が氾濫するほどに多い。

 マグナ・カルタの一つの特徴である。岩波文庫訳では第二条に九回、第三条に四回、第四条に一回、第五条に二回、第六条に二回、第七条に二回、第十条に一回、第十一条に二回といった具合である。

 このことは、第二条から第十一条までの冒頭の十カ条すべてが相続財産に絡む規定であり、「自由=私有財産=相続という法理が、マグナ・カルタの中核をなしていることを示している。

ルソーとマルクス以来、「私有財産(私的所有)の廃止」の社会主義/共産主義のイデオロギーが世界を席巻した。米国が国家をあげてこれらのイデオロギーと戦うのは、「私有財産=自由」の概念を確立したマグナ・カルタの法理を最も正統に継承する国家だからである。

 英国では、ベンサムJ.Sミルの媒介によって十九世紀にルソーとマルクスの思想がかなり入り込み、二十世紀以降は、マグナ・カルタの正統な継承国としては米国に及ばないが、世界的に見れば、やはり米国に次ぐマグナ・カルタの正しき継承国である。

 このように、「自由=私有財産=相続」という、英国憲法の原理の一つは、「自由の大憲章(=マグナ・カルタ)」によって形成されたのである。

 さて、英国が、自由を「世襲の原理」において体現するという天才的発明に成功したのは、国家を代々つづく家族(=家)から類推的に把握し、国家と家族を複合的に一体化して透視したからである。このことは、次のバークの「世襲の原理」の説明によく現れている。

 バーク曰く、

 「相続という概念は、確実な保守の原理、確実な伝達の原理を涵養し、しかも改善の原理を全く排除しないということをイングランドの民衆(=英国民)は熟知しています。これらの原則に則って行動する国家が達成した成果はすべて恰も、いわば家族継承(=相続)財産の中にでもあるように、しっかりと鍵を下され、一種の死手譲渡(=永久譲渡財産)として永遠に把持されます」(『フランス革命の省察』、44頁、カッコ内は私)

 「この世襲原理を選択することを通して我々は、自分たちの政治組織(=政体)の枠組みに血縁関係の似姿(=イメージ)を賦与して来ました。即ち、我が国家制度(=国体)を我々に最も親密な家族の絆に結び上げ、我が基本法を家族的愛情の懐深く抱き入れ、しかも皆が一致し相共に通じ合う善意の暖かみを以て慈しみつつ、我が国家と暖炉(=各国民の家々)と墓標(=祖先)と祭壇(=教会)とを相互に不可分のものとしてきたのです」(『フランス革命の省察』、44頁、カッコ内は中川先生)

 自由の権利を「世襲の原理」をもってその正当性の根拠とするのは、英国憲法の普遍の哲理である。

 が、バークはこれに加えてもう一つ重要なことを提示する。

 それは「世襲の原理」に基づく自由のみが、単なる自由ではなく、自由が「高貴な自由」「堂々として荘重な自由」「美しき自由」「倫理ある自由」に昇華するという“自由の高級化”の働きについてである

 そして政治は「世襲の原理」に従えば、祖先の叡智をフルに活用できるばかりか、絶えず祖先に対して恥ずかしくないかと自問する「祖先の見ている前の政治」となるから、最高のレベルへと向上する。

 「我々は、・・・自らの自由を遺産として考え、・・・恰も列聖された先祖の眼前にでもいるかのように何時も行為していれば、・・・無秩序と過度に導きがちな自由な精神といえども、畏怖すべき厳粛さで以て中庸を得るようになる(=和らげられる)ものです。賤しからざる家系(=決して賤しくない家系の子孫である)というこの観念は、我々に対して生まれながらの尊厳という習慣化した意識を吹き込みます。そしてこの意識が、・・・成り上がり者的尊大さを抑制してくれるのです。こうした方法で、我々の自由は一種高貴な自由となりますこの自由は威風堂々たる相貌を具えています(=威風堂々たる自由になるのです)」(『フランス革命の省察』、45頁、カッコ内は中川先生)

 ④「過去を抹殺する」進歩主義

 「世襲(相続)の哲学」は、祖先との連綿たる連続を絶対前提とするものである。

 この故に、過去との切断において「新しい社会」を人為的に創造しようとするいかなる思想に対しても、「世襲の哲学」はこれを拒絶する論理を提供する

 一方、デカルトの人間の知力を過信する理性主義は、過去や祖先を軽蔑し、それらを全否定するものであるから、デカルトの正統な後継者であるルソーのごとく、過去を切断して、ただ未来にのみ「理想の人間」と「理想の社会」を妄想する「未来主義」が派生的に発展した。

 過去を全否定するベンサムも英国に「未来主義」を根付かせていった。

 そして、ヘーゲル/コント/マルクス/スペンサーらは、この「未来主義」に人類は無限に進歩するとの神託的な予言を加えて、「進歩の宗教」へと変形した。

 すなわち、過去と祖先とに尊敬と連続の強い絆をもつバークの「世襲の哲学」はデカルトやルソーなどの過去否定/過去破壊の「未来主義」に対する、最も正鵠を射た論駁となっている。

 バーク没後に、主としてヘーゲルマルクスなどドイツ人らによって世界に蔓延していくことになる進歩主義に対抗するのに、この「世襲(相続)の哲学」だけが、最も高い除菌効果を持つ理論であり続けている

 デカルト/ルソーおよびヘーゲル/コント/マルクス/マンハイムらを「信仰」する日本の左翼一辺倒の学界が、バークの「世襲(相続)の原理」にアレルギー症状を示すのは、バーク哲学の(未来主義・進歩主義という有害ウィルスの滅菌/殺菌薬としての)威力のすごさを逆説的に物語っている

 簡単に言えば、未来主義や進歩主義を信仰する学者・ジャーナリスト・マスメディア・政治家等の「左翼人の大矛盾は、自分自身が、過去の祖先の遺産である「自由主義国」の日本国に生まれ、過去の祖先が築いた「自由」を「世襲(相続)」したが故に、学問・言論・思想・出版の「自由」を手段として用いながら、「自由を否定」する「未来主義」や「進歩主義」を喧伝していることである。

 自ら自由を享受しながら自由を否定する学説・言説を他者(特に、子どもや学生や若い世代)に対して、まき散らしていることである。これ以上の自家撞着・自己矛盾・強度な無責任・傲慢・不道徳があるであろうか

 エドマンド・バーク保守主義者の私(=ブログ作成者)に言わせれば、この意味において、「左翼日本人とはall 精神疾患者」である。

(2)時効の哲学――自己破壊に至る革新主義・改革主義

 「時効(prescription」とは、殺人犯の逮捕・起訴が「十五年をもって時効」と定められているように、刑法や民法の法規条のものである。しかし、「時効」を憲法原理としたのは、「時効の国体(憲法)」(prescriptive constitution)という語句が示すように、D・ヒュームなどの「時効」の思想を一段と明確にした点で、あくまでもバークの独創であり、バーク哲学の一つとみなしてよいだろう。

 むろんバークも、法律学的な論理での「時効」を使用しているときがある。

 例えば、1789年のフランス革命と同時にこの革命権力側は、教会・修道院や司教などの「私有財産」を没収したが、このような行為についてバークは、「時効」の否定は財産に安定を与えているすべての原理を破壊すると非難した

 バーク曰く、

 「私は、我々にごく近い国(=フランス)で人類の共通の関心事たる正義に挑戦する政策が一貫して追求されるのを見ているのです。フランス国民議会にとっては(私的)所有権など何事でもありません(=私的所有権など無視しています)。法や慣行も何事でもありません(=法や慣行も無視しています)。私は国民議会が(私的所有権に関する)時効の理論を公然と非難するのを見ています」(『フランス革命の省察』、191頁、カッコ内は私)

 このフランス革命における、私有財産没収の論理は、百二十年後のレーニンによって、マルクス/エンゲルスの『共産党宣言・共産主義の諸原理』に忠実に基づいて、再び実践された。零細農民の農地まで没収した暗黒のソ連体制におけるこの実践で、レーニンだけでもウクライナ等で500万人以上の農民が、レーニン/スターリンによって数千万人の農民餓死し凍死し刑死した。

 また、中国共産党の毛沢東による1958年~1961年の「大躍進政策」での「人民公社」づくりにおいて、農地を追われた少なくとも4,000万人が餓死した(ベッカー著『餓鬼』)。

 ①「時効の憲法」と「時効の政府」

 バークが「時効の哲学」の論理でもって、保守せんとしたものはむろん、古来の伝統的な政治制度のほうであった。私的所有権に関する「時効」の破壊の論理は、国家の政体そのものへの破壊の論理へと発展すると見抜いたバークの、1789年~1790年の懸念は的中した。

 フランスでは1792年からは議会は政体を全面的に破壊し、翌1793年1月には国王の処刑を行った。そればかりか、17946月にはロベスピエール独裁の(人間の理性を神と祀る)新しい宗教国家を創るというところまで、ジャコバン党支配の国会の狂気は暴走し続けた。そこでは、「人権宣言」を含め、明文憲法は単なる紙切れ以下となった。その時々の立法部の恣意(思い付き)がすべてであり絶対的な決定(命令)となった。

 立法部は、「時効」の政治制度を改変する権限を有さない少なくとも立法部は「時効の憲法(国体)」の支配を受け、その拘束下においてのみ法律を制定できる。

 これは、今日では“立憲主義”国家の常識中の常識であるが、バークのこの「時効」論は、フランス革命の愚行の歴史が反面教師となって、その正しさが十分に証明されている

 民主党は、在日外国人に地方参政権は付与できない。憲法第十五条に完全に違反する。過去の最高裁判決も「違憲」と判決している。もし、これを破って立法するならば、憲法無視・最高裁判決無視の完全なる「無法政権・無法政党」=「独裁政権」・「独裁政党」となる。

 この時、民主党の生命は永久に消滅するであろう。

 なぜなら、我々保守主義者は、必ず、最高裁に違憲立法審査権の発動を求めるからである。過去に「違憲」判決を出しておきながら、同じ内容の立法に対し、最高裁が違憲立法審査権を発動しないならば、最高裁の憲法第八十一条違反(法の番人の憲法違反=日本史上最大の最高裁判所の犯罪)である。

 最高裁は過去に違憲判決を自ら出している以上、我々は、その立法が違憲でないとは言わせない。

 話を戻す。フランス革命の愚行を教訓とすれば、伝統と長い時間を経た国家の制度に関して、われわれ日本国も「時効の憲法原理」を遵守して慎重の上にも慎重であるべきで、国家の統治機構に対する批判とくに改変は軽々にやってはいけないということである。

 とりわけ日本国の国会議員は、次のバークの警告をよくわきまえて、「時効の国体」に関して、それを古へ復元することはしてもよいが改変は決してしてはならないということである。

 バーク曰く、

 「英国のような時効的政府は、絶対に、ある特定の立法者がつくったものではないし、なにかの既存の理論に基づいてつくられたものでもない」(“On the Reform of the Representation in the House of Commons,Burke’s Works ,Vol.10,Hatchard,1818,pp.99. 訳 中川八洋 先生)

 つまり、日本の天皇の制度は「世襲の原理」と「時効の原理」において、変革の禁止された英国の君主制と同様に「時効」である。

 が故に、いかに修理するか、いかに保守するかを論じてもよいが、改革はむろんその改廃の議論は禁止されていると考えねばならない

 日本の天皇は、世界最高の「時効の国体」だからである

 最後に再び、バーク曰く、

 「もし自国の国体(憲法)を理解できない場合にはまずもってそれを崇敬・賛美すべきである。このすばらしき国体という相続財産を遺してくれた我々の祖先は、このような国体崇敬者であった。・・・われらの祖先は他者の理性は敬しつつも過去を振り返り未来を見すえて・・・国体(憲法)を、より完成されたものに徐々に改良してきた。しかし決して、国体の基本原理から逸脱することはなかった王国の法と憲法と慣習に深く根を下ろさぬ国体の修正は決してしなかったこのような祖先にわれらは見習い従っていこうではないか」“Appeal from the New to the old Whigs,pp265-266、訳 中川八洋 先生)


 以上で、『共産党宣言』、『共産主義の諸原理』についてのエドマンド・バーク保守主義の哲学による批判的論考を完了する。

 が、最後に、この論考を終えるにあたり、少しだけ、簡単に「私の感想」を述べておきたい。

 一般的に、共産主義思想とは「ユートピア思想」と言われるが、共産主義者がユートピアを求めるのは、その人間の精神的根底に、現存世界における自己の境遇に対する「自己嫌悪的な自虐観」がある。

 私は、この現存世界の自己の境遇に対する「自己嫌悪的自虐観」つまり人間精神の中にある闇(=ディストピア思想)に対する反発的・反転的な空想と妄想が「共産主義思想」・「ユートピア思想」であると感じる。

 誰しも人間はある程度の年齢まで成長したとき、自分の過去を顧みて、「ああ、あの時もっと勉強しておけばよかったとか、あの時、あのように行動せずにせずに、このように行動しておけばよかった、もう一度あの時点に戻りたい、子どもの時からやり直したい、もっと裕福な家庭に生まれたかった、もっと温かい家庭に育ちたかった」などと思うことがある

 しかしながら、ある時点まで成長してしまった人間は、いくらそのように願っても、過去へ逆戻りは決してできない

 それは、「人間の意志」・「人間の理性」では、決してできない“神の意志(神慮)”・“神の摂理”である

 であれば、そう考えたとき人間に許されている手段は、現在から先の未来の人生を後悔せぬように自分自身に対し、成長する義務を課すること(=自助の精神)しか残されていない

 「天は自ら助くる者を助く」である

 例えば、共産主義者は、ブルジョアプロレタリア人間を二分割するが、それでは、革命をして、社会を転覆させて新しい世界をつくらない限り、つまり現状の社会では、プロレタリアは、いつまでも必ず貧困であるのかブルジョアはいつまでも裕福なのか

 それは完全に間違った考えである

 例えば、英国のジェレミ―・テーラーという詩の才能に恵まれた神学者やリチャード・アークライトという多軸紡績機を発明して綿工業の発展の基礎を気付いた人物や英国法院の首席裁判官として名高いテンダテンや風景画の巨匠であるターナーらは皆一介の床屋から身を起こしてしてその地位に就いた。

 また、シェークスピアが劇作家として名を残す前の職業については不明であるという。

 天動説のコペルニクスはポーランドのパン屋の子供であった。ケプラーの法則で有名なケプラーは居酒屋の息子で自らも酒屋のボーイをやっていた。万有引力発見の天才物理学者ニュートンは、小さな農家の息子であり、ラプラス変換やラプラス方程式で有名な数学者のラプラスは農家の息子であった。数学者ラグランジュは、父親が投機で失敗し、一家は貧困生活を強いられた

 これら、僅かな偉人たちの例をとっても解るとおり、自助の精神で苦難に立ち向かうからこそ人間は偉大になるのである。

 それを、「貧困者(プロレタリア)は、一生貧困であると定められており、それはすべて社会の構造に原因がある。だから、社会を転覆して新しい社会をつくれば、みんなが豊かになる」などという思想は、自己に自助の義務も課さず、快楽だけを無償で手に入れたいという、もっとも醜く、下賤な人間の思想ではないか

 はっきり言えば、共産主義/社会主義思想とは、人間の中で最も下賤な精神を持つ「乞食の哲学」である。

 では、私が百歩譲って、革命によって「新しい社会」ができたとして、その社会は共産主義者/社会主義者が思い描いたユートピアなのか?

 『共産党宣言・共産主義の諸原理』のどこにその確証が書いてあったか?

 全くどこにもない。

 すべて虚偽・虚構・妄想で塗り固めただけの煽動文書ではなかったか?

 そして、虚偽をひっくり返して出てきた真実は、唯物論・無所有・無家族・無道徳(無法)・無宗教・無国民性という、最悪の社会地上に出現する(残存する)のではないか?まさしく、そのような社会が旧ソ連などであったのではないか。

 文明の社会も人間と同じように、自然的に成長・発展していく“生きもの”であって、現在、自分が生存している文明社会が、いかに自分に不都合な境遇を与えるものであっても、文明社会を「革命という暴力」によって、一旦「白紙」に戻して「新しい理想世界」を作るなどというのは“神の意志(神慮)”・“神の摂理”に叛逆する傲慢な人間の神への叛逆行為であり、決して許されざる行為である

 なぜなら、先に述べたように、大人になった人間が、人生を白紙に戻して、一から新しい人生を始めようとしても、人間の成長は止められないのであるから、唯一の方法は、まず現在の自分を抹殺することである。

 しかし、抹殺した自分はもはや死者であるから、新しい人間として復活できない。これは、“神の意志”・“神の摂理”であり人間の定められた運命である。

 これとまったく同様に、自然的に成長・発展してきた文明社会を破壊して白紙にしてしまえば、そこには、もはや文明社会は死滅する

 死滅して無になってしまった文明社会を、新しい文明社会として復活させることは不可能である。無からは何も生じないからである

 そこでかわりに「人間の意志」「人間の理性」で設計した「新しい社会」を打ち立てても、それは、「似非文明社会」であって、「真の文明社会」ではない。

 なぜなら、「似非文明社会」には、「真の文明社会」を死滅させた時点で「自然的に成長・発展する力をもはや喪失しているから、「似非文明社会は決して成長・発展しない

 つまり、真の文明社会の自然的な成長・発展力は祖先からの叡智・財産・自由の世襲(相続)に宿っているからである

 このことは、自明なことであってすぐわかる。

 例えば、なぜ科学技術は進歩するのか?を考えればよい

 それは過去の祖先が世襲(相続)した業績・叡智(法則や定理や原理➡単純化して叡智の量を数字で表す)100を、そっくりそのまま、現世代の人間が学校教育等でまるごと頭に詰め込む(100からである。

 そして現世代の人間は過去の祖先から相続した叡智100)を出発点として次の段階(120)へ技術を発展させられるのでる。

 そして、次の世代は、世襲(相続)により120からスタートできるのである

 もしも、過去の祖先の業績や叡智の世襲(相続)がなければ(0であれば)人間はいつも、何もかも0から始めなければならず、科学技術は進歩するわけがないのは当然であろう。仮に進歩するとしてもそのスピードは極めて遅いであろう。

 真の文明の自然的な成長・発展力を断ち切ってしまった似非文明社会は過去からの世襲(相続)のない「裸の人間」の集合体にすぎず、そのような人間の集合体の力では、社会をコントロールできず、維持できなくなり崩壊する。

 エドマンド・バーク保守主義においては、文明社会は、“神の意志”・“神の摂理”を畏敬し、古きものの世襲(相続)の原理により、自然的に成長・発展するものと考える

 共産主義者は、文明社会は「人間の意志」「人間の理性」によって破壊して白紙に戻しても人間の進歩によって「新しい文明社会」を創造できると考えるが「新しい似非文明社会」にはもはや自然的成長・発展する力が喪失しているため、長期間の維持は不可能であり、必然的に崩壊する

これが、私の出した結論である


END


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テーマ : エドマンド・バーク保守主義
ジャンル : 政治・経済

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