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保守主義の哲学シリーズ‐‐‐「真正の保守主義とは、いったい何なのか?」という疑問への明確な回答書(その2)


21世紀の日本国における重要課題

真正の保守主義』の“政治哲学思想の定義について(その2

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4) 世襲(相続)の原理の保守

 「世襲相続の原理」は、英国憲法の基本原理であり、バークが明快に理論化したものである。

 「世襲(相続)の原理」とは、「英国憲法国体)」、「英国臣民の権利および自由」は、英国の過去の祖先から世襲相続されてきた相続財産」であるが故に、現在の国王陛下にも英国臣民の権利および自由を擁護して頂くように要求するかわりに英国臣民も過去からの世襲(相続)である国王陛下に忠誠をつくす義務」、および血統と世襲(相続)に基づく王位とその王位継承を守護する義務を有する、とするものである。

 つまり、

 『国民の自由私有財産世襲相続権利>国民が血統と世襲による王位皇位とその継承を守護する義務>表裏一体である

 という法理が、「保守主義の政治哲学の支柱であり、「核心部」である。

 この法理を日本国に当てはめるならば、「皇室典範(=憲法に唯一明記された憲法と同格の法律に定められた万世一系の皇統と世襲相続に基づく皇位皇位の継承を守護する日本国民の義務」を果たすことにおいて、日本国民の権利および自由」は、憲法に定める天皇の存在よって世襲相続の権利および自由」として永久不変に附与されるということとなる。

 この保守主義の法理を日本国に再生させれば私有財産否定の社会主義や共産主義日本国に棲息する余地は皆無となる

 このように、「世襲相続の原理」による「国民臣民の権利」とは、「自由を含めて私有財産や名誉その他が複合したもの」であり、文明社会のもたらす、高級な権利である。

 一方、17898月のフランス人権宣言」で初めて発明された概念である「人間の権利(=人権)」は、人間として生まれたという理由だけで与えられる非文明的な未開・野蛮社会での単なる生存という原初的な低級な権利のことである。

 以上の保守主義の理論によれば、

 日本国憲法 

 第一条天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であってこの地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」は、必然的に次のように書きかえられねばならない

 日本国憲法 

 修正第一条天皇は日本国の元首でありこの地位と地位の継承は皇室典範に定められた皇統と世襲に基づく

 2「すべて日本国民は前項に定められた皇位および皇位継承を守護する義務を有する

 つまり、天皇の皇位および皇位継承は日本国民の総意(=権利)に基づくものではなく、それらを守護する日本国民の義務なのである。

 なお、日本国憲法 第三章の表題は「第三章 国民の権利および義務」であるから、第三章の第十条から第四十条まではすべて「日本国民の権利」であって「人間の権利(=人権)」ではない。

 国籍法に定める日本国籍を有する日本国民であることが前提に附与される権利および義務である。

 つまり、保守主義は、日本国の祖先からの「世襲(相続)の原理」に基づく「(世襲の)国民の権利および義務は尊重するが祖国のないコスモポリタニズム根無し草的な人間の権利(=人権)」や英米人が聞けば意味不明の「基本的人権などは妄語として棄却する

 また、日本国民の「自由の権利」が「祖先からの相続財産遺産形見)」として考えれば、日本国民が「自由の権利」を行使するとき、あたかも「ご先祖様があの世から草葉の陰から、見ておられる」という意識が作用して、「単なる自由が、「高貴な自由」、「堂々として荘重な自由」「美徳ある自由」「倫理ある自由」になるとういう「自由の高級化原理」も保守哲学の重要な法理である。

 この保守主義の「世襲相続の原理」は、ルソーなどの過去否定過去破壊の「未来主義」を完膚なきまでに論駁しできるし、バーク没後のマルクス/エンゲルスらの「進歩主義」という悪性ウィルスの最も確実な抗生物質であり続けている

 日本の左翼学界は、戦後、出版界と連携して、バーク保守主義を排除するため、その著作の邦訳出版を恣意的に検閲してきた。

 だから、バークの著作で、世界が認める古典中の最高級の古典である『フランス革命の省察』などは、はるか昔から、英米を中心とする欧米の「エリートの必携本」の一つであるのに、日本で邦訳出版されたのは何と2000年7月であった

 この事実が左翼陣営がバーク哲学に恐怖していることつまりバーク哲学のすさまじき威力左翼理論への殺菌力を逆説的に物語っているのである

(5) 時効の原理の保守

 「時効(prescription)」とは、殺人犯の逮捕・起訴が「十五年をもって時効」と定められているように、刑法や民法の法規条のものである。

 しかし、「時効」を憲法原理としたのは、「時効の国体(憲法)(=prescriptive constitution)」という語句が示すように、D・ヒュームなどの「時効」の思想を一段と明確にした点で、あくまでもバークの独創であり、バーク哲学の一つとみなしてよい。

 フランス革命における、私有財産没収の論理は、百二十年後のレーニンによって、マルクス/エンゲルスの『共産党宣言・共産主義の諸原理』に忠実に基づいて、再び実践された。零細農民の農地まで没収した暗黒のソ連体制におけるこの実践で、レーニンだけでもウクライナ等で500万人以上の農民が、レーニン/スターリンによって数千万人の農民が餓死し凍死し刑死した。

 また、中国共産党毛沢東による1958年~1961年の「大躍進政策」での「人民公社」つくりにおいて、農地を追われた少なくとも4,000万人が餓死した(ベッカー著『餓鬼』)。

 ○時効の憲法」と「時効の政府

 立法部は、「時効の政治制度を改変・変革する権限を有さない少なくとも立法部は時効の憲法(国体)の支配を受けその拘束下においてのみ法律を制定できる

 これは、今日では“立憲主義国家”の常識中の常識であるが、バークのこの「時効」論は、フランス革命の愚行の歴史が反面教師となって、その正しさが十分に証明されている。

 フランス革命の愚行を教訓とすれば、伝統と長い時間を経た国家の制度に関して、われわれ日本国も「時効の憲法原理」を遵守して慎重の上にも慎重であるべきで、国家の統治機構に対する批判とくに改変は軽々にやってはいけないということである。

 とりわけ日本国の国会議員は、次のバークの警告をよくわきまえて、「時効の国体」に関して、それを古へ復元することはしてもよいが改変・変革は決してしてはならないということである。

 つまり、日本の天皇の制度は世襲の原理」と「時効の原理」において、変革の禁止された英国の君主制と同様に、いや、遥かに英国以上に時効である

 そうであるが故に、いかに修理するか、いかに保守するかを論じてもよいが、改革はむろんその改廃の議論は禁止されていると考えねばならない。日本の天皇制は世界の奇跡と言われる時効の国体だからである

 バーク曰く、

 「もし自国の国体(憲法)を理解できない場合にはまずもってそれを崇敬・賛美すべきである。このすばらしき国体という相続財産を遺してくれた我々の祖先は、このような国体崇敬者であった。・・・われらの祖先は他者の理性は敬しつつも過去を振り返り未来を見すえて・・・国体(憲法)を、より完成されたものに徐々に改良してきた。しかし決して、国体の基本原理から逸脱することはなかった。王国の法と憲法と慣習に深く根を下ろさぬ国体の修正は決してしなかった。このような祖先にわれらは見習い従っていこうではないか」(“Appeal from the New to the old Whigs,pp265-266、訳 中川八洋 筑波大学名誉教授)


真正の保守主義』の“政治哲学思想の定義について(その3)へ続く。


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テーマ : エドマンド・バーク保守主義
ジャンル : 政治・経済

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